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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第300話 トラウゼン侯爵家への返事

 翌朝、朝食を終えた後、俺は父上の部屋へ呼ばれた。


 昨日の夜、父上は言った。


 トラウゼン侯爵家から、一月後にある冬の集まりへの招待が来ている。


 父上は体調を理由に断るつもりだった。


 けれど、俺を代理として出席させるのも一つの手かもしれない。


 他家の集まりに、ハル家の嫡男として出る。


 それが具体的にどういうことなのか、まだよく分かっていない。


「父上。リオンです」


「入れ」


 部屋へ入ると、父上は寝台ではなく、窓際の椅子に座っていた。


 小さな机がそばに置かれ、その上には一通の書簡がある。


 厚みのある紙。


 整えられた折り目。


 封蝋には、トラウゼン侯爵家の紋章が押されていた。


 ただの紙のはずなのに、妙に重く見える。


「これが、昨日話した招待状だ」


 父上はそう言って、書簡を俺に差し出した。


「読んでみろ」


「はい」


 俺は書簡を受け取った。


 文字の並びも、言い回しも、どこか硬い。


 けれど、内容そのものは読み取れた。


 トラウゼン侯爵家が、一月後に冬の集まりを開くこと。


 近隣の貴族家や、王都方面の道に関わる家々が招かれること。


 冬の挨拶を兼ねた場であること。


 ハル家にも出席を願うこと。


 そこまで読んで、俺は顔を上げた。


「代理の出席を認める書き方になっていますね」


「ああ」


 父上は頷いた。


「だから、お前を出すこともできる」


「これは、断れない招待なのですか」


「断れないわけではない」


 父上は静かに言った。


「だが、無視していい招待でもない」


 その言葉に、俺はもう一度書簡へ視線を落とした。


 無視していいわけではない。


 その一言だけで、この書簡の重さが少し変わった気がした。


「トラウゼン侯爵領は、王都方面へ向かう道を考えると重要な相手だ。

今すぐ何かを頼むわけではない。だが、顔を知られていて損はない」


「はい」


「それに、向こうもこちらをまったく知らないわけではないはずだ。

青輝石や街灯の話は、少しずつ他領にも広がっている」


「では、この招待には、ハル領を見ておきたいという意味もあるのでしょうか」


「その可能性はある」


 父上は、机の上に指を置いた。


「だが、決めつけてはいけない。招待状だけで相手の意図を読み切ったつもりになるのは危うい」


「書いてあることだけを見てはいけない、ということですね」


「ああ。だが、書いていないことを勝手に決めつけてもいけない」


 難しい。


 書いてあることを見る。


 書いていないことも考える。


 けれど、考えすぎて決めつけてはいけない。


 前世の仕事でも、取引先からのメールを読んで似たようなことを考えたことがある。


 文面は丁寧でも、実際には急いでいることがある。


 表向きは相談でも、実際にはほとんど決定事項を伝えていることもある。


 逆に、こちらが深読みしすぎて、相手の意図を間違えることもあった。


 形は違う。


 だが、相手の文面から距離感を読むという点では、前世と今世でそれほど変わらないのかもしれない。


「どこを見ればいいのですか」


 俺が聞くと、父上は少しだけ表情を和らげた。


「まず、誰の名で出されているかを見る」


「トラウゼン侯爵本人の名ですね」


「ああ。家の下の者ではなく、侯爵本人の名で出されている。形式としては丁寧だ」


「宛名は、父上個人ではなくハル家ですね」


「そこも見ておくべき点だ。私にだけ来ているのではない。ハル家として招かれている」


 父上は続けた。


「それから、代理出席を認める一文がある。

これは、私の体調をどこまで知っているかは分からないが、当主本人が来られない可能性を最初から含めている書き方だ」


「それは、こちらに配慮しているということですか」


「そうとも読める。

あるいは、家として顔を出してくれればよい、という意味にも読める」


「なるほど」


「開催が一月後というのも大事だ。

準備する時間を与えている。急な呼びつけではない」


 父上は、書簡の端を軽く指で叩いた。


「書簡は、ただ読むものではない。相手の礼儀、距離、意図を測るものでもある」


 俺は頷いた。


 たった一通の招待状でも、見るべきことは多い。


 これをただ「行きます」「行けません」で済ませてはいけないのだ。


「父上は、欠席するのですね」


「ああ。それはやむを得ない。無理をして出席して、途中で倒れる方が失礼になる」


「それはそうですね」


「だから、返書では、私が体調を理由に出席できないことを詫びる。

その上で、お前が代理として出席することを伝える」


「はい」


「ただし、代理として出るからといって、お前が何かを決めてくる必要はない」


 父上は俺を見た。


「挨拶をし、場を見る。それだけでいい」


「場を見る」


「そうだ。誰が誰と話しているか。どの家が近いのか。

トラウゼン侯爵家が誰を重く扱っているのか。

どの話題に笑い、どの話題で言葉を濁すのか。そういうものを見る」


 俺は、昨日父上が言っていたことを思い出す。


「分からないなら、無理に話そうとするな」


 父上は続けた。


「余計なことを言わず、礼を尽くし、相手の話を聞け。

分からないことを分かったふりする方が危ない」


「分かりました」


「では、返書を書いてみろ」


「俺が、ですか」


「そうだ」


 父上はさらりと言った。


 思わず手元の書簡を見た。


「最初から完璧に書けとは言わない。

だが、お前が代理で出るのなら、どう返すべきかを考えてみるべきだ」


「……はい」


 机の上に紙と筆記具が用意される。


 俺は椅子に座り、しばらく考えた。


 招待への感謝。


 父上の体調不良。


 代理として俺が出席すること。


 当日はよろしくお願いします。


 頭の中で必要な要素を並べる。


 前世なら、こういう時はまず要件を整理して、失礼のない文面にしていた。


 だが、今目の前にあるのは、取引先へのメールではない。


 ハル家からトラウゼン侯爵家へ出す正式な返事だ。


 俺は慎重に言葉を選びながら、最初の文を書いた。


 しばらくして、父上に見せる。


 父上は黙って目を通した。


「悪くはない」


「本当ですか」


「必要なことは入っている」


 少し安心しかけたところで、父上は続けた。


「だが、用件だけだな」


「用件だけ……」


「招いてもらったことへの敬意が薄い。

こちらの事情を伝えることばかりが前に出ている」


 言われて、俺は自分の書いた文を見直した。


 確かに、内容は間違っていない。


 だが、どこか事務的だ。


 前世の仕事なら、それで十分だった場面もある。


 けれど、これは違う。


「返書は、事実を伝えるだけのものではない」


 父上は静かに言った。


「まず、招きに感謝する。次に、私が出席できない非礼を詫びる。

そして、代理として向かうお前が、礼を尽くして伺うことを示す」


「はい」


「言葉は飾りすぎてもいけない。だが、削りすぎれば無礼になる」


 俺はもう一度、紙に向かった。


 今度は、少し時間をかけた。


 トラウゼン侯爵家からの招待に感謝すること。


 父上が体調不良により出席できないことを詫びること。


 ハル家の嫡男として、俺が代理で出席すること。


 当日は侯爵家の厚意に感謝し、礼を尽くして伺うこと。


 その順番を意識して書き直す。


 書いている途中で、前世の記憶がふと浮かんだ。


 年末の挨拶メール。


 取引先への礼状。


 新サービスの案内文。


 あれも、ただ用件を書けばいいものではなかった。


 相手との関係を切らさず、こちらの姿勢を伝えるための言葉だった。


 今世では、それがもっと重い。


 一文の選び方で、家の印象まで変わる。


 書き終えたものを、父上に渡す。


 父上は先ほどより長く目を通した。


「これならいい」


 その一言で、少し肩の力が抜けた。


「ただ、最後はもう少し整えよう。侯爵家に向かうのだから、礼を尽くす言い方にした方がいい」


 父上が数か所を直す。


 俺はその修正を見ながら、言葉の位置や順番を覚えようとした。


 同じ内容でも、並べ方で印象が違う。


 そこに、書簡の難しさがある。


「返書は、これを清書させる」


「俺が書いたものをそのまま出すわけではないのですか」


「正式な書簡だからな。書記に清書させ、私が確認し、ハル家の封をする」


「なるほど」


「だが、骨子はお前が考えたものだ」


 父上はそう言って、少しだけ笑った。


「これも経験だ」


「はい」


 その時、扉の外から声がした。


「あなた、少しよろしいですか」


 母上だった。


「入ってくれ」


 父上が答えると、母上が静かに部屋へ入ってきた。


 俺と机の上の書簡を見て、すぐに何の話か察したようだった。


「トラウゼン侯爵家への返事ですね」


「ああ。リオンに考えさせていた」


「まあ」


 母上は少し驚いたように俺を見た。


「リオンが代理で出席することになったのですか」


「そのつもりだ」


 父上が答える。


「私が体調を理由に見合わせるよりは、リオンが顔を見せる方がいいかもしれない。

もちろん、交渉をさせるわけではない」


 母上は少し考えるように俺を見た。


 心配しているのが分かる。


 けれど、反対はしなかった。


「出るなら、服装と礼儀はきちんと整えなければなりませんね」


「……やっぱり、そこも必要ですよね」


「もちろんです」


 母上は当然のように言った。


「相手の家へ伺うのですから、服装、挨拶、贈り物、同行者、すべて考えなければなりません」


 返書だけで終わらない。


 そう分かってはいたが、母上の言葉で一気に現実味が増した。


「贈り物については、まだ決めていない」


 父上が言う。


「青輝石の卓上灯も候補にはなるが、最初の挨拶には重すぎるかもしれない」


「そうですね」


 母上は頷いた。


「良い品ではありますが、あまり高価なものを最初からお持ちすると、こちらが何かを求めているように見えることもあります」


「贈り物にも距離感があるのですね」


 俺が言うと、母上は微笑んだ。


「ええ。良いものを贈ればよい、というものではありません。

相手の立場、こちらとの関係、場の意味に合うものを選ぶのです」


 また一つ、見るべきことが増えた。


 ただ行くだけではない。


 外の場に顔を出すには、その前から準備が始まっている。


「贈り物は、エリアスにも相談しよう」


 父上が言った。


「トラウゼン侯爵領との距離感や、最近の取引の有無も確認しておきたい」


「はい」


「それから、同行者も考える必要がある。護衛だけでなく、書簡や贈り物を扱える者も必要になる」


「ノルだけでは足りませんか」


「ノルは護衛としては頼りになる。だが、社交の場で何を見るかは、別の目も必要だ」


 父上は少し考えた。


「エリアスに相談するのがよいだろう」


 エリアス。


 領都の帳面を見ている文官。


 外との取引を数字で見ている人だ。


 たしかに、トラウゼン侯爵領のことを聞くには適任かもしれない。


「リオン」


 母上が静かに言った。


「緊張するかもしれませんが、無理に立派に見せようとしなくていいのですよ」


「そうなのですか」


「ええ。ハル家の嫡男として礼を尽くすことは大切です。

でも、背伸びをしすぎれば、かえって不自然になります」


 母上は少し優しく笑った。


「あなたは、あなたらしく、きちんと挨拶をすればいいのです」


「……はい」


 その言葉で、少しだけ胸の重さが軽くなった。


 父上は外交の見方を教えてくれる。


 母上は振る舞いと礼儀を見てくれる。


 エリアスは相手との距離や取引を確認してくれる。


 

 俺一人で全部を背負う必要はない。


 けれど、俺自身が見なければならないものはある。


「返書は、今日中に清書させる」


 父上が言った。


「使者は明日出す。早すぎてもおかしくはない。

むしろ、返事が遅れる方が失礼になる」


「分かりました」


「お前も、清書したものを確認しておけ。

自分の名がどう扱われるのかを見るのも勉強だ」


「はい」


 机の上に、俺が考えた返書の下書きが置かれていた。


 ただの紙だ。


 けれど、それはハル家からトラウゼン侯爵家へ向かう正式な言葉の元になる。


 俺が考えた返事は、明日、使者によってトラウゼン侯爵家へ運ばれる。


 それは、俺にとって初めての外交の一歩だった。


 冬の集まりは、一月後。


 それまでに、俺は知らなければならない。


 ハル家の外側にある世界を。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
冬休み長いんだっけ?
用件だけの返信って。社会人成り立ての新人だった訳じゃあるまいに目上相手の令状の書き方ぐらい押さえてなかったんかいな。
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