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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第291話 背中を押す言葉

 期末テストの範囲表を受け取ってから、数日が経った。


 授業の合間にも、食堂でも、寮の自室でも、頭のどこかに試験のことがある。


 飛び級を目指すのか。


 このまま四年Sクラスへ進むのか。


 それとも、結果を見てから考えるのか。


 答えはまだ出ていなかった。


 そんなある日の夕方、寮に戻ると、一通の手紙が届いていた。


 ハル領からだった。


 差出人は母上だ。


 封を開けると、懐かしい字が目に入る。


 そこには、領の近況が丁寧に書かれていた。


 西の森の夜学は、今も続いているらしい。


 文字を読める者が増え、荷車の数や道具の数を自分たちで確認できるようになってきた。


 出稼ぎの者の中には、夜学で覚えた文字を使って、簡単な記録をつけようとする者も出てきたという。


 レナードは、西の森役場の形を少しずつ整えている。


 現場で判断できることと、屋敷へ報告すべきことを分け始めているらしい。


 ノルも警備の見回りを続けている。


 夜学の帰り道や、食事小屋の周辺で大きな問題は起きていない。


 それだけで、少し胸を撫で下ろした。


 手紙には、良いことが多く書かれていた。


 母上らしい、読む者を安心させる書き方だった。


 けれど、最後の方に短く、父上のことも書かれていた。


 父上の体調は、まだ本調子ではありません。


 無理をしないよう、屋敷で休んでいただいています。


 でも心配しすぎないでください。


 たったそれだけだった。


 俺は、その短さが気になった。


 母上は、いつも俺を安心させようとする。


 大変なことほど、言葉を選んで柔らかく書く。


 だからこそ、書かれていないことが気になった。


 父上は本当に大丈夫なのか。


 母上に負担がかかっていないのか。


 領が少しずつ回り始めているのは嬉しい。


 でも、その裏で母上が無理をしているなら、それは見過ごせない。


 俺は手紙を何度か読み返した。


 机の上には、期末テストの範囲表がある。


 その隣に、母上からの手紙。


 しばらく迷った末に、俺は決めた。


 次の休日の朝。


 俺は寮の自室で、扉に鍵をかけた。


 学院の敷地には、朝の静かな空気が残っている。


 深く息を吸い、魔力を整える。


 王立学院の寮の自室。


 そして、ハル領の屋敷にある自分の部屋。


 この二つは、これまで何度か転移している。


 距離は遠い。


 けれど、場所の感覚ははっきりしていた。


 魔力を流す。


 視界が一瞬、歪む。


 足元の感覚が変わった。


 次の瞬間、俺はハル領の自室に立っていた。


 見慣れた机。


 棚。


 窓の外に見える屋敷の庭。


 懐かしい空気。


 問題なく成功した。


 俺は小さく息を吐く。


 部屋の扉を開け、廊下へ出る。


 しばらく歩いたところで、向こうからメイドのミアがやってきた。


 ミアは俺を見るなり、目を大きく見開いた。


「リオン様!?」


「ミア。久しぶり」


「え、えっ、リオン様!? 本当にリオン様ですか!?」


「本当に俺だよ」


 ミアは一瞬固まった後、ぱっと顔を明るくした。


「お帰りなさいませ! 奥様! 奥様、リオン様がお戻りです!」


「ちょっと、声が大きい」


「だって、リオン様が!」


 ミアは嬉しそうに廊下を駆けていった。


 その声を聞いて、すぐに母上が姿を見せた。


 母上は俺を見て、驚いたように立ち止まる。


「リオン?」


「ただいま戻りました、母上」


「どうして……試験前でしょう?」


 驚きながらも、母上の表情にはすぐに柔らかい笑みが浮かんだ。


 けれど、近くで見ると分かる。


 手紙では分からなかった疲れが、少し顔に出ていた。


 目元が、以前よりわずかに重い。


 俺は胸の奥が少し痛くなった。


「少しだけ、顔を見たくなりました」


「まあ」


 母上は困ったように笑った。


「嬉しいけれど、無理をしていない?」


「大丈夫です。今日は休日なので」


「それならいいけれど……」


 母上は俺の頬にそっと手を添えた。


「少し背が伸びたかしら」


「そうですか?」


「ええ。学院で頑張っているのね」


 その言葉だけで、胸の奥が温かくなった。


 けれど同時に、母上の手が少し細くなったような気もした。


「父上は?」


「お部屋で休んでいらっしゃるわ。今は起きていると思う」


「会えますか?」


「もちろんよ」


 母上に案内され、父上の部屋へ向かった。


 扉の前で一度息を整える。


 母上が静かに扉を開けた。


「あなた。リオンが戻りました」


 父上はベッドの上で上体を起こしていた。


 俺を見ると、少し驚いた顔をした後、ゆっくり笑った。


「リオンか」


「父上」


 俺はベッドのそばへ歩み寄る。


 父上は最後に会った時よりも、少し痩せたように見えた。


 頬の線が細くなっている。


 声にも、まだ力が戻りきっていない。


 手紙に書かれていた通り、本調子ではないのだろう。


 それでも父上は、いつものように穏やかに俺を見た。


「急に帰ってくるとは思わなかった」


「すみません。母上からの手紙を読んで、少し気になってしまって」


「心配をかけたか」


「はい」


 正直に答えると、父上は小さく笑った。


「隠せなかったか」


「母上の手紙は、安心させるように書かれていました。でも、だからこそ気になりました」


 母上が少し困った顔をする。


「心配させたくなかったのよ」


「分かっています」


 俺は頷いた。


「でも、母上も無理をしていませんか?」


 母上はすぐに否定しようとした。


 けれど、父上が先に言った。


「しているな」


「あなた」


「リオンには分かるだろう」


 父上は母上を見る。


「屋敷のこと、領のこと、私のこと。母上には負担をかけている」


 母上は少しだけ視線を落とした。


「大変ではあります。でも、皆が助けてくれています」


「それでも、母上が支えていることに変わりはありません」


 俺が言うと、母上は少し目を細めた。


「学院でずいぶん大人びたことを言うようになったのね」


「そうでしょうか」


「ええ」


 母上は優しく笑った。


「でも、心配しに帰ってきてくれたのは嬉しいわ」


 その言葉を聞いて、来てよかったと思った。


 それからしばらく、俺は学院でのことを話した。


 文化祭のこと。


 三年Sクラスで魔法を使わない遊び場を作ったこと。


 輪投げ、的当て、札合わせ、重さ当て。


 焼き菓子が途中で足りなくなりかけたこと。


 売上では五年Sクラスに負けて二位だったこと。


 けれど、学院長から客が楽しんでいたと褒められたこと。


 母上は楽しそうに聞いてくれた。


 父上も、時々短く相槌を打つ。


 ミアはいつの間にか部屋の端に立ち、目を輝かせて聞いていた。


「リオン様が焼き菓子を作られたのですか?」


「俺はそんなに作ってないよ。クラスの仲間たちが頑張ってくれたんだ」


「でも、リオン様も包んだりされたのですよね?」


「少しは」


「まあ……!」


 ミアがなぜか感動している。


 母上がくすりと笑った。


「楽しそうな文化祭ね」


「はい。大変でしたが、楽しかったです」


「良い顔をしている」


 父上が言った。


「そうですか?」


「ああ。よく頑張っているな」


 その言葉に、少し胸を突かれた気がした。


 昼食は、父上の部屋で取ることになった。


 父上はベッドの上で体を起こし、母上はその隣に座る。


 俺は小さな卓を挟んで向かいに座った。


 豪華な料理ではない。


 父上の体調に合わせた、消化の良い食事だった。


 それでも、久しぶりに家族で食べる昼食は、どんな料理よりも温かく感じた。


 ミアが給仕をしながら、時々嬉しそうに俺を見る。


「ミア、仕事中よ」


 母上が言う。


「はい。ですが、リオン様がお戻りなので」


「理由になっていないわ」


「申し訳ありません」


 そう言いながらも、ミアの顔はずっと明るかった。


 食事が少し落ち着いた頃、父上が口を開いた。


「リオン。もうすぐ期末試験だろう」


「はい」


「飛び級の話も出ているのではないか」


 俺は少し驚いた。


「どうして分かるのですか?」


「お前なら、当然その話になる」


 父上は穏やかに言った。


「それに、お前が迷うとしたら、家のことも理由の一つだろう」


 否定できなかった。


「はい。早く卒業して、ハル領に戻った方がいいのではないかと思うことがあります」


「そうか」


「でも、学院で学べることもあります。王立研究所の手伝いもあります。

急いで卒業することが、本当に一番いいのか分からなくなっています」


 母上は黙って聞いていた。


 父上は少しだけ目を閉じる。


 そして、ゆっくり言った。


「領のことが気になるのは分かる。私のことも、母上のことも、西の森のこともな」


「はい」


「だが、今のお前がすべきことは、目の前のことに集中することだ」


 父上の声は強くはない。


 けれど、不思議と重みがあった。


「道は、焦って選ぶものではない。

目の前のことを一つずつ積み上げた先に、開けるものだ」


 俺は黙って聞く。


「期末テストで結果を出せ。飛び級するかどうかは、その後で考えればいい。

選ぶためには、まず選べるだけの力を示さなければならない」


 ベルンハルト先生と同じことを言われた気がした。


 けれど、父上の言葉はまた違う場所から届いた。


「領は心配だろう。だが、今すぐお前が戻らなければ崩れるようでは、それは良い領とは言えない」


「……はい」


「お前がいない間にも、人が育ち、仕組みが動き始めている。

それは悪いことではない。むしろ、喜ぶべきことだ」


 その言葉に、胸の奥が少し揺れた。


 俺がいなくても、領が動き始めている。


 そのことに少し寂しさがないわけではない。


 でも、それ以上に嬉しかった。


 その時、廊下の方が少し騒がしくなった。


 ミアが扉の外へ出て、すぐに戻ってくる。


「奥様。ノル様とレナード様がいらっしゃいました」


「リオンが戻ったと聞いたのね」


 母上が言う。


 少しして、ノルとレナードが部屋へ入ってきた。


 ノルは俺を見るなり、にやりと笑った。


「リオン様、随分早いお戻りですね」


「久しぶり、ノル」


「顔を見る限り、学院でしっかりやっているようですね」


 レナードは丁寧に頭を下げた。


「リオン様、お帰りなさいませ」


「レナードも、報告をありがとう。母上の手紙で読んだよ。

西の森は少しずつ進んでいるようだね」


「はい。まだ課題は多くございますが、現場で判断できることは増えております」


 レナードの声には、以前より少し自信があった。


「夜学で札や数字を覚えた者が、荷車の数や道具の確認を自分たちで行うようになりました。

全てを屋敷に持ち込まず、現場で整理できることも増えております」


「それはすごいですね」


「リオン様が最初に形を示してくださったおかげです」


「いえ。続けているのは皆です」


 レナードは少しだけ目を細めた。


「その通りです。ですから、どうか今は学院でのことに集中してください」


 ノルも頷く。


「ハル領は今のところ大きな問題はありません。何かあれば、こっちで判断して動きます」


「でも、父上と母上のことは……」


「それも含めてです」


 ノルの声が少しだけ真面目になる。


「旦那様と奥様を支えるのは、リオン様の役目ではありません。

屋敷の者も、領の者もいます」


 レナードも続けた。


「リオン様が王都で学ばれていることは、いずれ必ず領の力になります。

今は、その時間を無駄にしないでください」


 母上が静かに頷く。


「私も同じ気持ちよ」


 父上も俺を見る。


「皆が言っている通りだ」


 部屋にいる全員が、俺の背中を押していた。


 父上。


 母上。


 ノル。


 レナード。


 ミアも、少し離れた場所で真剣に頷いている。


 俺は、ようやく息を吐いた。


 ここに残って手を出すことはできる。


 目の前の不安を少しは減らせるかもしれない。


 けれど、それでは皆が作り始めている流れを、俺が止めてしまうかもしれない。


 ハル領は、俺がいない間にも少しずつ進んでいる。


 なら、俺も王都で止まっているわけにはいかない。


「分かりました」


 俺は顔を上げた。


「今は、期末テストに集中します」


 父上が満足そうに頷いた。


「それでいい。冬休みが始まったら戻ってくるのだろう。」


「はい。その前に期末試験で結果を出してきます」


「ああ。焦らずに考えろ」


「はい」


 短い滞在だった。


 本当はもっと長くいたかった。


 父上のそばにも、母上のそばにも。


 でも、今ここで長く残れば、また迷いが出る。


 だから、昼食の後、俺は王都へ戻ることにした。


 母上は少し寂しそうだったが、笑って送り出してくれた。


「無理はしないでね」


「母上もです」


「ええ。約束するわ」


 父上はベッドの上から俺を見た。


「リオン」


「はい」


「目の前のことに集中しろ」


「はい」


「そうすれば、道は開ける」


 俺は深く頭を下げた。


 レナードも丁寧に頭を下げた。


「ハル領のことは、お任せください」


 ミアは目を潤ませながらも、明るく言った。


「リオン様、頑張ってくださいませ」


「ありがとう、ミア」


 俺は自室へ戻った。


 扉を閉め、もう一度、魔力を整える。


 寮の自室を思い浮かべる。


 王立学院。


 机。


 試験範囲の紙。


 深く息を吸う。


 次の瞬間、視界が揺れた。


 気づけば、俺は寮の自室に立っていた。


 机の上には、期末テストの範囲表がある。


 その横には、母上からの手紙。


 父上の言葉。


 母上の笑顔。


 ノルとレナードの後押し。


 ミアの嬉しそうな声。


 それらが、胸の中で静かに重なっていた。


 今は、迷う時ではない。


 目の前のことに集中する時だ。


 俺は椅子に座り、試験範囲の紙を広げた。


 よし。


 やってやる。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
往復できるくらいに馴染んだのね
ミアはお妾さん兼メイドになりそう
試験が終わったらまた迷う事になるんだろうねw 子どもの長い人生の中の今でしか経験して得られない学園生活の2年間を1年間にしてしまうのは親としてどうなんだろうね  勉強に遊びに実験とか色々やりたいことさ…
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