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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第314話 ハーウェイ侯爵とのランチ

 ハーウェイ侯爵との昼食を受けることになった後、俺は一度、トラウゼン侯爵へ挨拶に向かった。


 案内された部屋で、トラウゼン侯爵は穏やかに俺を迎えた。


「リオン殿。ハーウェイ殿と昼食を共にするそうだな」


「はい。お許しいただき、ありがとうございます」


「構わぬ。ハーウェイ殿からも話は聞いている」


 トラウゼン侯爵は少し笑った。


「領都に評判の料理店がある。トラウゼン領の味を堪能してきてくれ」


「はい」


「ハル領の外を見るために来たのなら、貴族の広間だけでなく、領都の通りや店を見るのも悪くない」


 その言葉に、俺は少し背筋を伸ばした。


「ありがとうございます。しっかり見てまいります」


「うむ。父君にもよろしく伝えてくれ」


「必ず伝えます」


 挨拶を終えて部屋を出ると、エリアスが小声で言った。


「良い形でお許しをいただけたかと」


「ああ。助かった」


「これで、ハーウェイ侯爵閣下との昼食も自然な形になります」


 たしかにそうだ。


 ハーウェイ侯爵が勝手に誘ったのではない。


 トラウゼン侯爵も了承し、むしろ領都を見る機会として認めてくれている。


 それなら、こちらも安心して向かうことができる。


 屋敷の玄関前では、すでに馬車の準備が整っていた。


 ハーウェイ侯爵とミラも外に出ている。


 ミラは俺に気づくと、少しだけ笑った。


「リオン。準備はできた?」


「ああ。トラウゼン侯爵にもご挨拶してきた」


「それなら大丈夫ね」


 ハーウェイ侯爵が頷いた。


「では、行こうか。領都の中に、よい料理店がある」


「よろしくお願いいたします」


 俺たちは馬車に乗り、トラウゼン侯爵家の屋敷を出た。


 ノルは護衛として馬車の近くにつく。


 ミアとエリアスも別の馬車で同行することになった。


 屋敷の門を出ると、昨日とは違う景色が広がった。


 夜会へ向かう時は、緊張していて周囲を見る余裕が少なかった。


 だが、今は少し違う。


 朝の領都は、人と荷の動きで満ちていた。


 荷馬車が通る。


 店先で品を並べる者がいる。


 宿の前では、旅人らしき男たちが荷物をまとめている。


 道の端では、商会の者が帳面を見ながら何かを確認していた。


 ハル領の領都も、人が増えてきている。


 だが、トラウゼン侯爵領の領都は、それとはまた違う。


 人を受け入れることに慣れている。


 荷が通ることを前提に、道も店も宿も動いている。


「ずいぶん賑わっていますね」


 俺が言うと、ハーウェイ侯爵が窓の外を見た。


「トラウゼン侯爵領は、王都方面へ向かう道の要だからな。人も荷も、自然に集まる」


「宿や店も多いですね」


「道があれば、人が通る。人が通れば、食べる場所、休む場所、荷を扱う場所が必要になる」


 ハーウェイ侯爵は静かに続けた。


「領都というのは、屋敷だけでできているわけではない」


 その言葉は、少し重かった。


 俺は窓の外を見ながら、ハル領の領都を思い浮かべた。


 公衆浴場。


 ローデン商会の支店。


 住宅地用区画。


 青葉草を扱う店。


 これから始まる領都夜間学校。


 ハル領も少しずつ形を変えている。


 けれど、まだここまで長く人と荷を受け入れてきた領都ではない。


 馬車はしばらく進み、一軒の料理店の前で止まった。


 通りに面した落ち着いた建物だった。


 大きすぎず、派手すぎない。


 だが、入口には人の出入りが多い。


 一階からは、料理の香りと話し声が聞こえてくる。


 店の前には、商会の者らしき客や、旅装の者も見えた。


 ハーウェイ侯爵が言った。


「ここは、トラウゼン侯爵領の領都では評判の店だ。貴族だけでなく、商会の上役や旅の者も使う」


「貴族専用ではないのですね」


「専用にしてしまうと、見えなくなるものもある」


 そう言って、ハーウェイ侯爵は店へ入っていった。


 店の主人らしき男が、すぐに奥から出てくる。


「ハーウェイ侯爵閣下。お待ちしておりました」


「世話になる」


「お部屋をご用意しております」


 俺たちは二階の個室へ案内された。


 一階の賑わいとは違い、個室は落ち着いていた。


 窓からは通りが見える。


 人の流れを見下ろしながら食事ができる部屋だった。


 席には、ハーウェイ侯爵、ミラ、俺が着く。


 エリアスとミアは少し離れた場所に控え、ノルは入口付近で周囲を見ていた。


「リオン、言ったでしょう。夜会ほど堅くはないわ」


 ミラが少し笑って言った。


「夜会ほどではないけど、侯爵閣下の前だから十分緊張するよ」


「そうでしょうね」


 ミラは楽しそうに言う。


 ハーウェイ侯爵は、そんな俺たちのやり取りを穏やかに見ていた。


 父親の顔でもあり、侯爵の顔でもある。


 どちらか一方ではない。


 それは、昨日から何度も感じていることだった。


 料理が運ばれてくる。


 温かい野菜のスープ。


 香草で焼いた肉。


 柔らかい丸パン。


 根菜を煮込んだ皿。


 どれも派手ではないが、香りがよく、体が温まりそうな料理だった。


「この店は、旅人にも出す料理がうまい」


 ハーウェイ侯爵が言った。


「旅人にも、ですか」


「ああ。長く馬車に揺られて来た者には、凝りすぎた料理より、温かくて食べやすいものの方が喜ばれることもある」


「なるほど」


「人が集まる領都では、そういう店が強い」


 俺はスープを一口飲んだ。


 確かに、体が温まる。


 昨夜の夜会の料理とは違う。


 豪華さではなく、落ち着く味だった。


「昨夜のリバーシは面白かった」


 食事が少し進んだところで、ハーウェイ侯爵が言った。


「負けたのは悔しいがな」


「いえ。ハーウェイ侯爵閣下は、すぐに要点を掴まれていました」


「ハハハ、そう言ってもらえると救われる」


 侯爵は笑った。


「あれは、最初から夜会であれほど人を集めると思っていたのか」


「いえ。そこまでは考えていませんでした」


 俺は正直に答えた。


「話題になればよいとは思っていましたが、あれほど盛り上がるとは思っていません」


「狙いすぎていたわけではないのだな」


「はい」


「その方が良いこともある」


 ハーウェイ侯爵はパンを小さくちぎりながら言った。


「人を動かそうとして作ったものより、自然に人が集まるものの方が強い時がある」


 その言葉に、俺は少し考えた。


 リバーシは売り込むために持ってきたわけではない。


 重すぎず、軽すぎず、話題になればいい。


 そう思って持ってきた。


 だが結果として、人が集まり、注文まで生まれた。


 ものの価値は、こちらが決めるだけではないのかもしれない。


 使った人がどう感じるか。


 その場がどう変わるか。


 そこまで含めて価値になる。


「リオン殿」


 ハーウェイ侯爵が、少し声の調子を変えた。


「君の名は、最近よく耳にする」


 俺は姿勢を正した。


「ありがたいことです」


「王立学院で目立つ若者は、毎年いる。家柄がよい者、剣が立つ者、魔法に優れる者、成績の良い者」


 侯爵は俺を見た。


「だが、君の場合は目立つ場所が一つではない」


 俺は黙って聞く。


「学院での成績。飛び級。王のローヴェル伯爵領行きへの同行。青輝石。街灯。西の森。そして昨夜のリバーシ」


 昨日から何度も聞いた話だ。


 それでも、ハーウェイ侯爵の口から言われると、また違う重さがある。


「リオン殿。君は、ハル領をこれからどうしたいと思っている?」


 その質問に、すぐには答えられなかった。


 ハル領を、どうしたいのか。


 強くしたい。


 豊かにしたい。


 有名にしたい。


 そういう言い方なら、いくらでもできる。


 だが、どれも少し違う気がした。


 俺が見てきたのは、もっと具体的なものだった。


 俺は少し時間を置いてから、答えた。


「強い領にしたい、というより……暮らしが続く領にしたいです」


「暮らしが続く領」


 ハーウェイ侯爵が、ゆっくり繰り返した。


「はい。働く場所があって、食べることができて、眠る場所があって、困った時に相談できる。

子どもや若い者が学べて、道や灯りがあって、危ない場所が分かる」


 言葉にしながら、自分でも整理していく。


「領民や働く者が、使い捨てにされずに残れる場所にしたいです」


 部屋の中が少し静かになった。


 ミラも、ハーウェイ侯爵も、俺を見ている。


 俺は続けた。


「もちろん、外との取引や、他領との関係も必要だと思います。

ハル領だけで完結できないことも増えています。

ですが、外へ広げる前に、領の中で人が暮らし続けられる形を作ることが大切だと思っています」


 言ってから、少し不安になった。


 侯爵相手にする答えとして、地味すぎただろうか。


 もっと大きな展望を語るべきだったのかもしれない。


 だが、これが今の俺の正直な答えだった。


 ハーウェイ侯爵は、すぐには何も言わなかった。


 スープの器を静かに置き、俺を見る。


「派手な答えではないな」


「はい」


「だが、領を預かる家の者の答えとしては、悪くない」


 その言葉に、少し肩の力が抜けた。


「ありがとうございます」


「名を上げたい、他領に勝ちたい、王都で認められたい。そう答える若者もいる」


 侯爵は穏やかに続けた。


「それが悪いとは言わない。だが、領は人が暮らす場所だ。

そこを忘れると、いずれ足元から崩れる」


 その言葉は重かった。


 侯爵家として長く領を見てきた人の言葉だ。


 俺は深く頷いた。


「リオンらしい答えね」


 ミラが言った。


「そうかな」


「ええ。あなたは、いつも目の前の人や場所から考えるもの」


 ミラの声は、少し柔らかかった。


「学院でもそう。領の話をする時もそう。

何か大きな言葉を先に置くというより、困っている場所や人から考えている感じがするわ」


「自分では、あまり分からないけど」


「そういうところも含めて、リオンらしいのよ」


 そう言われると、少し照れくさい。


 ハーウェイ侯爵は、そんな俺たちのやり取りを見て、少し笑った。


「ミラから、君の話はよく聞いている」


「ご迷惑をおかけしていなければよいのですが」


「迷惑なら、娘はあれほど楽しそうに話さない」


「父上」


 ミラが少しだけ困ったように言った。


 ハーウェイ侯爵は、気にした様子もなく笑っている。


 父親の顔だ。


 ただし、その奥には侯爵としての目もある。


 俺とミラの距離。


 ハル家とハーウェイ侯爵家の距離。


 その両方を見ているのだろう。


「リオン殿」


「はい」


「名が広がると、人は君の一部だけを見るようになる」


 ハーウェイ侯爵の声が少し落ち着いたものに戻った。


「主席入学のリオン。飛び級のリオン。青輝石のリオン。街灯のリオン。

西の森を開いたリオン。昨夜のように、リバーシを持ち込んだリオン」


 俺は黙って聞いた。


「どれも君の一部ではある。だが、それだけが君ではない」


「はい」


「だからこそ、自分が何を大切にするのかは、早いうちに言葉にしておいた方がよい」


 それは、父上の言葉にも似ていた。


 理由を持って考えろ。


 答えを急ぐ必要はない。


 だが、自分が何を大切にするのかを持っていなければ、外から貼られる名前に振り回される。


「覚えておきます」


「うむ」


 ハーウェイ侯爵は満足そうに頷いた。


 昼食は、その後も穏やかに続いた。


 トラウゼン侯爵領の料理店の話。


 王都方面へ向かう街道の話。


 ミラの学院での様子。


 リバーシをハーウェイ侯爵家へ届ける時の話。


 夜会ほど堅くはない。


 だが、何気ない会話の中にも、家同士の距離を測る言葉はある。


 俺はそれを感じながらも、昨夜ほど強く身構えることはなかった。


 昼食を終える頃、ハーウェイ侯爵が言った。


「ハル家とは、今後もよい付き合いができればと思っている」


「ありがとうございます。父にも、そのように伝えます」


「うむ。ミラも学院で世話になるだろう」


「こちらこそ、いつも助けられています」


 ミラが少し笑った。


「学院に戻ったら、また普通に話しましょう」


「普通に話せるかな」


「話せるわ。少なくとも学院ではね」


 その言い方に、俺も少し笑った。


 昼食の後、俺たちは店を出た。


 通りには、まだ多くの人が行き交っている。


 トラウゼン侯爵領の強さは、領都そのものが、人と荷を受け止める形になっている。


 俺はそれを、昨日の夜会とは違う形で見た。


 ハーウェイ侯爵とミラに礼を告げ、俺たちはハル領へ戻る馬車へ向かう。


 エリアスは、昼食で話したことも簡単に控えていた。


 ミアは荷物を確認し、ノルは道と護衛の位置を見ている。


 馬車に乗り込む前、俺は一度だけトラウゼン侯爵領の通りを振り返った。


 ハル領へ帰ったら、父上に話すことがまた増えた。


 リバーシの注文。


 ハーウェイ侯爵との昼食。


 領都の料理店。


 そして、ハル領をどうしたいのかと問われたこと。


 来る前よりも、外の世界は少しだけ近くなっていた。


 俺はその重さを胸に、ハル領へ戻る馬車へ乗り込んだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
てっきりうちの娘はどうだい?とかの流れになってこれは縁談!?と思っちゃった(^-^ゞ
ヒロインレースにダークホースが?
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