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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第3章 王立学院入試編

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第36話 王立学院入試

 入試当日の朝。

 ヴァレスト公爵家の馬車は、いつもより少し早い時間に屋敷を出た。


 車輪の音は静かだったが、車内の空気は静かじゃない。


 向かいに座るセレナは、いつもより口数が少なかった。

 膝の上で手を組み、窓の外を見ている。落ち着いて見えるが、指先に少しだけ力が入っている。


 緊張しているな、とすぐわかった。


「大丈夫?」


 そう聞くと、セレナは窓の外を見たまま答えた。


「してない、とは言わないわ」


「正直だ」


「あなたは?」


「してる」


 それを聞いて、彼女がようやくこっちを見る。


「……そう見えない」


「そう見えるようにしてるだけだよ」


 セレナは一瞬だけ目を丸くしたあと、小さく息を吐いた。


「少しだけ気が楽になったわ」


「それならよかった」


 馬車はそのまま、王立学院のある区画へ入っていく。


 そこへ来た瞬間、空気が変わった。


 人が多い。

 学生らしい年頃の子どもだけじゃない。保護者、従者、役人、研究者らしき者までいる。

 学院のあるこの一帯には、アルスレイン王国の研究所や官の施設も集まっているらしく、他国の人間まで見かけた。


 地方から来た俺には、それだけで少し圧倒される。


「すごい人ですね……」


 ミアが小さく呟いた。


「うん。王都の真ん中って感じだ」


 その中でも、ひときわ目立つ建物が正面にあった。


 白い石で作られた大きな校舎。

 高い塔。

 広い正門。

 掲げられた王家の紋章。


 王立学院。


 名前だけは何度も聞いてきたが、目の前にするとやっぱり違う。

 ここには国中の優秀な子どもたちが集まり、その先の王国を支える人間が育つのだろう。


 馬車が止まり、俺とセレナは正門前で降りた。


 周りにも、いかにも裕福そうな貴族の子どもたちが次々と到着している。

 服装も付き人の数もさまざまだが、どの顔にも緊張と気負いがあった。


「少し落ち着いた?」


 そう聞くと、セレナは軽く頷いた。


「ええ。さっきよりは」


「なら大丈夫」


「あなた、本当にこういう時だけ妙に落ち着いてるのね」


「こういう時だけ、ね」


 軽く笑い合ったところで、係員が声を張り上げた。


「受験者の方は受付へ進んでください!」


 ◇


 受付を済ませた時、配られた案内には数字がはっきり書かれていた。


 募集人数百名。応募人数二千名。


 つまり二十人に一人しか受からない。


 改めて数字にされると、さすがに重い。


「本気で狭き門ね」


 セレナが案内紙を見ながら言う。


「そうだね」


「……でも、今さら怯んでも仕方ないか」


「うん」


 最初の試験は筆記。

 そして俺とセレナは別々の部屋に分けられた。


「じゃあ、またあとで」


「うん。昼に」


 短く言葉を交わして、それぞれの教室へ向かう。


 席に着く。

 周囲を見渡せば、受験生たちはみんなそれなりに張り詰めた顔をしている。中には余裕そうな顔を作っている子もいるが、ペンを持つ指先でだいたいわかる。


 問題用紙が配られる。


「始め」


 試験官の声で紙をめくる。


 最初の数問を見た瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。


 難しくない。


 読み書き。

 算術。

 アルスレイン王国の歴史。

 地理。

 礼式の基本。


 もちろん、油断できるほど軽くはない。

 でも、グレインの作った模試と、あの人の容赦ない詰め方を思えば、十分に対応できる範囲だった。


 ペンを走らせる。


 迷いはほとんどない。

 ここは大丈夫だ。そう思えるだけで、かなり救われる。


 ◇


 昼。


 午前の筆記を終えた受験生たちが、広場や回廊に流れ出てくる。

 俺も指定された休憩場所へ向かうと、セレナが先に待っていた。


「どうだった?」


「いけると思う」


「同じく」


 その顔を見ると、たしかに手応えはありそうだった。


 用意された軽食を取りながら、周囲の受験生の会話が少しだけ耳に入る。


「計算が……」

「歴史の最後、微妙だった」

「礼式の順番、逆に書いたかもしれない」


 やっぱり、皆それなりに削られている。


「グレインの模試、役立ちすぎじゃない?」


 そう言うと、セレナが少しだけ笑った。


「今さら?」


「今さら」


 昼食は短い。

 あっという間に、午後の実技試験の時間が来た。


 ◇


 実技試験場は、筆記の教室とはまるで空気が違った。


 広い屋内空間。

 並んだ的。

 その周囲に立つ試験官たち。

 そして観察用の席。


 受験生は順番に呼ばれ、的へ魔法を当てる。

 評価されるのは精度と威力。


 ただ、見ているとすぐにわかった。


 魔法が使えない子も普通にいる。

 詠唱を終えても何も起きない子。小さな火花だけで終わる子。水滴一つ作れず顔を赤くする子。

 どうやら魔法が使えないから即不合格というわけではないらしい。


 そこは少し安心した。


 だが逆に言えば、魔法を見せられるなら、それは大きな加点になるということでもある。


 受験番号が進んでいく。


「次。セレナ・ヴァレスト」


 名前を呼ばれ、セレナが前へ出た。


 背筋が伸びている。

 緊張はしているだろうが、顔には出ていない。


 短い詠唱。

 次の瞬間、彼女の掌の前に生まれた火は、朝の訓練の時よりも明らかに強かった。


 火球がまっすぐ飛び、的の中心近くへぶつかる。


 ドンッ


 重い音。

 周囲から小さく「おお……」と声が漏れた。


 強い。

 威力も精度も十分だ。


 試験官の一人が記録をつけながら頷く。


「次へ」


 セレナは静かに一礼して戻ってきた。

 その顔には、やり切ったという色があった。


「さすがだね」


「ありがとう。……でも、やっぱり緊張したわ」


「そう見えなかった」


「そう見えないようにしてたのよ」


 その返しに、思わず少し笑った。


 だが次に名前を呼ばれた時、その笑いは引いた。


「次。リオン・ハル」


 来たか。


 前へ出る。


 的を見る。

 学院長の防護魔法が施されていると、事前説明で聞いていた。並の魔法なら簡単には壊れない的だ。


 どうする。


 火属性で無難にまとめるか。

 それなら最低限は見せられる。だが、正直、セレナの後だと埋もれる。


 筆記と面接がよければ、それでも通る可能性はある。

 でも――


 ここまで来て、無難だけで終わるのも違う気がした。


 俺は一度だけ深く息を吸う。


 自主練で、試していたものがある。

 水と風。

 高圧で細く絞った流れ。


 まだ安定していない。

 でも今朝、一番噛み合った感触があった。


 ここで撃つなら、今だ。


 試験官が言う。


「始めてください」


 詠唱はしない。


 水の流れを思い描く。

 ただの塊じゃない。細く、鋭く、絞る。

 そこへ風を添える。押し出すんじゃない。圧をかけて、さらに収束させる。


 頭の中にあるのは、前世で見た高圧洗浄機みたいな噴流だ。


 手の前に、水が集まる。

 細い。

 次の瞬間、その周囲へ風を重ねる。


 嫌なくらい魔力が持っていかれる感覚があった。

 でも止めない。


「――行け」


 放たれた。


 細く圧縮された水の流れが、風に押されて一直線に走る。


 バギィッ!!


 乾いた破砕音が、試験場に響いた。


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。


 だが次の瞬間、的の中央にぽっかりと穴が開いているのが見えた。


 貫通している。


 周囲がざわついた。


「え?」

「今の何だ?」

「防護を……?」


 試験官の一人が思わず立ち上がる。


「学院長の防護魔法付きの的だぞ……?」


 もう一人の試験官も、記録の手を止めて穴を見ていた。


 俺自身も、少し遅れて事態を理解した。


 やりすぎた。


 いや、正確には――こんなにうまくいくと思っていなかった。


 直後に、右手の指先から肘にかけて痺れが走る。

 魔力を一気に持っていかれた反動だ。立ちくらみに似た揺れが少し来る。


 危ない。

 顔に出すな。


 そこへセレナの声が飛んだ。


「すごい! いつの間にこんな魔法を覚えたの?」


 俺は何とか呼吸を整えて答える。


「元々イメージして自主練を繰り返していたんだよ。こんなにうまくいったのは、はじめてだけどね」


 それは本当だった。


 狙っていた。

 でも、ここまで綺麗に通るとは思っていなかった。


 試験官がようやく我に返ったように言う。


「……次へ進んでください」


 その声にもまだ少し動揺が混じっている。


 俺は一礼して戻った。

 席に着いた瞬間、ようやく少しだけ力が抜ける。


 セレナが小声で言う。


「“はじめてだけどね”じゃないでしょう、あれ」


「自分でもびっくりしてる」


「そういう顔には見えなかったわ」


「見えないようにしてたから」


 そう返すと、彼女は呆れたように、でも楽しそうに息を吐いた。


 実技試験はそのまま続いていく。

 だが周囲の空気は、さっきまでとは少し違っていた。


 受験生たちの視線。

 試験官のざわつき。

 的に空いた穴。


 全部が、さっきの一撃が偶然では済まないことを示していた。


 ◇


 一日目の試験が終わる頃には、さすがに疲れていた。


 筆記。

 昼。

 実技。


 どれも気を抜けなかった。


 学院の外へ出ると、夕方の光が石畳を染めていた。

 朝ほどのざわめきはないが、まだ人は多い。


「終わったわね」


 セレナが言う。


「うん。一日目は」


「明日は面接」


「そっちの方が、もしかしたら厄介かもしれない」


「それは少しわかる」


 王都へ戻る馬車の中で、さすがに二人とも朝ほど喋らなかった。

 でも、沈黙は悪くなかった。


 少なくとも、一日目は終わった。

 そして、やれることはやった。


 窓の外へ目を向ける。


 王都の空は、夕方の色からゆっくり夜へ沈み始めていた。


 明日は面接。

 まだ終わりじゃない。


 でも今日、確かに一歩踏み込んだ。


 小さく息を吐く。


 次も、やるだけだ。

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