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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第362話 Sクラスにも苦手はある

 六月も半ばに入った朝。


 五年Sクラスの教室へ入ってきたアデライン先生は、教卓の上へ紙の束を置いた。


「今日は、二週間後に行われる期末試験について説明します」


 その言葉を聞いた瞬間、教室の空気がわずかに重くなった。


 アデライン先生は、生徒たちへ試験日程と範囲表を配っていく。


「このクラスは飛び級の方が多いので説明しますが、四年生以降の期末試験は三日間です」


 黒板へ、一日目から三日目までの日程が書かれる。


「一日目は共通科目の筆記試験。二日目は応用試験と実技試験。三日目は、それぞれの専門コース試験を行います」


 リオンは配られた紙へ目を落とした。


 一日目には、王国史、魔法理論、行政、領地経営、古代語。


 二日目には、条件判断を含む応用問題と、魔法や武術などの実技。


 三日目には、研究コースの専門試験が待っている。


「範囲、広すぎないか?」


 ガイルが早くも声を上げた。


「一日目だけで、これだけあるのか?」


「五年生の期末試験ですから」


 アデライン先生は当然のように答えた。


「それに、皆さんはSクラスです」


「Sクラスなら、範囲が少なくなることはありませんか?」


「むしろ増やしてもよいくらいです」


「聞かなければよかった」


 ガイルが肩を落とし、教室に小さな笑いが起きた。


「五年Sクラスだからといって、すべての科目が得意とは限りません」


 アデライン先生は教室を見渡した。


「自分の苦手な分野を確認して、今から準備してください。

試験の三日前になってから、範囲が広いと言っても遅いですよ」


 その視線が一瞬ガイルに止まる。


「なぜ俺を見るんですか?」


「理由を説明する必要がありますか?」


「ありません」


 今度は、先ほどより大きな笑いが起きた。


 ◇


 休み時間になると、生徒たちはすぐに試験範囲表を広げ始めた。


「王国史だけで、どれだけ覚えればいいんだ」


 ガイルは紙を両手で持ち、険しい表情を浮かべている。


「建国期から北方戦争後の条約まで全部か。前に覚えたはずなのに」


「覚えていないから困っているのでしょう」


 隣からナディアが言った。


「覚えたんだ。ただ、試験が終わると少しずつ消える」


「それは覚えたとは言いません」


「一度は答えられた」


「一時的に頭へ置いただけです」


 ナディアはガイルの範囲表を受け取り、王国史の項目へ目を通した。


「ガイルさんは、年号だけを覚えようとするから忘れるんです」


「では、どうすればいい?」


「出来事の流れで覚えます。戦争が起きた理由、その結果、どの条約が結ばれたのか。

全部つながっていますから」


 ガイルは少し考え、ナディアへ真剣な顔を向けた。


「ナディア。今回も教えてくれ」


「ええ、いいですよ。一緒に勉強しましょう」


「助かる」


「ただし、途中で訓練場へ行かないでくださいね」


「体を動かした方が頭に入ることもある」


「前回は、体を動かしたまま戻ってきませんでした」


「訓練が長引いたんだ」


「今回は長引かせないでください」


「分かった」


 ガイルが素直に頷く。


 ナディアは少し疑うように見つめたあと、範囲表を返した。


「今日の放課後から始めますよ?」


「今日から?」


「二週間しかありません」


「明日からでも同じではないか?」


「では、今日からにしましょう」


「話を聞いていたか?」


「聞いた上で、今日からです」


 ガイルは助けを求めるように周囲を見たが、誰もナディアを止めようとはしなかった。


 ◇


「私は領地経営が危ないかも」


 ミラも範囲表を見ながら、困った顔をしていた。


「収支だけなら分かるけど、輸送費や人件費まで一緒に出てくると、途中で何を計算していたのか分からなくなるんだよね」


 ヴィクトルがミラの範囲表をのぞき込む。


「今回は、倉庫の維持費と商品の損失率まで入るようだな」


「それが嫌なの。数字が増えるたびに、計算する場所も増えるでしょ?」


「項目を分ければいい。収入、固定費、変動費だ」


「その三つに分けるだけ?」


「最初はな。全部を一度に計算しようとするから混乱するんだ」


 ミラは少しだけ安心した顔になる。


「じゃあ、ヴィクトルに聞けば何とかなりそう」


「教えるのは構わないが、俺も魔法実技を見てほしい」


「ヴィクトル、実技が苦手だもんね」


「苦手というほどではないけどさ、ただ、魔力を一定に保つ課題で点を落とすことがあるんだよな」


「分かった。そこは私が見るよ」


 二人の間で、あっさりと教え合う約束が成立した。


 その近くでは、フィーネが貴族儀礼の範囲を見て眉を寄せている。


「晩餐会の席順まで試験に出るのですか?」


 セレナがフィーネの紙を見る。


「席順だけではなく、同席者の爵位と立場によって対応を変える問題も出るわ」


「同じ食卓に座るのに、そこまで決まりがあるのですね」


「間違えると、相手を軽く扱ったと思われる場合があるわ」


「難しいです」


 フィーネは率直に言った。


「生活に必要な行政の仕組みなら覚えられます。でも、誰がどこに座るかは、理由が分からないものが多くて」


「理由も一緒に説明するわ」


 セレナが穏やかに答える。


「ただ暗記するより、その方が覚えやすいでしょう?」


「お願いします」


 フィーネは少しほっとしたように頭を下げた。


 ◇


 リオンも、自分の試験範囲を確認していた。


 応用問題と研究コースの専門試験には、それほど不安はない。


 だが、筆記試験の魔法理論には、見覚えのない項目がいくつかあった。


「正式術式記述法……」


 小さく呟くと、隣にいたレティシアが反応した。


「どうかしましたか?」


「この辺り、習った記憶がないんだ」


 リオンが指したのは、四年生で学ぶ術式記号と、学院独自の魔法分類だった。


 レティシアは範囲表を確認する。


「これは四年生の魔法理論で習います」


「飛び級した時に、自習から抜けていたのかもしれない」


「これを知らないまま試験を受けるのは危険です」


「そんなに?」


「理論が合っていても、指定された記号を使わなければ減点されます」


 レティシアは自分のノートを開き、術式記号を一つ書いた。


「たとえば、これは魔力の起点です。

こちらは循環。この二つを同じ線で書くと、意味が変わります」


「研究所では、矢印で書いても通じたけど」


「研究員の方々は、前後の説明から読み取ってくれるのでしょう」


 レティシアはきっぱりと言った。


「試験答案は、読む側に意味を推測させてはいけません」


「なるほど」


「魔法を使えることと、正式な書き方を知っていることは別です」


「耳が痛いね」


 リオンは苦笑した。


 そこへ、ナディアとの話を終えたガイルが近づいてくる。


「リオン、二日目の応用問題を教えてくれないか?」


「いいよ。でも、俺もレティシアに教えてもらわないといけないところがある」


「リオンにも分からないものがあるのか?」


 ガイルの声に、近くの生徒たちも振り返った。


「分からないというより、習っていない書き方があったんだ」


「飛び級しているからな」


「たぶんね」


 レティシアが補足する。


「考え方を理解していても、答案として正しく書けなければ点にはなりません」


「研究所に通っているリオンでも、試験では困ることがあるんだな」


 ガイルはどこか安心したように言った。


「どうして安心してるの?」


「俺だけではないと分かったからだ」


「苦手な科目の数は、ガイルの方が多いと思うよ」


 ミラが遠慮なく言う。


「それは今、関係ないだろう」


「関係あるよ」


 ガイルが言い返そうとしたところで、ミラが皆の範囲表を見回した。


「だったらさ、一人で全部やるより、得意な人が教え合えばいいんじゃない?」


 教室が少し静かになる。


「ガイルはナディアに王国史を教えてもらう。私はヴィクトルに計算を教えてもらって、代わりに魔法実技を見る」


「俺はレティシアに術式記述を教えてもらうことになるね」


 リオンが言う。


 ナディアも頷いた。


「リオンさん一人に聞くより、その方が負担も少ないと思います」


「だが、全員で集まる必要はあるのか?」


 クラウスが尋ねる。


「分からないところが違うなら、近くに得意な人がいた方が早いでしょ」


 ヴィクトルがミラに続いた。


「試験まで二週間しかないんだから、使えるものは何でも使わないとな」


「人を物のように言うな」


 ガイルが言う。


「ガイルはまずナディアの言うことを聞いた方がいいよ」


「それはもう決まっているらしい」


 ナディアが範囲表を持ち上げた。


「今日の放課後からです」


 ガイルは諦めたように息を吐いた。


「分かった。皆でやろう」


 ◇


 生徒たちは、それぞれ得意な科目を確認し始めた。


「王国史と古代語は、私が見ます」


 ナディアが言う。


「特にガイルさんは、最初からです」


「全部忘れているわけではない」


「では、確認してから決めます」


 ヴィクトルは商業計算と領地経営を担当する。


 ミラは魔力感知と魔法実技。


 レティシアは魔法理論と正式な術式記述。


 セレナとエドガーは、貴族制度と外交儀礼。


 フィーネは行政実務や、住民生活を想定した応用問題。


 オスカーとガイルは、戦術と護衛、武術実技を見ることになった。


「リオンは?」


 ミラが尋ねる。


「複数の条件が出る応用問題と、研究関連なら教えられると思う」


「では、考えすぎて時間を使う人にも教えてください」


 レティシアが言った。


「レティシアのこと?」


「自分でも分かっています。一つの可能性を考え始めると、切り替えが遅くなることがありますから」


「それなら、時間の使い方を一緒に考えよう」


 レティシアは頷いた。


 リオンは、教室の仲間たちを見回した。


 Sクラスだからといって、誰もが何でもできるわけではない。


 だが、それぞれ違うものを得意としている。


 一人では埋められない穴も、皆でなら補えるかもしれない。


「それじゃあ、放課後から始めようか」


 リオンが言うと、ガイルだけがわずかに顔をしかめた。


「本当に今日からなのか?」


「もちろんです」


 ナディアが即答する。


 期末試験まで、あと二週間。


 五年Sクラスの試験勉強が始まろうとしていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
5年Sクラスにいる以上、5年間習った全科目の知識を確認するための試験だから、飛び級している人にとっては厳しいかも?皆様頑張って欲しいですね。
卒業するには何点以上取ればいいのか Sクラスの10位以下の生徒達だって卒業できるんでしょ 最終学年だから飛び級と違って1科目80点以上にこだわる必要ないよね
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