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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第319話 馬車の中のリバーシ

 ハル領を出てから、馬車はトラウゼン侯爵領を目指して進んでいた。


 今回は、まっすぐ王都へ向かうわけではない。


 トラウゼン侯爵家へ、リバーシ十組を届ける。


 その後、王都へ向かう予定だ。


 馬車の揺れは、相変わらず体に残る。


 以前より慣れてきたとはいえ、長時間座っていると、どうしても腰や肩が固くなる。


 窓の外には、冬の街道が続いていた。


 葉を落とした木々。


 固く締まった土の道。


 時折すれ違う荷車。


 護衛の馬の足音。


 ノルは馬車の外で、いつも通り周囲を確認しながら進んでいる。


 馬車の中には、俺とミアがいた。


 学院へ戻る荷。


 トラウゼン侯爵家へ渡す書面。


 そして、丁寧に包まれたリバーシ十組。


 積まれている箱を見ていると、少し不思議な気分になる。


 もともとは、ただ遊ぶために考えたものだった。


 それが今では、侯爵家へ届ける品になっている。


 外との縁をつなぐ荷になっている。


 大げさに言えば、外交の一部だ。


 そう思うと、ただの木の盤と駒には見えなくなってくる。


 ◇


 しばらくして俺は窓の外を一度確認した。


 護衛は外にいる。


 ノルも馬車のそばだ。


 今、馬車の中を見ている者はいない。


「じゃあ、少し休憩にしよう」


「休憩、ですか?」


「ああ」


 俺は小さく息を吐き、亜空間収納魔法を使った。


 手元の空間に、見えない棚を開くような感覚。


 そこから、小さな木箱を取り出す。


 ミアの目が大きくなった。


「リオン様。今、それは……どこから?」


「亜空間収納魔法」


「亜空間収納……」


「みんなには内緒だよ」


「はい。それはもちろんですが……」


 ミアはまだ驚いた顔で、俺の手元の箱を見ている。


 無理もない。


 何もないところから物を取り出したように見えるのだから。


 俺は膝の上に木箱を置いた。


「これは、贈呈用のリバーシじゃないよ」


「では、そちらは?」


「遊ぶ用の簡易版」


「遊ぶ用、ですか」


「うん。エリアスに頼んで、贈呈用とは別に一組だけ作ってもらっていたんだ」


 箱は、トラウゼン侯爵家へ届けるものほど立派ではない。


 装飾も少ない。


 木の仕上げも簡素だ。


 けれど、盤の線はきちんと見える。


 駒も白黒が分かる。


 遊ぶ分にはまったく問題ない。


「リオン様は、こういうことを本当に楽しそうになさいますね」


 ミアが少し呆れたように言った。


「楽しいよ。遊び道具なんだから、遊ばないと」


「ですが、馬車の中でですか?」


「馬車の中だからだよ。暇だろう?」


 俺は座る位置を少し変え、ミアの横に盤を置けるだけのスペースを空けた。


「さぁ、ミア」


「私が、リオン様とですか?」


「他に相手がいないからね」


「ノル様は……」


「馬車の外で護衛中だよ。呼んだら怒られると思う」


「怒りはしないと思いますが、困られるとは思います」


「じゃあ、ミアで決まりだ」


 ミアは少し戸惑っていたが、やがて小さく頷いた。


「では、少しだけ」


「うん。少しだけ」


 俺は盤を広げ、駒を並べた。


 馬車が揺れるので、駒が滑らないように布を敷く。


 完璧ではないが、ゆっくり遊ぶ分には何とかなる。


「まず、真ん中に四つ置く」


「はい」


「自分の色で、相手の色を挟む。挟んだ駒は自分の色に変わる」


「それは説明書を読んで覚えました」


「そっか。じゃあ、やってみよう」


 最初は、ミアが黒を持った。


 ミアはかなり真剣な顔で盤を見つめている。


 そして、置ける場所を見つけると、すぐに駒を置いた。


「ここでよろしいでしょうか」


「置ける場所としては合っているよ」


 俺は白の駒を返す。


 ミアは少し嬉しそうにした。


「取れました」


「うん。でも、最初にたくさん返せばいいわけじゃないんだ」


「そうなのですか?」


「うん。序盤に取りすぎると、相手に良い場所を渡すことがある」


「遊びなのに、難しいのですね」


「だから面白いんだよ」


 数手進むと、ミアは目の前で多く返せる場所を選び始めた。


 分かりやすい。


 最初は誰でもそうなる。


 俺は角の近くを指差した。


「ここは気をつけた方がいい」


「なぜですか?」


「角を取られると、その駒はほとんど返されない。だから、角のすぐ隣に不用意に置くと危ないんだ」


「角は強いのですね」


「そう。かなり大事」


 ミアは真剣に頷いた。


 それからは、角の周りを見るようになった。


 ただし、見すぎて別の場所が甘くなる。


 俺がそこを取ると、ミアは小さく息をのんだ。


「そこも危なかったのですね」


「うん。でも今のは悪くないよ。角を意識できていたから」


「難しいです」


「最初から上手な人はいないよ」


 一局目は、俺が大きく勝った。


 ミアは盤を見ながら、少し悔しそうな顔をしている。


「もう一度、お願いします」


「もちろん」


 二局目。


 ミアはさっきより慎重になった。


 目の前の駒をたくさん返せる場所だけでなく、次に俺がどこへ置けるかを考えている。


 まだ読めているわけではない。


 だが、考え方が変わった。


「ここは……置かない方がよろしいのですよね」


「どうして?」


「角の隣だからです」


「正解」


 ミアは少しだけ嬉しそうにした。


 その表情を見て、俺も少し楽しくなる。


 リバーシは、ただ勝つためだけにやるものではない。


 相手が少しずつ分かっていくのを見るのも面白い。


 二局目も俺が勝った。


 ただし、一局目ほど差は開かなかった。


「ミア、かなり良くなってる」


「本当ですか?」


「うん。さっきよりずっと考えていた」


「リオン様に教えていただいたからです」


「教えただけでできるなら十分だよ」


 三局目に入る頃には、馬車の揺れにも慣れてきた。


 盤の上の駒が少しずれるたびに、ミアが丁寧に直す。


 俺が少し油断して置いた手に、ミアが思ったより良い返しをした。


「あ」


 思わず声が出た。


 ミアが不安そうにこちらを見る。


「今のは、まずかったでしょうか」


「いや、逆。良い手だった」


「良い手、ですか」


「うん。俺が少し油断した」


 ミアの表情が明るくなる。


「では、少しは強くなったのでしょうか」


「かなり」


「かなり、ですか」


「少なくとも、さっきよりは」


「それは、まだあまり強くないということでは」


「そこに気づくのも成長だね」


「リオン様」


 ミアが少しだけむくれたように俺を見る。


 思わず笑ってしまった。


 馬車の中の空気が、少し柔らかくなる。


 リバーシ十組を届けに行く旅。


 トラウゼン侯爵家への挨拶。


 王都へ戻る準備。


 考えることは多い。


 だが、盤を挟んでいる間だけは、少し気持ちが軽くなった。


 やがて、馬車が休憩のために止まった。


 俺は盤を片付け、駒の数を確認する。


 ミアも一緒に数えた。


「六十四個、あります」


「ありがとう」


「この確認も、大事なのですね」


「うん。一つでも足りないと遊べないから」


「工房の方々も、これを何度も確認されたのでしょうね」


「たぶんね」


 ミアは、布に包まれた簡易版のリバーシを見た。


「遊んでみると、贈呈用の十組がどれだけ丁寧に作られているのか、少し分かる気がします」


「そうだね」


 自分で遊ぶと、必要なことが見える。


 駒が持ちやすいか。


 盤の線が見やすいか。


 箱にしまいやすいか。


 説明が分かりやすいか。


 それは、外から眺めているだけでは分からない。


 休憩の後、馬車はまた進んだ。


 その日は宿場に泊まった。


 翌日も朝から街道を進んだ。


 馬車の中では、またリバーシを広げた。


 ミアは一日目よりも、さらに慎重になっていた。


 置く前に、盤全体を見る。


 角の近くを確認する。


 俺の次の手を少し考える。


 もちろん、まだ俺が負けるほどではない。


 だが、油断すれば少し面倒な形を作られる。


「ミア、本当に上達してるね」


「馬車の中でずっと考えておりました」


「そんなに?」


「はい。角の近くに置いてはいけない、ということを忘れないように」


「それだけ覚えていれば、かなり違うよ」


「ですが、リオン様はそれ以外の場所でも私を困らせます」


「それがリバーシだから」


 ミアは盤を見つめ、慎重に駒を置いた。


 今度は、俺が少し考えさせられる位置だった。


「……いいね」


「今のは良い手ですか?」


「うん。かなり良い」


 ミアは嬉しそうに微笑んだ。


 その顔を見ると、リバーシを一組余分に用意しておいてよかったと思う。


 トラウゼン侯爵家の広間では、リバーシは場の空気を変えた。


 馬車の中では、長い移動の時間を少し柔らかくした。


 場所が変わっても、盤を挟めば会話が生まれる。


 それが、この遊びの強さなのかもしれない。


 休み、遊び、また休み、馬車は進んだ。


 二日目の昼過ぎ。


 窓の外に、見覚えのある道が見えてきた。


 街道沿いの宿。


 行き交う荷車。


 王都方面へ向かう商人たち。


 そして、遠くに見える領都の屋根。


「リオン様」


 ミアが窓の外を見た。


「トラウゼン侯爵領ですね」


「ああ」


 前回は、招かれて緊張しながら来た場所だった。


 今回は、ハル領の品を届けるために来た。


 馬車は、トラウゼン侯爵領の領都へ向かって進んでいく。


 今度は客として招かれたのではない。


 ハル領の品を届けるために、俺はもう一度この地へ戻ってきた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
その駒はほとんど返されない  ↑ ほとんどというか、 私の知っているオセロ・リバーシの場合、 はさんだら返すという絶対ルールがある以上、 角は絶対に返されないと思うのだけど、 アタックチャンスみたいな…
リバーシー弱くね? 初心者相手なら完勝するし、角を取られても勝てるよ やり込みが足りなすぎる
ミアは収納魔法を206話で既に見てますよ
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