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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第282話 戦の形が変わる魔法

 放課後、俺は学院長室へ向かった。


 学院長室に入ると、学院長とベルンハルト先生が待っていた。


「よく来てくれたな」


「はい」


 学院長は、いつものように穏やかだった。


 ベルンハルト先生は腕を組み、窓際に立っている。


「文化祭の準備は進んでいるか?」


 学院長が先に聞いた。


「はい。三年Sクラスは、魔法を使わない遊び場にする予定です」


「魔法を使わない?」


 学院長が少し目を細める。


 怒っているわけではない。


 面白がっている顔だ。


「輪投げや的当て、札合わせ、重さ当てを置いて、来た人に遊んでもらう形です」


「三年Sクラスが、あえて魔法を使わない出し物か」


「はい」


「面白そうだな」


 学院長は小さく笑った。


「派手さではなく、参加しやすさを取ったわけか」


「そうです。小さい子や、魔法が得意ではない人でも遊べるようにしたくて」


 ベルンハルト先生が短く言う。


「ハルらしいな」


「そうですか?」


「ああ。派手に見せるより、どう回すかを考える」


 少し返答に困った。


 否定できない。


 学院長は机の上に置かれた封書へ視線を落とした。


「さて、本題に入ろうか」


 空気が少し変わる。


「王立研究所から、再度、君と話をしたいという連絡が来ている」


「福嶋亮太の資料の件ですか?」


「あぁ。特に、前回確認した浮遊魔法の部分について、もう少し意見を聞きたいようだ」


 浮遊魔法。


 その言葉で、胸の奥が少し動いた。


 研究所では、金属片を浮かせるところまでは進んだ。


 だが、保持は不安定だった。


 前回の金属片は、浮いたというより跳ねたに近い。


 学院長が尋ねる。


「研究所では、今どの段階まで進んでいるんだ?」


「この前は、小さな金属片を浮かせる実験をしました」


「成功したのか?」


「浮くには浮きました。ただ、安定しませんでした。

押し上げる力が強くて、保つ方が足りない感じです」


 ベルンハルト先生がこちらを見た。


「ハル」


「はい」


「もしかして、自分で試していないか?」


 心臓が少し跳ねた。


 顔には出さないようにしたつもりだった。


 だが、たぶん少し遅い。


 ベルンハルト先生の目が細くなる。


「その顔は、試したな」


「……少しだけです」


「少しだけ、か」


 先生の声が低い。


 怒鳴る声ではない。


 でも、逃げられない声だった。


 学院長は静かに言った。


「ハル。どこまでできるようになったんだ?」


「本当に、少しです。長くは保てません」


「見せてもらえるかな?」


 俺は一瞬迷った。


 研究所に見せる前に、学院長とベルンハルト先生には知っておいてもらった方がいい。


 そう思った。


「分かりました」


 俺は机の上に置かれた封書を見た。


「これを使ってもいいですか?」


「構わん」


 学院長が頷く。


 俺は封書に意識を向けた。


 ゆっくりと、封書が机から離れた。


 ほんの少し。


 指一本分ほどだ。


 それでも、封書は確かに宙に浮いていた。


 学院長の目が見開かれる。


 ベルンハルト先生も、腕を組んだまま動かない。


「……本当に浮いているな」


 先生が低く言った。


「はい」


 封書は静かに揺れた。


 俺はすぐに机へ戻す。


 無理はしない。


 学院長は封書を見つめたまま言った。


「こんな魔法はみたことないな」


 ベルンハルト先生が俺を見る。


「人にも使えるのか?」


 その質問は、予想していた。


 それでも、少し答えに迷う。


「……少しだけなら」


 部屋が静かになった。


「見せられるか」


 ベルンハルト先生の声は、さっきより硬かった。


「はい。ただ、本当に少しです」


 俺は机から少し離れた。


 壁の近くに立つ。


 倒れた時に手をつけるように。


 足元に魔力を集める。


 前にやった時と同じだ。


 体を軽くする。


 風魔法を細く回す。


 姿勢が崩れないように、足元と背中のあたりを支える。


 床から、足が離れた。


 本一冊分くらい。


 高くはない。


 長くもない。


 けれど、両足は確かに床から浮いている。


 学院長が言葉を失った。


 ベルンハルト先生も、目を見開いたまま俺を見ている。


 一呼吸。


 二呼吸。


 三呼吸。


 そこで俺は、静かに床へ戻った。


 少し足に負担が来る。


 でも、倒れるほどではない。


「……今のは」


 学院長が、ようやく声を出した。


「自分自身を、浮かせたのか」


「はい。今は風魔法で姿勢を支えています。まだ、少し浮くだけです」


 ベルンハルト先生が額に手を当てた。


「少し、で済む話ではないぞ」


「え?」


「ハル。これは便利な魔法、では済まない」


 先生の声が低くなった。


「人が空を動けるなら、城壁も、陣形も、見張りも意味が変わる。

斥候も、奇襲も、戦場での逃げ道も変わる」


 俺は返事ができなかった。


 落下を防げる。


 足場の悪い場所で仲間を助けられる。


 そういう使い方ばかり考えていた。


 だが、ベルンハルト先生は違うものを見ていた。


 戦場。


 城壁。


 上からの侵入。


 空からの攻撃。


「戦の形が変わるぞ」


 その一言で、背中が少し冷えた。


 学院長も真剣な顔になっている。


「ハルよ。王立研究所は、人を浮かせるところまで到達しているか?」


「たぶん、まだです」


「たぶん?」


「この数日、俺が自分で試しました。研究所で見たのは、金属片を浮かせるところまでです」


 二人が黙った。


 さっきよりも長い沈黙だった。


 学院長はゆっくり息を吐いた。


「君は、研究所がまだ到達していない段階まで、自分で進めてしまったのか」


「……そうなると思います」


 ベルンハルト先生が眉間を押さえた。


「ハル」


「はい」


「一人で試すなとは言わん。だが、安全には注意しろ」


「はい」


「返事が早い。分かっている顔ではないな」


 少し黙る。


 たぶん、その通りだ。


 俺にとっては、ほんの少し浮いただけだった。


 でも、二人の反応を見ると、それだけでは済まないらしい。


 学院長は封書を手に取った。


「研究所に、どこまで話すかを慎重に決める必要があるな」


「はい」


「資料の確認はしても構わん。だが、人を浮かせられることは、今すぐ話すべきか悩ましいな」


 ベルンハルト先生も頷く。


「金属片の話までにしておけ。自分を浮かせる実演はするな」


「分かりました」


「本当に分かっているか?」


「……はい。たぶん、前よりは」


 ベルンハルト先生は呆れたように息を吐いた。


 学院長が少しだけ表情を和らげた。


「研究所は、魔法理論の解明を進めたいのだろう。それ自体は悪いことではない。

だが、今見せてもらったものは、発表や共有の前に、扱い方を決める必要があるな」


「扱い方……」


「誰が知るのか。どこまで試すのか。どう守るのか。そこを決めずに広げるには、大きすぎる魔法だ」


 広げるなら、先に流れを決めなければならない。


 俺は、さっき自分が浮いた場所を見た。


 本一冊分くらい。


 たったそれだけだ。


 それなのに、学院長とベルンハルト先生の顔は、まだ硬い。


「ハル」


 学院長が静かに言った。


「研究所には行くのか?」


「行きます」


 俺は答えた。


「でも、話す範囲は決めて行きます」


「それがいいだろう」


 ベルンハルト先生が短く言う。


「俺も同行する」


「先生もですか?」


「ああ。今日のを見て、放っておけるわけがない」


 反論はできなかった。


 むしろ、その方がいい。


 俺一人では、どこまでが危ないのか、まだ判断しきれない。


 学院長は封書を机に戻した。


「では、研究所への返答はこちらで調整しよう。ハル、君は文化祭の準備もある。

無理に全部を抱えないように」


「はい」


 学院長が少し笑った。


 だが、ベルンハルト先生は笑わなかった。


「ハル。もう一度言う」


「はい」


「これは、ただの便利な魔法ではない」


 俺は頷いた。


 足元を見る。


 さっき、ほんの少しだけ離れた床。


 自分では、ただ浮いただけのつもりだった。


 でも、その小さな浮遊は、思っていたよりずっと大きな意味を持っていた。


 文化祭では、人を楽しませるために遊びを作る。


 研究所では、福嶋亮太の理論を確かめる。


 その間に、俺は自分でも気づかないうちに、かなり危ない場所へ足を踏み入れていたのかもしれない。


 いや。


 足を踏み入れたというより、足が床から離れてしまったのだ。


 ほんの本一冊分。


 それでも、戦の形が変わるほどに。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
本一冊分くらいって厚さ?高さ? 高さ何でしょうね たぶん
日本人なのでピンとかない設定。日々、戦争をしてる国なら即軍事利用に進むでしょう。
>ハル。これは便利な魔法、では済まない 正直言って、転移魔法は、暗殺し放題?って思ってしまった。
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