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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第15章 王立学院三年 三学期

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第326話 商人の目

 三学期が始まる前日。


 学院寮の中は、昨日より少しだけ賑やかになっていた。


 廊下を歩く足音。


 荷物を運ぶ使用人の声。


 久しぶりに戻ってきた生徒たちの話し声。


 まだ全員が戻ってきているわけではないが、少しずつ学院の日常が戻ってきている。


 俺は部屋で、机の上に教本を広げていた。


 明日から授業が始まる。


 少しは頭を学院に戻しておかなければならない。


 そう思って教本を読んでいた時、部屋の扉が勢いよく叩かれた。


「リオン! いるか!」


 聞き覚えのある声だった。


「いるよ」


 扉を開けると、ヴィクトルが立っていた。


 ローデン商会の跡取り息子。


 相変わらず、目に勢いがある。


「久しぶりだな、リオン!」


「久しぶり。戻ってきていたのか」


「ああ。今朝な。それより聞いたぞ」


「何を?」


「トラウゼン侯爵の夜会の話だ」


 俺は少しだけ眉を上げた。


 早い。


 いや、ヴィクトルなら早くても不思議ではない。


 ローデン商会は王都にも各地にも情報網を持っている。


 しかも、トラウゼン侯爵領は王都方面の街道に強い。


 夜会で何か面白いものが出たとなれば、商会筋に話が流れてもおかしくない。


「情報が早いな」


「ローデン商会の跡取りを甘く見るな」


 ヴィクトルは胸を張った。


 そして、すぐに身を乗り出す。


「それで、リバーシってなんだ!?」


「そこからか」


「そこからだ! トラウゼン侯爵家の夜会で、貴族たちが盤を囲んで盛り上がったと聞いた。

しかもハーウェイ侯爵まで気に入ったらしいじゃないか。

そんなもの、気にならないわけがないだろう」


「まあ、そうか」


「俺にもやらせてくれ」


 早い。


 挨拶より本題の方が強い。


 だが、ヴィクトルらしいとも思った。


「ちょうど一組ある」


「あるのか!」


「贈呈用じゃなくて、簡易版だけどね」


 俺は荷物の中から、小さな木箱を取り出した。


 馬車の中でミアと遊んだものだ。


 簡易版だが、遊ぶ分には問題ない。


 ヴィクトルは箱を見た瞬間、目の色を変えた。


「これがリバーシか」


「中を見るのは、座ってからにしよう」


「分かった」


 ヴィクトルは机の前へ座った。


 俺は盤を広げ、駒を並べる。


 ヴィクトルは身を乗り出して、盤と駒をじっと見た。


「白と黒の駒か。盤は正方形。線で区切ってある。なるほど、見た目はかなり単純だな」


「ルールも単純だよ」


 俺は真ん中に四つ駒を置いた。


「自分の色で相手の色を挟む。挟んだ駒は自分の色になる。

置ける場所は、相手の駒を一つ以上挟める場所だけ」


「それだけか?」


「基本はそれだけ」


「本当にそれだけで夜会が盛り上がったのか?」


「やれば分かるよ」


 ヴィクトルは少し疑うような顔をしながらも、黒の駒を手に取った。


「なら、やろう」


「まずはヴィクトルが黒でいいよ」


「分かった」


 対局が始まった。


 ヴィクトルは飲み込みが早かった。


 最初の数手で、置ける場所の考え方は理解したらしい。


 ただ、やはり最初は多く返せる場所を選びがちだった。


「ここで四つ返せるな」


「置けるよ」


 ヴィクトルは駒を置き、満足そうに白を黒へ返した。


「なるほど。これは分かりやすい」


「でも、序盤に取りすぎると、後で置ける場所が減ることもある」


「何?」


「それから、角はかなり強い」


「角?」


「角に置いた駒は、基本的に返されないから」


 俺が盤の角を指差すと、ヴィクトルの目がすっと細くなった。


 商人の目ではなく、勝負を見る目になっている。


「つまり、角を取れるように誘導する遊びでもあるのか」


「そういう面もある」


「単純そうに見えて、考えることが多いな」


「だから面白いんだよ」


 数手進むと、ヴィクトルは盤を見ながら黙り込んだ。


 そして、急に顔を上げた。


「リオン」


「何?」


「これは売れるぞ」


「対局中だよ」


「対局中でも分かる。これは売れる」


 ヴィクトルは駒を指でつまんだまま、かなり真剣な顔をしていた。


「まず、ルールが簡単だ。子どもでも覚えられる。

だが、考え始めると大人でも遊べる。盤と駒だけでいいから持ち運びもできる。

貴族の応接室、商会の待合室、宿場、高級宿、船旅、馬車旅……置ける場所はいくらでもある」


「ずいぶん具体的だな」


「当たり前だ。商品を見る時は、置き場所から考える」


 さすがローデン商会の跡取り息子だ。


 ただ楽しいかどうかではない。


 誰が、どこで、どう使うかを見ている。


「それに、贈り物にも向いている。箱を立派にすれば貴族向けになる。

簡素にすれば庶民向けにもできる。駒を小さくすれば旅用にもなる」


「旅用か」


「そうだ。長旅の暇つぶしになる。商人は待つ時間が多い。

荷を待つ。船を待つ。相手の返事を待つ。こういう遊びは、待ち時間に強い」


「なるほど」


 俺もそこまでは考えていなかった。


 馬車の中でミアと遊んだ時、長い移動時間を和らげる力があるとは思った。


 だが、ヴィクトルはそれをすぐ商売の場面に置き換えている。


「どこかの商会は噛んでいるのか?」


 ヴィクトルが聞いた。


「いや、まだどの商会ともやり取りはしていないよ」


「本当か?」


「本当。今はトラウゼン侯爵家やハーウェイ侯爵家への贈り物用にいくつか作っただけだ。

注文も受け始めたけど、大量生産できるほどの体制はない」


「今のハル領の工房では足りないのか」


「たぶんね。青輝石の加工や街灯の部品もある。

リバーシをまとまった数作るなら、別の作業場を考えないといけない」


「なら、ローデン商会も関わらせてくれ」


 ヴィクトルが前のめりになった。


「これは王国だけじゃない。他国にも売れる。最初に販路を押さえた方がいい。

貴族向け、商会向け、宿場向け、学院周辺向け。展開を分ければかなり広がる」


「落ち着いて」


「落ち着いていられるか。こういうものは、早く動いた方がいい」


 その言葉は、商人としては正しいのだろう。


 だが、俺は盤を見ながら少し考えた。


「ただ、ヴィクトル」


「何だ」


「リバーシは、特に難しい技術を使っているわけじゃない。

盤に線を引いて、白黒の駒を作ればいい。いずれ誰かが真似すると思う」


 ヴィクトルの動きが止まった。


「……分かっていて、そんなに落ち着いているのか?」


「うん」


「普通は焦るところだぞ。真似される前に独占しようとか、職人を囲い込もうとか考える」


「それも必要な部分はあると思う。でも、完全に真似を防ぐのは無理だよ」


 前世でもそうだった。


 良い商品や仕組みは、必ず真似される。


 真似されないことを前提に計画を立てると、いずれ崩れる。


 大事なのは、真似される前に何を押さえるかだ。


「こういう遊びは、広まってからが本番だと思う」


「広まってから?」


「うん。一人で持っていても意味がない。

遊ぶ相手がいて、ルールを知っている人が増えて、初めて価値が出る」


「……なるほど」


「だから、真似されること自体は悪いことばかりじゃない。

リバーシという遊びが広まるなら、それはそれで意味がある」


「だが、安い粗悪品が出回れば、ハル領の品も埋もれるぞ」


「そこは分ければいい」


「分ける?」


「安く簡単なものは、いずれ誰かが作ると思う。

でも、贈り物にできる品、侯爵家に出せる品、説明書が整っていて、駒の数も揃っていて、箱もきちんとしている品は別だよ」


 俺は盤の上の駒を一つ指で動かした。


「最初にきちんとした形を作る。ルール、品質、説明書、箱、予備の駒、売る場所。

そこまで整えたものが、ちゃんとしたリバーシとして残る」


 ヴィクトルは黙って聞いていた。


 さっきまでの勢いが少し落ち着いている。


 商人として、頭の中で計算しているのだろう。


「つまり、盤と駒は真似されてもいい。だが、信用は真似しにくいということか」


「そういうこと」


「トラウゼン侯爵家で使われた。ハーウェイ侯爵家も欲しがった。

王立学院のリオン・ハルが持ち込んだ。ハル領の工房が作った。説明書がある。

贈答用に整っている」


 ヴィクトルは指を折りながら言った。


「確かに、それはただ木を削っただけの品とは違う」


「もちろん、油断していいわけじゃないけどね」


「いや、ますますローデン商会が関わるべきだ」


「そこに戻るのか」


「当然だ」


 ヴィクトルはきっぱりと言った。


「リオン、お前の考えは分かった。真似される前提で、市場を作る。

ならなおさら、流通が必要だ。作れる数、売る場所、運ぶ道、値段、貴族向けと一般向けの分け方。

そういうものは商会の仕事だ」


「それは分かる」


「ローデン商会なら、王都だけでなく他領にも話を持っていける。

他国との取引にも道がある。もちろん、勝手に話を進めろとは言わない。

まずは相談でいい」


「父上とエリアスに話す必要がある」


「だろうな」


「それに、ハル領の工房の負担も考えないといけない。

西の森に作業場を作るかもしれないけど、まだ決定ではない」


「西の森?」


「候補の一つ。木材もあるし、作業を分けやすい。

ただ、住む場所を整える前に仕事だけ増やすのは危ない」


「……そこまで考えているのか」


「レナードに言われたんだ。仕事が増えること自体は良い。

でも、暮らす場所を整える前に仕事だけ増やせば、現場が混乱するって」


 ヴィクトルは少し感心したように俺を見た。


「レナードさんらしいな。ローデン商会にいた頃から、現場の流れを見る人だったからな」


「そうなんだ」


「ああ。人と荷の流れを整理するのが上手い人なんだよ」


 レナードの評価を王都で聞くのは、少し不思議だった。


 だが、納得もできた。


 西の森で見たレナードの仕事は、まさに人と荷の流れを整えるものだった。


「だから、すぐに大量生産とはいかない」


「分かる。だが、話だけでも先にさせてくれ。父上にも伝えたい。

ローデン商会として正式に提案できる形にする」


「それならいいよ。ただし、俺一人で決められる話じゃない」


「そこを即答しないのは、リオンらしいな」


「友人だからって、領の仕事を勝手には決められないよ」


「わかった。むしろ、その方が信用できる」


 ヴィクトルは満足そうに頷いた。


 その瞬間、俺は盤を見て、駒を置いた。


「はい」


「ん?」


「これで、角が取れる」


「待て」


 ヴィクトルが慌てて盤を見た。


 俺は次の手で角を取る形を作っていた。


「商売の話をしている間に、何をしている」


「対局中だったから」


「ずるいぞ」


「盤を見ていなかったのはヴィクトルだよ」


「くそ。商人として話に集中していたのが裏目に出た」


 ヴィクトルは悔しそうに唇を曲げた。


 それでも、目は楽しそうだった。


 数手後、勝負は俺の勝ちで終わった。


 ヴィクトルは盤を見つめ、しばらく黙っていた。


「……これは、悔しいな」


「もう一局やる?」


「当然だ」


 ヴィクトルはすぐに駒を集め始めた。


「これは商品研究だ。遊んでいるわけではない」


「便利な言い方だな」


「実際、研究だ。貴族に売るならどこで盛り上がるか、商人に売るならどこで悔しくなるか、実際に体験しないと分からない」


「負けた言い訳に聞こえる」


「違う。商人の目だ」


 ヴィクトルは真剣な顔でそう言った。


 だが、その手は楽しそうに駒を並べている。


 俺は思わず笑った。


 リバーシは、トラウゼン侯爵家の夜会で場を変えた。


 馬車の中では、ミアとの時間を柔らかくした。


 そして今、ヴィクトルの目には商品として映っている。


 同じ盤と駒でも、見る人によって意味が変わる。


 遊び道具。


 贈り物。


 商材。


 人と人をつなぐもの。


 リバーシは、思っていた以上に広がっていくのかもしれない。


「リオン、次は本気でいくぞ」


「さっきも本気じゃなかった?」


「商売のことを考えていたから半分だ」


「じゃあ、次は盤を見て」


「もちろんだ」


 ヴィクトルは黒の駒を手に取り、盤をにらんだ。


 三学期が始まる前日。


 まだ授業は始まっていない。


 だが、学院寮の小さな部屋では、リバーシを挟んで、別の仕事が静かに動き始めていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
レナードはヴィクトルが直接ハル領に誘ったとレナードの回想でありましたが、実際にレナードと一緒に働いて実力を買っていたから推薦した、というわけでは無かったんですね。 人から聞いた評価を鵜呑みにした…?ヴ…
他の転移者、転生者が見つかるかも。新しい展開にワクワク。トランプはあるのかのこの世界に…。
国王陛下がリオンとリバーシ対局する機会が早まるかも?
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