第281話 景品は何がいい
輪投げを試してから、教室の空気は少し変わった。
最初は、子どもの遊びだと思われていた。
でも、実際にやってみると、思ったより入らない。
惜しいと声が出る。
入ると少し嬉しい。
もう一度やりたくなる。
それが分かっただけでも、昨日試したのは意味があった。
翌日の放課後、俺たちはまた教室に残っていた。
黒板には、輪投げの横に、他の遊びの候補が書かれている。
的当て。
札合わせ。
重さ当て。
そして、景品交換。
ヴィクトルが黒板を見ながら言った。
「輪投げだけじゃ足りないよな」
「うん。すぐ終わると思う」
「なら、的当てはいるだろ」
ヴィクトルは楽しそうだった。
昨日、自分が輪投げを外したことは、もう忘れた顔をしている。
クラウスがすぐに口を開いた。
「的当てをするなら、硬い球は使うな」
「人に当たる可能性があるから?」
「ああ」
リオンは頷く。
「布を丸めた玉か、軽い革袋にしよう」
ナディアが手を上げる。
「小さい子用には、大きな的があると良いと思います」
「それはいいね」
ミラも続ける。
「的の絵も分かりやすくしたいわね。中心がすぐ分かるように」
エドガーが黒板に書き足す。
「中心ほど高得点。外側は低得点。単純でいい」
「エドガー、こういうの早いね」
「ルールは早めに決めた方がいい」
その通りだ。
曖昧なままだと、当日必ず揉める。
次は札合わせだった。
俺が説明する前に、エドガーが言った。
「裏返した札をめくって、同じ印を揃える形でいいだろう」
「うん。小さい子用は札を少なくする」
「学院生用は増やせばいい」
ミラが少し考える。
「文字だけだと分かりにくいかもしれないわ。動物や道具の絵にした方が良さそうね」
ナディアも頷く。
「小さい子でも見れば分かりますね」
セレナが黒板を見たまま言う。
「札が雑だと、一気に安っぽくなるわよ」
「そこはセレナが見るんだよね」
「当然でしょう」
即答だった。
次に、重さ当て。
ガイルが少しだけ前のめりになった。
「それは俺が見る」
ヴィクトルが笑う。
「まだ何も言ってないだろ」
「重さ当ては感覚が大事だ」
「地味じゃないか?」
「持てば分かる」
ガイルは真面目だった。
同じ見た目の袋をいくつか用意して、重さを当てる。
重さが近ければ点が高い。
見た目では分からないから、持った時の感覚が大事になる。
魔法が得意かどうかは、関係ない。
そこがいい。
「迷路は?」
ヴィクトルが聞く。
俺は教室を見回した。
「今回は外した方がいいと思う。場所を取りすぎる」
セレナも頷いた。
「中途半端に狭い迷路を作るくらいなら、その方がいいわ」
これで、遊びの候補はだいたい決まった。
輪投げ。
的当て。
札合わせ。
重さ当て。
四つなら、教室でも何とか回せそうだ。
そこで、ヴィクトルが一番大事そうな顔をした。
「で、勝ったら何がもらえるんだ?」
教室の空気が少し変わる。
たしかに、そこは大事だ。
俺は少し考えた。
「記念の札とか――」
「それ、嬉しいか?」
ガイルがすぐに言った。
俺は口を閉じた。
木の札。
記念にはなるかもしれない。
でも、景品として欲しいかと言われると、少し弱い。
「……あまり嬉しくないかもしれない」
「だろう」
ガイルは真顔で頷いた。
ヴィクトルが笑う。
「景品なら、もらって嬉しいものじゃないとな」
「食べ物だ」
ガイルが言う。
セレナがため息をついた。
「また食べ物なの?」
「景品なら食べ物だろう」
「でも、今回は少し正しいと思う」
俺が言うと、セレナが意外そうにこちらを見た。
「あなたまで?」
「出し物は遊び中心。でも、景品にお菓子を入れるのはありだと思う」
ナディアが少し明るい顔をした。
「小さい子なら、飴をもらえるだけでも嬉しいと思います」
ミラも頷く。
「包み方を整えれば、ちゃんと景品らしくなるわ」
セレナはまだ少し考えていた。
「飴をそのまま渡すのは嫌ね」
「小さく包もう」
ミラがすぐに言う。
「色のついた紙や紐を使えば、見た目も悪くないと思うわ」
「それなら、まだいいわ」
セレナは納得したらしい。
俺は黒板に書く。
「参加賞は飴二個」
ガイルが頷いた。
「いい」
「そこは即答なんだ」
「飴は大事だ」
次に、中くらいの得点の景品だ。
ヴィクトルが言う。
「飴の上なら、焼き菓子だな」
ガイルもすぐに頷く。
「焼き菓子セット」
「二人とも早いね」
ナディアが笑いをこらえながら言う。
「小さな焼き菓子を二、三個入れた包みなら、喜ばれると思います」
「種類を混ぜると見た目も楽しいわね」
ミラが続ける。
セレナも、そこには反対しなかった。
「包み方は整えること」
「そこは任せる」
「任されたわ」
最後に、高得点者の景品。
ここは少し迷う。
お菓子でもいい。
でも、高得点を狙うなら、学院生でも欲しくなるものがいい。
エドガーが静かに言った。
「良い紙のノートなら使える」
ミラが頷く。
「きれいな羽根ペンも良さそうね」
ナディアも反応する。
「それなら、頑張って高得点を取りたい人もいそうです」
セレナが口を開いた。
「高得点者には、そのくらいの品があってもいいわね」
「じゃあ、高得点者は羽根ペンか、良い紙のノート」
俺はそう書いた。
ヴィクトルが嬉しそうに言う。
「それなら盛り上がるな。羽根ペン欲しさに本気になるやつ、絶対いるぞ」
「でも、数は限られる」
エドガーがすぐに言った。
ここからが問題だった。
「参加賞を全員に渡すなら、飴はかなり必要になる」
「飴二個くらいなら、大丈夫じゃないか?」
ヴィクトルが軽く言う。
エドガーは首を横に振った。
「百人来たら二百個。二百人なら四百個だ」
ヴィクトルが少し黙る。
「……二個でも、人数が増えると多いな」
「うん。だから最初に数を決めないと、途中で足りなくなる」
クラウスも言う。
「景品がなくなると、交換所で揉める」
セレナが眉を寄せる。
「途中で景品が足りなくなるのは見苦しいわね」
「参加賞は多めに用意する。中得点と高得点の景品は数を決める。
特に羽根ペンとノートは、最初から数に限りがあると説明した方がいい」
ナディアが頷く。
「小さい子には、参加賞が必ずあると分かるようにしたいです」
「それは案内に入れよう」
ミラが言う。
「景品の見本を置いておくのはどうかしら。何がもらえるか分かると、楽しそうに見えると思うわ」
「いいね」
ヴィクトルがすぐに乗る。
「高得点景品を見える場所に置いたら、呼び込みにも使えるな」
セレナがすぐに見る。
「見せ方は上品に」
「分かってるって」
「本当に?」
「本当に」
そのやり取りに、何人かが笑った。
少しずつ、担当も決まっていく。
エドガーは点数表と交換条件。
ナディアは小さい子向けの説明。
ミラは景品の包みと案内札。
セレナは見た目と客の扱い。
ガイルは重さ当てと、焼き菓子の候補。
ヴィクトルは呼び込み。
クラウスは景品交換所の位置と混雑対策。
俺は全体をまとめる。
自然にそうなっていた。
「結局、リオンがまとめてるな」
ヴィクトルが言う。
「そういう流れにしないでほしい」
「もうなってるだろ」
否定できなかった。
俺は黒板を見る。
輪投げ。
的当て。
札合わせ。
重さ当て。
参加賞は飴二個。
中くらいの得点なら焼き菓子セット。
高得点者には羽根ペンか、良い紙のノート。
遊びそのものは単純だ。
でも、景品を決めるだけで、必要な数や交換の流れまで考えることになる。
魔法を使わないから簡単。
そういう話ではないらしい。
その時、教室の扉が開いた。
ベルンハルト先生が入ってくる。
俺はまとめた紙を手に取った。
「先生、景品案なのですが――」
「それは後で聞く」
先生の声で、少し空気が変わった。
「ハル」
「はい」
「王立研究所から連絡が来ている」
一瞬、教室が静かになった。
ミラとクラウスがこちらを見る。
セレナも、さっきまでの文化祭の顔から少し表情を変えた。
ヴィクトルが小声で言う。
「また忙しそうな話だな」
ベルンハルト先生は続けた。
「学院長が、放課後に一度来るようにと言っている」
「分かりました」
俺は頷いた。
机の上には、文化祭の景品案。
頭の中には、王立研究所の資料。
そして、まだ完全には消えていない浮遊魔法の感覚。
文化祭の準備だけでも、思ったより大変だ。
その上、王立研究所からの連絡。
俺は机の上の紙を見下ろした。
遊び場の案と、研究所の話。
どうやら、忙しくなるという予感は、思っていたより早く当たりそうだった。
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