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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第15章 王立学院三年 三学期

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第331話 近くにいたい

 授業の終わりを告げる鐘が鳴った後も、教室にはしばらくざわめきが残っていた。


 専門コース。


 飛び級希望調査。


 その二つの言葉は、生徒たちの中に思った以上に強く残ったらしい。


 誰かが騎士コースの話をしている。


 別の誰かは、魔法コースの見学日程を気にしている。


 文官コースは課題が多そうだとか、研究コースは王立研究所と関わるらしいとか、あちこちで声が上がっていた。


 俺は調査票を教本の間に挟み、鞄にしまった。


 進むことは決めた。


 だが、どの道を進むのかはまだ決めていない。


 騎士。


 魔法。


 文官。


 研究。


 どれも必要に見える。


 考えれば考えるほど、簡単には選べなかった。


「リオン」


 名前を呼ばれて顔を上げると、ミラが立っていた。


 いつもより少しだけ、声が小さい。


「少し、話せる?」


「うん。大丈夫だよ」


 俺が答えると、ミラはほっとしたように小さく頷いた。


 教室にはまだ人が多い。


 ガイルはクラウスと何か話している。


 ヴィクトルは調査票を見ながら、すでに別の誰かと情報交換を始めていた。


 セレナはナディアと話している。


 エドガーは静かに教本をまとめていた。


 ミラは少しだけ周囲を見てから言った。


「ここだと落ち着かないから、少し歩かない?」


「いいよ」


 俺たちは教室を出た。


 廊下にも、同じように進路の話をする生徒たちがいた。


 四年次のコース。


 飛び級。


 まだ正式な提出ではないのに、その言葉だけで、学院の空気が少し先へ進んだように感じる。


 ミラはしばらく何も言わずに歩いた。


 俺も急かさなかった。


 何かを考えている顔だったからだ。


 やがて俺たちは、中庭へ出た。


 冬の空気は冷たい。


 けれど、陽の当たる場所は少しだけ明るく、校舎の壁に反射した光が石畳を白く照らしていた。


 人は少ない。


 遠くで何人かの生徒が話しているだけだった。


 ミラは中庭の端で足を止めた。


「リオン」


「うん」


「本当に、飛び級を目指すの?」


 その質問は、さっき教室でもされた。


 だが、ミラの声は、その時とは少し違っていた。


 確認というより、確かめたいという感じだった。


「目指すよ」


 俺は答えた。


「コースはまだ決めきれていないけど、飛び級は目指すつもりだ」


「そっか」


 ミラは小さく頷いた。


 それから、視線を少し下げる。


「リオンなら、そう言うと思ってた」


「分かりやすい?」


「うん。迷うところはすごく迷うけど、決めたところはあまり揺れないから」


 エドガーにも似たようなことを言われた気がする。


 自分ではそんなつもりはなかったが、周りから見るとそう見えるのかもしれない。


「ミラも飛び級を希望するって言ってたよね」


「うん」


「文官コースも?」


「うん。今のところは文官コースで考えてる」


 ミラは両手を前で軽く組んだ。


「家のこともあるし、領地や行政のことをちゃんと学びたいの。

今までは、何となく必要なんだろうなって思っていただけだったけど……最近、少し変わった」


「変わった?」


「うん。リオンを見ていると、領地って、ただ家が持っている土地じゃないんだなって思うようになった」


 ミラはゆっくりと言葉を選んでいた。


「そこに人がいて、働いて、困って、助け合って、道や倉庫や灯りがあって、誰かが考えないと回らないものがたくさんある。

そういうことを、前よりちゃんと考えるようになったよ」


 俺は黙って聞いていた。


 ミラの言葉は、少し意外だった。


 けれど、嬉しくもあった。


「だから、文官コースで学びたい。自分の家のためにも、将来のためにも」


「ミラらしいと思う」


「本当に?」


「うん。ちゃんと見ている感じがする」


 そう言うと、ミラは少しだけ頬を緩めた。


 だが、すぐにまた視線を落とした。


「でもね」


「うん」


「それだけじゃないの」


 風が中庭を抜けた。


 ミラの髪が少し揺れる。


 彼女は一度息を吸ってから、こちらを見た。


「リオンが先に進むなら、私は、後ろで見送るだけにはなりたくないと思った」


「ミラ」


「置いていかれたくない、って言うと、少し子どもっぽいかもしれないけど」


 ミラは小さく笑った。


 でも、その笑い方は少し頼りなかった。


「でも、そう思ったの。リオンが飛び級を目指すなら、私も同じ速さで進める場所にいたい。

リオンが見ているものを、私も見られる場所にいたい」


 胸の奥が、少しだけ温かくなった。


 同時に、少し苦しくもなった。


 俺は、自分が飛び級を目指すことを決めていた。


 早く実務の側へ進みたい。


 領地を動かす側へ行きたい。


 その気持ちは本物だ。


 だが、自分が進むことで、誰かとの距離が変わるかもしれないということまでは、あまり考えていなかった。


 ミラは、それを考えていた。


「リオンと同じ道に行きたい、って言うと少し違うの」


 ミラは続けた。


「同じコースになるかは、まだ分からないし、リオンは文官コース以外にも迷っているでしょう?」


「うん」


「でも、同じ方向を見ていたい。隣じゃなくても、近くにいたい。

リオンが何かを背負おうとしているなら、それを遠くから見ているだけじゃなくて、私も自分の足で近くまで行きたい」


 その言葉は、静かだった。


 けれど、強かった。


 ミラはいつも、俺の近くにいる。


 明るく声をかけてくれる。


 困った時に気づいてくれる。


 俺が無理をしていると、ちゃんと見ている。


 でも今の言葉は、それだけではなかった。


 ミラ自身が、自分の意思で前に進もうとしている言葉だった。


「ありがとう」


 俺は自然にそう言っていた。


 ミラが少し目を丸くする。


「どうしてお礼?」


「そう言ってもらえるのは、心強いから」


「心強い?」


「うん。俺も、飛び級を目指すって決めたけど、不安がないわけじゃない」


「リオンでも?」


「俺でも」


 ミラは少し意外そうな顔をした。


 俺は中庭の石畳に視線を落とした。


「早く進みたいとは思っている。けど、進むってことは、今いる場所から離れるってことでもあるから」


 口にしてから、自分でも少し驚いた。


 そんなふうに考えていたのかもしれない。


「四年に進んで、もう一年多く学院で学ぶ道もある。皆と同じ時間を過ごす道もある。

それを選ばないかもしれないと思うと、少し怖いところはある」


 前世の記憶がある。


 四十五歳まで生きた感覚がある。


 だから、自分では大人のつもりで判断している部分もある。


 でも、今の俺は十四歳だ。


 この学院で出会った友人たちと過ごす時間を、惜しいと思う自分もいる。


 早く進みたい。


 けれど、離れたくない。


 その二つは、思ったより簡単には切り分けられなかった。


 ミラは黙って聞いていた。


 それから、少しだけ柔らかい声で言った。


「だったら、迷った時に話せばいいじゃない」


「ミラに?」


「私でも、エドガーでも、誰でも。ガイルはすぐ騎士コースに来いって言いそうだけど」


「言いそうだね」


「ヴィクトルなら、損得で整理してくれると思うし」


「それもありそう」


「リオンは、一人で考えすぎる時があるから」


 その言葉に、俺は少し黙った。


 一人で考えすぎる。


 たぶん、当たっている。


 前世で会社をやっていた時も、最後は自分で判断しなければならないことが多かった。


 誰かに相談しても、責任は自分に残る。


 その感覚が、今もどこかにある。


 けれど、今の俺は一人ではない。


 そう思える場所に、もういるのかもしれない。


「ミラはよく見てるね」


「見てるよ」


 ミラは、少しだけ真面目な顔で言った。


「リオンが無理をしている時も、楽しそうにしている時も、何か隠している時も」


「最後のは困るな」


「困らせるために言ってるもの」


 ミラは小さく笑った。


 その笑顔を見て、俺も少し肩の力が抜けた。


「でも、ありがとう。ミラが近くにいてくれるなら、心強い」


「またそういうことを普通に言う」


「変だった?」


「変じゃないけど……困る」


 ミラは少しだけ顔をそらした。


 耳が赤い。


 冬の寒さのせい、ということにしておいた方がいいのかもしれない。


「リオン」


「うん」


「同じコースになるかは、まだ分からないよね」


「うん」


「飛び級が通るかも、まだ分からない」


「そうだね」


「でも、私は目指す。リオンがいるからだけじゃなくて、自分のためにも」


 ミラは今度ははっきりと言った。


「その上で、近くにいられたら嬉しい」


 その言葉に、俺はゆっくり頷いた。


「俺も、ミラが近くにいてくれたら嬉しいよ」


 ミラはまた少しだけ顔をそらした。


「……そういうところ、本当にずるいと思う」


「ずるい?」


「何でもない」


「気になるんだけど」


「気にしなくていい」


 そう言ってから、ミラは歩き出した。


 俺も隣に並ぶ。


 中庭を抜け、校舎へ戻る。


 廊下の向こうから、ガイルの大きな声が聞こえた。


 どうやらまだ騎士コースの話をしているらしい。


 ヴィクトルの声も混ざっている。


 セレナが何か冷静に突っ込んでいるようだった。


 いつもの声。


 いつもの距離。


 けれど、来年には、この距離が変わっているかもしれない。


 同じコースになるかは分からない。


 飛び級が通るかも分からない。


 けれど、同じ速さで進もうとしてくれる人がいる。


 近くにいたいと言ってくれる人がいる。


 それは、思ったよりもずっと心強かった。


 俺は隣を歩くミラを見た。


 ミラは前を向いていたが、少しだけ口元が緩んでいた。


 進むことは、離れることだけではないのかもしれない。


 近くにいるために、進む。


 そういう選び方もあるのだと、俺は気づいた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ザ○ンさん、出番ですよー
ライバルがきたー ミラの方からはセレナの名前は出ない いつもリオンの相談に乗っているのはセレナだとわかっているのに
ヒロインの座を狙う戦いの火ぶたを切ったのは意外にもミラだった。セレナが黙っていられないと思います。これからの展開に期待します。
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