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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第15章 王立学院三年 三学期

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第335話 足りないものを形にする

 見学を終えた後、リオンは寮の自室へ戻った。


 廊下には、まだ三年Sクラスの生徒たちの声が残っていた。


どのコースが面白かったか、誰がどこに向いていそうか、そんな話があちこちから聞こえてくる。


 それぞれが、自分の見たものを自分の言葉で話していた。


 そのことが、なぜかリオンの胸に残っている。


 部屋に入ると、リオンは扉を閉めた。


 机の前に座り、リオンは紙を一枚広げた。


 そして、上から順に四つの言葉を書いた。


 文官。


 研究。


 騎士。


 魔法。


 書いてみると、どれも簡単には消せなかった。


 文官の横には、道、食料、荷車、帳面、判断、と書いた。


 研究の横には、試す、比べる、記録する、使える形にする、と書いた。


 騎士の横には、隊、護衛、避難、最後に残る者、と書いた。


 魔法の横には、加減、制御、止める、巻き込まない、と書いた。


 リオンは羽根ペンを置き、椅子の背にもたれた。


 どれも大事だ。


 そう思うからこそ、選べない。


 けれど、ただ迷っているだけでは先に進めない。


 リオンはもう一度、紙の上の四つの言葉を見た。


 そもそも、自分は何をしたいのか。


 学院で良い成績を取ることか。


 王都で認められることか。


 ハル家の名を高めることか。


 もちろん、それらも無関係ではない。


 だが、一番奥にあるものは違う。


 リオンは、以前ハーウェイ侯爵に問われた時のことを思い出した。


 どんな領にしたいのか。


 そう聞かれて、自分はこう答えた。


 強い領にしたい、というより、暮らしが続く領にしたい。


 働く場所がある。


 食べられる。


 眠る場所がある。


 困った時に相談できる。


 子どもや若い者が学べる。


 道と灯りがあり、危ない場所が分かる。


 人が使い捨てにされず、そこに残れる。


 言葉にした時、自分でも少し驚いた。


 前世で会社を経営していた頃、発展という言葉はもっと分かりやすかった。


 売上が伸びる。


 人が増える。


 取引先が広がる。


 新しい拠点ができる。


 外から見れば、それは成功に見える。


 だが、リオンは知っている。


 大きくなることと、続くことは違う。


 帳面の数字が伸びていても、現場で働く者が削られていくことがある。


 新しい仕事を増やしても、誰か一人の無理で支えられているだけのことがある。


 周囲から褒められていても、中では小さな不満や疲労が積み重なっていることがある。


 そして、そういうものは、ある日突然壊れる。


 突然に見えるだけで、本当はずっと前から傷んでいる。


 リオンは、紙の余白に小さく書いた。


 大きくするだけでは駄目。


 書いた後で、少し考え、さらに続けた。


 続けられる形にする。


 ハル領を発展させるとは、何だろう。


 建物を増やすことか。


 商人を呼び込むことか。


 領民を増やすことか。


 道を広げ、倉庫を整え、外との取引を増やすことか。


 どれも間違いではない。


 だが、それだけでは足りない。


 外へ広げる前に、中で暮らす者が残れる場所にしなければならない。


 働いて、食べて、休んで、また明日も立てる場所。


 困った時に声を上げても、切り捨てられない場所。


 子どもや若い者が、ただ命令されるだけでなく、学び、次の仕事を担える場所。


 暗い道に灯りがあり、危ない場所には印があり、物がなくなれば分かり、誰かが疲れすぎれば周りが気づける場所。


 リオンは、そこで手を止めた。


 これは、文官コースで学べるのだろうか。


 もちろん、学べることは多い。


 領を動かすには、文官の力が欠かせない。


 エドガーが言った通り、机の上の判断を誤れば、人が困る。


 ならば文官コースは必要だ。


 では、騎士コースはどうか。


 ガイルやクラウスの話を聞いて、リオンの考えは少し変わった。


 騎士は戦うだけではない。


 人を逃がし、道を開き、最後に残る。


 危険な時に誰をどこへ動かすのか。


 それを知らなければ、領民は守れない。


 魔法コースも避けては通れない。


 強い力ほど、止め方を知らなければ危ない。


 リオン自身にも、人前では簡単に見せられない力がある。


 扱えるからといって、好きに使ってよいわけではない。


 では、研究コースは。


 リオンの視線が、紙の真ん中に戻った。


 試す。


 比べる。


 記録する。


 使える形にする。


 研究コースで見たものは、同じ青輝石を使い、置き方を変え、光の届き方を確かめる。


 半透明の硝子を置けば、目に優しくなる。


 磨いた板を使えば、光は前へ集まる。


 角度を変えれば、まぶしさを抑えながら手元を照らせる。


 それだけのことだ。


 けれど、それだけで、同じ石の価値は変わった。


 読み書きに使う灯り。


 通路を照らす灯り。


 店先で品物を見せる灯り。


 倉庫で荷札を読むための灯り。


 一つの思いつきを、一つの場所で終わらせない。


 試して、残して、別の場所でも使えるようにする。


 リオンは、そこで胸の奥に小さな熱を感じた。


 ハル領に足りないものは多い。


 明かりが足りない場所がある。


 記録が曖昧な場所がある。


 人に頼りきった判断がある。


 壊れてから慌てて直す癖がある。


 現場の小さな不便が、誰にも拾われないまま積み重なることがある。


 それをただ我慢させたくない。


 誰かが困っているなら、まず見つける。


 見つけたなら、試す。


 うまくいけば、別の場所へ広げる。


 駄目なら、何が駄目だったのか残す。


 そういう流れが、領の中にあれば。


 ハル領は、ただ豊かになるだけではなく、自分たちで次へ進める場所になるのではないか。


 リオンは羽根ペンを取り、研究の横に書き足した。


 足りないものを、形にする。


 書いてから、しばらくその文字を見つめた。


 どのコースも学ぶべきことがある。


 だが、今のハル領に一番ほしいものは、足りないと気づいたものを、次の形へ変える力なのかもしれない。


 自分が選びたいのは、目立つ道ではない。


 強さを示すための道でもない。


 暮らす人たちの小さな困りごとを拾い、試し、直し、広げていく道。


 それができる場所に、一番近いのはどこか。


 答えは、まだ口に出せるほど固まっていない。


 けれど、紙の上の「研究」という文字は、さっきよりも少しだけ重みを持って見えた。


 窓の外で、夕方の光が傾き始めている。


 学院の庭を歩く生徒たちの影が、石畳の上に長く伸びていた。


 リオンは紙を畳まず、机の上に置いたままにした。


 ようやく進む先の輪郭が見え始めてきた。


 大きくするだけではない。


 続けられる形にする。


 足りないものを、形にする。


 リオンはもう一度、その言葉を目で追った。


 そして静かに、胸の中で思った。


 ハル領を、そういう場所にしたい。


 リオンは羽根ペンを置き、窓の外を見た。


 選ぶ日は、まだ先だ。


 それでも、ようやく自分がどこへ向かいたいのかを考え始めたのだ。



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― 新着の感想 ―
まぁたぶんと言うより他のクラスメートが誰も選んでない一見地味そうな「研究」をリオンは選ぶんじゃないかと思うけど、そこまでに至る道で悩むのもまた人生じゃないかな?研究コースでビィクトルとのわちゃわちゃも…
領主として文官コースで将来の中央官僚との人脈を持つのも大きいと思うけど。結局、好きか嫌いでした、知ってる人なので、という事で決まることも多い。
真面目に悩み過ぎだな どれを選んでも、それで全てが決まるわけじゃないでしょ リオン君自身が興味がある事、自分がやりたい事、領地も人々も運営も関係なく自分自身の気持ちを1番に考えて選べばいいんじゃないか…
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