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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第15章 王立学院三年 三学期

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第328話 変わった足運び

 午後の授業は、実技だった。


 昼休みの騒がしさがまだ少し残ったまま、俺たちは学院の訓練場へ移動した。


 冬の空気は冷たい。


 吐く息が白くなる。


 だが、訓練場に集まった生徒たちの表情は、教室にいる時より少し引き締まっていた。


 木剣を手に取る者。


 訓練用の防具を確かめる者。


 軽く肩を回す者。


 三学期初日とはいえ、ベルンハルト先生の実技で気を抜く生徒はいない。


 先生は訓練場の中央に立ち、俺たちを見渡した。


「冬休み明けの初日だ。今日は本格的な試合ではない。

体がどれだけ鈍っているか、あるいは保てているかを確認する」


 その声だけで、場の空気が締まる。


「休みの間に何をしていたかは、動けば分かる。言葉でごまかす必要はない」


 何人かが小さく息をのんだ。


 俺も少しだけ背筋を伸ばす。


 冬休みの間、剣の練習はしていた。


 それに、浮遊魔法の練習も毎日少しずつ続けていた。


 ただし、浮遊魔法のことは秘密だ。


 知っているのは、今この場ではベルンハルト先生だけ。


 当然、皆の前で使うつもりはない。


 だが、浮遊魔法の練習が体の動きに影響していることは、自分でも薄々感じていた。


「まずは基礎だ。素振り、足運び、受け身、短い踏み込み。順に確認する」


 先生の指示で、全員が動き始めた。


 木剣を振る。


 足を運ぶ。


 前へ出る。


 下がる。


 横へ流れる。


 最初は、冬休み明けの硬さが少しあった。


 だが、何度か動くうちに、体が思ったより軽いことに気づく。


 浮遊魔法を使っているわけではない。


 魔力で体を浮かせてもいない。


 それでも、重心の移し方が以前と違う。


 ハル領の裏庭で、何度も浮いて、止まり、動いて、また止まった。


 少し魔力が乱れるだけで体が流れる。


 止めようと力を入れすぎると、逆に姿勢が崩れる。


 だから、無理に踏ん張るのではなく、流れを小さくして止める感覚を覚えた。


 その感覚が、地面の上でも少し残っている。


 前へ出る時、足に余計な力が入らない。


 横へ動く時、肩が揺れにくい。


 止まる時、膝で衝撃を殺しやすい。


 自分の体なのに、少しだけ扱いやすくなっている。


「リオン」


 横から声がした。


 ガイルだった。


 木剣を肩に担ぐように持ち、こちらを見ている。


「冬休みに何をした?」


「剣の練習はしたよ」


「それだけじゃないだろ」


「どうして?」


「足が違う」


 ガイルは迷わず言った。


「踏み込みじゃない。踏み込んだ後だ。前より静かだ」


 鋭い。


 さすがに、実戦感覚が強い。


 ガイルには、細かい変化まで見えているらしい。


「そうかな」


「ごまかすな。前はもっと、地面を押していた」


 俺は返答に困った。


 地面を押していた。


 それは、たぶん正しい。


 以前は、前に出る時も止まる時も、もっと地面に体重を預けていた。


 今は、その感覚が少し薄い。


 代わりに、体の流れを小さく扱うようになっている。


 だが、理由は言えない。


「体の使い方を少し変えただけだよ」


「少し?」


 ガイルは疑うように目を細めた。


 近くにいたエドガーも、静かにこちらを見ていた。


「確かに、以前より戻りが早い」


「エドガーまで」


「踏み込んだ後の重心が残っていない。剣の速さというより、間合いの消し方が変わった」


 エドガーは淡々と言う。


 その観察はかなり正確だった。


 セレナも腕を組みながら言った。


「無駄な揺れが減っているわね。動き出しより、止まり方が変わっている」


「セレナも見るんだな」


「見れば分かるわ」


 セレナは当然のように言った。


 ミラは少し不思議そうに俺を見る。


「リオン、また何か隠している?」


「隠しては……」


 いない、と言いかけて止まる。


 いや、隠している。


 浮遊魔法のことは、完全に隠している。


「……大きくは隠してない」


「それは隠している人の言い方ね」


 ミラが即答した。


 返す言葉がない。


 そのやり取りを聞いていたベルンハルト先生が、こちらへ歩いてきた。


「リオン・ハル」


「はい」


「冬の間、体の使い方を変えたな」


「……はい。少し」


「また少しか」


 先生の声に、周囲の何人かが笑いをこらえた。


 ベルンハルト先生は俺の足元を見てから、顔を上げた。


「踏み込みは悪くない。止まり方も以前より良い。だが、軽さに頼るな」


 その言葉に、俺は一瞬だけ息を止めた。


 周囲には普通の実技指導に聞こえただろう。


 だが、俺には分かる。


 先生は、浮遊魔法のことを言っている。


「地面を失えば、剣も軽くなる」


「はい」


「軽く動けることと、浮つくことは違う。覚えておけ」


「分かりました」


 短く答える。


 先生の言葉は、重かった。


 浮遊魔法を使えば、体は軽くなる。


 だが、剣まで軽くなってはいけない。


 斬る時、受ける時、踏み込む時。


 そこには、地面に立つ感覚が必要になる。


「よし」


 ベルンハルト先生は少し間を置いてから言った。


「リオン、ガイル。軽く合わせろ」


 ガイルの表情が変わった。


「待っていた」


「軽く、だよ」


 俺が言うと、ガイルは木剣を構えた。


「分かっている。軽く、本気で行く」


「それは軽いのかな」


「軽い方だ」


 周囲から小さな笑いが起きた。


 俺も木剣を構える。


 ベルンハルト先生が片手を上げる。


「始め」


 合図と同時に、ガイルが前に出た。


 速い。


 冬休み明けとは思えない踏み込みだ。


 木剣が真っ直ぐ振り下ろされる。


 俺は正面から受けず、半歩斜めにずれた。


 足を強く蹴りすぎない。


 体を横へ流す。


 ガイルの木剣が空を切る。


 すぐに横薙ぎが来た。


 俺は木剣で受け、力を逃がす。


 重い。


 ガイルの剣は、やはり力がある。


 真正面から受け続けると押される。


 だが、今は以前よりも足が残らない。


 受けた後、すぐに位置を変えられる。


 俺は一歩下がるのではなく、斜め前へ出た。


 ガイルの懐に入りすぎない位置。


 相手の剣が振りにくい間合い。


 木剣を返す。


 ガイルはすぐに受けた。


「やっぱり変わっているな」


「そうかな」


「今の避け方、前はしなかった」


 ガイルは楽しそうだった。


 強い相手と当たる時の顔だ。


 次の瞬間、ガイルが踏み込む。


 今度は横から圧をかけるような一撃。


 俺は受け流そうとした。


 その時、体が少し軽く流れた。


 浮遊魔法は使っていない。


 だが、浮いていた時の感覚で、重心を上げすぎた。


 足の裏が地面を捉えるのが、わずかに遅れる。


 まずい。


 ガイルの木剣が迫る。


 俺は無理に体を戻し、木剣で受けた。


 乾いた音が響く。


 受けきった。


 だが、姿勢がわずかに崩れた。


「そこまで」


 ベルンハルト先生の声が飛んだ。


 ガイルはすぐに木剣を下げる。


 俺も息を整えながら、構えを解いた。


 先生がこちらを見る。


「今のは悪い癖だ」


「はい」


 自分でも分かっていた。


 軽さに頼りかけた。


 地面の上にいるのに、地面を捉える意識が少し抜けた。


「動きは良くなっている。だが、足が地につかない剣は危うい」


 先生の言葉は、周囲には普通の指導に聞こえたはずだ。


 だが、俺には違う意味で刺さった。


 足が地につかない。


 まさにその通りだった。


「軽くなった分だけ、下を忘れるな。剣は腕だけで振るものではない。

体だけでもない。地面から力をもらうものだ」


「はい」


「今の動きは、使い方次第で武器になる。だが、間違えれば隙になる」


 先生はそこで視線を外し、周囲にも聞こえるように言った。


「全員、覚えておけ。新しい動きを得た時ほど、その動きに振り回されるな。

伸びた者ほど、次の課題も増える」


 生徒たちが静かに頷く。


 ガイルが俺の隣に来た。


「前よりやりにくくなった」


「ありがとう」


「だが、次は崩す」


「怖いな」


「崩せる相手の方が面白い」


 ガイルらしい。


 エドガーも近づいてきた。


「リオン、冬休みに本当に何をしていた?」


「少し、体の使い方を練習していた」


「少しでそれなら、冬休み全部を使ったらどうなる」


「自分でも分からないかな」


 セレナが呆れたように言う。


「あなたの“少し”は、やはり信用できないわ」


「最近よく言われる」


「言われるだけのことをしているからよ」


 ミラも頷いた。


「でも、今の先生の言葉は大事だと思うわ。リオン、少し危なかったもの」


「見て分かった?」


「分かるわ。上手く避けたのに、その後だけ一瞬ふわっとした」


「ふわっと」


 思わず聞き返す。


 ミラは首をかしげた。


「うまく言えないけれど、足元が一瞬頼りなく見えたの」


 かなり近い。


 浮遊魔法のことは知らなくても、見ている人には違和感として伝わるらしい。


 気をつけなければならない。


 ヴィクトルは少し離れたところで腕を組んでいた。


「なるほど。動きの変化にも価値があるな」


「何を考えているの?」


 俺が聞くと、ヴィクトルは真面目な顔で言った。


「鍛錬法として売れるかもしれない」


「売らないよ」


「まだ何も聞いていないのに断るな」


「断る」


 セレナが冷たく言った。


「ヴィクトル。今は商売の時間ではないわ」


「分かっている。考えただけだ」


「考えるのもほどほどにしなさい」


 ヴィクトルは肩をすくめた。


 その後も、実技は続いた。


 冬休み中に動いていた者は、体がよく動いていた。


 逆に、明らかに鈍っている者もいた。


 ベルンハルト先生は一人一人の動きを見て、短く指摘していく。


「踏み込みが浅い」


「受ける時に肩が上がっている」


「足が止まるな」


「剣を見るな。相手全体を見ろ」


 厳しいが、的確だった。


 俺も何度か基礎動作を繰り返した。


 軽く動けることは確かに強みになる。


 だが、軽さに逃げると危うい。


 浮遊魔法の練習で得た感覚を、地面の上の動きにどうつなげるか。


 それが、これからの課題になりそうだった。


 授業の終わり、ベルンハルト先生は全員を集めた。


「冬休みの過ごし方は、動きに出ていた。鈍った者もいる。伸びた者もいる。

どちらも、今日分かったなら意味がある」


 先生は俺たちを順に見た。


「大事なのは、今の自分を正しく知ることだ。できると思い込むな。

できないと決めつけるな。動きの変化には、必ず利点と欠点がある」


 その視線が、一瞬だけ俺に向いた。


「新しい動きを得た者は、それに振り回されるな」


「はい」


 俺は小さく答えた。


 授業が終わり、生徒たちはそれぞれ木剣を片付け始めた。


 俺は手の中の木剣を見下ろした。


 浮遊魔法は、俺の戦い方を少しずつ変え始めている。


 それは大きな武器になる。


 だが、地面を忘れれば、剣は軽くなる。


 軽くなることと、浮つくことは違う。


 ベルンハルト先生の言葉は、そう言っている気がした。


 俺は木剣を握り直した。



 変わった足運びを、ただの癖で終わらせてはいけない。


 ちゃんと、自分の力にしなければならない。




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