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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第317話 もう少し高く

 西の森で住宅区画の候補地を見てから、一週間ほどが過ぎた。


 その間、ハル領の仕事は止まっていない。


 リバーシの件は、エリアスが工房長と確認を進めている。


 初回の希望数であれば、今の工房でも何とか対応できそうだという報告があった。


 ただし、工房は青輝石の加工や街灯の部品作りも抱えている。


 今後、リバーシの注文が増え続けるなら、やはり別の作業場を考える必要が出てくるらしい。


 西の森については、レナードから住宅区画の修正案が届いていた。


 荷車道は、子どもが通る場所から少し離す。


 井戸と共同道の近くには、街灯を置く。


 排水の流れも、雨の日を想定して見直す。


 定住希望者の優先順位も、家族構成と仕事の継続性を見ながら整理されている。


 どちらも、俺が今すぐ横から口を出す段階ではなかった。


 エリアスにはエリアスの仕事がある。


 レナードにはレナードの仕事がある。


 父上も、返書や対外的な判断を見てくれている。


 なら、俺が今するべきことは何か。


 机の上に置いた報告書を閉じながら、俺は少し考えた。


 領の仕事を進めることも大事だ。


 けれど、俺自身ができることを増やすことも、同じくらい大事だ。


 特に、あの魔法はまだ全然使いこなせていない。


 浮遊魔法。


 前回までの練習で、人一人分くらいの高さには浮けるようになった。


 ゆっくりなら、前後左右にも動ける。


 着地も、最初の頃よりは安定してきた。


 だが、 少し速く動こうとすると、体が流れる。


 空中で止まるにも、まだ集中がいる。


 今のままでは、実戦で使えるとは言えない。


 森で魔物と遭遇した時、少し浮けます、ゆっくり動けます、では役に立たない。


 むしろ、中途半端に使えば自分の動きを乱すだけだ。


「……少し、練習するか」


 俺は椅子から立ち上がった。


 使用人に声をかけられないよう、目立たない廊下を通って屋敷の裏手へ向かう。


 練習場所は、いつもの裏庭の奥だ。


 表の庭ほど整えられてはいないが、その分、人目につきにくい。


 古い木立があり、低い生垣があり、少し開けた土の場所もある。


 浮遊魔法の練習をするには、ちょうどいい。


 もちろん、本当は誰かに見てもらった方が安全なのだろう。


 だが、この魔法はまだあまり知られたくない。


 裏庭の奥まで来ると、俺は周囲を確認した。


 人の気配はない。


 遠くで使用人の声は聞こえるが、ここまでは来ない。


 冬の空気は冷たい。


 吐いた息が白くなった。


 俺は軽く体を動かし、足場を確かめた。


 地面は少し固い。


 落ちたら痛いだろうが、雪や泥で滑るよりはましだ。


「まずは、いつもの高さから」


 小さく呟き、魔力を巡らせる。


 体の下に、見えない支えを作るような感覚。


 地面を押すのではなく、体そのものを少しだけ持ち上げる。


 足の裏が、土から離れた。


 少しずつ。


 焦らず。


 腰の高さ。


 胸の高さ。


 人一人分くらいの高さ。


 ここまでは、もう何度も練習している。


 最初の頃のように、体がぐらつくことは少なくなった。


 俺は空中で息を整える。


 地面から離れているというだけで、最初はかなり怖かった。


 今も怖くないわけではない。


 だが、その怖さにも少し慣れてきた。


 問題はここからだ。


「今日は、もう少し高く」


 俺は魔力の出力を少しだけ上げた。


 体が、さらに上へ持ち上がる。


 頭一つ分。


 さらに少し。


 いつもより高い。


 たったそれだけなのに、地面が急に遠く感じた。


 足元に何もない。


 当然のことなのに、その感覚が体を固くする。


 膝に力が入る。


 肩も少し上がる。


「力を入れすぎるな」


 自分に言い聞かせる。


 体が硬くなると、魔力の流れまでぎこちなくなる。


 浮いているだけなのに、余計に疲れる。


 俺はゆっくり息を吐き、体の力を抜いた。


 高さを保つ。


 上下に揺れないようにする。


 前後に流れないようにする。


 それだけで、意外と難しい。


 浮遊魔法という名前だから、ただ浮くだけの魔法のように聞こえる。


 だが、実際には違う。


 空中で、自分の位置を保ち続ける魔法だ。


 地面に足をついていれば、体は勝手に支えられる。


 だが、空中では支えも自分で作らなければならない。


 少しでも気を抜くと、下がる。


 少し出力を上げすぎると、浮きすぎる。


 前へ動こうとすると、今度は止まる力も必要になる。


「……よし」


 俺は視線を前へ向けた。


 裏庭の端にある細い木。


 その手前まで進んで、止まる。


 今日の目標は、それにしよう。


 まずはゆっくり進む。


 体が前へ動く。


 空中で進む感覚にも、少しは慣れてきた。


 足を動かしているわけではない。


 地面を蹴っているわけでもない。


 体の位置そのものを、前へずらしていく。


 ゆっくりなら問題ない。


 木の手前で出力を調整し、止まる。


 少し揺れたが、止まれた。


「次は、もう少し速く」


 同じ場所まで、今度は少し速度を上げて進む。


 体が前へ流れた。


 思ったより速い。


 木が近づく。


「まずい」


 止まろうとした瞬間、体が少し横へずれた。


 慌てて出力を落とす。


 しかし、落としすぎた。


 体が一瞬沈む。


 俺は反射的に魔力を強めた。


 今度は上に浮きすぎる。


 視界が揺れた。


 木の枝が、目の前をかすめる。


「っ……!」


 俺は歯を食いしばり、体を後ろへ引くように魔力を動かした。


 どうにか枝を避ける。


 そのままふらつきながら、地面へ降りた。


 着地は少し乱れた。


 膝に軽い衝撃が来る。


 危なかった。


 俺はその場で息を吐いた。


 速く動くこと自体はできる。


 だが、止まれない。


 いや、止まろうとすると、別の方向へ流れる。


 高さも乱れる。


 つまり、進む力と止まる力と高さを保つ力を、同時に扱えていない。


「浮くことと、飛ぶことは違うな」


 口に出してみると、当たり前のことに思えた。


 今まで俺がしていたのは、浮く練習だ。


 少し動けるようになっただけで、飛べるようになったわけではない。


 飛ぶというのは、進んで、曲がって、止まって、高さを保つことだ。


 速度を上げれば、それだけ制御も難しくなる。


 仕事でも同じだ。


 増やすことだけ考えると、現場は崩れる。


 止め方。


 戻し方。


 失敗した時の逃げ道。


 それを考えずに速度だけ上げれば、どこかにぶつかる。


「なら、先に止まる練習だ」


 俺は裏庭の地面に、目印を作った。


 小さな石をいくつか拾い、木の手前、横の空き地、生垣の近くに置く。


 それぞれの目印の上で止まる。


 速く飛ぶ前に、狙った場所で止まる。


 もう一度、魔力を巡らせる。


 体が浮く。


 いつもの高さ。


 そこから少しだけ上げる。


 さっきよりは落ち着いている。


 最初の石へ進む。


 ゆっくりではなく、少しだけ速く。


 石の手前で、魔力を後ろへかける。


 止まる。


 少し行きすぎた。


 もう一度。


 今度は早めに止める。


 手前で止まりすぎた。


 三度目。


 石の真上。


 完全ではないが、かなり近い。


 次は横移動。


 体を右へずらす。


 そのまま止まる。


 今度は左へ。


 少し揺れる。


 高さが下がる。


 出力を足す。


 上がりすぎる。


「難しいな」


 思わず笑ってしまった。


 できないことが、はっきりしている。


 だが、それは悪いことではない。


 何ができていないのか分かれば、練習の仕方も決まる。


 俺は何度も繰り返した。


 浮く。


 進む。


 止まる。


 下がる。


 戻す。


 横へ動く。


 止まる。


 降りる。


 休む。


 また浮く。


 冬の冷たい空気の中で、額に汗が浮かんだ。


 魔力の消耗もある。


 だが、それ以上に集中で疲れる。


 空中では、少しの乱れがすぐ動きに出る。


 地面の上なら誤魔化せる揺れも、空中では誤魔化せない。


 何度目かの練習で、俺はいつもより少し高い位置まで上がった。


 人一人分より、もう少し上。


 そこから前へ進む。


 さっきより速い。


 木が近づく。


 だが、今度は早めに止める。


 進む力を弱める。


 後ろへ引く力を少しだけかける。


 高さを保つ。


 体が揺れる。


 それでも、木の手前で止まった。


 枝には触れていない。


 地面にも落ちていない。


 息を止めていたことに気づき、ゆっくり吐いた。


「……できた」


 小さな声が漏れた。


 完璧ではない。


 揺れた。


 止まる位置も少しずれた。


 魔力もかなり使った。


 だが、前より高く、前より速く動いて、止まれた。


 俺はその場からゆっくり下降した。


 今度は着地も乱さないようにする。


 足の裏が地面に触れる。


 膝を少し曲げる。


 衝撃を逃がす。


 大丈夫だ。


 俺は地面に立ったまま、しばらく動かなかった。


 体は疲れている。


 けれど、手応えはあった。


 まだ飛べるとは言えない。


 長い距離は無理だ。


 高い場所も危ない。


 戦闘中に使うには、まだ不安が多すぎる。


 だが、ただ浮いているだけではなくなってきた。


 少しずつ、空中で自分の位置を扱えるようになっている。


 俺は裏庭の奥にある木々を見た。


 ここなら、何とかなる。


 本当にこの魔法が使えるかどうかは、森で試さなければ分からない。


 俺は拾った石を元の場所へ戻し、服についた土を払った。


 今日の練習はここまでだ。


 無理をして怪我をすれば、また色々な人に心配をかける。


 それに、冬休みはまだ残っている。


 領の仕事だけではない。


 自分の力も、少しずつ伸ばしていく。


 俺はもう一度だけ、さっき止まった木の手前を見た。


 もう少し高く。


 もう少し速く。


 そして、ちゃんと止まる。


 次は、森で試してみたい。


 そう思いながら、俺は屋敷へ戻った。



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― 新着の感想 ―
12才からずっと領地の事頑張ってきたんだから、ある程度は人に任せて自分のやりたい事すればって思うな自在に飛べるようになるのはマイナスにはならんでしょ どこかでガス抜きしないとパンクしそうで、ちょっと心…
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