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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第271話 翌朝の報告

 学院へ戻った俺たちは、そのまま医療室へ運ばれた。


 クラウスの腕には薬が塗られ、固定用の布が巻かれた。


 ミラは魔力消耗が大きいということで、魔力を使わないよう強く言われた。


 俺の右腕の噛み傷も洗い直され、薬を入れられた。


 痛かった。


 けれど、洞くつの中で噛まれたまま歩いていた時よりは、ずっとましだった。


 その後は、食事を取って、休むように言われた。


 報告は翌朝。


 医療班がそう判断し、ベルンハルト先生もそれに従った。


 だから俺たちは、その日は何も聞かれなかった。


 何も話さなくていい。


 そう言われると、逆に体の重さが一気に出た。


 寝台に横になると、洞くつの暗さがまぶたの裏に残っていた。


 グランリザード。

 グレイラットの巣。

 第四層の標識。


 全部が頭の中で混ざった。


 それでも、気づいた時には眠っていた。


 ◇


 翌朝。


 医療班の確認を受けてから、俺たちは学院長室へ向かった。


 右腕はまだ痛む。


 クラウスの腕の痺れも残っている。


 ミラの顔色も完全には戻っていない。


 それでも、三人とも歩ける。


 短く話す分には問題ない。


 医療班はそう判断した。


 学院長室の前で、ベルンハルト先生が待っていた。


「無理なら、今からでも延期する」


「話せます」


 俺が答えると、クラウスも頷いた。


「俺も問題ありません」


 ミラも静かに言う。


「長くなければ大丈夫です」


「分かった」


 先生は扉を開けた。


 中にいたのは学院長だけだった。


 他の教師も、記録係もいない。


 学院長は俺たち三人を見て、まず立ち上がった。


「よく無事に戻ってきた」


 その声は、昨日のベルンハルト先生とは違って、少し柔らかかった。


「規則や報告の前に、それを言っておきたかった。君たちが三人そろって戻ったことが、何よりだ」


「ありがとうございます」


 俺たちは頭を下げた。


 学院長は座るように示した。


「長くは聞かない。医療班からも、短時間にするよう言われている。

まず、起きたことを順番に確認しよう」


 俺は、できるだけ簡潔に話した。


 二層目で崩落に巻き込まれたこと。


 落下した先が、かなり下の階層だったこと。


 後で第四層の標識を見つけたので、その前にいた場所は五層目付近だった可能性があること。


 魔物を避けながら上へ戻ったこと。


 階段を塞ぐグランリザードと戦ったこと。


 連絡路を抜け、第三層に戻ったところでベルンハルト先生と合流したこと。


 俺が話し終えると、クラウスが補足した。


「戦ったのは、倒すためではありません。通るためでした。

避けられる相手は避けました」


 学院長は黙って聞いていた。


 ベルンハルト先生も口を挟まない。


 必要なことだけを聞く。


 そんな空気だった。


 俺は一度、右腕の包帯を見た。


「討伐証明があります」


 学院長の視線が俺に向く。


「ベルンハルトから聞いている。ここなら出して構わない」


 俺は一度、クラウスとミラを見た。


 二人とも、何も言わなかった。


 昨日、あの洞くつの中で見せたものだ。


 今さら隠せる相手ではない。


 俺は亜空間収納を開き、グランリザードの爪を取り出した。


 太く、重い爪が机の上に置かれる。


 学院長の目が細くなった。


 ベルンハルト先生も、改めてそれを見る。


「これは……確かに二層目の魔物ではないな」


「はい」


 学院長は爪に直接触れず、形と大きさを確認した。


「三層でも通常は出ない個体だ。君たちが危険域まで落ちていたことは、これで裏づけられる」


 俺は息を吐いた。


 持ち帰ってよかった。


 そう思った。


 けれど、学院長はすぐに俺を見た。


「もう一つ確認する。今の魔法だ」


 部屋の空気が少し変わった。


 クラウスとミラも、表情を引き締める。


「亜空間収納です」


「洞くつの中でも使ったのだな」


「はい。回復薬、保存食、青輝石の携帯灯を出しました。

討伐証明も中に入れました」


 学院長はしばらく黙っていた。


 怒っているようには見えない。


 ただ、判断している目だった。


「本来なら、未知の魔法を不用意に人前で使うことは勧めない」


「はい」


「だが、今回の状況では、生存と班の維持を優先するべきだった。

君がそれを使ったことを咎めるつもりはない」


 俺は思わず息を止めた。


 学院長はクラウスとミラを見る。


「レインフォード、ハーウェイ。今見たこと、洞くつ内で見たことを不用意に話さないように」


「はい」


 クラウスはすぐに答えた。


「話しません」


 ミラもはっきり言った。


「私も話しません」


「よろしい」


 学院長は頷いた。


「ただし、ハル。便利な魔法ほど、使い方を誤れば目立つ。

今後も、使う場所と相手は選びなさい」


「はい」


 その言葉は、昨日の青輝石の携帯灯のことを思い出させた。


 便利なものほど、危険も増える。


 それは、魔法でも同じだった。


 報告はそこで終わった。


 細かい聞き取りは、体調が戻ってから改めて行うことになった。


 ベルンハルト先生が爪を保管用の布に包む。


 学院長は最後に、もう一度俺たちを見る。


「今日は通常授業に戻ってよい。ただし、医療班の指示に従うこと。

気分が悪くなれば、すぐに申し出なさい」


「はい」


 学院長室を出ると、廊下の空気がやけに普通に感じた。


 洞くつの外に出た時とは違う。


 学院の匂い。


 歩く生徒の声。


 窓から入る朝の光。


 俺たちは教室へ向かった。


 扉を開けると、三年Sクラスの視線が一斉にこちらを向いた。


 セレナが小さく息を吐く。


「遅かったわね」


「学院長室に呼ばれてた」


 ナディアが机の上に水の入った杯を置いてくれていた。


「飲んでください。医療班からも言われていますよね」


「ありがとう」


 ガイルが軽く手を上げる。


「座れよ。立ってるだけで怒られそうだぞ」


「みんな、俺を何だと思ってるの?」


 ヴィクトルが笑う。


「昨日の今日で動き回ろうとするやつ」


 エドガーが真面目に頷いた。


「その認識で大きく間違ってはいないと思う」


「またエドガーが厳しい」


 クラウスが自分の席へ向かいながら言った。


「座れ、ハル」


 ミラも続く。


「授業を受けるだけでも体力を使うわよ」


「分かったよ」


 俺は自分の席に座った。


 右腕の包帯が少し引っ張られる。


 痛みはある。


 でも、ここは洞くつではない。


 ベルンハルト先生が教室に入ってきた。


 いつものように教壇に立つ。


「授業を始める」


 その一言で、教室の空気が戻った。


 何もなかったように、授業が始まる。


 けれど、俺の右腕には包帯が残っている。


 洞くつの奥で見たものも、まだ消えていない。


 それでも、俺たちは席に着いた。




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