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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第15章 王立学院三年 三学期

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第329話 才能の扱い方

 実技の授業が終わると、生徒たちはそれぞれ木剣を片付け始めた。


 ガイルはまだ少し物足りなさそうにしていたが、ベルンハルト先生に視線を向けられると、素直に木剣を戻した。


「リオン。次はもっとやるぞ」


「軽くならね」


「それは分からん」


「分かっていてほしい」


 ガイルはにやりと笑い、エドガーたちと一緒に訓練場を出ていった。


 ミラは最後にこちらを振り返る。


「リオン、無理しないでね」


「分かってる」


ミラも訓練場を後にした。


 少しずつ人の気配が減っていく。


 木剣が片付けられる音。


 遠ざかる足音。


 扉が閉まる音。


 やがて訓練場には、俺とベルンハルト先生だけが残った。


 先生は腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。


 その沈黙が、逆に重い。


「リオン・ハル」


「はい」


「このまま少し残れるか」


「大丈夫です」


「なら、確認しておきたいことがある」


 何を聞かれるかは、だいたい分かっていた。


 先生は俺の足元を見る。


 さっきの実技で、俺の動きは明らかに変わっていた。


 ガイルも、エドガーも、セレナも気づいた。


 けれど、理由までは知らない。


 知っているのは、ベルンハルト先生だけだ。


「浮遊魔法だ。今、どこまで使える」


 やはり、その話だった。


 俺は少し考えてから答える。


「大きく分けると、二つの使い方をしています」


「二つ?」


「はい。一つは、普通に浮いて移動する使い方です。

もう一つは、地面に足をつけたまま、体を少し軽くして動きを速くする使い方です」


 ベルンハルト先生の眉がわずかに動いた。


「見せてみろ。ただし、無理はするな」


「はい」


 俺は訓練場の中央へ移動した。


 足元に魔力を流す。


 体がゆっくりと地面から離れた。


 腰の高さ。


 胸の高さ。


 そして、人二人分くらいの高さまで浮く。


 天井まではまだ余裕がある。


 俺はそのまま、ゆっくり前へ進んだ。


 右へ。


 左へ。


 斜め前へ。


 止まる。


 少し下がる。


 速度はそれほど出していない。


 だが、以前のようにただ浮いているだけではない。


 自分の意思で向きを変え、止まり、また動く。


 訓練場の中を、音もなく移動する。


 森の中では枝や幹が邪魔だったが、ここは開けている。


 だから、ずっと動きやすかった。


 俺は一度ゆっくり下降し、地面に足をつけた。


「今のが一つ目です。高さは、今のところこれくらいなら安定します。

速く動くと止まりにくくなるので、まだあまり速度は出せません」


 ベルンハルト先生は口元に手を当てていた。


 顔にはあまり出していない。


 だが、目はかなり真剣だった。


「二つ目を見せます」


 俺は木剣を持たず、体の動きだけを示すことにした。


 地面に足をつける。


 今度は完全に浮かない。


 ただ、体にかかる重さを少しだけ軽くする。


 足で地面を蹴る。


 同時に、体を前へ運ぶ。


 一歩。


 もう一歩。


 通常の踏み込みより、少し速い。


 足を強く蹴りすぎなくても、体が前に出る。


 次に横へ動く。


 斜め後ろへ下がる。


 また前へ出る。


 浮いているわけではない。


 だが、体が軽い分、移動の始まりが早くなる。


 止まる時は、さっき先生に言われたことを意識した。


 地面を捉える。


 足の裏を忘れない。


 軽さに逃げない。


 数度動いてから、俺は先生の前に戻った。


「今のが二つ目です。戦闘中は、こっちの方が使いやすいです。

完全に浮くと姿勢が不安定になりますが、地面に足をつけていれば剣にもつなげやすいので」


 ベルンハルト先生は、ついに片手で額を押さえた。


「……たった二ヶ月で、ここまで使いこなすか」


「使いこなすというほどでは」


「未知の魔法をここまで使いこなすとは…」


 先生の声には、呆れと驚きが混じっていた。


 怒っているわけではない。


 けれど、純粋に喜んでいるわけでもない。


 その表情は、難しいものを見てしまった大人の顔だった。


「魔力はどうだ。消費は大きいか」


「最初はかなり使っていました。でも、慣れてきてからは減りました。

無駄に力を入れない方が安定するので、その分、消費も少ないです」


「体への負荷は」


「今の高さと速度なら、ほとんどありません。

長く続ければ疲れますが、普通の訓練と同じくらいです」


「頭痛や吐き気は」


「ありません」


「魔力切れの兆候は」


「この程度ならないです」


 先生は黙った。


 そして、深く息を吐いた。


「だからこそ、危ないな」


「危ない、ですか?」


「危ない。悪いという意味ではない。むしろ、能力としては極めて優れている。

探索にも戦闘にも使える。お前が考えているより、ずっと使い道が広い」


 先生は俺をまっすぐ見た。


「だが、優れている力ほど、見せる相手を選べ」


 その言葉は、静かだった。


 だが、重かった。


「この魔法は、ただ珍しいだけではない。壁を越えられる。足場を無視できる。

間合いを狂わせられる。音を消して動ける。初見で対応できる者は少ない」


「はい」


「それを人前で使えば、どうなると思う」


 俺はすぐには答えられなかった。


 先生は続ける。


「王宮が興味を持つ。騎士団が興味を持つ。貴族が興味を持つ。他国も興味を持つかもしれん」


 今日の教室での会話が頭をよぎった。


 エドガー。


 セレナ。


 ガイル。


 クラウス。


 ナディア。


 リバーシだけでも、話は一気に広がった。


 そこに浮遊魔法まで加わったら。


 俺は少しだけ背筋が冷えた。


「才能は、見せれば武器になる。だが、見せる相手を間違えれば、鎖にもなる」


 先生の言葉に、胸の奥が重くなった。


 分かる。


 分かってしまう。


 前世で会社を経営していた時もそうだった。


 できる人間には仕事が集まる。


 便利な仕組みを作れば、当然のように次も求められる。


 一度「あいつならできる」と思われれば、本人の都合とは関係なく、期待も責任も増えていく。


 才能も、技術も、成果も、見せれば武器になる。


 だが、時には鎖にもなる。


 ベルンハルト先生の言葉は、四十五歳だった俺なら、何の疑問もなく頷けるものだった。


 けれど。


 今の俺は十四歳だ。


 体は軽い。


 魔力は流れる。


 空に浮く感覚を覚えてしまった。


 地面から離れ、風を受け、自分の意思で前へ進む感覚を知ってしまった。


 もっと試したい。


 もっと高く。


 もっと速く。


 この力で、どこまで行けるのか知りたい。


 そう思ってしまう自分も、確かにいる。


 分かっているのに、抑えきれない。


 四十五歳の俺が危ないと判断しても、十四歳の俺が胸の奥で前へ出たがっている。


 それが、自分でも少し怖かった。


「先生」


「何だ」


「言っていることは分かります。分かるんですけど……試したくなります」


 正直に言った。


 ベルンハルト先生は、少しだけ目を細めた。


 怒るかと思った。


 だが、先生は怒らなかった。


「それでいい」


「いいんですか?」


「試したくならない者は伸びん。

新しい動きも、新しい魔法も、試したいと思うから身につく」


 先生は静かに言った。


「だが、試す場所を選べ。試す相手を選べ」


 その言葉に、俺は黙って頷いた。


「力を伸ばすなとは言わん。勝手に危ない場所で伸ばすなと言っている」


「……はい」


「お前は放っておくと、森で試すだろう」


「否定しづらいです」


「否定しろ、そこは」


「すみません」


 先生は呆れたように息を吐いた。


 だが、その表情は少しだけ柔らかかった。


「今後、訓練場を使う時は俺に一言入れろ。人目のない時間を調整する」


「先生が見てくださるんですか?」


「見ないと危ないだろう」


「そこまでですか」


「そこまでだ」


 即答だった。


「それに、通常の剣術訓練も怠るな。浮くな。まず立て」


「はい」


「お前の今の課題は、浮くことではない。浮けるようになった上で、どれだけ地面を忘れずにいられるかだ」


 その言葉は、さっきの実技の指導ともつながっていた。


 軽く動けることと、浮つくことは違う。


 地面を失えば、剣も軽くなる。


 浮遊魔法は俺の戦い方を広げる。


 だが、足元を失えば、その広がりは隙になる。


「分かりました。人前では使いません。訓練も、先生に相談してからにします」


「それでいい」


 先生は少しだけ頷いた。


 そして、ふと声を落とした。


「リオン・ハル」


「はい」


「くどいようだが、才能があることは、悪いことではない。

努力で伸ばした力なら、なおさらだ。

だが、才能は持っている本人より、周囲の方が都合よく見たがる」


 先生の声には、少しだけ過去の重みがあった。


「強い者は、強い敵の前に立たされる。速い者は、速さが必要な場所へ送られる。

飛べる者は、飛ばなければ届かない場所へ行かされる」


 俺は黙って聞いていた。


「それが必要な時もある。逃げるべきではない場面もある。

だが、選ぶ前に背負わされるのは違う」


 ベルンハルト先生は、元騎士団の人だ。


 きっと、そういう場面を見てきたのだろう。


 才能のある若者が、早く危険な場所へ送られる。


 期待され、任され、断れなくなる。


 先生の言葉には、そういうものを知っている人の苦さがあった。


「だから、今は隠せ。隠しながら鍛えろ。

使うべき時が来たら、その時に使えるようにしておけ」


「はい」


「それが、才能の扱い方だ」


 才能の扱い方。


 俺はその言葉を、胸の中で繰り返した。


 力を伸ばすことは、悪いことではない。


 試したいと思うことも、間違いではない。


 けれど、どこで試すか。


 それを考えられなければ、才能はいつか自分を縛る。


 四十五歳の俺は、それを理解していた。


 十四歳の俺は、それでも空を見上げてしまう。


 だからこそ、今は一人で決めてはいけない。


 ベルンハルト先生のように、止めてくれる大人がいる場所で、この力を鍛えるべきなのだと思った。


「今日はここまでだ」


「ありがとうございました」


「明日からは普通に授業を受けろ。三学期初日から目立ちすぎるな」


「努力します」


「努力ではなく、実行しろ」


「……はい」


 先生は最後にもう一度、俺を見た。


「リオン。浮く前に、まず立て」


「はい」


 俺は深く頷いた。


 訓練場を出る時、窓の外に冬の空が見えた。


 高く、澄んだ空だった。


 見上げれば、まだ飛びたいと思う。


 けれど、俺は足元を見た。


 まずは、地面に立つこと。


 空へ行くのは、それからでいい。




最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
まず立て。基礎をおろそかにするなってことですよね
やっぱりベルンハルト先生はリオン君の才能として認めてくれて読んでて嬉しく思えた 99%努力しても凡人には1%の才能がないのだよ その1%の才能を押さえ付けないて理解してくれる先生が学園にいて良かったよ
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