表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
297/395

第287話 最後まで回す

 午後になっても、三年Sクラスの教室には人の流れが続いていた。


 午前中に追加で用意した焼き菓子は、景品交換所の机にきれいに並べられている。


 ミラが包みの向きをそろえ、ナディアが横に小さな札を置いた。


 中得点景品。


 手作り焼き菓子。


 その文字を見て、並んでいる客の何人かが楽しそうに話している。


「これ、さっき友達がもらっていたやつだ」


「包みがかわいいね」


「中身は何味なんだろう」


 ミラが小さく笑った。


「味は選べませんが、どれも同じように作っています」


 ガイルが横から真顔で言う。


「焼き加減は見た」


「そこは安心していいみたいです」


 ナディアがやわらかく付け加える。


 景品交換所の前にいた客が、少し笑った。


 受付の方では、エドガーが料金と釣銭を確認している。


 クラウスは入口の列を見ていた。


 ヴィクトルは廊下に出すぎない位置で呼び込みを続けている。


「魔法なしでも燃えるぞ! 輪投げ、的当て、札合わせ、重さ当て! 景品もある!」


「声はそのくらいで」


 セレナが言う。


「今ので大丈夫だろ?」


「大丈夫ね。今のところは」


「今のところって言うなよ」


「あなたは調子に乗るとすぐ声が大きくなるもの」


 ヴィクトルは苦笑しながらも、少し声を抑えた。


 俺は入口から出口までを見渡す。


 客の流れは、完璧ではない。


 受付で少し迷う人はいる。


 輪投げの列が一時的に伸びることもある。


 札合わせで思ったより時間がかかる客もいる。


 それでも、うまく回っている。


 受付。


 遊び場。


 点数札。


 景品交換所。


 準備してきた流れは、ちゃんと機能していた。


「次の方、こちらへどうぞ」


 ナディアが説明係として、初めて来た客に声をかける。


 相手は上級生二人だった。


「どういう流れ?」


 ナディアは落ち着いて説明する。


「まず受付でお会計を済ませてください。

遊び終わりましたら、係が点数札をお渡ししますので、景品交換所へお持ちください」


「なるほど。先に会計か」


「はい。景品交換所ではお金を扱わないようにしています」


「分かりやすいね」


 上級生は受付へ向かった。


 ナディアの説明は短い。


 けれど、必要なことは伝わる。


 最初に作った長い説明文より、ずっと良くなっていた。


 輪投げの場所では、小さな子どもが近い線から挑戦していた。


 一投目は外れた。


 二投目も外れた。


 三投目で、輪が棒にかかりそうになって、ぎりぎりで落ちる。


「ああっ!」


 子どもだけでなく、見ていた大人も声を上げた。


 ヴィクトルがすぐに反応する。


「惜しい! 今のは本当に惜しかった!」


 セレナが横目で見る。


「今の声量は?」


「ぎりぎり許される範囲」


「自分で決めないこと」


 子どもは悔しそうだったが、すぐに笑った。


「もう一回やりたい」


 付き添いの女性が笑う。


「一回分だけね」


 こういう反応が増えていた。


 ただ景品がもらえるからではない。


 あと少しで入る。


 あと少しで当たる。


 その悔しさが、もう一度やりたい気持ちにつながっている。


 的当てでは、クラウスが客の位置を見ていた。


「投げる人以外は、この線の外で待ってください」


 言い方は短い。


 でも、前より角が少ない。


 ナディアが書いた札も横にある。


 係が玉をお渡しします。


 その札のおかげで、客が勝手に前へ出ることはほとんどなくなった。


 札合わせの机では、ミラが絵札を並べ直していた。


「同じ絵を二枚そろえるだけです。まずは一枚めくってみてください」


 客は親子だった。


 子どもが一枚めくる。


 魚の絵。


 次に別の札をめくる。


 鳥の絵。


「あ、違った」


「でも、魚の場所は覚えたわね」


 母親が言う。


 次の番で、母親が魚の札を当てる。


「大人の方が本気になるな」


 ヴィクトルが小声で言う。


「それはいいことよ」


 ミラが楽しそうに返す。


 重さ当ては、午後になってから思った以上に人気が出ていた。


 見た目は地味だ。


 同じような袋を三つ持つだけ。


 でも、やってみると意外と迷うらしい。


 ガイルは袋を三つ並べる。


「軽い、中くらい、重い。この中で一番重いものを選ぶ」


 上級生が袋を持ち上げる。


「これだろう」


「それは中くらいだ」


「え、本当か?」


 ガイルは少し得意そうに頷く。


「持てば分かる」


「分からないから間違えたんだが」


 周りで笑いが起きる。


 その笑い声を聞きながら、俺は受付の方へ戻った。


 エドガーが帳面を見ている。


「どう?」


「想定より多い」


「客数?」


「客数も、売上も」


 エドガーは受付の箱を見た。


「午前の時点で予想より上だったが、午後に入ってさらに増えている」


「表彰、狙えるんじゃないか?」


 ヴィクトルがいつの間にか近くに来ていた。


 エドガーは冷静に言う。


「他のクラスの売上が分からないから、何とも言えない」


「でも、いけるかもしれないだろ」


 セレナも受付の箱を見た。


 いつものように釘を刺すかと思ったが、少しだけ表情を緩めた。


「……そうね。ここまで来たなら、狙いたいわね」


 ヴィクトルが驚いたように目を向ける。


「お、乗ってきた」


「寄付に回るお金も増えるのよ。喜んで当然でしょう」


「だよな!」


「ただし、雑な呼び込みで増やすのは違うわ」


「結局そこは言うのか」


「そこは言うわ」


 でも、セレナの声は少し楽しそうだった。


 売上の箱を見ると、俺も少し胸が熱くなる。


 ただ売上を増やせばいいわけではない。


 無理に呼び込んで、不満を残して金だけを受け取るなら、それは長く続かない。


 楽しんで、納得して、また誰かに話したくなる。


 その流れができて初めて、売上という数字に意味が出る。


 前世でも、何度も考えたことだ。


 目の前の箱に入っているお金は、ただの数字ではない。


 遊んだ人の時間と、笑い声と、納得の積み重ねでもある。


「リオン」


 クラウスの声で、我に返った。


「景品交換所で少し止まっている」


「分かった」


 景品交換所へ向かうと、ミラが少し困った顔をしていた。


 客の一人が、点数札を持っていない。


「さっき遊んだんだけど、札をなくしたみたいで……」


 若い男性だった。


 景品交換所の前で少し申し訳なさそうにしている。


 ミラがこちらを見る。


 エドガーも帳面を持って来た。


「個別の点数までは確認できない」


 クラウスも近くに立つ。


「揉める前に決めた方がいい」


 俺は男性に向き直った。


「遊んでいただいたのは間違いありませんか?」


「ああ。輪投げと札合わせをやった」


 担当していたナディアが小さく頷いた。


「その方は、たしかに遊ばれていました」


 俺は少し考えた。


「では、参加賞の飴はお渡しします。ただ、中得点以上の景品は点数札が必要になります」


 男性はすぐに頷いた。


「それでいい。なくしたのはこちらだから」


 ミラが飴の包みを渡す。


「ありがとうございます。次からは、景品交換まで点数札をお持ちください」


「分かった。悪かったね」


 男性は笑って去っていった。


 大きな揉め事にはならなかった。


 けれど、これは直す必要がある。


「遊び終わった時に、景品交換まで札を持っていてください、と一言添えよう」


 俺が言うと、ナディアがすぐに頷いた。


「説明に足しておきます」


 エドガーが帳面に書く。


「点数札紛失時は参加賞のみ。これも係用に書いておく」


 セレナが言った。


「客の前で迷わないようにした方がいいわね」


「うん。決めておけば、次から早い」


 小さな問題は出る。


 でも、その場で直せば、次には使える。


 そうしているうちに、時間は過ぎていった。


 午後の客足は、最後まで大きく崩れなかった。


 焼き菓子は追加分もかなり減った。


 飴は少し残っている。


 高得点景品の羽根ペンとノートも、いくつか出た。


 最後の方に来た下級生が、輪投げに挑戦した。


 閉幕の鐘が近づいている。


 これが最後の客になりそうだった。


 一投目。


 輪は手前に落ちる。


 二投目。


 棒に当たって弾かれる。


 三投目。


 ゆっくり飛んだ輪が、近い棒にかかった。


「入った!」


 下級生が声を上げる。


 教室にいた何人かが拍手した。


 ヴィクトルも手を叩く。


「最後に入ったな!」


 下級生は嬉しそうに点数札を受け取り、景品交換所へ向かった。


 ミラが飴と焼き菓子の包みを渡す。


「おめでとうございます」


「ありがとう!」


 下級生は包みを握りしめて、教室を出ていった。


 少しして、文化祭終了を知らせる鐘が鳴った。


 廊下のざわめきが、ゆっくりと変わっていく。


 客が減り、生徒たちの片付けの声が増える。


 三年Sクラスの教室も、一気に静かになった。


 さっきまで笑い声が重なっていた場所に、使い終わった札や空になった箱が残っている。


 ヴィクトルが椅子に座り込んだ。


「疲れた……」


「座るなら、邪魔にならない場所にしなさい」


 セレナが言う。


「最後まで言うのか」


「最後だから言うのよ」


 ガイルは焼き菓子の箱を見ていた。


 ほとんど空だ。


「焼き菓子は、もっと作るべきだったな」


「それは今日分かった」


 エドガーが帳面を閉じながら言う。


「次があるなら、最初から多めに見積もる」


「次って、来年もやるのか?」


 ヴィクトルが顔を上げる。


「まだ終わったばかりよ」


 セレナが呆れたように言う。


 ミラは残った包み紙をまとめていた。


「でも、やるなら包み紙ももっと必要ね」


 ナディアが笑う。


「説明札も、もっと分かりやすくできます」


 クラウスは教室の隅まで確認していた。


「忘れ物は今のところない。危ないものも残っていない」


「大きな事故がなくてよかった」


 俺が言うと、クラウスが頷いた。


「それが一番だ」


 その時、ベルンハルト先生が教室に入ってきた。


 先生は散らかった教室と、疲れた俺たちを見た。


「終わったか」


「はい」


 俺は答えた。


「なんとか最後まで回せました」


 ベルンハルト先生は受付の箱、点数札の束、空になった景品の箱を見た。


「大きな混乱は?」


「ありません」


 クラウスが答える。


 エドガーも続けた。


「小さな問題はありましたが、その都度直しました」


「なら、上出来だ」


 その一言で、教室の空気が少し緩んだ。


 ヴィクトルが小さく拳を握る。


「先生、これ、表彰いけますかね?」


「それは集計が終わってからだ」


「ですよね」


 エドガーが売上の箱を見る。


「他のクラスの売上が分からない以上、まだ何とも言えない」


 セレナも頷いた。


「結果を待つしかないわね」


 俺は売上の箱を見た。


 表彰されたい気持ちはある。


 ここまで来たら、狙いたい。


 でも、それ以上に、今日の教室に最後まで笑い声があったことが嬉しかった。


 景品の箱は、ほとんど空になっている。


 受付の売上箱は、想定より重い。


 みんな疲れている。


 それでも、顔は悪くない。


 魔法を使わない遊び場。


 その出し物を、俺たちは最後まで回しきった。


 あとは、文化祭全体の結果を待つだけだった。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

続きが気になったら、ブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
上級生が出てきたのは初めてだと思うが特に話は広がらず? あと、色恋が出てこないのはワザとなのかな。 貴族がいる世界なのに縁談の話が出てこないのはなぜ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ