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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第315話 帰還の報告

 トラウゼン侯爵領を出てから、三日目の昼過ぎ。


 俺たちを乗せた馬車は、ようやくハル領の屋敷へ近づいていた。


 帰り道では、トラウゼン侯爵領の宿場町に泊まり、その翌日も街道沿いの宿に泊まった。


 トラウゼン侯爵領では、人と荷が通ることを前提に町が動いていた。


 それを見た後だと、ハル領へ戻る道も、ただの帰り道には見えない。


 この道を、今後どれだけの人と荷が通るようになるのか。


 その時、ハル領はきちんと受け止められるのか。


 そんなことを考えてしまう。


「リオン様」


 向かいの席に座っていたミアが、少し嬉しそうに言った。


「今回の旅、とても楽しかったです」


「楽しかったの?」


 俺は少し驚いた。


 夜会もあった。


 移動も長かった。


 ミアにも気を遣わせる場面は多かったはずだ。


「はい」


 ミアは迷わず頷いた。


「もちろん、緊張する場面もありました。

ですが、リオン様が無事にお役目を果たされるところを見られましたので」


「それが楽しかったのか」


「はい。奥様にも、きっとお伝えしたいことがたくさんあります」


 そう言われると、少し照れくさい。


 俺としては、失礼がないようにするだけで精一杯だった。


 だが、ミアには違う見え方をしていたらしい。


 隣に座っているエリアスは、いつものように姿勢を崩さず、書類袋を膝の上に置いていた。


 帰りの道中でも、何度か中身を確認している。


 リバーシの希望数。


 送り先。


 トラウゼン侯爵家でのやり取り。


 きっと、頭の中でもう整理しているのだろう。


「エリアスも、疲れたんじゃないか」


「多少は」


「多少?」


「はい。ですが、それ以上に得るものの多い旅でした」


 エリアスはそう言ってから、少しだけ俺を見た。


「それにしても、リオン様は本当に十四歳でいらっしゃいますか」


「え…!?そう?てか、失礼じゃないか?」


「失礼を承知で申し上げております」


 エリアスは真面目な顔で言った。


「初めて正式な貴族の集まりに参加されたにもかかわらず、あれほど落ち着いて対応されるとは思いませんでした」


「まぁ、落ち着いて見えたなら、母上の稽古のおかげだよ」


「それだけではないかと」


「そうかな」


「はい。少なくとも、何を話しすぎてはいけないか、どこで踏み込まない方がよいかを考えておられました。

あれは、ただ礼儀を覚えただけではできません」


 そう言われても、自分ではよく分からない。


 いや、まったく分からないわけではない。


 前世では、四十五歳まで会社を経営していた。


 商談の場にも出たし、相手が何を求めているのか、どこまで話してよいのかを探りながら言葉を選ぶこともあった。


 もちろん、貴族の夜会とはまるで違う。


 礼儀も、身分も、家同士の距離感も、前世の商談とは比べものにならないくらい面倒だ。


 だが、相手の表情を見て、言葉を選び、踏み込みすぎないようにする感覚だけは、少し残っていたのかもしれない。


 とはいえ、それをエリアスに説明するわけにはいかない。


 俺は少しだけ視線をそらした。


「……母上の稽古のおかげだよ」


 だが、エリアスがそう見たなら、少しは役目を果たせていたのかもしれない。


 馬車の外から、護衛の声が聞こえた。


 窓の外を見ると、ノルが馬車の近くを進んでいる。


 道中、ノルはいつも通りだった。


 宿場に着けば周囲を確認し、馬車の置き場を見て、出発前には護衛と荷の位置を確かめる。


 特別に何かを話すわけではない。


 だが、その淡々とした動きがあるだけで安心できた。


 やがて、屋敷の門が見えてきた。


 帰ってきた。


 そう思った瞬間、体の奥に残っていた緊張が少し緩んだ。


 馬車が玄関前に止まる。


 先に外で確認を終えたノルが、扉のそばに立った。


「リオン様。到着しました」


「ああ。ありがとう」


「道中、異常はありませんでした」


「それだけ?」


「はい。それが一番です」


 ノルは真顔でそう答えた。


 たしかに、その通りだ。


 何も起きなかったことは、護衛にとって一番良い結果なのだろう。


 馬車を降りると、屋敷の空気が懐かしく感じた。


 出発してから、一週間近く経っている。


 短いようで、思ったより長かった。


 玄関では、母上が待っていた。


 その姿を見た瞬間、俺は自然と背筋を伸ばした。


「母上。ただいま戻りました」


「おかえりなさい、リオン」


 母上は穏やかに微笑んだ。


「無事に戻ってきてくれて、何よりです」


「はい。無事、役目を果たしてまいりました」


「そう」


 母上の表情が、少し柔らかくなる。


 成果よりも先に、無事を喜んでくれている。


 そのことが、少し嬉しかった。


 ミアが一歩前へ出て、丁寧に頭を下げる。


「奥様。リオン様は、トラウゼン侯爵家でも、夜会でも、きちんとお振る舞いになっておられました」


「まあ」


 母上が俺を見る。


「本当ですか、リオン」


「ミアが大げさに言っているだけです」


「大げさではありません」


 ミアは珍しく、はっきり言った。


「奥様の稽古通り、挨拶も、贈り物の渡し方も、話し方も、きちんとなさっていました」


 母上は少し嬉しそうに目を細めた。


「それなら、稽古をした甲斐がありましたね」


「はい。かなり役に立ちました」


 それは本当だ。


 エリアスも頭を下げた。


「奥様。私から見ても、リオン様は初めての場とは思えないほど落ち着いておられました」


「エリアスまで」


 俺は少し困った。


 母上は満足そうに頷く。


「では、詳しい話はあとで聞きましょう。まずは父上へ顔を見せてきなさい」


「はい」


 俺は母上にもう一度礼をし、父上の部屋へ向かった。


 父上は椅子に座り、薄い掛け布を膝にかけていた。


 以前より顔色は落ち着いている。


 だが、まだ無理をさせてはいけない。


「父上。ただいま戻りました」


「戻ったか、リオン」


「はい。無事、トラウゼン侯爵家への代理出席を終えました」


「よく帰った」


 父上の声は静かだったが、その中に安堵があった。


 俺は父上の前に座り、エリアスが横に控えた。


 ミアも少し後ろに立っている。


 母上も部屋へ入り、静かに座った。


「まず、トラウゼン侯爵家では丁寧に迎えていただきました。

父上の体調についても、失礼のない範囲でお伝えしました」


「うむ」


「冬の集まりでは、周辺領の方々と挨拶を交わしました。

青輝石、街灯、青葉草について尋ねられることもありました」


「やはり話題になったか」


「はい。ただ、詳しい話は父上や担当の者と相談の上で、と答えすぎないようにしました」


 父上が小さく頷いた。


「それでよい」


「それと、グレイヴ伯爵領の者は来ていませんでした」


 父上の目が少しだけ細くなる。


「そうか」


「エリアスによると、招待は出ているはずですが、近年はご当主もご嫡男も出席されていないとのことでした」


「来ないことも、意思表示の一つだな」


「はい。そう感じました」


 次に、リバーシのことを報告した。


 手土産として持っていったこと。


 夜会の途中で広げられたこと。


 トラウゼン侯爵とハーウェイ侯爵が実際に遊んだこと。


 予想以上に盛り上がったこと。


 そして、夜会終了後に注文が相次いだこと。


「トラウゼン侯爵家からは、十組の希望がありました。

ハーウェイ侯爵家からも一組。ほかにも、周辺領の方々からいくつか希望をいただいています」


「十組か」


 父上は少し驚いたようだった。


「手土産が、ずいぶん大きな話になったな」


「はい。私も驚きました」


 エリアスが書面を差し出す。


「こちらに、現時点での希望数と送り先をまとめております」


 父上は書面に目を通した。


「エリアス、よく控えてくれた」


「当然のことをしたまでです」


「いや、こういうものはその場で控えなければ後で混乱する。助かった」


 エリアスは静かに頭を下げた。


 俺は続けた。


「それから、夜会翌日にハーウェイ侯爵から昼食のお誘いを受けました」


 父上が俺を見る。


「ハーウェイ侯爵から?」


「はい。トラウゼン侯爵にもお話は通っており、領都の評判の料理店で昼食をご一緒しました」


「なるほど」


 父上は少し考えるように目を伏せた。


「昼食では、トラウゼン侯爵領の領都の様子も見ることができました。

屋敷だけでなく、道、宿、店、商会、人と荷の流れが整っているように感じました」


「それは良いものを見たな」


「はい。ハーウェイ侯爵からも、領都は屋敷だけでできているわけではない、と言われました」


 父上は静かに頷いた。


「その通りだ」


「それと……」


 俺は少し言葉を選んだ。


「ハーウェイ侯爵から、ハル領をこれからどうしたいのかと問われました」


 部屋の空気が、少しだけ変わった。


 父上も母上も、俺を見る。


「どう答えた」


 父上が尋ねた。


「強い領にしたいというより、暮らしが続く領にしたい、と答えました」


「暮らしが続く領」


「はい。働く場所があって、食べることができて、眠る場所があって、困った時に相談できる。

子どもや若い者が学べて、道や灯りがあって、危ない場所が分かる。

領民や働く者が、使い捨てにされずに残れる場所にしたい、と」


 言いながら、昼食の席を思い出す。


 ハーウェイ侯爵の目。


 ミラの言葉。


 あの料理店の窓から見た領都の通り。


「外との取引や他領との関係も必要ですが、外へ広げる前に、領の中で人が暮らし続けられる形を作ることが大切だと思う、と答えました」


 少し沈黙があった。


 父上は、目を閉じるようにして俺の言葉を聞いていた。


 やがて、静かに言った。


「うむ、良い答えだ」


 その一言で、胸の奥の緊張が少し抜けた。


「ありがとうございます」


「派手ではない。だが、ハル家が忘れてはいけない答えだ」


 父上はゆっくり続けた。


「領は、名を上げるためだけにあるのではない。

人が暮らす場所だ。そこを忘れなければ、大きく間違えることは少ない」


「ハーウェイ侯爵にも、似たことを言われました」


「そうか」


 父上は少しだけ笑った。


「よい方に見てもらえたようだな」


「はい。ハーウェイ侯爵は、ハル家とは今後もよい付き合いができればと思っている、とおっしゃっていました」


「それは大きい」


 父上の表情が少し引き締まる。


「トラウゼン侯爵家、ハーウェイ侯爵家。どちらとも、急に近づきすぎる必要はない。

だが、丁寧につないでいく価値はある」


「はい」


「そのためにも、今回のリバーシの件はきちんと対応しなければならないな」


「そう思います」


 報告が一段落すると、母上が静かに言った。


「リオン」


「はい」


「無事に役目を果たせただけでなく、よく見て、よく聞いてきたのですね」


「まだ分からないことばかりです」


「それでよいのです。分かったふりをして帰ってくるより、ずっと良いわ」


 母上の声は優しかった。


 けれど、その中に確かな安心があった。


 その日の報告は、そこでいったん終わった。


 父上を長く疲れさせるわけにはいかない。


 俺たちは部屋を出た。


 廊下に出ると、エリアスが書類袋を抱え直した。


「リオン様。リバーシの件ですが、明日から私の方で工房と確認いたします」


「いや、明日は俺が工房へ行くよ」


「リオン様が、ですか」


「ああ。実物を作る話だから、工房長と直接話した方が早い。

製造日程も確認したい」


 そう言うと、エリアスはすぐに首を横に振った。


「いえ。それは私にやらせてください」


「エリアスは、一週間近く領都の仕事を離れていたんだ。まずは自分の事務仕事を優先してほしい」


「お気遣いはありがたいのですが」


「今回要望のあった数だけ教えてくれればいい。工房には俺が行く」


 エリアスは少しだけ黙った。


 だが、すぐにいつもの静かな顔で、もう一度言った。


「リオン様。これは、私にやらせてください」


 その声には、いつもより強い意志があった。


「理由を聞いてもいいか」


「はい。今回のリバーシは、ただの工房仕事ではありません。

トラウゼン侯爵家、ハーウェイ侯爵家、周辺領への返答、必要数、送り先、納期、品質。

そのすべてが外との関係に関わります」


 エリアスは書類袋を軽く押さえた。


「私は、領都と外との取引を見ております。

であれば、この件は私が把握しておくべき仕事です」


「でも、事務仕事も溜まっているだろう」


「溜まっております」


「そこは正直なんだね」


「はい。ですが、優先順位をつければ対応できます。

すべてを一人で抱えるつもりはありません。

工房長との確認、必要数の整理、納期の見込み。まずはそこまでを進めます」


 エリアスはまっすぐ俺を見た。


「リオン様がすべて動かれる必要はありません」


 その言葉に、少し胸を突かれた。


 トラウゼン侯爵領へ行って、外の世界を見た。


 帰ってきたら、また自分で動こうとしていた。


 もちろん、工房に直接行くことが悪いわけではない。


 だが、エリアスにはエリアスの役割がある。


 外との取引や帳面を見る文官として、この仕事を任せる意味がある。


「分かった」


 俺は頷いた。


「ただし、無理のない範囲で頼む。溜まっている仕事を全部後回しにしてまでやる必要はない」


「承知しました」


「必要なら、俺も工房へ行く」


「その時は、お願いいたします」


 エリアスは丁寧に頭を下げた。


 その表情は、どこか少しだけ嬉しそうにも見えた。


 自分の仕事として受け取っている顔だった。


 俺は廊下の窓から、外を見た。


 屋敷の庭の向こうに、ハル領の空が広がっている。


 トラウゼン侯爵領への訪問は終わった。


 けれど、そこから持ち帰ったものは、すでにハル領の仕事になり始めている。


 外へ出るというのは、帰ってきてからが本番なのかもしれない。


 俺はそう思いながら、明日から動き始める新しい仕事のことを考えていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
リバーシって、贈答用レベルだと割とお金かかりそうなんだけど、無料配布なんですかね?
この世界の人みんながスキル持ちで(話の流れで思う)言わないようにしてるだけなんだからリオン君もスキルの有効活用して夜会の貴族連中や侯爵との会話時に綻びの目を使っても良かったんじゃ まだ自由自在に見たい…
いつも楽しく拝見しています。コツコツ積み上げていくのを見るのが楽しいです。はじめから読み返しててちらっと思ったのですが、一番はじめの頃は誰かと対峙すると警戒とか裏切りそうとか気持ちがどんなかとかも綻び…
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