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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第277話 浮いた小石

 王立研究所での確認は、その後もしばらく続いた。


 机の上には、福嶋亮太の資料の写しと、研究所側の翻訳文が何枚も並べられている。


 ヴァイス所長は、一つ一つの言葉を確かめるように質問してきた。


「ここは、浮かせる力と読んでよいか」


「はい。ただ、それだけでは足りないと思います」


「では、この部分は?」


「保つ、に近いと思います。浮いた位置を維持する、という意味かと」


 所長は頷き、短く書き込む。


 マルティンも隣で黙って記録していた。


 さっきの小さな実験で、金属片は浮いた。


 でも、保てなかった。


 そのせいか、マルティンの態度は少し変わっていた。


 俺の言葉を、軽く流さなくなった。


「つまり、浮遊魔法には、浮上と保持と安定が必要ということですね」


 マルティンが確認する。


「たぶん、そうです」


「浮かせるだけなら、跳ね上げに近くなる」


「はい。さっきの金属片みたいに」


 マルティンは少しだけ苦い顔をした。


 でも、反論はしなかった。


 ヴァイス所長が資料を閉じる。


「今日はここまでにしよう」


「まだ確認する箇所があるのでは?」


「ある。だが、君は研究員ではない。放課後に呼び出して、これ以上拘束するわけにはいかない」


 所長はそう言って、資料を丁寧にまとめた。


「次回の予定は、学院長を通して調整する」


「分かりました」


「今日は助かった。リオン君」


 マルティンも頭を下げる。


「本日はありがとうございました」


「こちらこそ、勉強になりました」


 俺はそう答え、研究所を出た。


 ◇


 外に出ると、空はもう夕方の色になっていた。


 王立研究所の門を抜け、学院へ戻る道を歩く。


 頭の中には、さっきの実験が残っていた。


 金属片は浮いた。


 でも、保てなかった。


 浮かせる。


 保つ。


 揺れを抑える。


 その三つを同時に扱えなければ、浮遊魔法としては危ない。


 福嶋亮太の理論をそのまま再現できればいい。


 でも、今の俺にはまだ足りない。


 理解も、制御も、経験も。


 ただ、俺には風魔法がある。


 風なら、揺れを抑えられるかもしれない。


 落ちる勢いを弱められるかもしれない。


 浮いたものの周りに、薄い支えを作れるかもしれない。


 足りないところを、俺の魔法で補えばいい。


 学院へ戻った頃には、訓練所の方から音は聞こえなくなっていた。


 剣の打ち合う音もない。


 魔法の的に当たる音もない。


 もう、ほとんどの生徒は寮か食堂へ向かっている時間だ。


 俺は一度、寮の方を見た。


 本当なら、このまま戻るべきだ。


 先生に相談してから試す方がいい。


 それは分かっている。


 でも、研究所で見た金属片の動きが、頭から離れなかった。


 浮いた。


 でも、保てなかった。


 あれを、どうすれば保てるのか。


「少しだけだ」


 俺は小さく呟いて、訓練所へ入った。


 ◇


 訓練所には誰もいなかった。


 夕方の光が、床に長く伸びている。


 俺は訓練所の端に落ちていた小石を拾った。


 手のひらに乗るくらいの、小さな石だ。


 まずは、福嶋亮太の理論を思い出す。


 浮かせる。


 保つ。


 安定させる。


 俺は小石を地面に置き、魔力を流した。


 一度目。


 何も起きない。


 小石は床に置かれたままだ。


 魔力が浅い。


 ただ表面をなでただけだった。


 二度目。


 小石が小さく震えた。


 でも、浮かない。


 視界に、薄く文字が浮かぶ。


 《浮上未達》

 《魔力流偏り》

 《保持不足》


「偏ってるのか」


 俺は息を整える。


 魔力を一点に集めすぎると、さっきの金属片と同じになる。


 強く押せばいいわけじゃない。


 三度目。


 小石が、わずかに床から離れた。


 だが、すぐに落ちる。


 軽い音がした。


 《浮上成功》

 《保持不完全》

 《落下》


 浮いた。


 でも、保てない。


 研究所の実験と同じだ。


 俺は小石を拾い直す。


「なら、風を足す」


 風で吹き上げるわけではない。


 それでは、ただ小石を飛ばすだけだ。


 小石の周りに、薄く風を流す。


 揺れを抑えるための風。


 落ちる向きを少しだけ受けるための風。


 俺はもう一度、小石に魔力を流した。


 福嶋亮太の理論で、浮かせる。


 風魔法で、支える。


 小石がゆっくり浮いた。


 今度は跳ねない。


 指一本分ほどの高さで、ふらふらと揺れる。


 俺は風を強くしすぎないように、細く回した。


 一呼吸。


 二呼吸。


 小石は、空中に留まった。


 《浮上成功》

 《風圧補助》

 《短時間保持》

 《制御継続困難》


 成功だ。


 でも、長くは続かない。


 三呼吸目に入る前に、小石は落ちた。


 床に当たり、ころりと転がる。


 俺は息を吐いた。


 小石は浮いた。


 福嶋亮太の理論だけでは保てなかった。


 でも、風を足せば、少しだけ留められた。


「これなら……」


 俺は落ちた小石を見つめる。


 小石でできた。


 なら、自分の体ならどうだ。


 すぐに、危ないという考えが浮かんだ。


 人の体は小石とは違う。


 重い。


 重心がある。


 呼吸でも揺れる。


 腕の位置でも変わる。


 それに、失敗した時に転ぶのは俺自身だ。


 それでも、試してみたかった。


 高く浮くつもりはない。


 飛ぶつもりもない。


 まずは、体を軽くする。


 床から少しだけ離れる。


 それだけだ。


 俺は訓練所の壁際へ移動した。


 片手を壁に添える。


 足元を見る。


 魔力を足裏に流す。


 下から押し上げるのではなく、体を少しだけ浮かせる。


 そして、足元と体の周りに弱い風を作る。


 一度目。


 何も起きない。


 ただ、服の裾が少し揺れただけだった。


 二度目。


 かかとが軽くなった。


 だが、床からは離れない。


 魔力を強くしたくなる。


 でも、強くしすぎれば跳ねる。


 俺は息を吐き、力を抜いた。


 小石と同じだ。


 浮かせる力と、保つ力を分ける。


 風は、揺れを抑えるために使う。


 三度目。


 足裏の感覚が変わった。


 床を踏んでいるはずなのに、重さが薄くなる。


 体が、わずかに上へ引かれる。


 視線が少しだけ揺れた。


 俺は壁に添えた手に力を入れすぎないようにする。


 魔力を細く流す。


 風を足元に回す。


 次の瞬間。


 両足が、床から紙一枚分だけ離れた。


 ほんの一瞬だった。


 すぐに体が揺れる。


 《浮上成功》

 《重心変動》

 《風圧補正》

 《保持不安定》

 《継続困難》


 足が床に戻った。


 倒れはしない。


 壁に手を添えていたからだ。


 だが、思っていたより息が上がっていた。


「……重いな」


 小石とは違う。


 自分の体は、ただの物ではない。


 ほんの少し浮くだけでも、魔力の流れが乱れる。


 呼吸で重心が変わる。


 膝の力を抜きすぎても、逆に崩れる。


 でも。


 浮いた。


 俺は足元を見た。


 床はそこにある。


 何も変わっていない。


 けれど、足の裏には、確かに床から離れた感覚が残っていた。


「今日はここまでだな」


 俺は自分に言い聞かせるように言った。


 床に落ちた小石を拾い上げる。


 小石は短く浮いた。


 俺の体も、ほんの少しだけ床を離れた。


 でも、これではまだ誰も助けられない。


 浮かせる。


 保つ。


 揺れを抑える。


 その三つを、同時に扱う必要がある。


 福嶋亮太の理論だけでは、まだ足りない。


 俺の風魔法だけでも、ただ吹き飛ばすだけになる。


 なら、組み合わせればいい。


 俺は手のひらの小石を握り、もう一度足裏の感覚を確かめた。


 たった本一冊分くらい。


 それでも、確かに浮いた。



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