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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第301話 住む場所を作る

 トラウゼン侯爵家への返書を使者に持たせた翌日、俺はもう一度、西の森へ向かった。


 西の森に着くと、前に見た仮役場の前には、何人かの作業員が並んでいた。


 順番を待つ者がいて、記録を取る者がいて、レナードがその流れを確認している。


「リオン様」


 俺に気づいたレナードが、すぐに近づいてきた。


「今日はどうされましたか」


「少し西の森を見ておきたくてね」


「承知いたしました」


 レナードはそう言って頷いた。


 表情は落ち着いている。


 だが、机の上に積まれた木札と書きかけの木板を見ると、忙しくないわけではなさそうだった。


「忙しそうだね」


「はい。ですが、以前のように、ただ追われているだけではありません」


 レナードは少しだけ笑った。


「何をどこに記録するかが決まってきましたので、問題も見つけやすくなっています」


「それは良いことだ」


「はい」


 レナードの声には、少しだけ手応えが混じっていた。


 忙しさはある。


 けれど、自分たちが作った仕組みが動き始めている。


 そのことを、レナード自身も感じているのだろう。


 仮役場の中へ入ると、壁には作業場所ごとの札が掛けられていた。


 前に見た時よりも、少しだけ整理されている。


「リオン様」


 レナードが、少し声を落とした。


「実は、ご相談したいことがございます」


「何だ?」


「西の森に、定住したいという者が出始めています」


「定住?」


 思わず聞き返した。


「はい」


 レナードは頷いた。


「これまでは、出稼ぎとして来る者がほとんどでした。

一定期間働き、金や食料を得て、元の村へ戻る。そういう形です」


「それが変わってきたのか」


「はい。ここで暮らせないか、家族を呼べないかと相談する者が出ています」


 俺は少し黙った。


 西の森は、もともと作業のための場所だった。


 木を切り、道を作り、食事小屋を作り、役場のような場所を作り、夜間学校を始めた。


 働くための場所。


 管理するための場所。


 そう思っていた。


 けれど、そこで働く人たちは、ただ働くだけでは終わらない。


 ここで食べる。


 ここで眠る。


 ここで人と関わる。


 そして、ここで暮らしたいと思い始めている。


 そのことに、胸の奥が少し揺れた。


「嬉しい話だな」


「はい」


 レナードは静かに答えた。


 その顔には、確かに嬉しさがあった。


 けれど、すぐに慎重な表情に戻る。


「ですが、安易に受け入れれば、かえって彼らを困らせることになります」


「家族を呼ぶなら、今の寝泊まり場所では足りないからだな」


「はい。働く者だけなら、寝床と食事を用意すれば何とかなる部分もあります。

ですが、家族となれば違います」


 レナードは指を折るように続けた。


「住む家。水場。食料。薪。子どもの居場所。

病人が出た時の対応。揉め事が起きた時の処理。

すべて考えなければなりません」


「その通りだ」


 レナードはよく見ている。


 ただ人を増やせばいいとは考えていない。


 その人たちが暮らし続けられるかまで見ている。


「定住したいと言っている者に、少し話を聞けるか」


「はい。ちょうど今日、相談に来ている者がいます」


 レナードが仮役場の外に声をかけると、一人の男が緊張した様子で入ってきた。


 年は二十代後半くらいだろうか。


 日に焼けた顔をしていて、手には木材を運ぶ者らしい硬さがあった。


「リオン様。こちらはトーマです。木材運搬の班で働いています」


 トーマは慌てて頭を下げた。


「リ、リオン様。お目にかかれて光栄です」


「そんなに緊張しなくていい。定住したいと聞いた」


「はい」


 トーマは一度、唇を結んだ。


 それから、意を決したように顔を上げる。


「もし許されるなら、妻と娘を呼びたいと思っています」


「家族がいるのか」


「はい。娘はまだ小さいです。今は妻の実家に預けています」


 トーマの声には、緊張だけではない何かがあった。


 期待。


 不安。


 そして、家族を守りたいという切実さ。


「前の村では、冬になると仕事がほとんどありませんでした。

食べるものも足りるかどうか、毎年不安で」


 トーマは言葉を選びながら続けた。


「でも、ここでは働けば食べられます。困ったことがあれば相談もできます」


 彼は少しだけ目を伏せた。


「もちろん、大変な仕事です。でも、ここなら家族を呼んでも、何とか暮らしていけるんじゃないかと思ったんです」


 俺はすぐには答えられなかった。


 ここで「いい」と言うのは簡単だ。


 だが、その一言で、トーマは妻と娘を呼ぶかもしれない。


 家族の暮らしを、この西の森に預けるかもしれない。


 人口が増える。


 労働力が増える。


 帳面の数字だけで見れば、そういう話になる。


 けれど目の前にいるのは、数字ではない。


 家族を呼びたいと願う一人の男だった。


「トーマ」


「はい」


「すぐに約束はできない」


 俺がそう言うと、トーマの顔に少しだけ緊張が走った。


 胸が痛む。


 けれど、軽く頷く方が無責任だ。


「家族を呼ぶなら、寝床だけでは足りない。食事、安全、子どもの居場所まで考えなければならない」


「……はい」


「だから、考える。西の森に家族が住める区画を作れるかどうか、今日から検討する」


 トーマは驚いたように俺を見た。


「本当ですか」


「まだ決定ではない。でも、必要なことだと思う」


 トーマの表情が、少しだけ明るくなった。


 完全に安心したわけではない。


 けれど、望みがつながったような顔だった。


「ありがとうございます」


 トーマは深く頭を下げた。


「俺、もっと働きます。だから……」


「焦らなくていい」


 俺は言った。


「きちんと暮らせる形を作るのは大事だ」


 トーマは何度も頭を下げ、仮役場を出ていった。


 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。


 人を増やすというのは、こういうことなのだ。


 働く手を増やすだけではない。


 その人の家族や暮らしまで、考えることになる。


「レナード」


「はい」


「西の森は、もう働くだけの場所ではなくなり始めている」


「私も、そう感じています」


 レナードの声は静かだった。


 けれど、その奥に少しだけ誇らしさがあった。


 自分たちが整えてきた場所に、人が残りたいと言い始めている。


 それは、レナードにとっても大きなことなのだろう。


「住宅区画を作ろう」


 俺が言うと、レナードはすぐに表情を引き締めた。


「家族向けの区画ですね」


「ああ。ただし、家を建てる前に決めることがある」


「道ですか」


「道もだ。だが、それだけじゃない」


 俺は仮役場の外へ出た。


 少し離れた場所には、まだ使われていない平地がある。


 木はある程度切られ、地面もならされ始めている。


 家を建てようと思えば、建てられないことはない。


 けれど、それだけでは足りない。


「まず、飲み水を取る場所を決める」


「井戸ですね」


「ああ。飲み水用の井戸は、汚れた水が流れ込まない場所にする。

洗い物用の水場とは分けた方がいい」


 レナードが少し目を見開いた。


「水場を分けるのですか」


「できるなら分けたい。少なくとも、飲み水に使う場所の近くで洗い物や汚れ物を扱うのは避けるべきだ」


「なるほど」


「それから、排水だ」


「排水……」


「雨水や汚れた水を、どこへ流すのかを先に決める。

家の周りに水が溜まれば、足元が悪くなるし、臭いも出る。病気の原因にもなる」


 レナードは真剣な顔で聞いていた。


 俺は続ける。


「便所の場所も、井戸から離す。ゴミ捨て場も決める。

薪置き場は火の扱いもあるから、家の密集地から少し離した方がいい」


「家を建てる前に、そこまで決めるのですね」


「家だけならすぐ建つ。でも、暮らしは家だけでは成り立たない」


 きれいな水を守る。


 汚れた水を溜めない。


 人が密集する場所ほど、臭い、ゴミ、排水、病気に気をつける。


 公衆浴場の下水工事で考えたことと、根は同じだ。


「西の森に家族を呼ぶなら、病気を出さないことも大事だ」


「病気、ですか」


「ああ。人が増えて、水や汚れ物の扱いが雑になれば、病気が広がることもある。

働く人だけの時より、子どもや年寄りがいるなら、なおさら気をつけないといけない」


 レナードはしばらく黙っていた。


 感心しているようにも見えた。


 だがすぐに、現実的な顔に戻る。


「……人手が要りますね」


「そうだね」


「道、井戸、排水、便所、薪置き場、ゴミ捨て場。

先に決めるだけでも、かなりの作業になります」


「だから最初から大きくしない」


 俺は言った。


「まずは小さな区画を作る。数家族分でいい。

そこで問題を見ながら、次を考える」


「試験的に始めるのですね」


「ああ。家族を呼びたい者の中から、決まりを守り、継続して働ける者を選ぶ必要もある」


 レナードは頷いた。


「定住希望者の名簿を作ります。家族構成、現在の仕事、働いた期間、問題の有無も確認します」


「頼む」


「それから、住宅区画の候補地もいくつか見ておきます。

井戸と排水の位置を考えるなら、地面の傾きも確認した方がよさそうです」


「そうだね。雨の日に水が溜まる場所には家を建てない方がいい」


 話しながら、少しずつ形が見えてくる。


 暮らす場所を作るには、働く場所を作る以上に、細かい配慮が必要なのだ。


 そこへ、少し離れた場所で周囲を見ていたノルが口を開いた。


「リオン様」


「どうした、ノル」


「家が増えるなら、夜の巡回路も先に決めた方がいいでしょう」


「巡回路か」


「はい。人が住み始めてから道を変えると揉めます。

警備の者が通る道、火事の時に人が逃げる道、荷車が入れる道は、最初から空けておくべきです」


 ノルらしい視点だった。


 俺とレナードは、水や排水、家の配置を考えていた。


 だが、人が住むなら守る仕組みもいる。


「灯りも必要だな」


 俺が言うと、ノルは頷いた。


「はい。夜に完全に暗くなる場所が多いと、揉め事も事故も増えます。

すべてを明るくする必要はありませんが、井戸、共同の道、食堂へ向かう道には灯りがあった方がいいでしょう」


「街灯の小型版を使えるかもしれない」


「それなら巡回もしやすくなります」


 ノルは淡々と言った。


 だが、その目はすでに住宅区画の中を歩く警備の動きを見ているようだった。


「それから、家族が住むなら、子どもが入ってはいけない場所も決める必要があります」


「木材置き場や作業場だな」


「はい。荷車の通る道も危険です。

子どもが遊ぶ場所と、作業の道は分けた方がいい」


 俺は頷いた。


 西の森に子どもの声が聞こえるようになる。


 そう思うと、胸の奥に不思議な温かさが広がった。


「レナード、ノル」


「はい」


「まずは住宅区画の候補地を見よう。道、水、排水、警備、灯り、子どもの安全。

それを全部考えた上で、最初の区画を決める」


「承知いたしました」


 レナードは真剣な顔で頷いた。


 その顔には、作業量の多さへの緊張がある。


 だが同時に、どこか嬉しそうでもあった。


 西の森が、人の暮らす場所になろうとしている。


 その実感が、彼の中にもあるのだろう。


 俺たちは仮役場を出て、住宅区画の候補地へ向かった。


 まだ何も建っていない土地。


 切り株が残り、ところどころに冬の草が見えるだけの場所。


 けれど、俺にはそこに、いくつかの家が並ぶ光景が少しだけ見えた気がした。


 井戸のそばで水を汲む人。


 夕方に煙突から上がる煙。


 夜の道を照らす小さな灯り。


 子どもの声。


 西の森は、ただの開拓地ではなくなろうとしている。


 働く場所から、暮らす場所へ。


 その最初の線を、今日引くのだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ずっと読んてきたけど、前世が45歳の社長と言う設定が あったのは最初だけで、以降はほぼ天才みたいな扱いのような気がする。かろうじて日本語読める部分では前世を彷彿とさせたが。
以前から町にしたいとか、今回も移住希望者の家を建てる方向で話が進んでいますが、西の森はもともと森をひらくのを目的としていた気がします。 今はまだ森をひらく途中だから仕事はありますが、ある程度落ち着いて…
最近、「綻びの目」先生がぜんぜん出て来ていないような気がする・・ 主人公は「綻びの目」を武器にして没落領地を再建するのではなかったの?
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