第357話 公表できない功績
王宮の結界を使った転移実験が終わると、リオンとヴァイス所長は宰相に呼び止められた。
「陛下が二人にお会いになる。ついてきてくれ」
「陛下が?」
「ああ。先ほどの結果は、すでに報告してある」
リオンたちは宰相の後について、王宮内の廊下を進んだ。
案内されたのは謁見の間ではなく、国王の執務室だった。
室内には、国王とアルフレッド第一王子がいる。
少し遅れて、王宮の警備責任者も入ってきた。
「よく来たな、ヴァイス所長。それから、リオン」
「お呼びいただき、ありがとうございます」
二人が頭を下げると、国王は椅子を勧めた。
「形式的な挨拶はいい。先ほどの転移について、もう一度確認したい」
国王は警備責任者へ視線を向ける。
「王宮の結界に故障はあったのか?」
「いいえ」
警備責任者は迷わず答えた。
「物理防御、魔法防御ともに規定の強度を満たしております。
今朝の点検にも問題はなく、転移の前後で結界が損傷した形跡もありません」
「では、管理を怠っていたわけでもないのだな?」
「はい」
「それでも、リオンは王宮の外から内部へ転移した」
「事実です」
警備責任者の表情は硬かった。
「これまでの点検では、内部の魔力を外部から探知できるかまでは確認しておりませんでした。
防護結界は、外からの攻撃を防ぐ目的で作られたものだからです」
国王は責めるような顔をしなかった。
「存在しなかった魔法への対策まで求めるつもりはない」
「ありがとうございます」
「だが、今日からは違う」
国王の声がわずかに低くなる。
「転移魔法の存在が確認された以上、知らなかったでは済まされない」
「承知しております。王宮全体の結界密度を調べ、転移対策を含めた警備基準へ改めます」
国王は頷き、今度はリオンを見た。
「リオン。正門の近くでは、王宮内に残した魔力印を感じられなかったそうだな」
「はい。あの場所では、結界に遮られて何も分かりませんでした」
「もし、そこで実験を終えていたら?」
「防護結界があれば、転移魔法では王宮に入れないと判断していたと思います」
「だが、別の場所も調べた」
「結界の魔力を見ていて、一部だけ流れが弱くなっている場所に気づきました」
リオンは、外壁に沿った一部の結界が、ほかの場所より薄く見えたことを説明した。
攻撃を防ぐ力は足りている。
しかし、内部の魔力を外から感じ取れなくするには、十分ではなかった。
その場所から王宮内に残した魔力印を捉え、転移できた。
「つまり、リオンが気づかなければ、我々は王宮の結界が転移魔法にも有効だと判断していた」
アルフレッドが言った。
「そして、いつか別の者が転移魔法を使えるようになった時、先に弱点を利用されていたかもしれません」
リオンは小さく頷いた。
自分が見つけたのは、攻撃を防げない場所ではない。
これまでの警備では問題とされなかった、わずかな魔力のムラだった。
「リオン・ハル」
国王が改めて、その名を呼んだ。
室内の空気が少し変わる。
「王宮の警備上の欠陥を発見し、敵対する者に利用される前に対策の必要性を示した。
今回の働きは、王国に対する明確な功績だ」
「自分は、気づいたことを伝えただけです」
「気づいても、黙っていることはできる」
ヴァイス所長が横から言った。
「王宮へ侵入できる方法を自分だけの秘密にすることもできた。
だが、ハルはそうしなかった」
国王も頷く。
「リオンは、王宮へ侵入できることを証明した」
強い言葉に、リオンの背筋が伸びる。
「同時に、その方法を誰よりも先に王宮へ教えた」
国王の表情に疑いはなかった。
「この違いは大きい」
「ありがとうございます」
リオンは深く頭を下げた。
「ただし、この功績を公に称えることはできない」
国王の言葉に、リオンは顔を上げた。
「王宮の結界に転移対策上の弱点があったこと。
外から王宮内へ転移できたこと。
そして、リオンが転移魔法を使えること」
宰相が続ける。
「どれも、広く知られてよい情報ではない。
大きな褒賞を公に与えれば、貴族たちは理由を探り始めるだろう」
「はい」
「だが、功績がなかったことにされるわけではない」
国王はそう言って、机の上に置かれた報告書へ手を置いた。
「今回の働きは、王家の記録へ正式に残す。
私とアルフレッド、宰相、警備責任者、ヴァイス所長が証人だ」
リオンは少し驚いた。
誰にも知られなくても、記録には残る。
王家が、その働きを認める。
「ありがとうございます」
「だが、記録だけでは褒美にならないな」
国王は少し表情を緩めた。
「リオン。何か望むものはあるか?」
「望むもの、ですか?」
「金貨でも、研究に必要な設備でもいい。
私の権限で認められるものなら、可能な限り用意しよう」
リオンは困ってしまった。
研究に必要な道具は、学院や研究所で使わせてもらっている。
今すぐ領地に必要なものも思い浮かばない。
自分の判断だけで、爵位や領地について願うわけにもいかなかった。
室内にいる全員が、リオンの答えを待っている。
「今は……思いつきません」
国王がわずかに眉を上げた。
「何も欲しくないのか?」
「今は十分に良くしていただいています。
学院で学べて、研究所にも通わせてもらっていますから」
「遠慮する必要はないぞ」
「遠慮しているわけではありません。
本当に、今すぐ必要なものが思いつかないんです」
国王はしばらくリオンを見ていた。
リオンは考えた末に、もう一度口を開いた。
「一つ、お願いしてもよろしいでしょうか」
「言ってみろ」
「もし今後、自分の力だけでは解決できないことが起きた時、その時にお願いを聞いていただくことはできますか?」
一瞬、室内が静かになった。
アルフレッドが少しだけ目を見開く。
宰相も、リオンをじっと見ていた。
「褒美を後に取っておくつもりか?」
国王が尋ねる。
「そういうつもりではありません」
リオンは慌てて首を横に振った。
「今は必要のないものをいただくより、本当に困った時に助けていただけた方がありがたいと思っただけです」
アルフレッドが小さく笑った。
「リオン。それは金貨や研究設備より、大きな褒美かもしれないぞ」
「そうなのですか?」
「父上に頼みを一つ残すことになるからな」
リオンはそこで初めて、自分の願いが思った以上に重いものだと気づいた。
「すみません。それなら、別のものを――」
「いや」
国王が止めた。
「面白い。認めよう」
「よろしいのですか?」
「ただし、条件がある」
国王は指を一本立てた。
「王国の法に反しないこと」
さらに、二本目。
「王国や民に大きな害を与えないこと」
三本目。
「そして、私の権限で叶えられることだ」
「はい」
「その範囲であれば、今回の功績に対する褒美として、リオンの願いを一つ聞こう」
リオンは立ち上がり、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「宰相、記録に残せ」
「承知しました」
宰相は手元の紙へ視線を落とす。
「王宮結界の転移対策上の欠陥を発見した功績により、リオン・ハルに王家への願いを一つ保留する。
ただし、陛下がお示しになった条件の範囲内とする」
「それでよい」
国王は満足そうに頷いた。
「それから、転移魔法と亜空間収納魔法については、当面の間、情報を厳しく管理する」
ヴァイス所長が答える。
「研究所でも、関係者を限定します」
「王宮の結界改修にも協力してもらいたい」
「もちろんです」
国王はリオンを見る。
「リオンにも、また力を借りることになる」
「自分にできることでしたら」
「無理にすべてを解決する必要はない。
今回のように、気づいたことを伝えてくれればいい」
「はい」
話が終わり、リオンとヴァイス所長は執務室を退出した。
二人の足音が廊下の向こうへ消えていく。
室内に残った宰相は、先ほど書き留めた記録へ目を落とした。
「金貨や地位の方が、まだ簡単でしたな」
「本人は、そこまで考えていないだろう」
アルフレッドが言った。
「だから認めた」
国王は椅子へ深く腰を下ろした。
「自分のために何を得るかではなく、まだ起きていない何かに備えようとした。
リオンらしい願いだ」
一方、廊下を歩くリオンは、国王から得た約束がどれほど重いものなのか、まだ十分には理解していなかった。
ただ、いつか自分の力だけでは守れないものができた時。
その時に頼れる相手が一人増えた。
今は、それだけで十分だった。
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