表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
308/387

第298話 西の森の今

 翌朝、俺は西の森へ向かうことにした。


 昨日はエリアスに案内され、領都を歩いた。


 新しい住宅区画。


 ローデン商会ハル領支店。


 人が集まる公衆浴場。


 帳面で見た数字は、街の中で確かに形になっていた。


 なら、西の森はどうなっているのか。


 母上にそう伝えると、少し心配そうな顔をされた。


「無理はしないでね。冬の森は冷えるでしょう」


「分かっています。様子を見るだけです」


 そこへ、ノルが静かに口を挟む。


「西の森へ行かれるなら、私が付きます」


「ノルが?」


「はい。冬場は道の状態も変わります。護衛も兼ねて、同行した方がいいでしょう」


 ノルがそう言うなら、断る理由はない。


「分かった。頼む」


「承知しました」


 屋敷を出ると、冷たい空気が頬に触れた。


 馬車に揺られながら、西の森へ向かう。


 以前より、道はかなり通りやすくなっていた。


 泥で車輪が取られやすかった場所には、石や木材が敷かれている。


 道の端には、危険箇所を示す札が立っていた。


 文字だけではない。


 三角の印や、退避を示す印も描かれている。


 夜間学校で使っていた札と同じ形だ。


「札が増えたな」


 俺が言うと、ノルが頷いた。


「レナードが進めています。文字が読めない者でも分かるようにしているようです」


「現場で使われているんだな」


「はい。おかげで前より事故は減っています」


 その言葉だけで、胸の奥が少し温かくなった。


 ただ教えるだけでは意味がない。


 覚えたものが、現場で使われてこそ意味がある。


 西の森の入口に近づくと、人の声が聞こえてきた。


 荷車の音。


 木材を運ぶ音。


 誰かが名前を呼ぶ声。


 以前より人は多い。


 けれど、不思議と混乱している感じはなかった。


 馬車を降りると、すぐにレナードがこちらへ歩いてきた。


「リオン様、お帰りなさいませ」


「レナード。久しぶり……というほどでもないかな」


「テスト前にもお戻りでしたからね」


 レナードは穏やかに笑った。


 以前より少し落ち着いたように見える。


 疲れていないわけではなさそうだ。


 だが、目の奥にある慌ただしさは薄れていた。


「西の森を見せてほしい」


「もちろんです。少しずつですが、形になってきました」


 レナードに案内され、俺は西の森の中へ入った。


 まず目に入ったのは、食事小屋の近くに作られた小さな建物だった。


 以前は作業道具や木板が置かれているだけだった場所だ。


 今は、簡単な窓口のようになっている。


 棚には木札が並び、壁には作業場所の割り振りが掛けられていた。


「ここは?」


「西の森の役場として使い始めています。

まだ仮の形ですが、相談、記録、道具の貸し出しをここでまとめています」


「役場らしくなっているね」


「ようやく、少しだけです」


 中では、数人が木板に何かを書いていた。


 荷車の利用予定。


 道具の貸し出し。


 食堂の人数。


 出稼ぎ労働者の名簿。


 それぞれの札が分けられている。


 そのうち一人は、まだ文字を書く手つきがぎこちなかった。


 けれど、ゆっくりと名前を写し、数字を確認している。


「あの者は?」


「夜間学校に参加していた者です。今は記録係の補助をしてもらっています」


「もう記録を?」


「簡単なものだけです。名前、数、場所。ですが、それだけでも助かります」


 レナードは棚から一枚の木札を取った。


「以前は、道具を誰が借りたのか分からなくなることがありました。

今は借りた者の名札と道具札を合わせて置くようにしています」


「返したら外す」


「はい」


 単純だ。


 けれど、こういう単純な仕組みほど現場では強い。


 覚えやすく、間違えにくく、後から見返せる。


「夜間学校の成果が出ているんだな」


「はい。文字を覚えた者が増えると、現場で任せられることも増えます」


 レナードは少しだけ表情を緩めた。


「以前は、私かエルムが見ていなければ進まないことも多かったです。

ですが今は簡単な確認なら現場で済むようになってきました」


 俺は壁に掛けられた札を見た。


 危険。


 退避。


 水場。


 荷車道。


 森入口。


 以前、夜間学校で使っていた木札の印だ。


 それが今は、現場の案内として使われている。


 学んだ文字が、森の中で働いていた。


 次に案内されたのは、荷車の置き場だった。


 以前より数が増えている。


 ただ雑に並べられているわけではなく、使う順番が札で示されていた。


「荷車も増えたな」


「はい。木材や食料、道具を運ぶ量が増えています。

ただ、増えた分だけ管理も必要になりました」


「壊れた時の記録もあるのか」


「あります。こちらです」


 レナードが見せた木板には、破損した車輪や修理待ちの荷車の数が書かれていた。


 誰が使っていたか。


 どこで壊れたか。


 修理に回した日。


 戻る予定。


 細かすぎるほどではないが、必要なことは残っている。


「全部、レナードが見ているのか」


「いいえ。私一人で見ていたら、すぐに詰まります」


 レナードはすぐに首を振った。


「現場で判断できることは、現場で判断してもらうようにしています。

危険があるもの、屋敷に報告すべきもの、食料や人員に関わるものだけをこちらへ上げる形にしました」


「父上への報告と同じように、仕分けているんだな」


「はい。リオン様が以前おっしゃっていたことです」


 俺が言ったこと。


 それがレナードの中で形を変え、現場の仕組みになっている。


 そう思うと、少し不思議な感覚があった。


 俺がいなくても、考え方は残る。


 そして、そこから次の形が生まれる。


「ただ、問題がないわけではありません」


 レナードは食事小屋の方へ視線を向けた。


「人が増えた分、食堂は混みます。薪の消費も増えています。

冬場は特に、暖を取る場所の管理が必要です」


「食料もか」


「はい。領都から運ぶ分は増えています。

今は足りていますが、雪や雨で道が悪くなると遅れが出るかもしれません」


 昨日、エリアスから聞いた話とつながる。


 領都で小麦の輸入が増えている。


 その理由の一つは、ここにある。


 西の森で働く人が増えた。


 食べる人が増えた。


 だから、領都の帳面に数字が増える。


 帳面と現場は、別々ではない。


「出稼ぎの者たちはどうだ」


「以前より落ち着いています。

名簿を作り、働く場所と寝泊まりする場所を分けて管理するようにしました」


「不満は?」


「あります」


 レナードは正直に答えた。


「食堂の順番、寝る場所、道具の割り振り。

人が増えれば、どうしても不満は出ます。

ただ、今は相談札を出せるようにしています」


「相談札?」


 レナードは小さな箱を指した。


 そこには、いくつかの木札が入っていた。


「文字を書けない者でも、札を入れれば相談があると分かるようにしました。

内容は、後で聞き取ります」


「なるほど」


「すぐに解決できるものばかりではありません。

ですが、不満が表に出る前に拾えることもあります」


 現場を止めないためには、問題を隠さないことが大事だ。


 小さな不満を放置すれば、やがて大きな混乱になる。


 レナードは、それを分かっている。


 俺たちはさらに森の奥へ進んだ。


 途中で、何人かの作業員が俺に気づいて頭を下げた。


 俺が来たからといって、全部を止めるわけではない。


 ノルが周囲を見ながら言った。


「警備の巡回も、前より組みやすくなっています」


「どう変わった?」


「人の寝泊まりする場所と、作業場所が整理されたからです。

誰がどこにいるのか、以前より追いやすい」


「札と名簿の効果か」


「はい。揉め事が起きた時も、関係者を確認しやすい」


 ノルらしい見方だった。


 レナードは現場の流れを見る。


 ノルは安全を見る。


 エリアスは帳面を見る。


 それぞれ見ているものは違う。


 けれど、全部つながっている。


 昼に近づく頃、食事小屋の周りには人が集まり始めていた。


 煙が上がり、温かい汁物の匂いが漂う。


 食堂の前には、札で列が分けられていた。


「混みすぎないように、班ごとに時間をずらしています」


 レナードが説明する。


「それでも、昼時は混みます」


「人が増えている証拠だな」


「はい。良いことでもあり、課題でもあります」


 その言葉は、昨日エリアスが言っていたことと同じだった。


 伸びている。


 だからこそ、詰まりも生まれる。


 人が増える。


 だからこそ、食料も薪も住まいも必要になる。


 発展は、次の問題を連れてくる。


 けれど、それは悪いことではない。


 止まっていない証拠でもある。


 俺は食事小屋の前に立ち、西の森を見渡した。


 以前の西の森は、目の前の作業に追われていた。


 誰が何を見ているのか分からず、問題が起きるたびに人が走っていた。


 今は違う。


 まだ粗い。


 まだ足りない。


 けれど、役場があり、札があり、名簿があり、相談を拾う箱がある。


 夜間学校で覚えた文字が、道具の貸し出しや食堂の人数確認に使われている。


 現場で判断できることは、現場で判断しようとしている。


「レナード」


「はい」


「よくここまで整えてくれた」


 レナードは少し驚いたように俺を見た。


 それから、静かに頭を下げる。


「ありがとうございます。ただ、まだ途中です」


「それでも、前に進んでいる」


「はい。そう言っていただけると、皆も励みになります」


 レナードの声には、少しだけ安堵が混じっていた。


 彼もまた、試行錯誤しながらここまで来たのだろう。


 領都は領都で、家が建ち、商会が動き、人が集まっていた。


 西の森は西の森で、役場が形を持ち、夜間学校で覚えた文字が現場を支え始めている。


 俺がいない間に、ハル領は止まっていなかった。


 少しずつ、自分たちで動き始めていた。


 それが嬉しくもあり、少しだけ頼もしくもあった。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

続きが気になったら、ブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ