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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第370話 急がない旅も悪くない

 夏休み初日の朝。


 リオンは寮の自室で、ハル領へ持ち帰る荷物を確認していた。


 衣類はそれほど多くない。


 その代わり、机の上には学院の教科書や資料が積まれている。


 飛び級したことで学び切れていない四年生の範囲。


 正式な術式記述に関する本。


 王立研究所で扱った実験の記録。


 それらを順番に鞄へ入れていく。


「これでは、夏休みというより勉強する場所を移すだけだな」


 思わず独り言が漏れた。


 それでも、久しぶりにハル領へ戻れることは楽しみだった。


 父や母にも会える。


 領地で進められている仕事も、自分の目で確認したかった。


 最後に家族への土産を入れ、鞄を閉じる。


 荷物を持って部屋を出ると、廊下でヴィクトル、ガイル、クラウスと顔を合わせた。


「もう出るのか?」


 ガイルが尋ねる。


「うん。迎えが来る時間だから」


「また2学期にな」


「ああ。また学院で」


 3人と短く挨拶を交わし、リオンは寮の玄関へ下りた。


 寮の外に出ると、帰省の馬車を待つミラとナディアがいた。


「気をつけて帰ってね」


「ありがとう。ナディアも、セルヴァン王国まで気をつけて」


「はい。また2学期に会いましょう」


「それじゃあ、またね」


 ミラが手を振る。


 リオンも手を振り返し、寮の門へ向かった。


 ◇


 寮の門の前にハル家の馬車が停まっていた。


 その横では、ノルとミアが待っている。


 リオンの姿を見つけると、ミアが明るく駆け寄ってきた。


「リオン様、お疲れさまでした!」


「ありがとう。迎えに来てくれて助かるよ」


「いえ。私もお会いできるのを楽しみにしていました」


 ミアは笑顔で答えたあと、リオンの顔を見上げた。


 そのまま、少し不思議そうに首を傾げる。


「また背が伸びましたね」


「そうかな?」


「伸びていますよ。前よりずっと見上げないといけません」


 ミアが隣へ並び、頭の高さを比べる。


 以前はそれほど大きな差ではなかったはずだが、今ではリオンの方が随分と高い。


「本当だ。かなり差がついたね」


「もう子供には見えません」


「年齢としては、まだ子供だけどね」


 前世では45歳まで生きた自分が、今は成長期にいる。


 改めて考えると、妙な感覚だった。


 だが、この体はまだ大きくなりそうだ。


 学院を卒業する頃には、今よりさらに背が伸びているかもしれない。


「荷物はこちらへ」


 ノルが鞄を受け取る。


「ありがとう」


「途中でトラウゼン侯爵のお屋敷に挨拶へいきます。その後、ハル領へ向かう予定です」


「ああ、よろしく」


転移魔法を使えばハル領へ戻るだけなら一瞬だ。


 だが、今回は途中でトラウゼン侯爵家へ寄ることになっている。


 先日侯爵から届いた手紙には、帰省の途中で顔を見せてほしいと書かれていた。


 急ぎの用件があるわけではない。


 久しぶりにリバーシをしながら、最近の学院生活や領地運営について話したいらしい。


 トラウゼン侯爵らしい招待だった。


 ◇


 馬車が王都を出る。


 窓の外に並んでいた大きな建物が少しずつ減り、畑や林が見えるようになっていった。


 リオンは座席へ深く腰を下ろす。


 学院の授業。


 放課後の王立研究所。


 王宮での結界調査。


 期末試験前の勉強会。


 最近は、朝から夜まで何かを考えていることが多かった。


 誰かに呼ばれ、次の場所へ向かい、そこで判断を求められる。


 そんな日々に慣れていたせいか、何もしなくてよい時間は少し落ち着かなかった。


 鞄から本を出そうとして、手を止める。


 窓の外では、夏の日差しを受けた草原がゆっくりと流れている。


 遠くには、小さな村が見えた。


 今すぐ答えを出さなければならない問題はない。


 急いで向かわなければならない場所もない。


「こういう時間も、悪くないな」


「何かおっしゃいましたか?」


 向かいに座るミアが尋ねる。


「何でもないよ」


 リオンは笑い、荷物の中から薄い木箱を取り出した。


「ミア。久しぶりにやる?」


 箱を開くと、中には白と黒の丸い駒が入っている。


 リバーシだった。


 ミアの表情が明るくなる。


「もちろんです」


 すぐに小さな盤を座席の間へ広げる。


「ですが、以前の私と同じだと思わないでくださいね」


「随分と自信があるね」


「ハル領では、リバーシが大人気なんです」


「そんなに広まったの?」


「はい。屋敷のメイドたちも、休憩時間になるとよく遊んでいます」


 ミアも何度も対局し、かなり腕を上げたらしい。


「最近は、メイドたちの中でも負ける方が少ないんですよ」


「それなら楽しみだ」


 最初の駒を置き、対局が始まった。


 ◇


 ミアの言葉は大げさではなかった。


 以前は取れる駒が多い場所を見つけると、すぐにそこへ置いていた。


 しかし今は違う。


 角の周辺を避け、次に自分が打てる場所まで考えている。


 簡単に駒を増やさず、相手の選択肢を減らす手も使うようになっていた。


「ここです」


 ミアが自信を持って駒を置く。


 並んでいた黒い駒が、まとめて白へ変わった。


「かなり強くなったね」


「そうでしょう?」


 冬休みを終え、王都へ戻る馬車の中で対局した時より、数段腕を上げている。


 序盤から中盤にかけては、以前よりもずっと良い形で進めていた。


 ミアは盤面に増えていく白い駒を見て、笑みを深くする。


「今日は勝てるかもしれません」


「まだ終わってないよ」


「今は私の方が多いです」


「今はね」


 リオンは盤面の端へ駒を置いた。


 ミアが少し考えてから、その隣へ白い駒を置く。


 それを待っていた。


 リオンは角を取り、そこから一気に盤面の流れを変えていく。


「あれ?」


 ミアの笑顔が消える。


 数手前まで白の方が多かったはずなのに、終盤へ入ると黒い駒が急速に増えていった。


 ミアが守ろうとした列も、端から次々と裏返される。


 最後の駒が置かれた時には、盤面のほとんどが黒になっていた。


「……途中までは勝っていたと思ったのですが」


 ミアが盤面を見つめたまま呟く。


「途中で多く取ることと、最後に多く残すことは別だからね」


「その言い方、前にも聞きました」


「でも、前よりずっと強くなっていたよ」


 リオンが駒を箱へ戻しながら言う。


「本当ですか?」


「うん。少し油断したら、もっと危なかったと思う」


「少しだけですか?」


「前よりはかなりかな」


 ミアは悔しそうに頬を膨らませた。


 だが、すぐに駒を中央へ並べ始める。


「では、もう1回お願いします」


「まだやるの?」


「ハル領へ着くまで、時間はたくさんありますから」


「確かにそうだね」


 再び盤上へ白と黒の駒が置かれていく。


 ◇


 馬車は街道をゆっくりと進んだ。


 途中で休憩を挟みながら、夕方には最初の宿場町へ到着する予定だった。


 トラウゼン侯爵家までは、まだ2日ほどかかる。


 その後も、ハル領まで同じくらいの道のりが残っている。


 窓の外を眺め、ミアとリバーシをして、時折領地の様子を聞く。


 そんなゆっくりとした時間を過ごすのは、久しぶりだった。


 学生生活最後の夏休みは、静かな帰り道から始まった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
まさかリオンがのちにリバーシの真剣師として生きていくとは…(違
トラウゼン侯爵もミアもリバーシにハマってますね。リバーシ大会開催が近いのでは?王様もお忍びでやってくるかも?と妄想が膨らみます。
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