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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第3章 王立学院入試編

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第32話 貴族の役目

 翌日の午前、俺とセレナはヴァレスト家の書庫に呼ばれていた。


 昨日までは魔法の訓練だったが、今日は机と椅子がきちんと並べられ、黒板代わりの板まで立てられている。

 どうやら今日は座学らしい。


 グレインはいつものように無駄なく前に立った。


「本日の題は、アルスレイン王国の成り立ちと、貴族の役目です」


 その言葉に、俺は少しだけ姿勢を正した。


 ちょうど知りたかったことだ。

 ハル領を立て直し始めてから、何度も思った。

 どうして地方の小領地と王都の大貴族では、ここまで持てる力が違うのか。

 どうして“正しい”だけでは物事が通らないのか。


 グレインは、いきなり説明を始めなかった。


「まず問います。アルスレイン王国において、貴族とは何でしょう」


 そう言って、最初にセレナを見た。


 セレナは迷わず答える。


「王家を支え、国を安定させる柱です」


「よろしい。ではリオン様は」


 俺は少し考えてから言った。


「領地と民の責任を引き受ける者、だと思います」


 グレインはすぐには答えず、板に二つの言葉を書いた。


 王家を支える

 領地と民の責任を引き受ける


「どちらも正しい。では、なぜそうなったのか。そこが今日の本題です」


 ◇


 グレインは板に、アルスレイン王国の昔の地図を簡単に描いた。


「今でこそアルスレイン王国は一つの国ですが、昔は違いました」


 線で区切られた小さな土地がいくつも描かれる。


「かつてこの地には、小国や有力領主が乱立していました。そこへ魔物の被害、周辺国との争い、飢饉が重なった」


 板の端に、魔物、戦、飢饉と書き足される。


「当時、各地の領主たちはそれぞれ自分の土地を守っていましたが、それだけでは限界があった。そこで約250年前に初代国王が有力な諸侯をまとめ、共通の旗の下に国を作ったのです」


 なるほど。

 最初から完成した王国があったわけじゃない。

 バラバラだったものをまとめて、一つにしたのか。


 グレインはさらに続ける。


「その時、土地と兵と民を預かる者たちに爵位が与えられました。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。違いはありますが、共通しているのは一つ」


 そこで、板の中央に大きく書いた。


 守る責任


「貴族とは、偉そうに暮らすための称号ではありません。本来は、土地を守り、民を養い、税を整え、兵を備え、王家の秩序を地方へ通す責任を負う者です」


 そこはかなりしっくりきた。


 少なくとも、ハル領の現実とずれていない。


 セレナが静かに言う。


「だから公爵家は国政に近く、子爵家は領地に近いのですね」


「その通りです」


 グレインが頷く。


「公爵家や侯爵家は、建国時から王家を強く支えた大貴族です。

大きな兵力と領地を持ち、国境や要衝を守る役目も重い。一方、子爵家や男爵家は、より現場に近い場所を直接治めることが多い」


 そこで、視線が俺へ向いた。


「ハル家のような子爵家は、派手な権勢は持たなくとも、領地の実務を背負う家です」


 やっぱりそうか。


 王都では小さい。

 でも、小さいから意味がないわけじゃない。

 むしろ、現場を直接持つからこその重さがある。


 ◇


 グレインはここで、もう一つ問いを投げた。


「では、よい貴族とは何でしょう」


 今度は少し難しい。


 セレナが先に答える。


「王家に忠実であること。法を守り、秩序を乱さぬことです」


「正しい答えです」


 グレインはそう言ってから、今度は俺を見る。


「リオン様は」


 俺は少し考えた。


 頭に浮かんだのは、ハル領の道だった。

 北村へ続く道。南村の倉。石切り場。

 道が死ねば物は流れず、物が流れなければ税も兵も食事も全部おかしくなる。


「……崩さないこと、だと思います」


 セレナが少しだけ眉を動かした。


「崩さない?」


「はい」


 俺はゆっくり続ける。


「王家に忠実でも、法を守っていても、領地が崩れたら意味がない。税があっても道が死ねば物は届かない。兵がいても村が痩せれば守れない。だから領主は、上から命じる人というより、下が崩れないように持たせる人じゃないかと」


 書庫が少し静かになる。


 セレナが口を開きかけて、少しだけ止まった。


「でも、それでは……貴族がただの管理人みたいだわ」


「管理だけじゃ足りないよ」


 俺は首を振った。


「王都の命令をそのまま領地に落としても、現場が死ぬことがある。逆に現場だけ見て王都を無視しても、今度は国の中で孤立する。だから、両方を繋げるのが貴族なんだと思う」


 グレインの目が少し鋭くなった。


「王都の理と、領地の現実を繋げる、と」


「はい」


「それができてこそ、よい領主であると?」


「少なくとも、片方だけじゃ足りません」


 そこまで言うと、セレナが小さく息を吐いた。


「……そこまで考えたことはなかったわ」


 声は小さいが、悔しさよりも納得が混じっていた。


「私はずっと、貴族は王家を支えるものだと思っていた」


「間違ってないよ」


 俺はすぐに言った。


「ただ、ハル領みたいな場所だと、王家を支える前にまず村が今日を越えないといけない」


 その言葉に、セレナは少し黙った。


 グレインがそこで、ようやく口を開いた。


「教本の答えとしては、セレナ様の答えが正しい」


 セレナが顔を上げる。


「ですが」


 グレインは続ける。


「領地を背負う者の答えとしては、リオン様の方が深い」


 セレナが、少しだけ気後れしたように視線を落とした。


 ただ、拗ねた感じではない。

 自分の答えが狭かったことを、ちゃんと飲み込もうとしている顔だった。


 グレインは板に、最後の一文を書いた。


 貴族とは、王都の理と領地の現実を繋ぐ責任を負う者


「これが本日の結論です」


 それから俺たちを見回した。


「爵位の高さだけで貴族の価値は決まりません。何を背負い、どう治めるかで決まる。アルスレイン王国が今も形を保っているのは、その責任を果たした家があったからです」


 その一言は、思っていたより深く刺さった。


 ハル家は子爵家だ。

 王国全体で考えるとまだまだ小さい。

 でも、小さいからこそ背負う現場がある。


 そして、その現場を守るためには、王都の理も知らなければいけない。


 授業が終わったあと、セレナが片づけながらぽつりと言った。


「少し悔しいわ」


「何が?」


「私は王都の中からしか見ていなかった」


 それから、彼女はまっすぐ俺を見た。


「でも、あなたの答えの方が、領主らしいと思った」


 俺は少しだけ肩をすくめる。


「そっちはそっちで、王都の側の正しさを持ってるでしょ」


「……そうかもしれないわね」


 小さく笑ったその顔は、昨日より少しだけ柔らかかった。


 窓の外では、秋の光が公爵家の庭に落ちている。


 アルスレイン王国。

 その成り立ちと、貴族の役目。


 まだ全部を掴んだわけじゃない。

 でも少なくとも、自分が何を学びにここへ来たのかは、前よりずっとよくわかった。

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