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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第3章 王立学院入試編

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第31話 最初の火

 翌朝。

 庭には、また昨日と同じ道具が並んでいた。水晶板、銀線の台、簡易的な的。

 違うのは、俺の中に「やり方を変える」という意識があることくらいだ。


 グレインが淡々と言う。


「本日は火属性に絞ります。まずは通常通り一度」


 俺は的の前に立ち、詠唱する。

 指先へ意識を集める。

 火を灯す。


 ――やっぱり駄目だ。


 何も出ない。

 熱も、光も、火花もない。


「もう一度」


 もう一度。

 やはり出ない。


 セレナは黙って見ている。

 ミアは少し離れたところで祈るような顔をしていた。


 グレインが言う。


「やはり、この訓練では効果が出ないようですね」


 俺は一歩下がった。


「少し、やり方を変えてもいいですか」


「どのように」


「火を“出す”んじゃなくて、“つける”イメージでやってみたいです」


 グレインは一瞬だけ黙ったが、止めはしなかった。


「構いません。試してください」


 ◇


 深く息を吸い、昨日《綻びの目》で見た自分の文字を思い出す。


 《魔力流路:分散》

 《出力点:不安定》

 《火属性出力適性:低》

 《観測適性:高》


 大きく出そうとするのは駄目だ。

 必要なのは一点。小さな火種だけ。


 前世の記憶を引っ張り出す。


 ライター。

 金属を弾いて火花を散らし、そこから小さな火がつく。

 火は、最初から大きく燃えるわけじゃない。


 俺は指先を見つめた。


「火球なんていらない。火種だけでいい」


 集中する。

 散らないように。広げないように。

 火花。着火。小さな熱。


 視界の端に、文字がちらついた。


 《出力点:指先先端》

 《集束:微改善》

 《熱源維持:短》

 《火種生成:可能性》


 来た。


 その瞬間――


 ポッ


 米粒ほどの火が、指先に灯った。


 小さい。

 頼りない。

 でも、確かに出た。


 ミアが息を呑む。


「で、出ました……!」


 セレナが目を見開く。


「今の……」


 だが次の瞬間、グレインが一歩前へ出た。


「……今、詠唱を省きましたか」


 その声は、昨日よりずっと低かった。


 俺は少し迷ってから答える。


「考えるのに邪魔だったので」


 沈黙が落ちた。


 セレナが言う。


「待って。今、言葉なしで出したの?」


「たぶん、そうなる」


「無詠唱……?」


 グレインがすぐに切る。


「軽々しく口にしないでください」


 ミアがびくりとする。

 グレインは俺をまっすぐ見た。


「もう一度。今度は最初から、一言も発さずに」


 俺は頷き、もう一度指先を見る。


 火花。着火。一点だけ。


 さっきより流れが少しだけわかる。

 散りそうな魔力を、無理やり先端へ寄せる。


 ポッ


 また出た。


 今度は二呼吸ぶんほど灯り、すぐに消えた。


 グレインはしばらく黙ったあと、慎重に口を開いた。


「私は長く魔法教育に関わってきましたが……初学者が無詠唱で出力した例は、少なくとも記憶にありません」


 そんなに珍しいのか、とそこでようやく実感した。


 だがグレインはすぐに続ける。


「もっとも、出力は弱い。維持も短い。実戦性は皆無です。火種が一瞬灯っただけで、王立学院の実技を超えられるわけではありません」


 それでも十分だった。


 ゼロじゃなくなった。

 今の俺には、それだけで大きい。


 セレナが腕を組んだまま言う。


「今まで何も出なかったのに、急に?」


「急じゃないよ。やり方を変えただけ」


「どう変えたの?」


「火を出すんじゃなくて、火をつける感じにした」


 セレナは首を傾げたが、グレインは考え込んでいた。


「……感覚ではなく、構造で捉えたのですね」


 俺は頷く。


「たぶん、自分は感覚で出すのに向いてないかもしれません」



 グレインは長く息を吐いた。


「通常の感覚型魔法訓練に適しない、という判断は変わりません。ですが、現象理解を補助線にした場合、微細出力には反応が出る可能性があります」


 そして、すぐに教師の顔へ戻る。


「この件は、ひとまずここだけの話にしてください」


 ミアがきょとんとする。


「え?」


「無詠唱という言葉が独り歩きすれば面倒を招きます。現時点では火種が短く灯るだけ。広める段階ではありません」


 セレナが静かに頷いた。


「わかったわ」


 俺も頷く。


「自分もそのつもりです」


 グレインは記録紙に何かを書きつけた。


「今後三日は、火種のみを反復します。次のステップはその後です」


「わかりました」


 ◇


 自室へ戻る途中、窓の外には秋の光が落ちていた。


 指先を見下ろす。

 さっき火が灯った場所に何かが残っているわけじゃない。

 でも、たしかにあそこから出た。


「……ライターか」


 前世ではただの道具だった。

 けれど今は、その仕組みを思い出したことで、俺は初めてこの世界の火に触れた。


 窓ガラスに、自分の顔がうっすら映る。

 十二歳の顔。その奥に四十五年分の記憶。


 感覚で駄目なら理屈で行く。

 理屈だけで足りないなら、今度はそれを感覚へ寄せていく。


 入試まで三か月。

 まだピンチなのは変わらないが昨日よりか気分は良い。

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