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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第356話 王宮の結界の綻び

王宮の正門をくぐったリオンとヴァイス所長は、警備兵の案内で中庭へ向かった。


 そこには、すでに数人の人間が集まっていた。


 中央に立っているのは宰相だ。


 その隣には、王宮警備を預かる責任者と、宮廷魔術師たちが並んでいる。


「よく来てくれた、ヴァイス所長。それから、リオン・ハル」


「お招きいただき、ありがとうございます」


 リオンが頭を下げると、宰相は小さく頷いた。


「今日は、君たちから届いた回答を実際に確認したい。まずは転移魔法からだ」


 警備責任者が前へ出た。


「王宮は、正門から建物の内部まで複数の防護結界で守られています。

外部からの魔法攻撃を受けても、簡単に破られるものではありません」


「結界の点検は?」


 ヴァイス所長が尋ねる。


「毎日行っております。今朝の確認でも異常はありませんでした」


 警備責任者の声には自信があった。


 リオンは周囲を見回した。


 王宮全体が、厚い魔力の膜に覆われている。


 以前に訪れた時も結界の存在は感じていた。


 だが、転移魔法への影響を確かめるつもりで見ると、気になることがあった。


 リオンの視界の端に、《綻びの目》の文字が浮かぶ。


≪物理防御:高≫

≪魔法防御:高≫

≪結界範囲:一部弱い≫


 結界そのものは強い。


 物理的な攻撃にも、魔法攻撃にも十分耐えられる。


 しかし、王宮を覆う結界の厚さは均一ではなかった。


 正門や宮殿の近くは濃い。


 一方で、外壁に沿った一部の場所では、魔力の流れが薄くなっている。


「どうした、ハル」


 ヴァイス所長が尋ねた。


「結界の強さが、場所によって違います」


 警備責任者がリオンを見る。


「多少の差はあります。

門や建物の位置、結界を維持する魔石からの距離によって、完全に同じ強さにはなりません」


「薄い場所もあるのですか?」


「規定の防御力は、すべての場所で満たしています」


「攻撃を防ぐ力は足りていると思います」


 リオンは外壁の方へ目を向けた。


「でも、内部の魔力を感じ取れなくするには、薄い場所があるかもしれません」


 警備責任者の眉が動いた。


「この結界は、外からの攻撃を防ぐためのものです。

王宮内部の魔力を隠すためのものではありません」


「それだと、転移魔法は防げない可能性があります」


「なぜです?」


「転移魔法は、結界を壊して中へ入る魔法ではないからです」


 リオンは答えた。


「王宮内に残した自分の魔力印を外から感じ取れれば、そこへ移動できます」


「だが、君は防護結界があれば、魔力印を探知できないと報告したはずです」


「結界が十分に濃ければ、です」


 リオンは正門付近の結界を指した。


「ここは強いので、中の魔力をほとんど感じません。でも、場所によっては結界が薄くなっています」


 警備責任者は、近くにいた宮廷魔術師へ視線を向けた。


「結界に異常は?」


「ありません」


 魔術師は即答した。


「すべて、定められた範囲内です」


「ならば、結界は正常です」


 警備責任者が言った。


 ヴァイス所長が口を開く。


「外部からの攻撃を防ぐ結界としては、だろう」


「何が言いたいのですか」


「ハルは結界が壊れているとは言っていない。

転移魔法への対策としては不十分かもしれないと言っている」


 警備責任者は反論しなかった。


 これまで転移魔法など存在していなかった。


 防護結界を作った者も、点検してきた者も、内部の魔力印を外から追われることなど想定していない。


 宰相がリオンへ尋ねる。


「確かめることはできるか?」


「王宮の中に自分の魔力印を残して、外から感じ取れるか試せば分かります」


「感じ取れた場合、転移もできるのか?」


「印をはっきり捉えられれば、できると思います」


「お待ちください」


 警備責任者が口を挟んだ。


「王宮の外から内部への転移を許可するのですか?」


「その危険があるか確認するために、今日の場を設けたのではないか」


 宰相が静かに答える。


「しかし、万が一、転移先がずれれば――」


「それは私も勧められません」


 ヴァイス所長が言った。


「印が不安定なら、ハルには発動させない。

転移先にも人員を配置するべきでしょう」


 宰相は少し考えてから警備責任者へ向き直った。


「人の少ない場所はあるか?」


「この先の小中庭なら、現在は使われておりません」


「そこを転移先にする。宮廷魔術師と警備兵を配置し、安全を確認させろ」


「承知しました」


「推測のまま終わらせるわけにはいかない。

実際の侵入者に試される前に、我々自身で確認する」


 ◇


 リオンたちは、宮殿の脇にある小さな中庭へ移動した。


 中央には石畳が敷かれ、周囲を低い植え込みが囲んでいる。


「この場所なら、突然現れても周囲へ被害は出にくいでしょう」


 警備責任者が言った。


 リオンは指定された石畳の中央に手をかざした。


 薄く魔力を流し、自分の印を残す。


「置きました」


 宮廷魔術師が石畳へ魔力を向ける。


「微弱ですが、リオン・ハル本人の魔力反応を確認しました」


「では、外へ出る」


 宰相の指示で、数人の宮廷魔術師と警備兵が中庭に残った。


 リオン、ヴァイス所長、宰相、警備責任者は正門を通り、王宮の外へ出る。


 まずは正門の近くで試すことになった。


「中庭の印を探してみろ」


 ヴァイス所長に言われ、リオンは意識を集中させた。


 だが、何も感じない。


 厚い膜に遮られたように、自分の魔力の気配が消えている。


「分かりません」


 警備責任者が息を吐いた。


「やはり、結界が内部の魔力を遮断しています」


「ここでは、です」


 リオンは《綻びの目》に映る結界を見た。


 視線の先に、魔力の薄い場所がある。


「移動してもいいですか?」


 宰相が頷いた。


「君が気になった場所へ行ってくれ」


 リオンは外壁に沿って歩いた。


 警備責任者たちも後に続く。


 やがて、正門から少し離れた場所で足を止めた。


 見た目には、ほかの場所と何も変わらない。


 石造りの外壁が続いているだけだ。


 だが《綻びの目》には、その場所だけ結界が薄く見えていた。


「ここです」


「ここに異常はありません」


 警備責任者が言った。


「結界を支える魔石から距離があるため、多少薄くなっているだけです。

防御力は規定を満たしています」


「もう一度、印を探してみます」


 リオンは目を閉じた。


 王宮内の小中庭。


 石畳へ残した、自分の魔力。


 最初は何も感じなかった。


 だが、意識を細く伸ばしていくと、ごく微かな反応があった。


 遠くに小さな灯りがある。


 さらに集中する。


 灯りの位置が、次第にはっきりしていく。


「見つけました」


 警備責任者の表情が変わった。


「本当に中庭の印ですか?」


「はい。さっき残した自分の魔力です」


 ヴァイス所長が尋ねる。


「転移に使えるほど明確か?」


 リオンは印をもう一度確かめた。


 場所は分かる。


 印も途切れていない。


「できると思います」


「感じ取れた時点で、十分ではありませんか」


 警備責任者が宰相へ言った。


「転移を行わせる必要はないかと」


「感知できることと、実際に移動できることは同じではない」


 宰相は小中庭に残った魔術師と連絡を取らせた。


 しばらくして、警備兵が戻ってくる。


「転移先に異常はありません。周囲の配置も完了しています」


 宰相がリオンを見る。


「少しでも印が不安定だと感じたら、発動を中止しろ」


「はい」


「転移を許可する」


 リオンは小さく息を吸った。


 王宮内に残した自分の魔力を捉える。


 その気配を追い、自分自身を重ねる。


 魔力を流した。


 景色が一瞬だけ揺れる。


 次の瞬間。


 リオンは、小中庭の石畳の上に立っていた。


「転移した……」


 待機していた警備兵が呟く。


 宮廷魔術師たちも、驚きを隠せずにリオンを見ている。


 外壁も、門も越えていない。


 防護結界も壊れていない。


 それでもリオンは、王宮の外から内部へ入っていた。


 ◇


 宰相たちが正門から小中庭へ戻ってきた。


 警備責任者は、リオンの姿を確認すると、すぐに宮廷魔術師へ尋ねる。


「結界の状態は?」


「異常ありません。転移の前後で、結界に変化はありませんでした」


「破られてはいないのか」


「はい」


 ヴァイス所長が口を開く。


「結界は正常に機能している」


 警備責任者が所長を見る。


「ならば、なぜ侵入できたのです」


「外部からの攻撃を防ぐ結界としては正常だった。

だが、転移魔法を防ぐ結界としては不十分だった」


 宰相は王宮を覆う結界を見上げた。


「これまでの点検に誤りがあったわけではない」


 警備責任者は黙って聞いている。


「これまで存在しなかった魔法を、警備基準に加えていなかっただけだ」


 宰相は宮廷魔術師たちへ指示を出した。


「王宮全体の結界密度を調べろ。

規定の防御力を満たしているかではなく、内部の魔力探知をどこまで遮断できるかを確認する」


「承知しました」


「薄い場所をすべて特定し、魔石の配置と術式を見直せ。

出入口を開いた際の影響も調べるように」


 次にヴァイス所長を見る。


「王立研究所にも協力を求めたい」


「転移対策用の結界について、研究を始めましょう」


 宰相が頷く。


 リオンは、自分が転移してきた石畳を見下ろした。


 王宮の結界は壊れていなかった。


 警備責任者も、宮廷魔術師も、役目を怠っていたわけではない。


 ただ、守るべきものの形が変わったのだ。


「今日まで、この結界は一度も破られていない」


 宰相が静かに言った。


 その視線が、リオンへ向けられる。


「だが、転移魔法には、結界を破る必要すらなかった」


 リオンの《綻びの目》が見つけたのは、壊れた結界ではない。


 これまで誰も想定していなかった、王宮の守り方そのものの綻びだった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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