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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第316話 西の森の次の役割

 トラウゼン侯爵領から戻った翌朝。


「リオン様。リバーシの件ですが、本日から工房長と確認を進めます」


 朝食後、エリアスが書面を持って俺の部屋へ来た。


 昨日、父上へ報告した希望数と送り先を、さらに整理し直したものらしい。


 トラウゼン侯爵家。


 ハーウェイ侯爵家。


 周辺領の子爵家や男爵家。


 まだ正式な注文書ではないが、希望としては十分な数が並んでいる。


「リバーシは、ただの遊び道具ではなくなりつつあります。少なくとも、他領とのやり取りを生む品になりました」


「そうだね」


「最初の対応を誤れば、期待を損ねます。逆に、きちんと整えて届けることができれば、ハル領への印象も良くなるはずです」


 その通りだ。


 ただ作ればよいというものではない。


 盤の大きさ。


 駒の数。


 箱。


 説明書。


 品質。


 返書。


 どれも外との関係に関わる。


 俺は机の上の書面を見ながら言った。


「今回の反応を見る限り、リバーシはアルスレイン王国内で広がるかもしれない」


「私も、その可能性はあると思います」


 エリアスはすぐに頷いた。


「ルールが分かりやすく、客人との話題にもなります。

貴族家だけでなく、王都の商会や宿、学院周辺にも広がる可能性がございます」


「そうなると、今の工房だけで全部賄うのは危ないかもしれない」


 今の工房は、すでに多くの仕事を抱えている。


 青輝石の加工。


 街灯とその部品の製造。


 そこにリバーシの大量製造まで加われば、どこかで詰まるかもしれない。


「はい」


 エリアスも同じ懸念を持っていたようだった。


「最初の注文分は、今の工房で対応できるかもしれません。

ですが、王都や他領へ広がった場合、専用の作業場を考える必要が出てくるかと」


「もし本格的に広がるなら、リバーシだけを作る場所が必要になる」


「候補としては、西の森も考えられます」


 エリアスの言葉に、俺は小さく頷いた。


 西の森。


 木材が近い。


 働き手もいる。


 単純な切り出し、駒の成形、盤の線引き、箱作り、検品。


 作業を分ければ、経験の浅い者でも関われる部分はある。


 夜間学校で文字や数を覚えた者なら、駒の数や箱詰めの確認にも回れるかもしれない。


 ただし、簡単な話ではない。


「でも、まだ決定じゃない」


「もちろんです」


「まずは今ある希望分をきちんと作ること。需要が本当に続くかを見ること。

それから、西の森の生活基盤を崩さないこと」


「その三点は、必ず確認いたします」


 エリアスは書面に目を落とした。


「工房長には、まず現状の生産余力を確認します。

必要な材料、作業日数、担当できる職人の数。

それから、説明書の写しを誰が作るかも考えなければなりません」


「頼む」


「はい」


 俺は少し考えてから言った。


「今日は西の森を見る。住宅区画の準備も気になっているし、レナードにもリバーシ専用工場の可能性だけ共有しておきたい」


「よろしいかと。ただし、可能性の段階であることは明確にされた方がよろしいかと思います」


「分かっている」


 決定ではない。


 けれど、何も伝えずに後から急に話を出すより、早めに可能性だけ共有しておいた方がいい。


 西の森は、今まさに暮らす場所へ変わろうとしている。


 そこへ新しい仕事場を置く可能性があるなら、レナードにも早めに考えてもらう必要がある。


 エリアスは屋敷に残ることになった。


 リバーシの整理、工房長への確認、領都側の溜まった仕事。


 どれもエリアスの手が必要だ。


 俺はミアとノルを連れて、西の森へ向かうことにした。


 馬車に乗ると、ミアが少し嬉しそうに窓の外を見た。


「西の森へ行くのは、少し久しぶりです」


「そうだね。俺もトラウゼン侯爵領へ行っていたから、しばらく見ていない」


「住宅区画の準備、進んでいるでしょうか」


「たぶんね。レナードなら、かなり整理していると思う」


 馬車が屋敷を出る。


 ノルは馬車の外で護衛としてついている。


 道を進みながら、俺は窓の外を見ていた。


 ハル領の道は、以前よりずいぶん使われるようになっている。


 領都へ向かう荷車。


 西の森へ向かう作業員。


 工房へ運ばれる資材。


 まだ大きな道とは言えない。


 雨が続けばぬかるむ場所もある。


 荷車がすれ違うには狭い場所もある。


 それでも、この道はハル領の中で少しずつ意味を持ち始めている。


 いつか、ハル領にも大街道を築きたい。


 ふと、そう思った。


 王都方面へ続く道。


 領都と西の森をつなぐ道。


 人が行き来し、荷が動き、宿や店が生まれる道。


 トラウゼン侯爵領のように、長い時間をかけて人と荷を受け止める道。


 今すぐできることではない。


 今のハル領には、まだ整えなければならないことが多すぎる。


 だが、いつか。


 道が変われば、領の形も変わる。


 そのことを、今回の旅で強く感じた。


 ◇


 西の森に着くと、以前よりも人の動きが整理されているのが分かった。


 荷車が通る道。


 木材を置く場所。


 食事小屋へ向かう人の流れ。


 仮役場の前で順番を待つ者たち。


 その一つ一つが、無秩序に混ざっていない。


 仮役場の前で、レナードが俺たちを迎えた。


「リオン様。お戻りをお待ちしておりました」


「レナード。留守中、ありがとう」


「いえ。必要な確認を進めておりました」


 レナードの手には、何枚かの板がある。


 紙は貴重だが、板なら現場でも扱いやすい。


 そこには名簿や区画の印が整理されていた。


「まず、定住希望者の名簿です」


 レナードはすぐに説明を始めた。


「名前、現在の仕事、働いた期間、家族構成、過去の問題履歴、継続して働ける見込みを分けております。

トーマを含め、家族を呼びたい者が数名おります」


「もうそこまで分けたのか」


「受け入れるかどうかを考えるには、人数だけでは足りません。

家族に小さな子がいるか、年寄りがいるか、働き手が何人いるかで、必要な住まいも水も変わります」


 さすがだと思った。


 レナードは、ただ名簿を作っているわけではない。


 ローデン商会で帳面、物流、人員を見てきた経験がある。


 人がどこにいて、何を運び、何を必要としているか。


 そういう流れを見る目を持っている。


「商会にいた頃も、人と荷の流れを整理するのが仕事でした」


 レナードは、俺の考えを読んだように言った。


「形は違いますが、見るべきところは近いです」


「西の森は商会とは違うだろうけど、かなり助かっているよ」


「ありがとうございます」


 レナードは少しだけ頭を下げ、すぐに次の板を見せた。


「こちらが住宅区画候補地です。

まだ決定ではありませんが、数家族分から始める小区画としては、この辺りが良いかと考えています」


 俺たちはレナードに案内され、候補地へ向かった。


 まだ家は建っていない。


 だが、土地にはいくつか杭が打たれていた。


 道になる予定の線。


 井戸候補地。


 洗い物用の水場。


 排水を流す向き。


 薪置き場。


 ゴミを一時的に集める場所。


 荷車道。


 木材置き場へ続く道。


 何もない土地のようで、すでに暮らしの形が引かれ始めている。


「ここに家が並ぶのですね」


 ミアが小さく言った。


「ああ。まだ線だけだけどね」


「でも、見えます」


 ミアは杭の並びを見ていた。


「井戸があって、道があって、家があって……人が暮らす場所になっていくのですね」


 その声には、少し感慨があった。


 俺も同じものを見ていた。


 今はまだ冬の土と杭だけだ。


 だが、ここに家が立ち、煙突から煙が上がり、子どもが井戸の近くを走る日が来るかもしれない。


 ノルが候補地の端を見ながら言った。


「荷車道と子どもが通る場所は、もっと離した方がいいでしょう」


 レナードがすぐに板へ印をつける。


「やはり、そう見ますか」


「はい。木材を積んだ荷車は止まりにくい。

子どもが急に出てくると危険です」


「では、荷車道はもう少し外側へ逃がします」


「夜の灯りは、井戸と共同道の近くに必要です」


「灯りの位置も、こちらへ修正します」


 ノルの言葉は短い。


 だが、レナードはすぐに意味を理解して記録していく。


 二人のやり取りを見ていると、現場がただ勢いで進んでいるわけではないことが分かる。


 危険を減らす。


 動線を分ける。


 水と排水を考える。


 火事の時に逃げられる道を残す。


 家を建てる前に考えることは多い。


「定住希望者は、早く家族を呼びたがっているだろう」


 俺が言うと、レナードは頷いた。


「はい。特にトーマは、妻と娘を呼べるかもしれないと聞いてから、以前よりさらに真面目に働いています」


「そうか」


「希望があることはありがたいです。

ですが、受け入れる以上、暮らせる形を用意しなければなりません」


 レナードの声は慎重だった。


「住まいだけでなく、水、食事、病気、子どもの安全、仕事が続くかどうか。

どれか一つを軽く見れば、後で困るのは彼らです」


「分かっている」


 それが、俺の考えている「暮らしが続く領」にもつながる。


 ただ人を呼ぶだけではない。


 ただ仕事を与えるだけでもない。


 残れる形を作る。


 暮らせる形を作る。


 そうでなければ、結局は人を使い捨てにしてしまう。


 住宅区画を一通り見た後、俺はレナードに向き直った。


「レナード。もう一つ、まだ可能性の話だけど、共有しておきたいことがある」


「可能性、ですか」


「ああ。決定ではない。そこは最初に言っておく」


 レナードの表情が少し引き締まる。


 俺は、トラウゼン侯爵領でのリバーシの反応を話した。


 今後、王都やアルスレイン王国内に広がる可能性があること。


 そして、今の工房だけでは将来の全量を賄えないかもしれないこと。


「もし本格的に広がるなら、西の森にリバーシ専用の作業場、あるいは工場を作ることも考える必要があるかもしれない」


「西の森に、工場ですか」


 レナードは驚いたようだった。


 だが、すぐに考える顔になった。


 驚きよりも先に、条件を整理し始めている。


「木材は近いですね」


「そうだね。それに、リバーシは作業を分けやすい」


「作業を分ける、ですか」


「ああ。まず丸い駒を作る。駒は一組で六十四個必要だ。

片面は白、もう片面は黒にする。それから盤に線を入れる。

駒を入れる箱もいるし、遊び方を書いた説明書も必要になる」


 俺がそう説明すると、レナードはすぐに考える顔になった。


「なるほど。駒の切り出し、色の確認、盤の線入れ、箱作り、数の確認……作業を分ければ、経験の浅い者でも関われる部分はありますね」


「そう思う」


「六十四個の駒がそろっているか、白黒の面に不備がないか、箱と説明書がそろっているか。

そうした確認なら、夜間学校で数字や文字を覚えた者も関われるかもしれません」


「そこも期待している」


 レナードは頷いた。


「であれば、単に木工職人だけの仕事ではありませんね。

切る者、整える者、数える者、箱に収める者。

それぞれの役割を分ける必要があります」 


レナードは、もう半分以上仕事として見ていた。


 だが、すぐに首を横に振る。


「ただし、すぐに始めるのは危険です」


「ああ」


「作業場と住宅区画は分ける必要があります。

木材置き場、工具、刃物、火の管理。荷車の出入りも増えます。食堂や水場への負荷も上がります」


 レナードは候補地の方へ目を向けた。


「仕事が増えること自体はありがたいです。

ですが、暮らす場所を整える前に仕事だけ増やせば、西の森はまた混乱します」


「俺もそう思う」


 ノルも静かに口を開いた。


「工場を作るなら、住宅区画とは離した方がいいでしょう」


「理由は?」


「荷車が増えます。木材や工具もあります。子どもが近づくと危険です。

火を使うなら、夜の確認も必要になります」


 ノルは周囲を見た。


「仕事場が増えるなら、守る場所も増えます」


 短いが、重い言葉だった。


 工場を作るということは、ただ仕事が増えるだけではない。


 もし何かがあれば、住宅区画にも影響が出る。


「だから、今日は決めない」


 俺ははっきり言った。


「まずは住宅区画を優先する。人が暮らせる形を作る。

その上で、リバーシの需要が本当に続くなら、工場を考える」


「承知しました」


 レナードが頷く。


「候補地として見ておくべき場所は、いくつか拾っておきます。

ただし、住宅区画とは分けて考えます」


「頼む。まだ可能性の段階で十分だ」


「はい」


 ミアが、少し離れた場所から杭の並ぶ土地を見ていた。


「リオン様」


「何?」


「ハーウェイ侯爵閣下にお話しされた、暮らしが続く領という言葉は、ここにもつながっているのですね」


 俺は少し驚いた。


 ミアがそんなふうに言うとは思わなかった。


「そうかもしれない」


「お仕事が増えるのは良いことです。

でも、皆が暮らせなくなってしまったら、続きませんものね」


「ああ」


 本当に、その通りだ。


 その順番を間違えてはいけない。


 リバーシが売れるかもしれない。


 それは嬉しい話だ。


 けれど、売れるからといって、現場を壊してまで作るべきではない。


 俺は西の森を見渡した。


 まだ家は建っていない。


 だが、杭が打たれ、道の線が引かれ、井戸の場所が考えられている。


 ここは、働く場所から、暮らす場所へ変わろうとしている。


 そして、もしかするといつか、ハル領から外へ出ていくものを作る場所にもなるのかもしれない。


 俺はそう思いながら、杭の向こうに広がる西の森を見つめていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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そろそろ婚約話とか出てきそうですが、うまく捌かないと。
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