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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第294話 冬休みの予定

 期末試験の結果発表から、数日が過ぎた。


 教室の空気は、また少し変わっていた。


 試験前の張り詰めた感じでもない。


 結果発表の日の、落ち着かない緊張でもない。


 今は、冬休み前の空気だった。


 王立学院の冬休みは長い。


 12月から1月にかけて、多くの生徒が実家や領地へ戻る。


 荷物をまとめ始める者。


 家から届いた手紙を読み返す者。


 冬休み中の予定を確認する者。


 教室のあちこちで、そんな姿が見られるようになっていた。


 俺の机の上にも、冬休み前に配られた予定表がある。


 休みの期間。


 冬休み明けの登校日。


 進路希望の提出日。


「冬休み前だからといって、気を抜くな」


 朝の教室で、ベルンハルト先生がいつものように言った。


「試験は終わった。結果も出た。だが、そこで全部終わりではない」


 先生は教室を見渡す。


「飛び級資格を得た者は、冬休み中によく考えておけ。

進むのか、残るのか。どちらを選ぶにしても、理由を持て」


 教室の空気が少しだけ引き締まる。


「それから、冬休みはただ遊ぶ時間ではない。

家に戻る者は、家でしか見られないものを見てこい。

王都に残る者も同じだ。学院の外で学べることはある」


 先生の視線が、一瞬だけ俺の方へ向いた気がした。


「以上だ」


 短い言葉だった。


 けれど、冬休み前の浮いた空気を少し抑えるには十分だった。


 その日の昼休み。


 俺たちはいつものように食堂の一角に集まっていた。


 期末試験の結果発表が終わってから、飛び級の話題は何度か出た。


 けれど、今日は少し違う。


 話題は冬休みの予定になっていた。


「で、みんな冬休みはどうするんだ?」


 ヴィクトルがパンを手にしながら言った。


「長い休みだろ。何もしないってわけにもいかないしな」


「あなたの場合、何もしないと本当に何もしなさそうね」


 セレナが言う。


「失礼だな。俺だって家の手伝いくらいするぞ」


「ローデン商会は年末が忙しそうだものね」


 ミラが言うと、ヴィクトルは少し肩をすくめた。


「忙しいなんてもんじゃない。荷も動くし、金も動くし、人も動く。

年末の商会は、休みって感じじゃないな」


「取引も多いのか?」


 俺が聞くと、ヴィクトルは頷いた。


「多い。年内に片づけたい荷もあるし、新年に向けた準備もある。

倉庫も帳簿もごちゃつくし、父上も使用人も商会の者も、みんな動いてる」


「ヴィクトルもそこに入るのね」


 セレナが言う。


「まあな。細かい帳簿は苦手だけど、荷の流れを見るのは嫌いじゃない」


「応用試験が高かった理由が分かる気がする」


 エドガーが静かに言った。


「状況を見て、どこが詰まっているかを判断する力はある」


「お、また褒めてる?」


「事実を言っただけだ」


「エドガーまでセレナみたいなこと言うなよ」


 ヴィクトルが不満そうに言うと、セレナは眉を上げた。


「どういう意味かしら」


「何でもない」


 ヴィクトルはすぐに目を逸らした。


 エドガーは自分の皿を少し端へ寄せながら言った。


「僕は実家に戻ったら、父の報告書を見せてもらうつもりだ。

各領の収支や人員配置、冬の備えについて確認したい」


「休みでも勉強みたいなことをするのね」


 ミラが少し驚いたように言う。


「国家のことだからな。

学院で学んだことが、実際にどう使われるのかを見ておきたい」


「エドガーらしいわね」


 セレナが言った。


 そのセレナも、冬休みをただ休むつもりではなさそうだった。


「私は領に戻るわ。年末年始は挨拶も多いし、顔を出す場もある。

休みというより、家の一員として動く時間ね」


「公爵家の休みって大変そうだな」


 ヴィクトルが言う。


「大変というより、当然のことよ」


 セレナはさらりと言った。


「誰と会うか。どの家がどう動いているか。

どの話題に触れて、どの話題には触れないか。そういうことを学ぶ機会でもあるわ」


 その言葉に、俺は少し意識を引かれた。


 誰と会うか。


 どの家がどう動いているか。


 どの話題に触れて、どの話題には触れないか。


 それは、学院の授業とは違う種類の学びだ。


「ナディアはどうするんだ?」


 ガイルが聞いた。


 ナディアは少し考えてから答える。


「私はここに残る日もありますし、セルヴァンの者と会う予定もあります。

冬休み中も、完全に自由というわけではありません」


「セルヴァンの者?」


「はい。王都にいる使節や、こちらで動いている者たちです。

父からも、できるだけ話を聞くように言われています」


「王女も大変だな」


 ヴィクトルが言う。


 ナディアは柔らかく笑った。


「大変というより、私が学ばなければならないことです。

学院で学ぶことも大事ですが、セルヴァンとこの国との関係を見ることも大事ですから」


 国と国との関係。


 領と領との関係よりも、さらに大きな話だ。


 でも、根は同じなのかもしれない。


 人と人が会い、話し、互いの利害を探る。


 そこには、教科書には書かれないものがある。


「ガイルさんは、ベイルンへ戻られるのですか?」


 ナディアが聞く。


 ガイルは頷いた。


「戻る。訓練だな。あと、冬の警備も見る」


「無理はしないでくださいね」


「分かった」


 ナディアは少しだけ心配そうだったが、ガイルはいつも通り真顔だった。


「辺境は冬が厳しいのでしょう?」


 ミラが聞く。


「特に北の方は厳しい。だから動ける時に動く」


「それも家の役目なのね」


「そうだな」


 クラウスも頷いた。


「俺も実家に戻ったら、父上から領の警備や冬の備えについて聞くつもりだ」


「クラウスも真面目だな」


 ヴィクトルが言う。


「必要なことだ」


「そういうところ、クラウスらしいよね」


 ミラが笑う。


 そのミラは、冬休み中に侯爵家の行事に出るらしい。


「私もいくつか挨拶に出ると思う。服や贈り物の準備だけでも大変なんだよ」


「ミラはそういうの得意そうだな」


 ヴィクトルが言う。


「得意というか、見られるところだから気を抜けないの。

色とか、形とか、相手にどう見えるかとか、全部意味があるから」


「贈り物にも意味があるのか?」


「あるよ。高ければいいわけでもないし、珍しければいいわけでもない。

相手の家や立場を考えないといけないから」


 ミラの言葉にも、俺は少し驚いた。


 見た目や贈り物も、ただ飾るためのものではない。


 外の相手と向き合うための手段でもある。


「ライオネルは?」


 俺が聞くと、ライオネルは短く答えた。


「俺は訓練だな。四年で騎士コースに進むなら、休みで鈍るわけにはいかない」


「本当に飛び級は選ばないんだな」


 ヴィクトルが言う。


「ああ。俺は四年Sクラスで騎士コースを学ぶ。冬休みも、その準備に使うつもりだ」


 迷いの少ない声だった。


 オルドも静かに頷く。


「僕も家に戻って、書類仕事を手伝いながら、文官コースの基礎を復習するつもりです」


「冬休みでもみんな忙しいな」


 ヴィクトルが言う。


「あなたも忙しいのでしょう?」


 セレナが返す。


「そうだけど、俺はもっと休みっぽい話を期待してたんだよ」


「ローデン商会の年末繁忙期を手伝う人が言うことではないわね」


「それを言われると弱い」


 皆が小さく笑う。


 その流れで、ヴィクトルが俺を見た。


「で、リオンは? やっぱりハル領に戻るんだろ?」


「戻るつもりだよ」


 俺は答えた。


「父上の体調も気になるし、西の森の様子も見たいから」


 そこまで言って、少しだけ言葉を選ぶ。


 ついこの間、テスト前に俺は一度ハル領へ戻っている。


 けれど、それを皆に話すわけにはいかない。


 だから、今は冬休みに普通に戻る話として答えるしかない。


「西の森か」


 エドガーが言う。


「夜間学校も続いているんだろう。王宮内でも話題になっていた」


「うん。母上からの手紙では、文字を読める者が増えてきたらしい」


「それは大きいですね」


 オルドが言った。


「文字が読める者が増えると、現場で扱える情報が増えます」


「そうなんだ。簡単な記録をつけようとする者も出てきたらしい」


「なら、次は記録の形式をそろえる必要が出るかもしれない」


 エドガーがすぐに反応する。


「好きだな、そういうの」


 ヴィクトルが言う。


「重要なことだ。記録がばらばらだと、後で見返せない」


「それは分かるけどさ」


 セレナが俺を見る。


「あなたのことだから、休み中も色々と見て回るんでしょ?」


「……できれば見たいとは思っている」


「やっぱり」


 ミラが笑った。


「でも、全部一人で抱え込まない方がいいよ」


「分かってる」


 俺はそう答えた。


 ハル領は、俺がいない間にも少しずつ動き始めている。


 だからこそ、俺が何でも自分で直せばいいわけではない。


 見るべきものはある。


 でも、任せるべきものもある。


 そんなことを考えていると、先ほどからの皆の話が、頭の中でつながり始めた。


 みんな、ただ家の中だけを見ているわけではない。


 家が外とどう関わるのか。


 そこにも触れようとしている。


 俺は、今までハル領の中ばかりを見ていた。


 どれも大事だ。


 けれど、領は領の中だけで完結しない。


 荷も、人も、情報も、外から入ってくる。


 そして、外へ出ていく。


 その流れを見ないまま、領を良くすることはできるのだろうか。


 近隣のグレイヴ伯爵領とは、あまり良い関係ではない。


 王都への通り道にあるトラウゼン侯爵領についても、俺は当主本人を知らない。


 当主本人と直接言葉を交わした有力貴族といえば、ヴァレスト公爵くらいだ。


 それで、本当にいいのだろうか。


 ハル領の外とのつながりは、俺が思っているより弱いのかもしれない。


 もちろん、俺が一人で決められる話ではない。


 これはハル家として考えるべきことだ。


 冬休みに戻ったら、父上に相談してみよう。


 ハル領が、外とどうつながっていくべきなのか。


 父上は領民思いで、誠実な人だ。


 けれど、貴族同士の駆け引きや外との付き合いが得意という印象はあまりない。


 だからこそ、今のハル家に何が足りないのかを聞いてみたい。


「リオン?」


 ミラの声で、俺は顔を上げた。


「何か考えてた?」


「うん。冬休みに何を見るべきか、少し考えてた」


「領のこと?」


「それもある。でも、それだけじゃ足りない気がしてきた」


 エドガーがこちらを見る。


「外との関係か」


 俺は頷いた。


「うん。ハル領が外とどうつながっているのか、俺はまだよく知らない」


 ヴィクトルがパンを置いて言った。


「荷が動くなら、外との関係は避けられないぞ。

道を通るにも、倉庫を使うにも、人を雇うにも、相手がいる」


「そうだよね」


「商会なら当たり前の話だ。相手を知らないまま荷を動かすのは怖い」


 ナディアも静かに言う。


「国も領も、人と人の関係で動きます。

どれだけ良い考えがあっても、相手が受け入れてくれなければ進まないこともあります」


「相手が受け入れるかどうかは、理屈だけで決まらないわ」


 セレナが続ける。


「家同士の関係、過去の経緯、立場、面子。そういうものもある」


「……難しいね」


 ミラが呟く。


「難しいわ。でも、避けて通れない」


「うん」


 俺は頷いた。


「帰ったら、父上に相談してみる」


「それがいい」


 クラウスが言った。


「家の外との関係は、本人だけで判断するものではない。まず当主に聞くべきだ」


「父上がどう考えているのか、俺はまだちゃんと聞いたことがない」


「なら、良い機会だな」


 クラウスが言う。


「冬休みは長い。見る時間はあるはずだ」


「そうだね」


 俺は予定表に目を落とした。


 12月。


 1月。


 長い冬休み。


 最初は、ハル領へ戻って西の森を見ることばかり考えていた。


 それはもちろん大事だ。


 けれど、それだけでは足りない。


 外とどう向き合うか。


 それも、ハル家の息子として学ばなければならないことなのだと思った。


「なんか、リオンの冬休みも忙しそうだな」


 ヴィクトルが笑う。


「そうかもしれない」


「休めよ?」


「ヴィクトルもね」


「俺は商会に捕まるから無理だな」


「なら、人のこと言えないじゃない」


 セレナが呆れたように言う。


 皆がまた小さく笑った。


 冬休みは近い。


 長い休みの先に何があるのか、まだ分からない。


 けれど、ただハル領へ帰るだけでは終わらない。


 そう考えると、冬休みは思っていたよりも忙しくなりそうだった。



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