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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第15章 王立学院三年 三学期

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第322話 学院寮への帰還

 熊型の魔物を討伐してから、二日が経った。


 あの後、食品を運んでいた荷車は無事に街道へ戻り、俺たちも王都へ向かう道へ戻った。


 怪我をしていた男の状態は気になったが、応急処置は済ませた。


 王都に着いたら医者に診せるようにも伝えてある。


 あとは、本人たちが無理をしないことを祈るしかない。


 その後の道中では、大きな問題は起きなかった。


 ◇


 王都の門が見えた時、ミアが小さく息を吐いた。


「まもなく到着ですね」


「ああ」


 高い城壁。


 門の前に並ぶ馬車。


 荷を確認する兵士。


 王都へ入ろうとする商人や旅人。


 ここへ向かって、多くの街道がつながっている。


 あの食品を運んでいた荷車も、この流れの一部だったのだろう。


 門を抜けると、王都の通りに入った。


 建物が並び、店先には人の声が響いている。


 馬車は学院へ向かう道を進んだ。


 王立学院の建物が見えてくる。


 広い敷地。


 整えられた道。


 冬休み前まで毎日のように見ていた場所なのに、少し久しぶりに感じた。


 馬車が学院寮の前で止まる。


 ようやく着いた。


 王立学院の寮。


 寮長に挨拶を済ませ、ミアと護衛に荷を下ろしてもらう。


 学院へ持ち帰った衣類。


 書物。


 冬の間にまとめた書面。


 母上が持たせてくれた小物。


 トラウゼン侯爵家へ届けるリバーシ十組は、すでに渡し終えている。


 その分、荷は少し軽くなっていた。


 だが、旅の終わりの疲れは、体にしっかり残っている。


 ミアはいつも通り、手際が良い。


 俺は二人を見て、少しだけ胸の奥が重くなった。


 ここで別れるのだ。


 ハル領を出てから、トラウゼン侯爵領へ行き、王都まで来た。


 だが、ミアとノルはこのままハル領へ戻る。


 俺だけが、学院寮に残る。


 寮の部屋へ入ると、以前と同じ机、同じ棚、同じ寝台があった。


 窓の外には、学院の庭が見える。


 ここでの日々が、また始まる。


 ミアは部屋へ入るなり、窓を開けて空気を入れ替えた。


 それから、荷を一つずつ確認していく。


「上着はこちらに。書物は机の横でよろしいでしょうか」


「うん」


「冬用の外套は、まだ使うと思いますので、取り出しやすい場所に置いておきます」


「ありがとう」


「お母様から預かった小物は、こちらの箱へ」


「助かるよ」


 ミアは普段通りに動いている。


 だが、どこか少しだけ、手がゆっくりだった。


 いつもなら、もっと迷いなく整えていく。


 今日のミアは、ひとつひとつを確かめるように荷を置いていた。


「ミア」


「はい」


「大丈夫?」


 ミアは一瞬だけ手を止めた。


 それから、少し困ったように笑った。


「大丈夫です。ただ……」


「ただ?」


「次にリオン様がハル領へ戻られるのは、夏休みなのですよね」


「ああ。その予定だね」


 冬休みは終わる。


 学院の授業が始まれば、簡単にはハル領へ戻れない。


 表向きには、俺は王立学院の生徒だ。


 転移魔法でこっそり戻ることはできるかもしれない。


 だが、次に正式にハル領へ戻れるのは、夏休みになる。


 半年ほど先だ。


「半年近く、お会いできないのですね」


 ミアは小さく言った。


「そうなるね」


「ハル領では、皆さまがお待ちになると思います」


「ミアも?」


 俺がそう聞くと、ミアは少しだけ目を伏せた。


「……もちろんです」


 その声が思ったより小さくて、胸が少し痛くなった。


 ミアは、俺の身の回りの世話をしてくれる侍女だ。


 けれど、それだけではない。


 旅の間、ずっとそばにいてくれた。


 俺が学院に残るということは、その時間がしばらく途切れるということでもある。


「手紙を書くよ」


「本当ですか」


「うん。学院でのことも、王都で見たことも書く」


「必ずですよ」


「必ず」


 ミアは少しだけ安心したように頷いた。


「では、私もハル領のことを書きます。奥様のこと、旦那様のこと、屋敷のこと。

分かる範囲で、西の森のことも」


「それは助かる」


「エリアス様やレナード様から届く書面ほど詳しくは書けないと思いますが」


「ミアの目で見たことが知りたいんだ」


 ミアは少し驚いたように俺を見た。


「私の目で、ですか」


「うん。数字や報告書とは違うこともあるだろう?」


 ミアは静かに頷いた。


「分かりました。私が見たことを、できるだけ書きます」


「ありがとう」


 荷の整理が終わる頃、ノルが部屋の入口に立った。


「リオン様」


「ノル」


「馬車と護衛の準備は整いました。ミア殿を乗せ次第、ハル領へ戻れます」


「分かった」


 ノルはいつも通りだった。


 表情も声も変わらない。


 寂しさを見せるわけでもない。


 だが、その普段通りの姿を見ると、逆に安心する。


「道中、本当に助かった」


「護衛として当然のことをしたまでです」


「魔物の時も」


「リオン様が前へ出すぎただけです」


「そこは、もう少し褒めてもいいんじゃないかな」


「討伐の腕前は見事でした」


「ありがとう」


「ですが、前へ出すぎです」


 結局そこに戻るのか。


 ミアが少しだけ笑った。


 ノルは真顔のままだ。


「リオン様」


「はい」


「学院内でも、油断はなさいませぬよう」


「学院で?」


「危険は、森にだけあるわけではありません」


 ノルの言葉は短い。


 だが、妙に重かった。


 魔物は森にいる。


 だが、人の多い場所には、人の多い場所なりの危険がある。


 確かに、油断していい場所ではない。


「分かった。気をつける」


「お願いいたします」


 ノルは深く頭を下げた。


 ミアも荷をまとめ終え、俺の前に立った。


「リオン様。お体に気をつけてください」


「うん」


「食事を抜かないでください」


「分かってる」


「夜更かしも、できるだけ控えてください」


「努力する」


「無茶も、できるだけ控えてください」


「それも努力する」


「本当に本当ですよ」


 ミアが少しだけ強く言った。


 俺は苦笑した。


「約束する。できるだけ無茶はしない」


「リオン様らしいです」


 ミアは小さく息を吐いた。


 それから、丁寧に頭を下げた。


「では、行ってまいります」


「ああ。ハル領まで気をつけて」


「はい」


 ノルも頭を下げる。


「ノルも、ミアを頼む」


「承知しました」


 二人は部屋を出ていった。


 俺も寮の入口まで見送ることにした。


 馬車の前で、ミアがもう一度振り返る。


「リオン様。お手紙、待っています」


「うん。俺も待ってる」


 ミアは少しだけ笑って、馬車に乗った。


 ノルは最後まで周囲を確認してから、馬に乗る。


 馬車がゆっくりと動き出した。


 学院寮の前の道を進み、角を曲がり、少しずつ遠ざかっていく。


 見えなくなるまで、俺はその場に立っていた。


 やがて馬車の姿が完全に消えた。


 寮の前に残ったのは、俺一人だった。


 部屋へ戻る。


 さっきまでミアが整えてくれていた部屋は、きちんと片付いていた。


 上着は取り出しやすい場所にある。


 書物は机の横に並んでいる。


 母上からの小物は、箱の中に収まっている。


 すべて整っている。


 だからこそ、少し静かだった。


 俺は机の前に座った。


 ハル領のことが頭に浮かぶ。


 父上。


 母上。


 エリアス。


 レナード。


 西の森。


 工房。


 街灯。


 リバーシ。


 トラウゼン侯爵家。


 冬休みの間に見たものは、思っていたより多かった。


 だが、父上は言っていた。


 領のことを考えるのはよい。


 だが、学院で学ぶことも、今のお前にとって大切な務めだ。


 俺は机の上に置かれた教本を見た。


 王都にいる間、俺がやるべきことは多い。


 学院で学ぶ。


 人を見る。


 王都を見る。


 必要なら、力も磨く。


 次にハル領へ戻る夏までに、俺はどれだけ成長できるだろうか。


 窓の外では、学院の庭を冬の風が抜けていった。


 冬休みは終わった。


 また、学院での日々が始まる。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
こっそり会いに戻ってきてくれということなんだよ
迎えに行く時はいいだろうけど送って帰る時のミアは切ないなあ 命を救われた馬車の2人、実は凄い所の人でしたという王道展開はww
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