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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第15章 王立学院三年 三学期

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第333話 同じ石、違う価値

 文官コースの見学を終えた後、リオンたちはそれぞれ次の見学場所へ向かうことになった。


 騎士コースへ向かったガイルとクラウスの姿は、すでに廊下の向こうへ消えている。


 セレナとナディアは教養系の講義へ向かい、エドガーは文官コースの別講義をもう少し見たいと言って残った。


 研究コースへ向かうのは、リオン、ミラ、ヴィクトルの三人だけだった。


「研究コースって、具体的に何をするところなの?」


 ミラが廊下を歩きながら首を傾げる。


 ヴィクトルが手元の案内紙に目を落とした。


「魔法道具、古代術式、建国期資料、特殊魔法の研究を扱う、と書いてあるな。成績と適性次第では、王立研究所と関わる機会もあるらしい」


「王立研究所……なんか急にすごそう」


 ミラは少しだけ声をひそめた。


 リオンも、その言葉には自然と意識が向いた。


 王立研究所。


 王国の中でも、知識と技術が集まる場所だ。


 魔法道具だけではない。古代術式、建国期資料、特殊魔法。


 福嶋亮太の魔法理論も王立研究所で研究が進んでいる。


 そのどれもが、扱い方を間違えれば危ういものに思えた。


 研究棟は、文官コースの講義室とはまるで空気が違っていた。


 廊下は静かだったが、ただ静かなだけではない。壁際には封印の札が貼られた箱や、用途の分からない金属器具、古い石板の写しのようなものが並んでいる。


 それぞれの横には、小さな札が下げられていた。


 作成日。


 使用魔力量。


 実験担当者。


 失敗原因。


 保管責任者。


 リオンは、道具そのものよりも、その札の方に目を引かれた。


 ここにも帳面がある。


 そう思った。


 文官コースで見た帳面は、人と物と金を動かすためのものだった。


 だが、研究棟にある記録は、試したことを残し、次に同じ失敗をしないためのものに見えた。


「なんか、ここだけ学院じゃないみたい」


 ミラが小さくつぶやく。


「商会の倉庫とも、職人街とも違うな」


 ヴィクトルも周囲を見回しながら言った。


 リオンは頷く。


「作る場所というより、作ったものを確かめる場所に見える」


 その時、奥の扉が静かに開いた。


 三人の前に現れたのは、淡い灰色の髪を後ろでまとめた女性教師だった。

年は三十代半ばほどだろうか。穏やかな表情をしているが、こちらを見る目は鋭い。


「研究コース見学の三年生ですね」


 女性教師は柔らかく微笑んだ。


「私はクラリッサ・ヴェルナーです。研究コースの一部講義と実験を担当しています」


 三人は揃って礼をした。


「リオン・ハルです」


「ミラ・ハーウェイです」


「ヴィクトル・ローデンです」


 クラリッサ先生は三人の名を静かに聞き、少しだけ頷いた。


「研究コースでは、魔法道具、古代術式、建国期資料、特殊魔法を扱います。

成績と適性次第では、王立研究所の調査や補助研究に関わることもあります」


 リオン達は黙って聞いていた。


 コース説明にも書かれていた内容だ。


 クラリッサ先生は、三人の反応を見てから続けた。


「ただし、最初に学ぶのは発見ではありません」


「発見ではないのですか?」


 ヴィクトルが聞き返す。


「ええ。記録です」


 クラリッサ先生は、廊下に並ぶ札を指先で示した。


「珍しい現象を一度起こすだけなら、才能のある者にはできることがあります。

けれど研究とは、同じ結果を、別の日に、別の人間でも出せるようにすることです」


 リオンは、その言葉に強く反応した。


 同じ結果を、別の日に、別の人間でも出せるようにする。


 それは、魔法だけの話ではない。


 西の森で何かを仕組みにしようとする時にも、同じことが必要だった。


 特定の誰かだけができる形では駄目なのだ。


 担当者が変わっても動くこと。


 手順が残ること。


 見落としが起きにくいこと。


 それがなければ、どれほど良いものでも長くは続かない。


「では、実験室へ案内しましょう」


 クラリッサ先生に導かれ、三人は奥の部屋へ入った。


 そこでは数人の四年生が机を囲み、青輝石を使った実験をしていた。


 青輝石そのものは珍しくない。


 リオンにとっても、すでに見慣れたものになりつつある。


 ハル領では、青輝石を使った灯りをすでに設置している。暗い道や、人が集まる場所を照らすためのものだ。


 だが、実験室の机に並んでいるのは、ただの灯りではなかった。


 同じ大きさの青輝石がいくつか置かれ、その周りには磨いた金属板、白く塗られた板、黒い板、半透明の魔法硝子、筒状の覆い、吊り下げ金具、距離を測る紐、文字を書いた小さな板が並んでいる。


「今日の課題は、同じ青輝石を使って、光の届き方を変えることです」


 クラリッサ先生が言った。


「石そのものには手を加えません。魔力を増やすことも禁止です。

変えてよいのは、周囲の形、置き方、向き、遮り方だけです」


 ミラが机の上を覗き込んだ。


「光を強くするんじゃないんですか?」


「今日は違います」


 クラリッサ先生は微笑む。


「強くするのは、分かりやすい方法です。けれど、強い光がいつも良いとは限りません」


 リオンは、西の森の青輝石灯を思い出した。


 暗い場所では、灯りがあるだけで安心感が変わる。


 けれど、ただ明るければいいわけではない。


 人が読み書きする場所なら、手元が見えなければ意味がない。

倉庫なら、荷札と足元が見えなければ危ない。湯屋の入口なら、遠くから場所が分かることも大事だ。


 同じ灯りでも、役割は違う。


「せっかくですから、見学の皆さんにも試してもらいましょう」


 クラリッサ先生が言うと、ミラが驚いた顔をした。


「えっ、私たちもですか?」


「研究は見るだけでは分かりません。触って、比べて、間違えた方が早いです」


 そう言って、クラリッサ先生は三人の前に青輝石を一つ置いた。


「条件は同じです。石そのものには手を加えないこと。では、どうすれば使いやすい光になるか、試してください」


 最初に手を伸ばしたのはミラだった。


 ミラは半透明の魔法硝子を青輝石の前に置いた。


 光は柔らかくなった。


 だが、少し離れた場所に置かれた文字板は読みづらい。


「これ、目は楽だけど、遠くは見えにくいね」


 ミラが素直に感想を言う。


 次にヴィクトルが、磨いた金属板を青輝石の後ろに置いた。


 光は前方へ集まり、文字板は明るく照らされた。


 しかし正面に立ったミラが、すぐに目を細める。


「うわ、まぶしい」


 ヴィクトルは眉を寄せた。


「明るくはなったが、これでは店先に置くと客が嫌がるかもしれないな」


「倉庫ならいいかもしれないけど、ずっと見る場所だと疲れそう」


 ミラが言う。


 リオンは二人の試した結果を見て、少し考えた。


 青輝石を強くすることはできない。


 変えられるのは、光の向き、反射、遮り方、見る人の位置。


 ならば、必要な場所にだけ光を集めればいい。


 リオンは金属板を青輝石の後ろに置いた。ただし、真正面へ返すのではなく、少し斜めにした。


 さらに前面に半透明の魔法硝子を置く。


 そして文字板の位置を変え、少し離れた場所から見た。


「ミラ、そこから見てくれる?」


「うん」


 ミラが文字板の前に立つ。


「あ、読める。さっきよりまぶしくない」


 ヴィクトルも横から覗き込んだ。


「石は同じなのに、使いやすさが変わるのか」


「光を強くするより、必要なところに向けた方がいいと思ったんだ」


 リオンは言った。


「暗い場所で読み書きをするなら、部屋全体より手元が見えた方がいい。

通路なら、足元と端が見えた方がいい。店先なら、品物がきれいに見えた方がいい」


 クラリッサ先生の目が、わずかに細くなった。


「……続けてください」


 リオンは少しだけ言葉を選んだ。


「同じ青輝石灯でも、使う場所ごとに形を変えた方がいいと思います。

たとえば、読み書き用なら手元を照らす形。倉庫用なら荷札と足元が見える形。

湯屋の入口なら、遠くから場所が分かる形。

街道なら、まぶしすぎず道の端が見える形。商店なら、品物の色が分かりやすい形」


 ミラがぱっと頷く。


「たしかに、全部同じ灯りだと困るかも。お店の入口と、机で字を書く時の灯りが同じだと変だよね」


 ヴィクトルは机上の青輝石をじっと見つめていた。


 青輝石は同じだ。


 なのに、周りの形を変えるだけで、使い道が変わる。


 使い道が変われば、売り先も変わる。


 売り先が変われば、値段も変わる。


「つまり、同じ青輝石でも、形を変えれば別の商品になるのか」


 ヴィクトルが静かに言った。


 リオンは頷いた。


「たぶん。全部を一つの型で売るより、使う場所ごとに分けた方がいいと思う」


 その言葉は、ヴィクトルの中に深く残った。


 商会は、良い品を仕入れて売る。


 もちろん、それは大事だ。


 けれど今、リオンが言っているのは、それだけではない。


 同じ材料から、売れる形を作る。


 同じ品を、使う相手に合わせて変える。


 それは仕入れでも、ただの販売でもない。


 価値を作る仕事だった。


 クラリッサ先生は、三人の作った青輝石灯の配置を見ながら言った。


「魔法道具を作る者は、つい道具そのものを強くしようとします。

もっと大きく、もっと長く、もっと強く。けれど、道具は使われて初めて意味を持ちます」


 先生は、リオンが斜めに置いた金属板と魔法硝子を指した。


「今回あなたたちは、青輝石を変えませんでした。

変えたのは、向き、遮り方、見る人との距離です。

つまり、道具だけではなく、使われる場を見たのです」


 リオンは、その言葉を静かに受け止めた。


 使われる場を見る。


 それは、自分が西の森でずっと考えてきたことでもあった。


 どれほど便利な道具でも、置き場所を間違えれば邪魔になる。


 誰が使うのかを考えなければ、すぐに壊されるか、使われなくなる。


 管理する人間がいなければ、いつの間にか放置される。


 道具は、道具だけでは成り立たない。


 人と場所と手順があって、初めて役に立つ。


「研究コースで扱うものは、派手に見えるかもしれません」


 クラリッサ先生は続けた。


「魔法道具、古代術式、建国期資料、特殊魔法。

どれも珍しく、強い力を持つものです。

けれど、本当に大事なのは、扱い方を誤らないことです」


 特殊魔法。


 その言葉に、リオンは内心だけで反応した。


 転移魔法のことが頭をよぎる。


 使えることと、使ってよいことは違う。


 見せられることと、見せてよいことも違う。


「力があることと、使ってよいことは違います。作れることと、広めてよいことも違います」


 クラリッサ先生の声は穏やかだった。


 だが、その言葉は重かった。


 リオンは表情を変えないようにしながら、小さく頷いた。


 見学が終わる頃、ミラはすっかり緊張が解けていた。


「思ってたより面白かったわ。もっと難しい本ばっかり読むのかと思ってた」


 研究棟を出ながら、ミラが明るく言う。


「本も読みますよ」


 クラリッサ先生が微笑む。


「ただ、読むだけでは足りません。試し、比べ、記録する。それが研究です」


「比べるのは、ちょっと楽しかったです」


「それは良いことです。違いに気づける人は、研究に向いています」


 ミラは照れたように笑った。


 ヴィクトルは、その横で少し黙っていた。


 リオンはそれに気づいた。


 研究棟を出て少し歩いたところで、ヴィクトルが口を開いた。


「研究というのは、学者や王立研究所のためのものだと思っていた」


「俺も、前はそう思っていたかもしれない」


 リオンが言う。


 ヴィクトルはリオンを見た。


「だが、今日の話は商会にも関係があるな」


「うん。商会にも必要だと思う」


「商会に研究を?」


 ヴィクトルが聞き返す。


 リオンは頷いた。


「全部を職人任せにすると、良い品は作れても、同じ品を増やしにくい。

誰が作っても同じように使えるようにするには、試して、記録して、型を決める場所がいる」


 ヴィクトルは眉を寄せた。


「それは工房とは違うのか?」


「工房は作る場所だと思う。俺が言っているのは、作る前に試す場所だよ」


 リオンは、先ほどの青輝石灯を思い出しながら続けた。


「売れるか。壊れやすくないか。運びやすいか。使う人が困らないか。

暗い場所で本当に役に立つか。

そういうことを、商会の中で確かめる場所があった方がいい」


 ヴィクトルは黙った。


 リオンの言っていることは、すぐに理解できるようで、これまで考えたことのないものだった。


 商会の中に、試すための場所を作る。


 商品を売る前に、使い方を確かめる。


 職人の腕だけに頼らず、記録を残し、型を決め、同じ品質で増やせるようにする。


「試作と改良を行う部署……ということか」


 ヴィクトルが言った。


 リオンは少し考えてから頷いた。


「そう。それがあれば、ローデン商会はただ仕入れて売るだけじゃなくなる。

自分たちで価値を作れる」


「自分たちで、価値を作る……」


 ヴィクトルはその言葉を繰り返した。


 ローデン商会は、すでに大きな商会だ。


 仕入れ先も、販路も、人も、帳面もある。


 だが、リオンの言う形ができれば、その先へ行けるかもしれない。


 同じ品を、違う使い道に合わせる。


 現場から不便を拾い、商品に変える。


 売れるものを探すのではなく、売れる形を作る。


 それは、これまでヴィクトルが見てきた商会の仕事とは少し違っていた。


 けれど、確かに商会の未来に見えた。


 ミラがヴィクトルの顔を覗き込む。


「ヴィクトル、なんか難しい顔してるね」


 ヴィクトルは少しだけ笑った。


「いや。商会にも、まだ知らない仕事があると思っただけだ」


「商会って、売ったり買ったりするところじゃないの?」


「今までは、そう思っていた」


 ヴィクトルはそう言ってから、リオンを見た。


「だが、売る前に価値を作ることもできるらしい」


 リオンは少し困ったように笑う。


「できると思う。たぶん、これからは必要になる」


 その言葉を聞きながら、ヴィクトルは心の中で考えていた。


 飛び級など、自分には関係のない話だと思っていた。


 リオンは特別だ。


 自分は商会の跡取りとして、堅実に学び、いずれローデン商会を支える。


 それでいいと思っていた。


 だが、リオンといると、いつも見えている景色が変わる。


 今日もそうだった。


 ただの青輝石の実験が、商会の未来に変わった。


 灯りの向きを変えただけで、商品の形が変わった。


 目の前のものが、次の商売の種に見えてくる。


 リオンといると、やはり面白い。


 ヴィクトルは、研究棟の扉を振り返った。


 もしリオンが研究コースへ進むなら。


 そこに、ローデン商会の未来があるなら。


 自分も同じ場所で学ぶ価値があるのではないか。


 そう思った。


 リオンは、まだヴィクトルの内心には気づいていなかった。


 ただ、自分もまた研究棟を振り返っていた。


 青輝石の灯りは、すでに西の森にある。


 だが、同じ灯りでも、置く場所、照らす相手、使う目的で価値は変わる。


 研究とは、新しいものを見つけるだけではない。


 すでにあるものを、もっと役に立つ形へ変えることでもある。


 そう思うと、研究コースの扉が、少し違って見えた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
わずか数話で、ヴィクトルさんも飛び級目指しそうだ・・・
魔法がある世界なだけに魔法道具、古代術式、特殊魔法等、その真髄が気になる
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