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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第289話 期末テストの足音

 文化祭が終わってから、少し時間が経った。


 王立学院は、少しずついつもの空気を取り戻していった。


 廊下にかかっていた飾り布は外され、教室の前に立っていた出し物の札も片付けられ、学院はいつもの落ち着いた雰囲気だ。


 けれど、俺の日常は、あまり落ち着いていなかった。


 授業が終われば、まず復習がある。


 三年生の授業は、文化祭が終わったからといって待ってくれるわけではない。


 むしろ、止まっていた分を取り戻すように、先生たちの説明は少し速くなった気がした。


 その合間に、俺は何度か王立研究所へも呼ばれていた。


 福嶋亮太の魔法理論。


 その資料に書かれている言葉を、研究所の人たちは少しずつ読み解こうとしている。


 ただ、文字そのものが読めても、言葉の意味までは簡単に分からない。


「この“重力補正”という表現ですが、これは下へ引く力を消す、という意味でしょうか」


 マルティンが資料を指差して聞いてくる。


 俺は少し考えてから答える。


「完全に消す、というより、落ちる力を和らげる、に近いと思います」


「和らげる」


「はい。無理に上へ押すと跳ねます。落ちる力を受け止めるように調整した方が、安定しやすいです」


 マルティンはすぐにメモを取る。


 相変わらず前のめりだ。


 ヴァイス所長は、その横で静かに聞いている。


「では、上昇ではなく、落下の制御と考えた方がよいのかもしれませんね」


「その方が近いです」


 研究所での実験も、少しずつ進んでいた。


 小さな金属片なら、前より長く浮くようになっている。


 ただし、人を浮かせる話はしていない。


 そこは、学院長とベルンハルト先生との約束通りだった。


 研究所の人たちが悪いわけではない。


 けれど、研究は進めば外に出る。


 その言葉を、俺はまだ忘れていなかった。


 そして夜になると、今度は自分の練習がある。


 自室では高く浮けない。


 だから、誰もいない時間を見計らって、訓練所へ行くことが増えた。


 最初は、人ひとり分の高さで止まるだけでも精一杯だった。


 少し前へ進もうとすると体が傾き、慌てて風魔法で支え直す。


 それでも、何度も繰り返しているうちに、少しずつ感覚がつかめてきた。


 足元だけに風を集めると不安定になる。


 背中と腰、肩のあたりにも薄く風を回す。


 体を持ち上げるというより、落ちないように支える。


 そこから、前へ流す。


 飛んでいる、というにはまだ頼りない。


 でも、浮いたまま進むことはできるようになってきた。


 訓練所の端から端まで、ゆっくり移動する。


 止まる。


 沈む。


 着地する。


《浮上不安定:小》

《移動距離:短距離》

《姿勢制御:改善傾向》

《魔力消費:低下》


 表示を見るたびに、俺の浮遊魔法の綻びが減っているのが分かる。


 最初の頃より、魔力の減り方も少ない。


 体の疲れも軽くなった。


 慣れてきたおかげで、無駄に力を込めなくなったのだと思う。


 それでも、油断すれば危ない。


 少し速度を上げようとしただけで、体が横へ流れる。


 着地の角度を間違えると、足首に負担がかかる。


 高く浮けば浮くほど、落ちた時の危険も増える。


 だから、今はまだ低い位置でしか試していない。


 ただ、訓練所の中では、そろそろ限界も感じていた。


 壁までの距離が短い。


 速度を出せない。


 風の流れも、室内だと少し読みづらい。


 もっと広い場所なら、もう少し自然に動けるかもしれない。


 そう思う日が増えていた。


 ただ、さすがに一人で勝手に広い場所へ行くのはまずい。


 安全に進めるなら、誰かに見てもらう必要がある。


 そう考えていた、ある朝のことだった。


 ベルンハルト先生が教室に入ってきた。


 いつも通り、無駄のない足取りだ。


 ただ、黒板の前に立った先生の顔を見て、教室の何人かが何かを察した。


 ベルンハルト先生は教室全体を見渡す。


「文化祭が終わって、気が抜けている者もいるだろう」


 ヴィクトルが小さく肩をすくめた。


「まだ余韻くらいはあってもいいと思うんですけど」


「余韻は勝手に持っていろ。だが、授業は進む」


 ベルンハルト先生は黒板に文字を書いた。


 期末試験。


 その四文字が見えた瞬間、教室の空気が変わった。


「そろそろ期末テストだ」


「早くないですか?」


 ヴィクトルが思わず言う。


 セレナが隣でため息をついた。


「早くないわ。文化祭で忘れていただけでしょう」


「言い方」


「事実よ」


 ガイルが腕を組む。


「焼き菓子の反省より先に試験か」


「焼き菓子の反省はもう十分しただろう」


 エドガーが言う。


「試験範囲の確認の方が大事だ」


 ナディアが少し不安そうに手元の帳面を見る。


「また勉強会をした方がよさそうですね」


 ミラも頷いた。


「うん。文化祭で少し抜けているところもあると思う」


 クラウスは静かに言った。


「早めに範囲を分けた方がいい」


 文化祭の時と同じだ。


 気づけば、皆がそれぞれ役割を考え始めている。


 俺はその様子を見て、少しだけ笑いそうになった。


 ベルンハルト先生は、黒板に試験日程を書きながら続ける。


「文化祭後だからといって範囲が軽くなるわけではない。むしろ、ここで気を抜けば落とす」


 教室に小さな緊張が走る。


「各自、準備しておけ」


「はい」


 全員の返事がそろった。


 授業が終わった後、ベルンハルト先生に呼ばれた。


「ハル。少し残れ」


「はい」


 教室の片付けをしていたヴィクトルがこちらを見る。


「何かやったのか?」


「まだ何も」


「まだ?」


 セレナが聞き逃さなかった。


「言い方が怪しいわね」


「本当に何もしてないよ」


 ミラが少し笑う。


「リオンの場合、何もしていないの基準が怪しいから」


 否定しきれない。


 クラスメイトたちが出ていった後、俺はベルンハルト先生の前に立った。


 先生は試験日程の紙を机に置く。


「期末テストの結果次第では、お前はまた先へ進むことも考えられる」


「飛び級、ですか」


「ああ」


 予想はしていた。


 それでも、実際に言われると少し胸の奥が重くなる。


 以前の俺なら、迷わず考えただろう。


 早く先へ進めるなら、その方がいい。


 学べることがあるなら、早く学びたい。


 でも今は、単純にそう思えなかった。


 三年Sクラスで文化祭をやった。


 エドガー、クラウス、ナディア、ミラ、セレナ、ガイル、ヴィクトル。


 それぞれが動き、一つの出し物を最後まで回した。


 あの時間には、授業とは違う学びがあった。


 もしまた先へ進めば、その時間から離れることになる。


「迷っている顔だな」


 ベルンハルト先生が言った。


「はい」


「珍しいな。前なら、もっと早く先へ進むことを考えていた」


「そうですね」


 俺は少しだけ笑った。


「文化祭で、今のクラスで学べることも多いと思ったので」


 先生は黙って聞いていた。


「もちろん、先へ進むことも大事だと思います。

でも、ただ早く進めばいいわけではないのかもしれない、とも思っています」


「悪い考えではない」


 先生は短く言った。


「ただし、選べる立場にいるなら、選ぶだけの結果は出せ」


「はい」


「飛び級するかどうかは、その後で考えればいい」


「分かりました」


 試験。


 飛び級。


 研究所。


 浮遊魔法。


 文化祭が終わっても、次に考えることはいくらでもある。


 先生は少しだけ目を細めた。


「それと、最近、夜に訓練所を使っているな」


 心臓が一瞬、嫌な音を立てた。


「……はい」


「浮遊魔法か」


「はい」


「一人で高く飛んではいないな?」


「高くは飛んでいません」


「飛んではいるんだな」


 俺は言葉に詰まった。


 ベルンハルト先生はため息をつく。


「やるなとは言わん。だが、広い場所で試したいと思い始めているなら、一人で判断するな」


 完全に読まれていた。


「……ちょうど、そう考えていました」


「だろうな」


 先生はあまり驚いていない。


「期末テストが終わったら、時間を取る。広い場所で試すなら、俺が見る」


「いいんですか?」


「放っておく方が危ない」


 その言い方は、ベルンハルト先生らしかった。


「ありがとうございます」


「礼を言う前に、まず試験だ」


「はい」


「空を飛ぶ前に、地に足をつけて点を取れ」


 思わず笑いそうになった。


 でも、先生は真顔だった。


「分かりました」


 教室を出る頃には、廊下に夕方の光が差していた。


 文化祭の飾りはもうない。


 いつもの王立学院に戻っている。


 それでも、俺の中には、文化祭で感じたことがまだ残っていた。


 一人ではできないことがある。


 仲間と進むことで、見えるものがある。


 でも、先へ進むためには、自分自身の力も必要だ。


 まずは、期末テスト。


 その足音は、思っていたより近くまで来ていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
よい先生だwww
「空を飛ぶ前に、地に足をつけて点を取れ」 ベルンハルト先生以外に理解してくれてるな リオン君の魔法の才能を認めてるとこいいよね 魔法は自由で楽しくて可能性があると思うから正しく導いてくれるのは良い先生…
翌日ならともかく少し時間経ってからまだ文化祭気分? ここほんとにsクラス?
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