第336話 昼休みの決意
短編で「元最強探索者、ダンジョン救助員になる(https://ncode.syosetu.com/n5300ml/)」を書きました。
翌朝、リオンはいつも通り教室にいた。
朝の授業が始まる前から、あちこちで昨日見たコースの話が続いていた。
そんな声を聞きながら、リオンは席に着いていた。
机の上には、今日の教材が並んでいる。
授業の準備はできている。
けれど、頭の奥には、昨夜自室で紙に書いた言葉が残っていた。
足りないものを、形にする。
文官。
研究。
騎士。
魔法。
どれも大事だ。
だが、自分が一番学びたいものは、もう見え始めていた。
「リオン」
隣からミラが小さく声をかけてきた。
「今日、少し静かだね」
「そうかな」
「うん。何か決めた顔してる」
リオンは少しだけ笑った。
「顔に出てる?」
「出てる。たぶん」
「たぶんなんだ」
「でも、昨日の夜ずっと考えてたんでしょ?」
ミラは、からかうというより、自然にそう聞いてきた。
リオンは少し迷ってから頷いた。
「うん。少しね」
「そっか」
ミラはそれ以上、急かさなかった。
ただ、前を向きながら小さく笑った。
「昼に聞くね」
「分かった」
リオンは頷いた。
やがてベルンハルト先生が教室に入り、午前の授業が始まった。
授業はいつも通り進んだ。
昨日の見学の話題に触れる生徒もいたが、ベルンハルト先生はそれを軽く受け止めるだけで、すぐに通常の内容へ戻した。
「見学で何を感じたかは、それぞれ違うだろう。
だが、感じただけで終わらせるな。
次に何を学ぶかへつなげろ」
その言葉に、リオンは静かに頷いた。
次に何を学ぶか、か。
◇
午前の授業が終わると、生徒たちは一斉に席を立った。
リオンたちも、いつものように食堂へ向かった。
昨日と同じ場所には、すでにガイルとクラウスがいた。
ガイルはまだ騎士コースの話をしている。
「昨日の打ち込み、もう一度見たいな。
あれは見てるだけで腕が動きそうになる」
「まだ言っているのか」
クラウスが淡々と言った。
「言うだろ。あれを見て何も思わない方がおかしい」
「思うことはあった。ただ、お前ほど声には出さない」
「お前は何でも静かすぎるんだよ」
「お前は何でも声に出しすぎる」
ミラが二人を見て笑った。
「騎士コース組、もう息が合ってるね」
「合っているのか、これは?」
クラウスが首を傾げる。
「合ってるんじゃない?」
ミラは楽しそうに言った。
そこへ、セレナとナディアが並んでやって来た。
セレナはいつも通り背筋を伸ばしている。
ナディアは柔らかく微笑み、リオンたちに軽く会釈した。
「お待たせしました」
「全員そろった?」
ミラが周囲を見回す。
少し遅れて、エドガーとヴィクトルもやって来た。
エドガーは昼食を手に、いつも通り落ち着いた足取りだった。
ヴィクトルは何か考えているような顔をしていたが、昨日よりは表情がはっきりしている。
「これでそろったわね」
セレナが言った。
しばらくは、いつものように昼食を取りながら、軽い話が続いた。
ガイルは騎士コースの訓練の話をし、クラウスがそれを時折訂正する。
ナディアはそれを見て、くすりと笑う。
「ミラさん、まだ実験のことを考えているんですか?」
「ちょっとね。光って、置き方だけでけっこう変わるんだなって」
「昨日からずっとそれを言っているな」
ヴィクトルが言う。
「だって面白かったんだもの」
ミラは素直に答えた。
その言葉に、リオンは少しだけ笑った。
会話が一段落したところで、ミラがリオンを見た。
「それで、リオンは決めたの?」
その一言で、周囲の視線が自然とリオンに集まった。
リオンは手にしていた杯を置いた。
「うん。決めた」
ガイルが身を乗り出す。
「どこだ?」
リオンは、少しだけ間を置いてから言った。
「僕は、研究コースに進む」
場が一瞬静かになった。
最初に反応したのはガイルだった。
「研究コースか。騎士コースじゃないのは残念だな」
「騎士コースも大事だと思ってるよ」
リオンは苦笑した。
「でも、僕が一番学びたいことは研究コースに近いと思った」
クラウスが静かに口を開く。
「昨日言っていた、足りないものを形にするという話か」
「うん」
リオンは頷いた。
「ハル領には、まだ足りないものが多い。暗い場所もある。
記録が曖昧な場所もある。 人に頼りきっている判断もある。
壊れてから慌てて直す癖もある」
リオンは、そこで一度言葉を切った。
「そういうものを見つけて、試して、使える形にしたい。
研究コースなら、それを学べると思った」
エドガーが短く言った。
「合っていると思う」
リオンはエドガーを見る。
「そう思う?」
「ああ。お前は、ただ作りたいわけではないだろう。
使えるようにしたいんだと思う」
エドガーらしい、飾りのない言い方だった。
セレナも頷く。
「昨日の話を聞いていれば、意外ではないわね」
ナディアが穏やかに微笑んだ。
「リオンさんらしい選び方だと思います」
リオンは少し照れたように視線を落とした。
「ありがとう」
「じゃあ、次は俺だな」
ガイルが自分の胸を叩いた。
「俺は騎士コースだ。昨日見て、迷う理由がなくなった」
「ガイルはそう言うと思った」
ミラが笑う。
「お前、今朝も同じこと言ってたからな」
クラウスが言った。
「言ってたか?」
「言っていた」
「なら、もう全員知ってるな」
ガイルは悪びれずに笑った。
クラウスは肩をすくめる。
「俺も騎士コースにする。個人の剣より、隊で守る動きを学びたい」
ガイルが嬉しそうにクラウスを見る。
「同じだな」
「同じ騎士コースでも、見るものは違うと思うがな」
「それでいいだろ。騎士コースなのは同じだ」
ガイルはあっさり言った。
クラウスは少しだけ笑った。
エドガーが続く。
「俺は文官コースにする」
「やっぱり?」
ミラが言うと、エドガーは頷いた。
「現場を支える仕事なら、学ぶ意味がある」
リオンは自然と背筋を伸ばした。
「エドガーが文官コースにいてくれると心強い」
「まだ決めただけだ。できるようになったわけじゃない」
エドガーがそう返すと、セレナが軽く笑った。
「そういうところが信用できるのよ」
「褒めているのか?」
「もちろん」
セレナは当然のように答えた。
エドガーは少し困ったように目を逸らした。
その様子に、ミラがまた笑う。
「セレナは?」
ガイルが聞いた。
セレナは軽く腕を組んだ。
「私は魔法コースにするわ」
「似合うな」
「当然でしょ」
セレナは少しだけ得意げに言った。
それから、昨日の見学を思い出すように視線を落とした。
「ただ、昨日見て少し考えが変わったわ。
魔法をただ力として扱う場所ではなかった。
だから、もう少し見てみたいの」
リオンは頷いた。
「セレナなら、魔法コースでもしっかり見そうだね」
「当たり前よ。中途半端に扱うつもりはないわ」
ナディアが続いた。
「私も魔法コースを考えています」
「ナディアも?」
ガイルが少し驚いたように見る。
ナディアは穏やかに頷いた。
「はい。魔法そのものだけでなく、魔法を使う人の近くにいる者が、どう動くべきかも学びたいと思いました」
「ナディアらしい理由だね」
リオンが言うと、ナディアは少し照れたように笑った。
「自分にできることから考えたいので」
それぞれの進む先が、少しずつ見えてきた。
そこでミラが、軽く手を挙げた。
「じゃあ、私も言うね」
リオンはミラを見た。
「ミラも決めたの?」
「うん。私も研究コースにする」
「ミラも?」
「うん。それと、飛び級もする」
リオンは思わず目を瞬かせた。
「飛び級も?」
「そんなに驚く?」
「研究コースは合うと思ってたけど、飛び級まで決めていたとは思わなかった」
ミラは少し真面目な顔になった。
「昨日の実験、楽しかったの。
難しい理屈はまだ分からないけど、使う人によって見え方が違うっていうのは分かった」
リオンは黙って聞いた。
「まぶしいとか、使いにくいとか、ちょっと怖いとか。
そういう小さな違いを拾えるなら、研究コースで学ぶ意味があると思ったの」
ミラはそこで、少しだけ笑った。
「それに、リオンが研究コースに行くなら、面白いことが起きそうだし」
ガイルが笑う。
「理由、それか?」
「大事よ。面白い方が続くもの」
「それは分かる」
ガイルが妙に納得したように頷く。
セレナが呆れたように言った。
「そこで納得するのね」
「面白いのは大事だろ」
「否定はしないけれど」
ミラは明るく笑っていた。
けれど、リオンには分かった。
ミラは軽い気持ちだけで言っているわけではない。
昨日の青輝石の実験で、彼女は本当に使う人の感覚を見ていた。
リオンは小さく頷いた。
「ミラが研究コースにいると、助かると思う」
「本当?」
「うん。僕は気づかないことも多いから」
「それ、ちょっと嬉しい」
ミラは素直に笑った。
その時、ヴィクトルが静かに口を開いた。
「俺も研究コースにする」
全員の視線が、今度はヴィクトルへ向いた。
ミラが驚いたように言う。
「ヴィクトルも?」
「ああ」
ヴィクトルは落ち着いて頷いた。
「飛び級にも挑戦するよ」
ガイルが目を丸くした。
「お前までか」
「昨日から考えていた」
ヴィクトルは淡々と言った。
「研究コースで学ぶことは、ローデン商会に必要になる」
リオンは少しだけ眉を寄せた。
「僕に合わせなくていいんだよ」
ヴィクトルはすぐに返した。
「合わせているだけなら、飛び級まではしない」
その言葉に、リオンは何も言えなくなった。
ヴィクトルは続ける。
「良い品を仕入れて売るだけなら、今まで通りでいい。
だが、同じ材料から別の価値を作れるなら、商会の仕事は変わる」
セレナが静かに聞いている。
エドガーも、ガイルも、クラウスも、黙ってヴィクトルを見ていた。
「試作と改良を商会の中に持てば、ローデン商会はもっと先へ行ける。 昨日の青輝石の実験を見て、そう思った」
リオンは、昨日ヴィクトルと話したことを思い出した。
工房は作る場所。
その前に試す場所。
売れるか、壊れやすくないか、運びやすいか、使う人が困らないか。
それを商会の中で確かめる。
ヴィクトルは、それを本気で考えているのだ。
ヴィクトルは、少しだけリオンを見た。
「それに、リオンといると退屈しない」
ガイルが吹き出しそうになった。
「結局、それも理由なんだな」
「大事な理由だ」
ヴィクトルは真顔で言った。
ミラが笑う。
「分かる。退屈しないって大事よね」
セレナが呆れたように、けれど少し楽しそうに言う。
「あなたたち、研究コースを何だと思っているの」
ヴィクトルは少し考えてから答えた。
「退屈しない場所だろう」
「答えになっているようで、なっていないわね」
「間違ってはいない」
セレナは小さく息を吐いた。
「そういうところ、本当に商人らしいわ」
「商人は、退屈な場所に長くいない」
「それは初耳ね」
ミラが笑い、ガイルも声を上げて笑った。
昼休みの空気が、少し明るくなる。
リオンは、ミラとヴィクトルを見た。
二人とも研究コースを選んだ。
しかも、飛び級まで受けるという。
驚きはあった。
けれど、不思議と違和感はなかった。
ミラは、人が使った時の感覚を見る。
ヴィクトルは、それを商会の未来へつなげる。
同じ研究コースでも、二人が見ているものは少し違う。
それが、心強かった。
「三人とも研究コースか」
ガイルが腕を組んだ。
「変なもの作る時は、俺にも見せろよ」
「変なものって決めつけないでよ」
ミラが言う。
ヴィクトルが真面目な顔で続けた。
「売れそうなら見せる」
「売れなかったら?」
「見せない」
「そこは見せてあげようよ」
ミラが笑う。
「俺は売れるかどうかじゃなくて、面白いかどうかで見たいんだ」
ガイルが言うと、クラウスが静かに返した。
「お前が面白がるものは、たいてい危ない」
「否定できないな」
「否定しろ」
また笑いが起きた。
エドガーが、ふと静かに言った。
「進む場所は違っても、見ている先は近いのかもしれないな」
リオンはその言葉に目を向けた。
エドガーは、いつものように淡々としている。
だが、その言葉は不思議と胸に残った。
道は違う。
けれど、それぞれが昨日見たものを、自分の言葉で受け止めている。
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
中庭にいた生徒たちが少しずつ立ち上がる。
「そろそろ戻らないと」
セレナが言った。
ガイルが眉を寄せる。
「次の授業、何だった?」
クラウスが即答した。
「予定表を見ろ」
「見た。忘れた」
「なら、もう一度見ろ」
ナディアが笑った。
「ガイルさんらしいですね」
リオンも立ち上がった。
昼休み前と、何かが大きく変わったわけではない。
それでも、皆の顔は少しだけ違って見えた。
リオンは、自室の机に置いた紙のことを思い出した。
足りないものを、形にする。
その言葉は、もう紙の上だけにあるものではなくなっていた。
「行こう」
リオンが言うと、皆がそれぞれ頷いた。
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