表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
307/390

第297話 領都を歩く

 エリアスから帳面の説明を受けた後、父上は少し休むことになった。


 長く話したせいか、疲れが出ていた。


 俺は母上と一緒に昼食を取りながら、午前中に見た帳面のことを考えていた。


 帳面に並んでいた名前と数字は、まだ頭の中に残っている。


 けれど、帳面だけでは見えないものもある。


 昼食を終えた頃、エリアスが屋敷に残っていることを聞き、俺は領都を歩いて見て回りたいと伝えた。


 エリアスは少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。


「承知いたしました。

領都の変化を見るのであれば、いくつかご案内したい場所がございます」


「頼む」


「はい」


 そこへ、ミアが控えめに声をかけてきた。


「あの、リオン様。私もご一緒してよろしいでしょうか」


「ミアも?」


「はい。もしお邪魔でなければ……」


 ミアは少し遠慮がちに言った。


「もちろん。じゃあ、一緒に行こう」


「ありがとうございます!」


 ミアの顔がぱっと明るくなる。


 その表情を見て、俺も少し嬉しくなった。


 屋敷を出ると、冬の空気が頬に触れた。


 寒い。


 けれど、道を行き交う人の数は思ったより多かった。


 荷を運ぶ者。


 買い物かごを持つ者。


 子どもの手を引く母親。


 道の端で荷車を直している男。


 領都には、冬なりの活気があった。


「まずは、新しく住宅地用に整えた区画へ向かいます」


 エリアスが前を歩きながら言った。


「出稼ぎの者や、工房で働く者の中には、領都に住まいを求める者も増えております」


「帳面で見た人の増加が、家の数にも出ているわけか」


「はい。人が増えれば、食料だけでなく、住まいも必要になります」


 少し歩くと、領都の外れに近い場所へ出た。


 そこには、まだ新しい道が伸びていた。


 区画ごとに縄が張られ、すでに家が建ち始めている場所もある。


 建築中の家。


 柱だけが立っている場所。


 もう人が住み始めたらしい家。


 煙突から白い煙が上がっている家もあった。


「ここまで進んでいたのか」


 思わず声が出た。


 俺が学院にいる間に、領都は少しずつ形を変えている。


「この一帯は、もともと空き地に近い場所でした」


 エリアスが説明する。


「ただ、道幅、井戸までの距離、夜の明かり、荷車の通りやすさを考えると、無計画に家を建てるわけにはまいりません」


「だから区画を決めたのか」


「はい。家が建った後で道を広げるのは大変です。

先に通り道を決め、井戸と排水の位置を見てから、家を建てる場所を割り振っています」


 帳面を見ている文官という印象だったが、エリアスは街そのものもよく見ている。


 ただ数字を記録するだけではない。


 数字が街のどこに現れているのかを追っている。


「エリアスは、よくここまで見に来るのか」


「はい。帳面だけを見ていると、分かった気になってしまいますので」


 エリアスは淡々と言った。


「人が増えたと帳面に記しても、その人たちがどこに住み、どの井戸を使い、どの道を通るのかを見なければ、次の問題は分かりません」


 その言葉に、俺は頷いた。


 レナードは西の森の現場を見ている。


 エリアスは領都の流れを見ている。


 同じ文官でも、見ている場所が違うのだ。


「リオン様」


 ミアが少し嬉しそうに言った。


「人が増えると、領都も賑やかになりますね」


「そうだね」


「前は、この辺りはもっと静かでした。夕方になると、人通りも少なくて」


「今は家が建ち始めている」


「はい。子どもの声も聞こえるようになりました」


 確かに、少し離れた場所で子どもたちが走っている。


 建築中の家の前で、母親らしい女性が洗濯物を干していた。


 帳面で見た人数の増加は、こうして家になり、煙突の煙になり、子どもの声になっていた。


 その後、俺たちは領都の中心部へ向かった。


 通りに入ると、さらに人が増える。


 店先には冬用の布や保存食が並び、荷車がゆっくりと通りを進んでいた。


 やがて、ローデン商会ハル領支店の看板が見えてくる。


 支店の前には、荷を積んだ馬車が止まっていた。


 中から出てきた商会員が、俺たちに気づいてすぐに姿勢を正す。


「リオン様。ようこそお越しくださいました」


 そう言って頭を下げたのは、落ち着いた雰囲気の男だった。


「マリウス・デントと申します。ローデン商会ハル領支店を任されております」


「リオン・ハルだ。今日は領都の様子を見に来た」


「お会いできて光栄です。ヴィクトル坊ちゃんからも、リオン様にはくれぐれもよろしくと申しつかっております」


「ヴィクトルが?」


「はい。赴任時に王都の方から手紙が届いていました」


 いかにもヴィクトルらしい。こういうところは抜け目がない。


 店内へ案内されると、そこにはいくつもの品が並んでいた。


 布。


 保存食。


 調味料。


 工具。


 そして、袋に入った青葉草。


「青葉草はよく売れているのか」


 俺が聞くと、マリウスは笑顔で頷いた。


「はい。王都で評判になった後、こちらでも買う方が増えました。

特にじゃがバターと合わせる食べ方は人気です」


「領都でも売れているとは聞いた」


「店先でも出しております。午後になると、小腹を満たしたい方がよく買っていかれます」


 エリアスが横から補足する。


「青葉草の取引量は伸びています。ただ、その分、品質のばらつきを減らす必要があります」


「乾燥や束ね方の統一か」


「はい」


 マリウスも頷いた。


「商会としても、村ごとに香りや乾き具合が違いすぎると扱いが難しくなります。

今はエリアス様とも相談しながら、仕分けの基準を整えております」


 エリアスは、特に表情を変えずに言った。


「基準がなければ、良いものも悪いものも同じ値で扱われてしまいます。

それは生産者にとっても不利益です」


 淡々としているが、言っていることは生産者を守る話だった。


 エリアスは冷たい人間ではない。


 数字を通して、人が損をしない形を考えているのだ。


 小麦の話も聞いた。


 王都直轄領から入る小麦は、今のところローデン商会経由で安定している。


 だが、冬は道の状態に左右される。


「余裕を持って手配しておりますが、雪や雨で道が悪くなると、予定通りには動かないこともございます」


 マリウスが言う。


「だから在庫を見て、早めに動く必要がある」


「その通りでございます」


 ローデン商会は便利だ。


 だが、すべてを任せきりにしていいわけではない。


 商会には商会の都合があり、道には道の都合がある。


 しばらく話した後、俺たちはローデン商会を後にした。


 外へ出ると、日は少し傾き始めていた。


 午後三時くらいだろうか。


 歩いたせいか、少し腹が空いている。


 店先から、ほかほかと湯気が上がっていた。


「リオン様、あれは……」


 ミアが目を輝かせる。


 ローデン商会の店先で、じゃがバターが売られていた。


 割ったじゃがいもの上にバターが溶け、その上に刻んだ青葉草が散らされている。


 香りがいい。


「せっかくだ。買っていこう」


「よろしいのですか?」


「もちろん」


 俺は三つ買った。


 ミアは嬉しそうに受け取り、エリアスは少し遠慮した。


「私は……」


「エリアスも食べるといい。帳面だけでは味は分からないだろう」


 俺が言うと、エリアスは一瞬だけ目を瞬かせた。


 それから、少しだけ口元を緩める。


「確かに、味も商品の一部でございますね」


 真面目な返事だった。


 俺たちは領都中央の広場へ向かった。


 広場には、休んでいる職人や買い物帰りの人たちがいた。


 端の方に腰を下ろし、じゃがバターを食べる。


 熱い。


 でも、美味い。


 バターの香りに、青葉草の爽やかな風味が合う。


 去年の文化祭で考えたものが、今は領都の店先で売られ、人々に食べられている。


 それは少し不思議で、少し誇らしい感覚だった。


「美味しいです」


 ミアが嬉しそうに言った。


「こうしてリオン様と街で食べるのは、何だか久しぶりですね」


「そうだね」


「リオン様が学院へ行かれてから、屋敷も少し静かでしたから」


 ミアはそう言って、じゃがバターを大事そうに食べた。


 その様子を見ていると、俺も自然と笑っていた。


 広場の向こうには、公衆浴場が見える。


 昨年の冬、下水工事をした場所だ。


 あの時は、工事の段取りや水の流れ、臭いの問題ばかりを考えていた。


 今、その公衆浴場には人が次々と入っていく。


 まだ夕方前なのに、利用者は多い。


「相変わらず人気なんだな」


 俺が言うと、エリアスが頷いた。


「はい。冬に入ってから、むしろ利用者は増えております。

出稼ぎの者や工房で働く者もよく使います」


「下水工事をしておいてよかった」


「はい。利用者が増えても衛生を保てているのは、あの工事があったからです」


 帳面の数字。


 新しい住宅区画。


 ローデン商会の支店。


 店先のじゃがバター。


 公衆浴場へ向かう人の列。


 それらは別々のものではなかった。


 人が増えたから家が建つ。


 人が働くから食料が必要になる。


 商会が動くから品が届く。


 青葉草が売れるから北側の村の畑が広がる。


 公衆浴場が使われるから、下水の整備が意味を持つ。


 街は、一つの仕組みとして動き始めている。


 俺はじゃがバターを食べながら、広場を見渡した。


 ハル領は変わっている。


 それも、俺が見ていない間に少しずつ。

 

 冬の広場で食べるじゃがバターは温かかった。


 その温かさの向こうに、領都の変化が確かに見えていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

続きが気になったら、ブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても楽しく呼んでるけれども、侍女(ミア)がたまに無礼すぎる気がしてしまった。 貴族の会話の最中に声をあげたり邪魔したり。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ