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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第295話 帰郷

 冬休み初日の王立学院は、いつもより賑やかだ。


 荷物を運ぶ音。


 使用人たちの声。


 馬車の車輪が石畳を転がる音。


 寮の前には、いくつもの馬車が並んでいた。


 家の紋章が入った馬車。


 商会の荷馬車。


 護衛を連れた貴族家の馬車。


 生徒たちは、それぞれ荷物を抱えたり、使用人に指示を出したりしながら、久しぶりに戻る家へ向かう準備をしている。


 廊下にも、いつもとは違う浮ついた空気があった。


「こっちの箱も馬車に積んでおいてくれ」


「忘れ物はないか?」


「冬休み明けにまたな」


 そんな声が、あちこちから聞こえてくる。


 俺は寮の自室の窓から、その様子を少し眺めていた。


 普通なら、俺も馬車で何日もかけてハル領へ戻るところだ。


 けれど、今の俺には別の方法がある。


 それを人前で使うわけにはいかないが、寮の自室からハル領の自室へなら、目立たずに移動できる。


 俺は窓から離れ、机の上に並べた荷物へ目を向けた。


 冬休み中に必要な服。


 学院の教科書。


 冬休み前に配られた予定表。


 期末試験の成績表。


 母上に見せるつもりの資料。


 それほど多いわけではない。


 けれど、普通に運べばそれなりの量になる。


 俺は扉に鍵をかけ、念のため室内を確認した。


 窓も閉じている。


 廊下の気配も遠い。


 俺は荷物に手をかざし、亜空間魔法を発動させた。


 机の上に置いていた服や書類を、順番にしまっていく。


 亜空間の中へ収納される感覚は、もうだいぶ慣れていた。


 こういう時、亜空間魔法は便利すぎる。


 荷物がほとんど片づいた自室は、急にすっきりして見えた。


 俺は最後に、机の上に残した成績表を手に取る。


 筆記100点。


 応用100点。


 実技100点。


 合計300点。


 父上と母上に報告したら、どんな顔をするだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は成績表も亜空間へしまった。


 深く息を吸う。


 王立学院の寮の自室。


 ハル領の屋敷にある自分の部屋。


 二つの場所を、頭の中で結ぶ。


 魔力を流す。


 視界が一瞬、揺れる。


 足元の感覚が変わった。


 次の瞬間、俺はハル領の自室に立っていた。


 見慣れた机。


 棚。


 窓の外に見える庭。


 学院の寮とは違う、屋敷の空気。


 久しぶり、という感じはあまりなかった。


 ついこの間、テスト前にも戻ったばかりだ。


 けれど、今回は少し違う。


 あの時は、顔を見に来ただけだった。


 今回は、冬休みの間ここで過ごすために戻ってきた。


 俺は小さく息を吐いた。


 まずは父上に挨拶をしよう。


 そう思い、部屋の扉を開ける。


 廊下へ出ると、屋敷の中は学院とは違う静けさに包まれていた。


 けれど、冬の支度をしているのか、使用人たちの足音はいつもより少し多い。


 しばらく歩くと、向こうからミアがやってきた。


 ミアは俺を見るなり、ぱっと顔を明るくした。


「リオン様!」


「ミア。ただいま」


「お帰りなさいませ。冬休みに入られたのですね」


「うん。今日からしばらくこっちで過ごすよ」


「はい……! 奥様も旦那様もお喜びになります」


 ミアは本当に嬉しそうだった。


 テスト前に戻った時ほど驚いてはいない。


 あの時は突然だったが、今回は冬休みで戻る時期だ。


 それでも、ミアの表情を見ると、帰ってきてよかったと思う。


「父上は起きている?」


「はい。お部屋で休んでいらっしゃいますが、今はお話しできると思います」


「じゃあ、先に父上のところへ行くよ」


「奥様にもお伝えしてまいります」


「ありがとう」


 ミアは軽く頭を下げ、足早に廊下を進んでいった。


 俺は父上の部屋へ向かう。


 扉の前で一度息を整え、静かに声をかけた。


「父上。リオンです」


「入れ」


 中から父上の声が聞こえた。


 俺は扉を開ける。


 父上はベッドの上で上体を起こしていた。


 前に見た時より、顔色は少し良い。


 けれど、まだ本調子とは程遠そうだ。


 無理をすれば、すぐに疲れが出そうな雰囲気は残っていた。


「ただいま戻りました、父上」


「ああ。お帰り、リオン」


 父上は穏やかに笑った。


「冬休みに入ったか」


「はい。今日からしばらくこちらで過ごします」


「そうか。それは嬉しいな」


 その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。


 俺はベッドのそばへ歩み寄った。


「父上、お加減はいかがですか」


「前よりは少し良い。だが、まだ無理はできないな」


「無理はしないでください」


「分かっている」


 父上はそう言ったが、少しだけ苦笑している。


「母上も心配しています」


「ああ。頭が上がらないぞ」


「俺も心配しています」


「それは……すまないな」


 父上は少しだけ目を細めた。


「だが、前よりは確かに良くなっている。

医師からも、焦らず戻していくよう言われている」


「それならよかったです」


 俺がそう言うと、ちょうど扉が開いた。


 母上が入ってくる。


 ミアが知らせてくれたのだろう。


「リオン」


「母上。ただいま戻りました」


「お帰りなさい」


 母上は微笑み、俺の肩にそっと手を置いた。


「冬休みに入ったのね」


「はい。しばらく屋敷にいます」


「嬉しいわ。でも、学院から戻ったばかりで疲れていない?」


「大丈夫です」


 父上が俺を見る。


「そういえば、期末試験の結果はどうだった」


 来た。


 俺は亜空間から直接出すわけにはいかないので、懐に入れていたように見せながら成績表を取り出した。


 こういう時のために、すぐ出せる位置へ移しておいた。


「はい。こちらです」


 父上に成績表を渡す。


 父上は紙に目を落とした。


 少しの間、沈黙する。


 そして、ゆっくり顔を上げた。


「300点か」


 母上が目を丸くする。


「300点……満点ということ?」


「はい」


 俺は少し照れくさくなりながら答えた。


「筆記、応用、実技、すべて100点でした」


 母上は両手を口元に添えた。


「まあ……本当に頑張ったのね」


 ミアも部屋の端で目を輝かせている。


「さすがリオン様です!」


「ありがとう、ミア」


 父上はもう一度、成績表へ目を落とした。


 嬉しそうではある。


 けれど、ただ浮かれているわけではなかった。


「よくやった」


「ありがとうございます」


「これ以上ない結果だな」


「はい」


「だが、その結果で何を選ぶかは、これからだ」


 父上らしい言葉だった。


 俺は頷く。


「分かっています。飛び級するかどうかは、冬休みの間に考えるつもりです」


「それでいい。急いで決める必要はない。だがしっかり考えるんだぞ」


「はい」


 ベルンハルト先生にも、似たようなことを言われた。


 父上にも同じことを言われると、その重みが増す。


 選べる立場になった。


 だからこそ、選ばなければならない。


 母上は成績表を受け取り、優しく目を細めた。


「リオンが頑張っていることは分かっていたけれど、こうして形になると、やはり嬉しいわ」


「母上」


「でも、無理はしないでね。結果が良いほど、周りから求められることも増えるでしょう」


「はい」


 母上の言葉は柔らかい。


 けれど、その中には心配がある。


 俺はそれも受け止めるように頷いた。


 しばらく試験の話をした後、父上がふと思い出したように言った。


「冬休み中に、領のことも少し見ておくといい」


「はい。そのつもりです。西の森や夜間学校の様子も見たいと思っています」


「西の森はレナードがよく見てくれている。お前も話を聞くといい」


「はい」


「それから、領都の管理や他領、商会との帳面は、エリアス・クラムが担当している」


「エリアス・クラム、ですか」


 名前は聞いたことがある。


 だが、直接深く話したことはほとんどない。


「一年前から領都の管理を任せている文官だ。

他領や商会との取引内容にも目を通している。冬休み中に、必要なら話を聞いてみるといい」


「分かりました」


 外との帳面。


 他領や商会との取引。


 昨日まで学院で考えていたことが、少しだけ形を持った気がした。


 ただ、今はその話を深く聞く時ではない。


 父上はまだ病み上がりだ。


 帰ってすぐに、重い話を切り出すことでもない。


 まずは挨拶と報告。


 それで十分だ。


「詳しい話は、また改めて聞かせてください」


「ああ。今日は戻ったばかりだ。まずは休め」


「はい」


 父上は成績表を母上へ返し、穏やかに笑った。


「冬休みの間、屋敷が少し賑やかになるな」


「リオンがいるだけで、空気が明るくなりますもの」


 母上が言う。


 ミアも大きく頷いていた。


「はい!」


「ミア、声が大きいわ」


「申し訳ありません。でも、本当に嬉しくて」


 そのやり取りに、父上が小さく笑う。


 前よりは少し笑えるようになっている。


 それだけでも、戻ってきてよかったと思った。


 父上の部屋を出た後、俺は母上と少し話し、それから自室へ戻った。


 扉を閉めると、部屋の中は転移してきた時と同じように静かだった。


 俺は机の前に立ち、亜空間から荷物を取り出していく。


 学院の教科書。


 服。


 冬休みの予定表。


 筆記用具。


 母上に見せるつもりだった資料。


 それらを一つずつ机や棚に置いていく。


 亜空間にしまえば一瞬で片づく。


 取り出すのも簡単だ。


 けれど、こうして自分の部屋に物を置いていくと、ようやく戻ってきた実感が出てきた。


 テスト前にも一度戻っているから、久しぶりという感じはあまりない。


 でも、今回は違う。


 ただ顔を見に戻ったのではない。


 冬休みの間、俺はここで過ごす。


 父上の体調。


 母上の負担。


 西の森の様子。


 夜間学校。


 レナードが見ている役場の形。


 そして、エリアス・クラムが見ているという領都と外との帳面。


 見るべきものは多い。


 飛び級するのか。


 四年Sクラスで学ぶのか。


 その答えを考えるためにも、学院の外で見られるものを見なければならない。


 俺は机の上に冬休みの予定表を広げた。


 長い冬休みが、ここから始まる。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
行き帰りに他領を通る中で見える事もあるだろうに転移でハイ到着っていうのはどうなんだろうね。
最近、45歳社長が隠れてますね。体に年齢が引っ張られてるのかな。
「王都とハル領のような長距離転移は、緊急時、または明確な必要がある場合に限る」 って言われてたのに、もう普通に帰省に使ってますね。 「便利な手段は、何度か使ううちに当たり前になる。最初は緊急時だけと思…
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