第293話 結果発表
期末試験が終わってから、数日が経った。
試験直後の解放感は、少しずつ薄れていた。
代わりに教室の中には、別の緊張が漂い始めている。
今日は、期末試験の結果が発表される日だった。
試験結果はまず上位十名が教室内の掲示板に貼り出される。
筆記、応用、実技の細かな点数は、その後に担任から一人ずつ渡される。
飛び級を考える者にとって、本当に大事なのはその内訳だった。
飛び級資格は、年間を通して筆記、応用、実技のそれぞれで80点以上を取った者に与えられる。
総合点が高いだけでは足りない。
どれか一つでも80点を下回れば、資格は得られない。
教室に入る前から、廊下は少しざわついていた。
「もう貼り出されてるか?」
ヴィクトルが落ち着かない様子で言った。
「見る前から騒がない」
セレナがすぐに言う。
「いや、心の準備がいるだろ」
「準備しても結果は変わらないわ」
「そういう正論が一番きついんだよ」
ミラが苦笑する。
「でも、私もちょっと緊張する」
「俺もだ」
クラウスが静かに言った。
「結果を見るまでは落ち着かない」
エドガーはいつも通り冷静に見えたが、視線は教室の中へ向いている。
「上位十名の順位は参考になる。ただ、本当に見るべきは個人成績だ」
「分かってる。でも、まず順位だろ」
ヴィクトルはそう言って、教室の扉を開けた。
教室の中では、すでに何人もの生徒が掲示板の前に集まっていた。
ざわめきの中心に、一枚の紙が貼り出されている。
俺たちは自然と足を止めた。
掲示板には、今回の期末試験上位十名が並んでいた。
一位 リオン・ハル 300点
二位 エドガー・アルスレイン 280点
二位 セレナ・ヴァレスト 280点
四位 クラウス・レインフォード 275点
五位 ナディア・セルヴァン 271点
六位 ミラ・ハーウェイ 260点
七位 ライオネル・グランツ 255点
八位 ガイル・ベイルン 250点
九位 ヴィクトル・ローデン 248点
十位 オルド・ベイカー 242点
一瞬、教室のざわめきが遠くなった気がした。
300点。
満点だった。
自分の名前の横にある数字を見て、俺は少しだけ息を止める。
試験では、今できることを出したつもりだった。
でも、結果として目の前に出されると、また違う重さがあった。
「300……」
ヴィクトルが隣で呟いた。
「300って、何だよ」
「満点でしょう」
セレナが言う。
「それは分かってる。分かってるけどさ」
ヴィクトルはもう一度掲示板を見る。
「普通に出すなよ、そんな点数」
「普通に出したわけではないと思うけれど」
ミラが苦笑した。
エドガーは掲示板をじっと見ていた。
「リオンが満点なのは驚くが、納得もできる」
「納得できるのか?」
ヴィクトルが聞く。
「できる。筆記、応用、実技、どれも落とす要素が少なかった」
「その分析をされると、余計に遠く感じるな」
セレナは自分の名前を見ていた。
「エドガーと同点ね」
「そうだな」
エドガーが頷く。
「二位同点か」
「負けたわけではないけれど、勝ったわけでもないわね」
「僕も同じ感想だ」
二人は静かに掲示板を見ている。
競い合っているようで、どこか認め合っているようにも見えた。
クラウスは四位の自分の名前を見て、少しだけ眉を上げた。
「275点か」
「かなり上がったんじゃない?」
ミラが言う。
「ああ。こんな点数は初めてだ」
「すごいよ」
「そうだな。だが、上にはまだ差がある」
クラウスらしい答えだった。
ナディアは五位の自分の名前を見て、ほっとしたように息を吐いた。
「よかった……」
「五位でその反応なの?」
ヴィクトルが言う。
「はい。緊張していたので」
「いや、五位は十分すごいだろ」
「ありがとうございます」
ガイルが掲示板を見たまま、真剣な顔で言った。
「ナディアはすごい」
「ガイルさんも八位です」
「ナディアのおかげだ」
「そんなことはありません」
「ある」
ガイルはいつも通り真顔だった。
ミラは六位に自分の名前を見つけて、少し固まっていた。
「私、六位……」
「かなり伸びたな」
クラウスが言う。
「うん。自分でも少し驚いてる」
ミラは掲示板から目を離せないでいる。
「前は、自分が飛び級を考える立場になるなんて思ってなかったのに」
「考えられるだけの結果は出ている」
エドガーが言った。
「それは事実だ」
ライオネルは七位の自分の名前を見て、静かに頷いた。
「まずは落とさずに済んだな」
「騎士コースに進むにも、大事な結果ですものね」
ナディアが言う。
「ああ。飛び級は選ばないつもりだが、Sクラスに残るなら結果は必要だ」
オルドも十位に名前があるのを見て、安心したように息を吐いていた。
「何とか、上位十名には残れました」
「何とかって点じゃないだろ」
ヴィクトルが言う。
「俺と6点しか違わないんだぞ」
「その6点が大きいんだよ」
オルドは真面目に答える。
「僕は余裕があるとは言えないから」
ヴィクトルは自分の九位を見て、複雑そうな顔をした。
「九位か~」
「周りも上がったということだ」
エドガーが冷静に言う。
「分かってるけどさ」
セレナがヴィクトルの横顔を見た。
「でも、上位十名に残ったのは事実よ」
「お、褒めてる?」
「結果を認めているだけよ」
「それを褒めてるって言うんだ」
「調子に乗らない」
いつものやり取りに、少しだけ空気が緩んだ。
やがて、ベルンハルト先生が教室に入ってきた。
掲示板の前に集まっていた生徒たちが、それぞれ席へ戻る。
先生はいつも通りの表情で教壇に立った。
「掲示は見たな」
「はい」
教室全体から返事が返る。
「上位十名は貼り出した通りだ。ただし、順位だけで浮かれるな。大事なのは中身だ」
ベルンハルト先生は、手元の束を持ち上げた。
個人成績表だ。
「これから一人ずつ返す。筆記、応用、実技の点数が記されている。飛び級を考える者は、特に三分野の点を確認しておけ」
教室の空気が、また少し引き締まった。
「知っていると思うが、飛び級資格は合計点だけで決まるものではない。
筆記、応用、実技。それぞれで80点以上を取り続ける必要がある」
先生は教室を見渡す。
「1点でも足りなければ、資格はない。逆に、条件を満たした者には選択肢が生まれる」
選択肢。
その言葉が、胸の中に残った。
「結果を見て、喜ぶ者もいるだろう。悔しがる者もいるだろう。
だが、今日すぐに進路を決める必要はない。よく考えろ」
そして、先生は一人ずつ名前を呼び始めた。
「リオン・ハル」
「はい」
前へ出て、成績表を受け取る。
先生は俺の顔を見た。
「よくやった」
「ありがとうございます」
短い言葉だった。
それだけで十分だった。
席へ戻り、成績表を見る。
筆記100点。
応用100点。
実技100点。
合計300点。
分かっていたはずなのに、文字で見ると改めて不思議な感じがした。
ただ嬉しいだけではない。
この結果で、俺は選べる立場になった。
だからこそ、次に考えるべきことが重くなる。
◇
午前の授業は、どこか落ち着かないまま進んだ。
誰もが成績表のことを気にしている。
先生の説明を聞きながらも、机の中にしまった紙の存在が意識から消えない。
そして昼休み。
俺たちはいつものように食堂の一角へ集まった。
食事の皿が並ぶ前に、ヴィクトルが真っ先に言った。
「で、見せ合うんだよな?」
「あなたはそういう時だけ早いわね」
セレナが言う。
「気になるだろ」
「気になるのは否定しないわ」
エドガーが成績表を机に置いた。
「共有した方が、今後の判断材料になる」
「そういう言い方をされると、急に真面目な場になるな」
ヴィクトルも自分の成績表を出した。
まず、俺の成績表を皆が覗き込む。
筆記100点。
応用100点。
実技100点。
合計300点。
ヴィクトルがすぐに顔を上げた。
「本当に全部100かよ」
「そうみたいだね」
「そうみたいって反応じゃないだろ」
セレナも俺の成績表を見る。
「見事ね」
「ありがとう」
「悔しいけれど、これは認めるしかないわ」
エドガーも頷いた。
「三分野すべて満点。これ以上の結果はない」
そう言われると、少し落ち着かない。
俺は成績表をしまいながら言った。
「でも、これで決めたわけじゃない。飛び級するかどうかは、まだ考える」
ミラが静かに頷いた。
「うん。リオンはそう言うと思った」
次に、エドガーが自分の成績を見せた。
筆記96点。
応用94点。
実技90点。
合計280点。
「さすがだな」
ライオネルが言う。
「筆記と応用が高すぎる」
「実技はまだ伸ばせる」
エドガーは淡々と言った。
「十分高いだろ」
ヴィクトルが言う。
「90で“まだ伸ばせる”って言われると、こっちが困るんだよ」
「事実だ」
セレナは自分の成績表を出した。
筆記94点。
応用93点。
実技93点。
合計280点。
「全部高いな」
クラウスが言う。
「よく言えば安定。悪く言えば、もう少し上を狙えたわ」
「悪く言う必要ある?」
ミラが笑う。
「あるわ。リオンとの差を見れば、まだ足りないもの」
セレナはそう言いながらも、表情は悪くなかった。
エドガーと並んで二位。
それは十分に大きな結果だ。
クラウスは成績表を広げた。
筆記91点。
応用92点。
実技92点。
合計275点。
「きれいにまとまっていますね」
ナディアが言う。
「ああ。大きく崩れなかった」
クラウスは少し考えるように自分の点を見た。
「一学期の時も思ったが、自分が飛び級を考える立場になるとは思っていなかった」
「でも、十分考えられる結果だと思う」
ミラが言う。
「そうだな。逃げずに考える」
ナディアの成績は、筆記90点、応用91点、実技90点。
合計271点。
「ナディアも安定しているな」
俺が言うと、ナディアは少しほっとしたように笑った。
「よかったです。留学できる時間は限られているので、落とせませんでした」
「十分すごい」
ガイルが言う。
「ありがとう、ガイル様」
「俺はナディアのおかげで助かった」
そのガイルの成績表には、筆記80点、応用80点、実技90点と書かれていた。
合計250点。
ガイルは成績表をじっと見ている。
「筆記、80点」
「ぎりぎりでしたね」
ナディアが小さく言う。
「ぎりぎりでも、80点は80点だ」
「はい。よく頑張りました」
ガイルは真顔で頷いた。
「ナディアのおかげだ」
「ガイル様も頑張りました」
「次も頼む」
「はい。一緒に頑張りましょう」
そのやり取りを見て、セレナが少しだけ目を細めた。
「素直に助けを求めるのは、あなたの長所かもしれないわね」
「そうか」
「褒めているのよ」
「分かった」
ガイルは真面目に受け取っていた。
ミラは自分の成績表を少し照れくさそうに出した。
筆記86点。
応用86点。
実技88点。
合計260点。
「私、本当に全部80点を超えてる」
「だから六位なんだろ」
ヴィクトルが言う。
「そうなんだけど、まだ実感がなくて」
ミラは成績表を見つめる。
「前は、飛び級なんて自分には関係ないと思ってたから」
「今は関係ある」
クラウスが言った。
「うん」
ミラは静かに頷いた。
「だから、ちゃんと考える」
ライオネルは、筆記82点、応用84点、実技89点。
合計255点。
「実技が高いな」
俺が言うと、ライオネルは少しだけ笑った。
「騎士コースを目指すなら、ここは落とせない」
「飛び級は?」
ヴィクトルが聞く。
ライオネルは首を横に振った。
「やはり俺は四年Sクラスで騎士コースを学ぶ。
資格があることと、その道を選ぶことは別だ」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
まさに今、自分も考えていることだった。
ヴィクトルは少しもったいぶってから、自分の成績表を出した。
筆記80点。
応用86点。
実技82点。
合計248点。
「お」
エドガーが珍しく少し反応した。
「応用が高いな」
「だろ?」
ヴィクトルが胸を張る。
「俺は実戦向きなんだよ」
「実戦向きというより、状況判断の問題に強かったのかもしれないわね」
セレナが言う。
「それ、褒めてる?」
「褒めているわ。筆記80点は危なかったけれど」
「最後に落とすなよ」
「落としていないわ。事実を足しただけよ」
ヴィクトルは成績表を見ながら、少し息を吐いた。
「でも、本当に危なかったな。筆記80点か」
「一つでも下回っていたら、資格はなかった」
エドガーが言う。
「分かってる。だから、今回は素直に喜ぶ」
ヴィクトルは笑った。
「ぎりぎりでも、資格は資格だ」
最後に、オルドが成績表を出した。
筆記82点。
応用80点。
実技80点。
合計242点。
「全部、80点以上です」
オルドはほっとしたように言った。
「でも、余裕があるとは言えないよ。三学期も80点を越えられるとは限らないし、やはり僕は四年Sクラスで文官コースを選び、基礎から学ぼうと思う」
「それがいいと思う」
エドガーが言う。
「文官は土台が大事だ。焦って進むより、積み上げる方が合っている」
「はい」
オルドは静かに頷いた。
昼食の卓の上には、それぞれの成績表が並んでいる。
全員が、筆記、応用、実技の三分野で80点以上を取っていた。
飛び級を目指す資格はある。
少なくとも、選べる立場には立った。
けれど、誰もが同じ道を選ぶわけではない。
セレナは父であるヴァレスト公爵に近づくために上を目指す。
エドガーは資格があるなら挑戦する。
ナディアは限られた留学期間の中で多くを学ぼうとしている。
クラウスとミラは、自分がその立場にいることに戸惑いながらも、逃げずに考えようとしている。
ガイルとヴィクトルは、ぎりぎりの部分を抱えながらも挑戦する気持ちがある。
ライオネルとオルドは、資格があっても基礎を固める道を選ぼうとしている。
そして俺は。
満点という結果を得た。
これで、選べる立場にはなった。
けれど、どの道を選ぶのかは、まだ決まっていない。
「リオン」
ミラがこちらを見る。
「少しは、決められそう?」
「まだかな」
俺は正直に答えた。
「でも、前よりは考える材料が増えた」
「そっか」
ミラは小さく笑った。
「なら、ちゃんと迷えるね」
「迷うこと前提なんだ」
「リオンは急いで決めようとしそうだから」
否定できなかった。
セレナが静かに言う。
「急いで決める必要はないわ。ただ、逃げるのも違う」
「うん」
俺は頷いた。
「ちゃんと考える」
結果は出た。
これで、選べる者は選べる立場になった。
けれど、資格があることと、その道を選ぶことは同じではない。
飛び級するのか。
四年Sクラスで学ぶのか。
それとも、別の道を考えるのか。
期末試験は終わった。
だが、俺たちが向き合うべき問いは、ここから始まるのだと思った。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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