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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第272話 食堂のズレ

 洞くつ実習から十日ほどが過ぎた。


 右腕の痛みはかなり引いた。


 クラウスの腕の痺れも、ほとんど気にならないところまで戻ったらしい。


 学院の中では、まだ時々こちらを見る生徒がいる。


 けれど、噂の熱も少しずつ薄れていた。


 授業が終わり、昼休みになる。


 教室の空気も、ようやくいつもの三年Sクラスに戻りつつあった。


「ようやく普通の昼休みって感じだな」


 ヴィクトルが伸びをしながら言った。


「そうだね」


 俺は椅子から立ち上がる。


 その時、右腕が少しだけ引きつった。


 顔には出さなかったつもりだが、ミラがすぐにこちらを見る。


「痛むの?」


「少しだけ。もう大丈夫」


「そう、無理はしないでね」


 ミラは軽くため息をついた。


 クラウスも席を立ちながら言う。


「食堂へ行くだけだ。無理をする場面ではない」


「さすがに食堂では無理しないよ」


「リオンの場合、食堂でも何か見つけそうなのが不安ね」


 ミラにそう言われ、俺は苦笑した。


「食堂で何を見つけるんだよ」


 その時の俺は、本当にそう思っていた。


 食堂へ行くだけ。


 昼食を食べるだけ。


 洞くつでもなければ、実技場でもない。


 学院の日常そのものだ。


 食堂には、すでに多くの生徒が集まっていた。


 焼きたてのパンの匂い。


 煮込んだ肉と野菜の匂い。


 食器の音。


 生徒たちの声。


 俺たちも列に並び、昼食を受け取る。


 今日の皿には、パンと肉の煮込み、それから野菜スープが乗っていた。


 一見、いつも通りだ。


 だが、席に着いたガイルが、皿を見下ろして首を傾げた。


「……肉、少なくないか?」


 ヴィクトルが自分の皿を見る。


「やっぱり? 俺も思った。最近、食べ終わるのが早いんだよな」


「お前が早食いなだけじゃないの?」


「いや、俺のせいにするなよ。これは少ない」


 ヴィクトルは肉を一切れ持ち上げて、真剣な顔をした。


「見ろ。前はもう少し厚かった」


 ナディアも控えめにパンを見た。


「パンも、少し小さくなった気がします」


「その日の切り分け方ではなくて?」


 セレナが言う。


 だが、否定しきる口調ではなかった。


 エドガーが皿を見比べる。


「量が減っているなら、どこかで調整されている可能性はある」


「エドガー、昼食でも冷静だな」


 ヴィクトルが感心したように言う。


「空腹は冷静さを乱す。だから、早めに確認した方がいい」


「それ、冷静なのか?」


 ガイルが小さく笑った。


 俺は自分の皿を見た。


 肉の量。


 スープの具。


 パンの大きさ。


 どれも、はっきり少ないとは言いにくい。


 だが、毎日食べていれば分かる程度の差はある。


 大きな変更ではない。


 少しだけ。


 それが、かえって気になる。


 周りの席からも、小さな声が聞こえた。


「今日も少ないな」


「午後の実技がある日は、もう少し欲しいよな」


「購買で何か買うか?」


「今月、もうあまり余裕ないんだよ」


 下級生らしい二人が、そんなことを話している。


 俺は食堂全体を見渡した。


 不満はある。


 でも、大きな騒ぎにはなっていない。


 誰かが怒鳴るほどではない。


 誰かが先生に訴えるほどでもない。


 ただ、少しずつ足りない。


 その程度の話だ。


 その時、視界の端に文字が浮かんだ。


《提供量減少》

《価格変更なし》

《食材残量不一致》

《不満蓄積:小》


 俺は手を止めた。


 やはり、気のせいではない。


「リオン?」


 ミラが俺の顔を覗き込む。


「また何か考えている顔ね」


「少し気になっただけ」


「その少しが、大体少しで終わらないのよ」


 ミラの言葉に、セレナがこちらを見る。


「本当に何かあるの?」


「まだ分からない。食堂の人が量を減らしたのかもしれないし、学院側の予算の都合かもしれない。

仕入れの問題かもしれない」


 ガイルが肉の煮込みを口に運びながら言う。


「つまり、肉が少ない理由にもいろいろあるってことか」


「うん。食堂だけ見ても分からない」


 エドガーが静かに俺を見る。


「食堂ではなく、その前を見るつもりか」


 俺は少し驚いた。


「よく分かったね」


「リオンがそういう顔をする時は、目の前の相手だけを見ていない」


 エドガーは淡々と言った。


 ヴィクトルが笑う。


「洞くつの次は食堂か。リオン、忙しいな」


「食べる量は大事だよ。腹が減ると授業に響く」


「それは同意する」


 ガイルが真面目に頷いた。


 セレナは少し呆れた顔をしながらも、皿の上のパンを見た。


「でも、もし本当に量が減っているなら、放っておく話ではないわね」


 ナディアも頷く。


「はい。午後に実技がある日は、食べられないとつらいと思います」


 小さな話だ。


 けれど、小さいからといって、軽いとは限らない。


 俺は昼食を食べながら、もう一度食堂を見回した。


 料理人たちは忙しそうに動いている。


 配膳係も、皿を並べる手を止めない。


 手を抜いているようには見えない。


 むしろ、どこか余裕がない。


 昼食後、午後の授業を終えた俺は、寮へ戻る道を少し変えた。


 食堂の裏手を通る道だ。


 別に、忍び込むつもりはない。


 ただ、搬入口の様子を見るだけだ。


「一人で何か調べる気?」


 背後から声がした。


 振り返ると、ミラが立っていた。


「通りかかっただけ」


「リオンがそう言う時は、もう信用しないことにしたわ」


 少し遅れて、クラウスも来た。


「ミラから聞いた。まだ無理をする気か」


「食堂を見るだけだよ」


「見るだけで終わったことが少ない」


 クラウスの声は冷静だった。


 反論しようと思ったが、うまく言葉が出なかった。


「……今日は本当に見るだけ」


「なら、見届けるわ」


 ミラが当然のように言った。


 結局、三人で食堂裏の搬入口近くまで行くことになった。


 ちょうど荷車が止まっている。


 小麦袋。


 肉の入った樽。


 野菜の籠。


 納入業者らしい男が、食堂の担当者と話していた。


「小麦十袋、肉樽四つ、野菜籠六つ。いつも通りです」


「確認しました。こちらに受領印を」


 食堂の担当者が帳簿らしき板に印を押す。


 手順は慣れている。


 特に揉めている様子もない。


 だが、俺は荷車から下ろされたものを数えた。


 小麦袋。


 一つ、二つ、三つ。


 九つ。


 肉樽は三つ。


 野菜籠は六つあるが、一つだけ中身が軽そうに見える。


 視界に文字が浮かぶ。


《納入数不一致》

《受領印確認済》

《不足量:小》

《継続発生》


 俺は息を止めた。


 やはり、食堂の皿だけの問題ではない。


「何か見えたの?」


 ミラが小声で聞いた。


「食堂の人が減らしているわけじゃないかもしれない」


 俺は声を落として答える。


 クラウスが搬入口を見る。


「納める前から足りないのか」


「たぶん」


 ミラの表情が少し強くなる。


「なら、すぐ先生に言うべきじゃない?」


「今のままだと、俺が見たものだけだ。証拠には弱い」


「でも、数が違うのでしょう?」


「うん。ただ、ここで騒ぐと食堂の人まで疑われるかもしれない。

受領印を押しているのは食堂側だから」


 ミラは言葉を止めた。


 食堂の担当者は、納入業者の男に頭を下げている。


 その顔には、疲れが見えた。


 最近の量の少なさに気づいているのかもしれない。


 でも、帳簿上は問題がない。


 だから、強く言えない。


「食堂の方々が悪いと決めつけられるのは、嫌ね」


 ミラが小さく言った。


「俺もそう思う」


 クラウスが短く言う。


「どうする」


「明日、もう一度見る。できれば、昨日までの量も確認したい」


「また面倒なことを見つけたわね」


 ミラは呆れたように言った。


 けれど、その声には責める感じはなかった。


「小さいうちなら、面倒も小さく済む」


「本当に小さいかしら」


 俺は答えられなかった。


 洞くつの綻びは、見た瞬間に危険だと分かった。


 崩れかけた床。


 暗い通路。


 大型の魔物。


 けれど、学院の中にある綻びは静かだ。


 皿の上の肉が少し減る。


 パンが少し小さくなる。


 小麦袋が一つ足りない。


 それだけなら、誰も大きな声を上げない。


 だからこそ、見落とされる。


 俺はもう一度、搬入口の帳簿と荷物を見た。


《納入数不一致》

《受領印確認済》

《差額発生》

《継続中》


 小さな綻びほど、広がるまで気づかれにくい。


 俺は荷車が去っていくのを見送りながら、低くつぶやいた。


「これは、ただの食堂の話じゃないな」



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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ミラがセレナ化してきたw
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