第367話 五年一学期期末試験二日目・実技試験
午後の実技試験は、学院の第二演習場で行われた。
中央には円形の試合場があり、その周囲を五年生たちが囲んでいる。
試験内容は、一対一の模擬戦だった。
胸と背中に取り付けられた魔力標へ、有効な攻撃を当てれば一本。
二本先取した方が勝者となる。
ただし、評価されるのは勝敗だけではない。
魔力の制御、相手への対応、周囲への被害、危険な攻撃を止める判断まで、複数の教師が採点する。
「相手に怪我を負わせることが目的ではありません」
実技担当の教師が、生徒たちを見渡した。
「大きな威力を出せば高く評価されるとも限りません。
自分と相手の力量を見極め、適切な方法を選んでください」
その説明を聞きながら、ガイルが腕を組む。
「勝っても評価が低いことがあるのか」
「危険な攻撃ばかり使えば当然でしょう」
ナディアが答えた。
「勝てばいいという試験ではないんですよ」
「勝たずに高得点というのも納得しにくい」
「では、安全に勝ってください」
「簡単に言うな」
生徒たちの前で、試合の組み合わせが読み上げられていく。
ミラは魔法コースの男子生徒。
ガイルは同じ騎士コースの男子生徒。
セレナは文官コースに所属する、補助魔法を得意とする生徒。
そして――。
「リオン・ハル。レティシア・オルブライト」
演習場がわずかにざわついた。
ガイルがレティシアを見る。
「運が悪かったな」
「そうでしょうか」
レティシアは落ち着いた声で答えた。
「私は、この組み合わせでよかったと思っています」
「リオンと戦いたかったのか?」
「ええ」
レティシアはリオンへ視線を向ける。
「あなたの魔法を、一番近くで見ることができますから」
「見学するつもりなの?」
リオンが尋ねる。
「まさか」
レティシアの目が鋭くなる。
「勝つために見るのです」
その返事に、周囲の生徒たちが再びざわついた。
リオンは少し驚いたあと、笑った。
「分かった。よろしく」
「こちらこそ」
◇
先に行われた試合では、ガイルが相手の剣を正面から受け止め、そのまま押し切って二本を奪った。
ミラは相手の魔法をかわしながら距離を保ち、足元へ小さな魔法を当てて体勢を崩す。
セレナは防御魔法を重ね、相手が焦れて踏み込んだところへ正確に魔力弾を当てた。
勝ち方は一人ずつ違っていた。
「次、リオン・ハル。レティシア・オルブライト」
教師に呼ばれ、二人は試合場へ入る。
胸と背中の魔力標を確認し、中央で向かい合った。
「リオン」
外からガイルが声をかける。
「最初から本気でいけよ」
「ガイルさん。試験中に余計なことを言わないでください」
すぐにナディアから注意が飛ぶ。
「応援しただけだ」
「相手にも聞こえています」
レティシアはガイルを一度見たあと、リオンへ戻した。
「心配しなくても、力比べをするつもりはありません」
レティシアの魔力量は多い。
術式の構築も速い。
しかし、正面から威力をぶつけ合えば、リオンの方が有利だった。
レティシア自身が、それを分かっていないはずがない。
「始め!」
教師の声と同時に、レティシアが動いた。
正面へ薄い魔法障壁を展開する。
その直後、床を走った魔力がリオンの左右へ広がった。
リオンは一歩下がり、風魔法を放つ。
強く押し返すのではなく、障壁の形を確認するための小さな風だった。
風は障壁へ当たり、斜め上へ流される。
「受け止めるのではなく、逃がしたのか」
リオンが呟く。
レティシアは答えない。
右手を動かし、今度は三つの小さな魔力弾を放つ。
速さも威力も高くない。
リオンは難なくかわした。
だが、避けた先の床が光る。
「――っ」
足元に仕込まれていた術式が発動し、リオンの動きが一瞬止まった。
正面の魔力弾は、最初から当てるためのものではなかった。
リオンを決められた場所へ誘導するための攻撃だったのだ。
その一瞬を逃さず、レティシアが細い魔法を放つ。
胸の魔力標が光った。
「一本! レティシア・オルブライト!」
演習場に驚きの声が広がる。
「リオンから先に取ったのか」
ガイルも目を見開いていた。
レティシアは喜びを見せず、すぐに距離を取る。
「まだ一本です」
「そうだね」
リオンは胸の魔力標を見下ろした。
正面の攻撃だけを見ていた。
床に魔力が流れたことには気づいていたが、リオンを誘導するための仕掛けだと判断するのが遅れた。
それ以上に、どこかで相手の動きを確認しながら戦おうとしていた。
自分が危険な攻撃をしなければ、レティシアの魔法には対応できると思っていたのだ。
レティシアは、最初から本気で一本を取りに来ていた。
「分かった」
リオンは構え直した。
「次は俺も、勝つつもりでいくよ」
レティシアの目がわずかに細くなる。
「最初からそうしてください」
◇
二本目が始まる。
リオンは、先ほどと同じ風魔法を放った。
レティシアが斜めの障壁で受け流す。
その瞬間、リオンは足元へ小さな土の塊を作り、レティシアの左側へ転がした。
レティシアが反応し、障壁の向きを変える。
風への対策と土への対処。
二つの判断が重なった一瞬、障壁の右側に隙間ができた。
リオンはそこへ細い風を通す。
レティシアが身をひねってかわす。
だが、風は彼女に当てるためのものではなかった。
足元の砂が巻き上がり、レティシアの視界を遮る。
「そんな使い方を――」
レティシアが後ろへ下がろうとした。
しかし、足元に回り込んだ風が体勢を崩す。
リオンの魔力弾が胸の標へ触れた。
「一本! リオン・ハル!」
一対一。
レティシアは乱れた髪を払う。
「風魔法を警戒させて、土魔法に反応させたのですね」
「風を受け流す準備をしているのが分かったから」
「あなたは風魔法だけではない」
「最初から知っていたんじゃない?」
「知っていることと、実際に対応できることは別です」
レティシアは悔しそうに答えたが、その声にはまだ余裕がある。
「次で決めます」
「俺もそのつもりだよ」
◇
最後の一本。
開始と同時に、レティシアは複数の術式を展開した。
正面には先ほどより厚い障壁。
左右には小さな魔力弾。
さらに床の一部にも魔力が流れている。
リオンはすぐに踏み込まず、相手の動きを見る。
レティシアが右手を上げる。
正面から魔力弾が飛んできた。
リオンは風で軌道をそらす。
同時に、左側の床から細い光が伸びた。
避ける。
だが、背後に別の魔力の気配が生まれた。
最初から床の術式は一つではなかった。
レティシアは正面と足元へ注意を向けさせ、背中の標を狙っている。
リオンは振り返らず、横へ踏み込んだ。
背後から来た魔力弾が肩をかすめる。
「避けた?」
レティシアが目を見開く。
リオンは、彼女の視線を見ていた。
正面へ攻撃を放ちながら、一瞬だけリオンの背後を確認した。
その動きから、別の術式があると判断したのだ。
レティシアはすぐに障壁を重ねる。
リオンが風を放てば、斜めへ受け流せる形だった。
だからリオンは、障壁へ直接魔法を当てなかった。
風を左右から回り込ませる。
障壁の後ろで二つの風がぶつかり、レティシアの体を前へ押した。
「――!」
体勢が崩れた瞬間、リオンは距離を詰める。
レティシアも最後の魔力弾を放った。
魔力弾はリオンの胸へ向かう。
リオンは半歩だけ横へずれ、右手を伸ばした。
レティシアの魔力弾が胸の標をかすめる。
同時に、リオンの小さな風がレティシアの背中へ回り込み、標へ触れた。
魔力標が光る。
「そこまで!」
教師の声が響いた。
「二本目、リオン・ハル。勝者、リオン・ハル!」
張り詰めていた空気がほどけ、周囲から声が上がった。
リオンは息を吐き、腕を下ろす。
正面を見ると、レティシアは背中の標を確認していた。
「最初の一本を取った時は、勝てると思いました」
「俺も危なかったよ」
「慰めはいりません」
「慰めてない」
リオンは首を振った。
「次の動きを何度も読まれた。最後の攻撃も、もう少しずれていたら俺の標に当たっていたよ」
レティシアは黙ってリオンを見る。
「本当に?」
「うん。最初から本気で戦っていたら、最初の一本も取られなかったとは言えない」
「それは当然です」
レティシアは少しだけ表情を緩めた。
「次は、一本ではなく勝ちます」
「その時は、最初から勝つつもりで戦うよ」
「今度は、途中からでは遅いですからね」
二人は試合場を出る。
教師たちは採点用紙へ何かを書き込んでいた。
「レティシア・オルブライト」
実技担当の教師が声をかける。
「相手の力量を正しく見極め、得意な形へ誘導できていました。最初の一本は見事でした」
「ありがとうございます」
「リオン・ハルも、威力だけに頼らず相手の対策を崩した。二人ともよい試合でした」
ガイルが待っていたように近づいてくる。
「最初に一本を取られた時は驚いたぞ」
「俺も驚いたよ」
「レティシア、次は俺とも戦ってみないか?」
「ガイルは、まずナディアに午後の予定を確認した方がいいんじゃない?」
ミラが言う。
ナディアも静かに頷く。
「試験が終わったからといって、勝手に訓練を増やさないでくださいね」
「実技試験の復習だ」
「明日は専門コース試験です」
「少しくらいなら――」
「駄目です」
ガイルが肩を落とし、周囲に笑いが起きた。
リオンは隣に立つレティシアを見る。
彼女は魔法理論や正式な術式記述を教えてくれる、優秀な同級生だった。
だが、それだけではない。
相手の強さを認めた上で、自分の得意な形へ引き込み、本気で勝とうとする。
レティシア・オルブライト。
彼女は、教えてもらうだけの相手ではなかった。
期末試験二日目が終わった。
残るのは、それぞれが選んだ専門コースの試験だけだった。
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