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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第16章 王立学院五年 一学期

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第342話 揺れが生む冷風

 次の研究コースの授業で、リオンたちの低温保存箱には薬瓶ではなく、食材が入れられた。


 葉野菜。


 薄切りの肉。


 小さな果物。


 どれも本物ではあるが、授業用に少量ずつ用意されたものだ。


「今日は、食材を傷めずに運ぶことを想定します」


 クラリッサ先生はそう言って、教室を見渡した。


「薬品とは、守るものが違います。凍らせてはいけないもの、潰れてはいけないもの、水滴で傷むもの。何を見るべきか、考えながら進めてください」


 リオンたちは、前回の失敗を受けて箱の中に簡易の仕切りを入れていた。


 薬瓶の札が濡れて剥がれかけた。


 その原因は、揺れで中身が動いたことと、結露が札に触れたことだった。


 だから今回は、食材が冷却核へ寄りすぎないよう、木枠で区切る。


「これなら、前みたいに片側へ寄ることは少ないと思う」


 ミラが仕切りを確かめながら言った。


 ヴィクトルも箱の中を見て頷く。


「少なくとも、荷が勝手に動く危険は減るな」


「うん」


 リオンは記録用紙に視線を落とした。


 測るもの。


 揺れた後の位置。


 結露の出る場所。


 食材ごとの変化。


 箱の中の冷え方の差。


 前回より、見る場所は増えている。


 面倒ではある。


 けれど、その面倒を飛ばせば、現場で誰かが困る。


「始めよう」


 リオンの声で、ヴィクトルが模擬荷車台を押した。


 がたん。


 がたん。


 低温保存箱が、凹凸のある板の上で揺れる。


 箱の中からは、前回のように瓶が触れ合う音はしない。


 仕切りは効いている。


 リオンは少しだけ手応えを覚えた。


 測定具の色も大きく崩れていない。


 冷却核Bは、今回も穏やかに冷たさを保っている。


「動きは少ないね」


 ミラが箱の中を覗き込みながら言う。


「仕切りは必要だな」


 ヴィクトルが記録用紙に書き足した。


 だが、しばらくして箱を開けた時、三人は同時に黙った。


 食材は大きく動いていない。


 だが、別の問題が起きていた。


 冷却核に近い葉野菜の端が、冷えすぎたようにしおれている。


 箱の下側には小さな水滴が集まっていた。


 一方で、上側に置いた肉は、思ったほど冷えていない。


「同じ箱の中なのに……」


 リオンは測定具を見比べた。


 下側はよく冷えている。


 冷却核に近い場所も冷えている。


 けれど、上側と反対側は弱い。


「冷え方が違う」


 ミラが葉野菜をそっと持ち上げた。


「こっちは冷えすぎてる。でも、こっちはそうでもないね」


 ヴィクトルが顔をしかめる。


「商隊でこれをやると、同じ箱に入れた食材なのに、傷むものと傷まないものが出る」


「冷却核は動いてる。仕切りも効いてる」


 リオンは低温保存箱の中を見つめた。


「でも、冷たさが均一に広がっていない」


 その瞬間、前世の記憶がよぎった。


 夏の事務所。


 足元だけが冷える部屋。


 天井近くにたまる熱気。


 冷房の風が直接当たる席と、まったく届かない席。


 冷たい空気は、ただそこにあるだけではない。


 下にたまり、流れ、逃げる。


 動かさなければ、偏る。


「……冷やすだけじゃ駄目なんだ」


 リオンは小さく呟いた。


 ミラが顔を上げる。


「え?」


「冷えた空気を、箱の中で動かさないと。冷却核の近くばかり冷えて、離れた場所には届きにくい」


 リオンは箱の中に指を差し入れ、冷却核の近くと上側を確かめた。


 感覚だけで決めてはいけない。


 それは前回、クラリッサ先生に教わった。


 だから測定具の色を見て、記録する。


 冷却核付近。


 下側。


 上側。


 反対側。


 差は確かに出ていた。


「冷たい空気を回せれば、むらを減らせるかもしれない」


 リオンが言うと、ミラは少し考えてから葉野菜を見た。


「でも、冷たい風が直接当たると、食材によっては傷みそう。人に当たっても、ずっと冷たい風が来たら嫌かも」


「うん。風を作ればいい、という話でもない」


 リオンは頷いた。


 ヴィクトルが腕を組む。


「箱の中で冷気を動かせるなら、商隊用としては価値がある。倉庫にも応用できるかもしれないな」


 そこで、ヴィクトルは少し眉を寄せた。


「だが、風を起こす魔石まで使うなら、魔力消費が増える。普及品には向かないかもしれない」


 魔力消費。


 その言葉で、リオンの思考が止まった。


 風を起こす魔石。


 冷却核。


 どちらも魔力がいる。


 商隊で長く運ぶなら、魔力の負担はできるだけ減らしたい。


 その時、模擬荷車台が小さく揺れた。


 がたん。


 板の上で車輪が跳ねる。


 リオンは、その揺れを見た。


 前回は、この揺れが失敗の原因だった。


 薬瓶が動き、札が濡れた。


 だが、馬車や荷車なら、移動中ずっと揺れがある。


 車輪は回る。


 荷台は震える。


 軸も細かく揺れ続ける。


 そこで、リオンは思い出した。


 純石。


 光らない。


 魔力もほとんど通らない。


 工房では混じりものとして扱われていた透明な石。


 だが、あの石はただの不要品ではなかった。


 圧力、振動、回転。


 あの石は、魔力を直接流して使う石ではない。


 動きを与えることで反応する石だった。


 足踏み砥石のそばで、規格外の青輝石がわずかに明滅した。


 純石が、振動や回転を受けることで、青輝石の反応を変えていた。


 なら。


「リオン?」


 ミラが声をかける。


 リオンは模擬荷車台の車輪を見つめたまま言った。


「馬車の揺れや、車輪の回転を使えないかな」


「揺れを?」


 ヴィクトルが聞き返す。


「前に、純石という石を見つけた。魔力は通りにくい。でも、振動や回転に反応する。ハル領の街灯にも使われている石なんだ」


 リオンは手元の記録用紙に、簡単な図を描いた。


 車輪。


 軸。


 純石。


 冷却核。


 風を起こす魔石。


「馬車が走っている間、車輪は回り続ける。荷台も揺れ続ける。その動きを純石に伝えられれば、移動中だけでも魔力反応を補えるかもしれない」


 ヴィクトルの目が細くなる。


「つまり、移動している間だけ、冷却核や風の魔石を助ける?」


「うん。冷却核で冷やして、風の魔石で冷たい空気を箱の中に回す。全部を人の魔力で動かすんじゃなくて、馬車の動きも使う」


 ミラが箱の中を見た。


「揺れで失敗したのに、その揺れを使うの?」


「使えるなら」


 リオンは、濡れた札の時のことを思い出した。


 失敗は悪いことではない。


 机の上で見つかった失敗は、現場で起きる事故を減らす。


 なら、失敗の原因だった揺れも、見方を変えれば使える材料になるかもしれない。


 クラリッサ先生が、いつの間にか近くに来ていた。


「面白い仮説です。今の気づきは、研究の芽になります」


 リオンは顔を上げた。


 先生は、リオンの記録用紙に描かれた図を見る。


 車輪。


 軸。


 純石。


 冷却核。


 風を起こす魔石。


「ですが、まだ仮説です」


「はい」


「馬車の揺れは一定ではありません。道が変われば振動も変わります。車輪の回転も、速さによって変わる。純石の反応が安定しなければ、冷却核にも風の魔石にも使えません」


 その通りだった。


 純石は振動や回転に反応する。


 だが、いつでも同じように使えるとは限らない。


「それに、食材保存の測定と、純石を使った冷風循環の検証では、確かめる条件が違います。今ここで一緒に進めると、どちらの結果も曖昧になります」


 クラリッサ先生は、記録用紙の端を指した。


「捨てるのではありません。分けて記録しなさい。後で戻れる形にしておくことも、研究です」


 止められたわけではない。


 育てるために、分けるのだ。


「はい。今は、箱の中の冷え方のむらを記録します」


「それでよいです」


 リオンは、記録用紙の端に小さく書いた。


 純石。


 馬車の揺れ。


 車輪の回転。


 冷却核。


 風の魔石。


 移動中の冷風循環。


 そして、その下に線を引き、今見るべき項目を書き直した。


 箱の下側。


 上側。


 冷却核付近。


 反対側。


 食材ごとの変化。


 水滴の位置。


 冷気が直接当たる場所。


 ミラがそれを見て、小さく笑った。


「思いつき、ちゃんと残したんだ」


「忘れたくないから」


「うん。それは大事だと思う」


 ミラは、しおれた葉野菜を見ながら続けた。


「でも、今はこっちだね。冷たいところと、そうじゃないところがある。食材によっては、冷えすぎても駄目なんだと思う」


「うん」


 リオンは頷いた。


「冷やすだけじゃなくて、冷気がどこへ行くのかを見ないといけない」


 ヴィクトルも記録用紙を覗き込んだ。


「もし本当に馬車の揺れで冷風を作れるなら、商隊用としてはかなり大きい。だが、商品にするには安定性が問題だな」


「そこは、まだ全然分からない」


 リオンは正直に答えた。


「純石は振動や回転に反応する。でも、馬車の揺れは一定じゃない。どれくらい使えるかは、試してみないと分からない」


「なら、今は目の前の課題だな」


 ヴィクトルが言った。


「ああ」


 リオンは低温保存箱の中を見た。


 冷却核は静かに冷たさを保っている。


 だが、その冷たさは箱の中で偏っている。


 ただ冷やせばいいわけではない。


 冷気は、下にたまり、逃げ、流れ、時には守りたいものを傷める。


 だから、冷気の行き先を見なければならない。


 その行き先を、人の手ではなく、馬車の動きで作ることができたなら。


 失敗の原因だった揺れが、冷気を運ぶ力に変わるかもしれない。


 リオンは最後に、記録用紙の端へもう一つだけ書き加えた。


 揺れを、冷風に変える。


 その文字はまだ、小さな仮説にすぎない。


 けれど、低温保存箱はリオンの中で、ただの箱ではなくなっていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
先生は何故純石に詳しいのや。。。
逆にはじめからムラがある冷却魔導器Cが輸送用に適している可能性はありそう。冷却ムラを制御できればの話かもしれないが
もう純石は水車を使ったハル領の街頭一括点灯に応用されていますよね.整合性が合わない箇所がいくつも出てくると読み続けるのが辛くなっていきます。
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