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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第321話 街道南の森

 翌朝、俺たちはトラウゼン侯爵家を出発した。


 玄関前では、トラウゼン侯爵が見送ってくれた。


「王都まで、気をつけて行くとよい」


「ありがとうございます。昨日はお世話になりました」


「こちらこそ、リバーシを届けてもらえて助かった。ハル家にも、改めて礼を伝えてくれ」


「はい。必ず伝えます」


 侯爵夫人とご子息も、短く挨拶をしてくれた。


 ご子息は最後までリバーシのことが気になっているようで、少し名残惜しそうに俺を見ていた。


「次にお会いする時までに、私も練習しておきます」


「楽しみにしています」


 そう答えると、ご子息は嬉しそうに頷いた。


 トラウゼン侯爵は、そんな息子を横目で見ながら、少しだけ笑っていた。


 前回この屋敷を訪れた時は、貴族の集まりに出ることで頭がいっぱいだった。


 今回は違う。


 リバーシを届け、侯爵と対局し、夕食を共にした。


 俺たちは馬車に乗り込み、王都へ向かって出発した。


 ◇


 トラウゼン侯爵領を離れ、王都へ向かう街道を進む。


 王都に近づくにつれて、人と荷の流れは少しずつ増えていった。


 街道は整っているが、周囲がすべて安全というわけではない。


 特に、街道の南側には森が続く場所があった。


 道から少し離れただけで、木々が密になり、奥は暗く見える。


 ノルは馬車の外で、いつもより周囲をよく見ているようだった。


 王都が近いからといって、警戒を緩めてはいない。


 俺は馬車の中から窓の外を見ていた。


 ミアは向かいの席で、王都へ着いてからの荷を確認している。


 道中の揺れの中でも、ミアの手つきは丁寧だった。


 その時だった。


「助けてくれー!」


 森の方から、叫び声が聞こえた。


 馬車の中の空気が一瞬で変わる。


 ミアが顔を上げた。


 外ではノルがすでに反応している。


「止めろ!」


 ノルの声で、馬車が止まった。


 俺はすぐに剣へ手を伸ばした。


「リオン様」


 ミアの声に、不安が混じる。


「ミアは馬車の中にいて。絶対に出ないで」


「はい」


 俺は扉を開けて外へ出た。


 ノルがすぐにそばへ来る。


「森側です」


「ああ。行こう」


「護衛二名は馬車を守れ。ミア殿を外へ出すな」


 ノルが短く指示を出す。


 俺とノルは、声のした方へ走った。


 街道から少し外れた森際に、荷車が一台止まっていた。


 荷台には、食品を入れた木箱や袋が積まれている。


 麦の袋。


 干し肉の束。


 根菜の入った箱。


 塩漬けの品らしき樽。


 王都へ運ぶ途中だったのだろう。


 だが、その荷車の周囲はひどく荒れていた。


 箱が一つ落ち、中身が地面に散らばっている。


 荷車のそばでは、男が一人、地面に倒れていた。


 もう一人は木の陰に逃げ込むようにして、必死に身を縮めている。


 そして、その前にいたのは、熊に似た魔物だった。


 普通の熊より一回り大きい。


 背中の毛は黒く、肩のあたりが盛り上がっている。


 前脚は太く、爪が長い。


 口の周りには、すでに血がついていた。


 熊型の魔物は、倒れている男へ向かって前脚を振り上げた。


 間に合う。


 俺は剣を抜いた。


 考えるより先に、体が動いていた。


 魔物の視線。


 前脚の角度。


 倒れている男との距離。


 一瞬で見て踏み込む。


 魔物の前脚が振り下ろされるより早く、俺は横へ入った。


 剣を低く構え、前脚の内側を抜ける。


 熊型の魔物がこちらに気づき、頭を振った。


 遅い。


 俺は体を沈め、喉元へ向けて剣を走らせた。


 刃が肉を裂く感触。


 そのまま一歩抜ける。


 魔物の巨体が、遅れて揺れた。


 前脚が地面を引っかく。


 だが、もう力は入っていない。


 熊型の魔物は、低く唸るような音を漏らし、そのまま横倒しに崩れた。


 地面が重く震える。


 終わった。


 俺は剣を構えたまま、数呼吸だけ魔物を見た。


 動かない。


 ノルがすぐに近づき、魔物の状態を確認した。


「討伐、確認しました」


「怪我人は?」


「はい」


 ノルの声には、わずかな驚きが混じっていた。


 だが、今はそれを聞いている場合ではない。


 俺は倒れている男のそばへ膝をついた。


 食品を運んでいた者の一人だろう。


 年は三十代くらい。


 左腕から血が出ている。


 肩から胸にかけて、魔物に弾き飛ばされたような打撲もある。


 顔色は悪いが、意識はある。


「聞こえますか」


「あ……ああ……」


「もう魔物は倒しました。動かないでください」


 俺は《綻びの目》を使った。


 視界の中で、男の体の悪い箇所が浮かび上がる。


 ≪左腕:裂傷≫

 ≪出血:多い≫

 ≪肩:打撲≫

 ≪肋骨:衝撃≫

 

ただ、骨が完全に折れているわけではなさそうだ。


 命に関わる傷ではない。


 だが、放っておけば出血と痛みで動けなくなる。


「少し痛むかもしれません」


 俺は左腕に手をかざし、回復魔法を流した。


 傷口を完全に消すのではなく、まず出血を抑える。


 裂けた部分を閉じる。


 痛みで動けなくならない程度に、魔力を通す。


 次に、肩と肋骨の周辺。


 深くは入れすぎない。


 無理に治そうとすると、かえって体に負担がかかる。


 痛みが強く出そうな箇所だけを整える。


 男の呼吸が少し落ち着く。


「……痛みが、少し引いた」


「応急処置です。完全に治したわけではありません」


 俺ははっきりと言った。


「痛むようなら、王都に着いてから必ず医者に診せてください」


「あ、ありがとうございます……」


「立てますか」


「少しなら……」


「無理はしないでください」


 俺は木の陰にいたもう一人の男にも声をかけた。


「あなたは怪我を?」


「俺は、転んだだけです。腕を少し打ったくらいで……」


 その男も食品を運んでいた者らしい。


 服は土で汚れているが、大きな出血はない。


 念のため《綻びの目》で見る。


 ≪右腕:軽い打撲≫

 ≪膝:擦り傷≫


 大きな問題はなさそうだ。


「あなたも王都で痛みが増すようなら、診てもらってください」


「はい……はい、本当に助かりました」


 男は震える声で答えた。


 ノルは熊型魔物の周囲を見ていた。


 足跡。


 森から出てきた跡。


 荷車の周囲に散らばった食料。


「森の奥から出てきたようです」


「餌を探して?」


「おそらく。荷の匂いに引かれた可能性もあります」


 食品輸送の男が、青ざめた顔で頷いた。


「王都へ運ぶ食料でした。森の横を通ったところで、急に……」


「護衛は?」


「雇う余裕がなくて……王都も近いから、大丈夫だと思って……」


 男は悔しそうに唇を噛んだ。


 王都が近い。


 だから大丈夫。


 その気持ちは分からなくもない。


 俺も転移魔法でハル領と王都を行き来していると、道中の危険を忘れそうになる。


 一瞬で移動できる力があると、道の上を進む人たちの現実が見えにくくなる。


 荷を積み、時間をかけ、森の横を通り、宿場を越えて、王都へ向かう。


 その途中で、魔物と遭遇することもある。


 王都の近くであっても。


 街道のそばであっても。


 森が近ければ、危険はある。


 食品の箱が一つ、地面に落ちて割れていた。


 中の根菜が散らばっている。


 別の袋は爪で裂かれ、麦がこぼれていた。


 人が無事だったからよかった。


 だが、もし俺たちが通らなければ、この荷車は壊され、人も死んでいたかもしれない。


「ノル」


「はい」


「この魔物、街道側へ出てくる可能性はあった?」


「十分にあります。今回は荷車が森際へ寄っていたため、そこで襲われたのでしょう。

放置すれば、街道へ出ていたかもしれません」


「そうか」


 ノルは俺の方を見た。


「リオン様」


「何?」


「先ほどの踏み込み、以前よりかなり速くなっています」


「そうかな」


「はい。剣の振りだけではありません。体の運びが変わっています」


 ノルは淡々と言った。


 だが、その目は真剣だった。


 見抜かれている。


 浮遊魔法のことは知らないはずだ。


 それでも、体の使い方が変わったことには気づくらしい。


 裏庭での練習。


 空中で姿勢を保つ感覚。


 止まるための力の使い方。


 それが、踏み込みや重心の移動にも少し影響しているのかもしれない。


「剣の練習も続けてるから」


「それだけではない気もしますが」


 ノルの視線が少し鋭い。


 俺は軽く咳払いした。


「今は怪我人と荷車を戻すのが先だよ」


「……承知しました」


 助けた食品輸送の二人は、何度も頭を下げてきた。


「本当に、ありがとうございました。あのままでは、どうなっていたか……」


「礼は大丈夫です。それより、荷車を街道へ戻しましょう。

もう一人の方を乗せて、王都まで無理をしないでください」


「はい」


「応急処置はしましたが、痛みが残るようなら、王都で医者に診せてください。

特に左腕と胸の痛みは、無理に動かさない方がいいです」


「分かりました」


 男たちは頷いた。


 護衛の一人を呼び、荷車を街道側へ戻すのを手伝わせる。


 落ちた食品のうち、使えるものは拾い直した。


 割れた箱や裂けた袋は、簡単にまとめる。


 すべてが無事ではない。


 だが、荷車そのものは動かせる。


 人も、生きている。


 それだけで十分だった。


 俺たちが馬車へ戻ると、ミアが心配そうに待っていた。


「リオン様」


「大丈夫。魔物は倒した」


 ミアは俺の服を見て、少し表情を硬くした。


 血が少しついている。


 魔物のものだ。


「お怪我は」


「俺はしていないよ」


「本当ですか」


「本当」


 ミアはまだ不安そうだったが、俺の様子を見て少しだけ息を吐いた。


 ノルが短く言う。


「リオン様に怪我はありません」


「ありがとうございます」


 ミアはようやく少し安心したようだった。


 馬車が再び動き出す。


 王都へ向かう街道に戻ると、さっきまでと同じように人と荷が流れていた。


 何事もなかったように、馬車が進み、荷車が揺れ、旅人が歩いている。


 だが、俺の中では少し見え方が変わっていた。


 転移魔法を使えば、ハル領と王都の距離はほとんど消える。


 だから、忘れそうになる。


 道があるだけでは、人は安全に進めない。


 その道を通る人と荷を、どう守るのか。


 それもまた、領を治める者が考えなければならないことなのだろう。


 俺は窓の外に続く街道を見つめた。


 王都は近い。


 学院へ戻る日も近い。


 けれど、その前に俺はもう一度思い知らされた。


 人と荷が動く場所には、必ず守るべきものがあるのだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
討伐した魔物は放置?血の匂いに他の魔物が寄ってくるのでは? 魔物素材の有効利用は全く無いのかな?
剣も上手いし回復魔法もできて(少し?)浮遊魔法練習のおかげか足の運びバランスのとり方が変わって魔物から人を救ったリオン君凄いよ 興味を持って練習してきたことが、いかされてますね
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