表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
375/408

第364話 教える側も勉強中

 婚約発表の翌朝。


 セレナは普段と変わらない顔で教室へ入ってきた。


 背筋は伸び、髪もきれいに整えられている。


 だが、自分の席へ座ったセレナを見て、ミラがすぐに眉をひそめた。


「セレナ、昨日あまり寝てないでしょ」


「ちゃんと寝たわよ」


「何時間?」


「そこまで答える必要はないでしょう」


 セレナは鞄から教科書を取り出した。


 いつもより少しだけ動きが遅い。


「王宮では何をしていたの?」


「陛下と王妃様への挨拶に、王族との会食。それから今後の予定についての説明よ」


「全部、昨日やったの?」


「そうよ」


「それで何時間寝たの?」


「だから、どうしてそこへ戻るのよ」


 ミラがじっと見つめると、セレナは顔を背けた。


「授業中に寝たりしないから問題ないわ」


「寝なければいいって話じゃないと思うけど」


「朝からうるさいわね。ミラは自分の領地経営の心配をしたら?」


「それはヴィクトルに教えてもらうから大丈夫」


「自信満々に人を頼らないでちょうだい」


 セレナは強く言い返したものの、小さなあくびが出そうになったのか、慌てて口元へ手を当てた。


 ミラは何も言わず、にやりと笑う。


「何よ」


「別に」


「その顔をやめなさい」



 放課後。


 五年Sクラスの教室では、今日も机を寄せて試験勉強が始まった。


 セレナはフィーネの隣へ座り、貴族儀礼の問題集を開く。


「晩餐会で王族と複数の公爵家当主が同席する場合、最初に案内されるのは誰でしょうか」


 フィーネが問題文を読み上げる。


「主賓である公爵家当主よ」


「王族ではないのですか?」


「王族は最後に――」


 そこまで言って、セレナが止まった。


 フィーネは問題集とセレナの顔を交互に見る。


「セレナさん。昨日は、王族を先に案内すると教えていただきました」


「分かっているわ」


 セレナはすぐに問題集を引き寄せた。


「今のは言い間違いよ。王族が先。その後、主賓の公爵家当主ね」


「はい」


「そんなに心配そうな顔をしなくても、答えは分かっているわ」


「セレナさんが間違えるのは珍しいと思いまして」


「私だって間違えることくらいあるわよ」


 セレナは少し強くページをめくった。


 その様子を見ていたミラが、隣の机から口を挟む。


「今日は帰って寝た方がいいんじゃない?」


「嫌よ」


「でも、疲れてるでしょ」


「婚約が発表された次の日に勉強会を休んで、試験の成績まで落としたら、何を言われると思う?」


「誰もそんなこと――」


「この教室の皆は言わないでしょうね。でも、外では違うわ」


 セレナの声には、わずかな苛立ちが混じった。


「第二王子の婚約者になった途端、勉強がおろそかになった。

そう言いたがる人はいくらでもいるのよ」


「だからって、間違えるほど疲れてるなら逆効果じゃない?」


「一度言い間違えただけでしょう」


「その一度が珍しいって、フィーネも言ってたよ」


「ミラはどちらの味方なの?」


「セレナの味方だから言ってるの」


 ミラが真っ直ぐ答えると、セレナは一瞬言葉を失った。


 そこへエドガーが歩いてくる。


「今日は早く休んだ方がいい」


「エドガーまで同じことを言うの?」


「昨日、ほとんど休めていなかっただろう」


「エドガーだって同じでしょう」


「僕は問題ない」


「そういう言い方が気に入らないのよ」


 セレナが椅子から立ち上がる。


「私だけ先に帰れと言うつもり?」


「そうは言っていない」


「なら、自分も帰りなさいよ」


 エドガーは少し考えたあと、あっさり頷いた。


「分かった。今日は二人とも早く切り上げよう」


「……え?」


「王宮の予定は同じだった。僕だけ残る理由もない」


 セレナは反論しようとして口を開いたが、言葉が出てこなかった。


「それなら文句はないだろう?」


「別に、文句を言っていたわけではないわ」


「今の会話を聞いて、そう思う者はいないと思う」


「エドガーは一言多いのよ」


 セレナは座り直したものの、先ほどより表情が少し和らいでいた。


 ◇


 少し離れた机では、ナディアがガイルへ王国史を教えていた。


「北方戦争が終結した翌年、北部三領では復興税が導入されました」


「なぜ北部だけなんだ?」


「戦争で破壊された街道や砦を修復するためです」


「王都も軍を送ったんだろう? なら、王都も費用を負担したのではないか?」


「もちろん負担しています」


「では、なぜ北部では別に税を取った?」


「それは……」


 ナディアの言葉が止まった。


 ガイルが顔を上げる。


「どうした?」


「少し待ってください」


 ナディアは自分の教科書をめくった。


 さらに王国史の資料集も開き、該当する項目を探す。


「教科書には、復興税が導入されたことしか書かれていません」


「ナディアにも分からないことがあるのか?」


「あります」


 ナディアは迷わず答えた。


「だから調べるんです。分からないのに、分かったふりをして教える方が問題でしょう」


「怒っているのか?」


「怒っていません」


「少し声が強くなった」


「ガイルさんが、私なら何でも知っているような言い方をするからです」


「頼りにしているだけだ」


 その言葉に、ナディアの手が止まる。


「……それなら、もう少し真面目に覚えてください」


「真面目にやっている」


「先ほどから、三回も訓練場の方を見ています」


「見ただけだ」


「今日も途中で行くつもりだったのでは?」


「少し体を動かそうとは思っていた」


「行かせません」


 ナディアはガイルの前へ、もう一冊資料を置いた。


「北部の復興税については、明日までに調べます。

その代わり、ガイルさんは今日の範囲を全部覚えてください」


「増えていないか?」


「質問した分です」


 ガイルは不満そうな顔をしながらも、資料を受け取った。


 ◇


「ヴィクトル、商品の損失率って、雨の日も晴れの日も同じなの?」


 別の机では、ミラが領地経営の問題を指していた。


「試験問題では同じ数字が設定されている」


「でも、実際は雨の方が増えるよね?」


「荷台に覆いがなければな」


「街道の状態でも変わるでしょ?」


「変わる」


「じゃあ、この数字だけで計算していいの?」


 ヴィクトルは問題文を読み直した。


「試験では、与えられた条件だけで答える」


「実際の領地経営では?」


「天候、街道、荷車の状態、運ぶ商品まで考える必要がある」


「全然違うじゃない」


「基礎計算を確認する問題だからな」


「でも、基礎だけ覚えてたら、実際にも同じ計算をしそう」


 ヴィクトルはしばらく黙ったあと、別の紙を取り出した。


「では、試験用の計算を終えたあとで、条件を増やした場合も考えてみるか」


「そこまでやるの?」


「気になったのはミラだろう」


「聞いただけなんだけど」


「俺も気になった。教える以上、違いは説明できた方がいい」


 ミラは少し驚いたあと、笑った。


「ヴィクトルって、真面目だよね」


「今さら気づいたのか?」


 ◇


 リオンはレティシアの隣で、正式術式記述法の練習をしていた。


「この線は、循環ではなく出力を表します」


「向きが違うだけだよね?」


「その向きで意味が変わるのです」


 レティシアはリオンの答案へ修正を書き込む。


「では、どうして循環は右回りで、出力は左向きなんだろう?」


「決まりだからです」


「決まりになった理由は?」


「それは……」


 レティシアの筆が止まった。


「正式表記が統一された経緯までは、授業で扱っていません」


「そうなんだ」


「知らないことが意外そうですね」


「レティシアなら知っていると思っただけだよ」


「私もすべて知っているわけではありません」


 少し悔しそうに言うと、レティシアは教科書の後ろにある参考文献へ目を向けた。


「ですが、調べれば分かるはずです」


「試験に出るのは記号の使い方だよ?」


「質問された以上、理由まで知っておきたいのです」


 リオンは思わず笑った。


「何ですか?」


「いや。みんな同じだなと思って」


「何が同じなのです?」


 リオンは教室を見回した。


 ナディアは、ガイルへ教えるために自分でも資料を調べている。


 ヴィクトルは、ミラの質問をきっかけに、試験問題と実務の違いを考え直している。


 セレナは疲れていても、フィーネへ教えようとしていた。


 教える側だから、すべてを知っているわけではない。


 相手から質問されることで、自分が曖昧にしていた部分へ気づくこともある。


「教える方も、勉強しているんだなって」


「当然です」


 レティシアは即答した。


「曖昧な理解で教えれば、相手まで間違えますから」


「そうだね」


 リオンは、自分の前に置かれた問題へ目を戻した。


 これまで期末試験について、それほど心配していなかった。


 応用問題や研究コースの専門試験なら、これまでの経験で対応できる。


 筆記試験も、抜けている範囲だけ覚えれば十分だと思っていた。


 だが、仲間たちは自分が点を取るためだけでなく、誰かへ正しく教えるためにも学び直している。


 自分だけが、最低限できればいいと考えている場合ではなかった。


「レティシア」


「何ですか?」


「今日の予定より先まで教えてもらってもいい?」


「今日は基礎記号までの予定でしたが」


「飛び級で抜けているのが、ここだけとは限らない。一度、四年生の範囲を全部確認したいんだ」


 レティシアがわずかに目を見開く。


「研究所へ行かなくてもよいのですか?」


「今は、必要な時だけ呼んでもらうことになっている。学院の勉強に使える時間はあるよ」


「分かりました。では、明日までに四年生の範囲を整理しておきます」


「ありがとう」


 話を聞いていたミラが、こちらを向いた。


「リオンまで本気になったね」


「みんなを見ていたら、俺ももう少し頑張った方がいいと思って」


「これ以上頑張るのか?」


 ガイルが不安そうに言う。


「ガイルも頑張ろう」


「俺はもう十分頑張っている」


「まだまだです」


 ナディアが即座に否定する。


「昨日よりは覚えた」


「昨日より覚えるのは当然です」


「厳しくないか?」


「試験まで六日しかありませんから」


 ガイルは机へ突っ伏した。


 ◇


 勉強会を終える少し前。


 セレナとエドガーは、約束どおり早めに帰る準備を始めた。


 セレナは鞄を持ち上げたあと、リオンの机に積まれた四年生の教科書を見る。


「ずいぶん増えたわね」


「抜けている範囲を全部確認することにしたんだ」


「そう」


 セレナは一度頷き、フィーネへ教えていた問題集を見た。


「それなら、私も明日は間違えないわ」


 ミラが呆れた顔をする。


「今日は休むって話だったでしょ」


「今日は休むわ。明日の話をしているのよ」


「本当に負けず嫌いだね」


「試験を受けるのに、負けるつもりで勉強する人がいるの?」


 セレナは言い返し、エドガーとともに教室を出ていった。


 その背中には、まだ少し疲れが残っている。


 それでも明日は、また普段どおり教室へ来るのだろう。


 教えるために学び直す者。


 忙しくても結果を落としたくない者。


 知らないことを認め、資料を調べる者。


 仲間たちがそこまで真剣に取り組んでいるのに、自分だけ最低限で済ませるつもりはなかった。


 期末試験まで、あと六日。


 リオンも改めて、学院の勉強へ本気で向き合うことにした。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
セレナ→ミラ→レティシア→誰か、で我々がヤキモキしてる間に、最後に置いてきぼりになっていたりして…
エドガーとセレナのカップルいまいちピンとこないのよね…政略結婚とはいえセレナがあまりにサバサバしてるせいかなぁ^^;それとエドガーって以前ナディアを意識してなかったっけ?まぁ王女様や公爵令嬢なんて結婚…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ