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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第269話 外の空気

 洞くつの入口を抜けた瞬間、風が頬に当たった。


 冷たい風ではない。


 外の風だ。


 湿った魔力の重さもない。


 岩の匂いも薄い。


 空が見えた。


 ただそれだけで、足から力が抜けそうになった。


「ハル班、帰還」


 ベルンハルト先生の声が飛ぶ。


「医療班、確認を」


「はい!」


 補助員がすぐに動いた。


 入口の外には、すでに他の班が集められていた。


 点呼を終えた生徒たちが、こちらを見ている。


 誰も大声は出さない。


 ベルンハルト先生に止められているのだろう。


 それでも、視線だけで分かった。


 みんな、俺たちを待っていた。


「リオンさん!」


 ナディアが一歩前へ出かける。


 すぐ横でガイルが手で制した。


「ナディア、先生が止めてる」


「……分かっています」


 ナディアはそこで足を止めた。


 でも、こちらを見る目は真剣だった。


 セレナが腕を組んだまま、こちらを見ている。


 いつものように背筋は伸びている。


 けれど、その表情は硬かった。


「……遅いわよ」


 セレナの声は小さかった。


 責めているというより、ようやく言葉を選んだような声だった。


「ごめん」


「謝るところじゃないわ」


 セレナは俺の右腕の包帯を見る。


「本当に無事なの?」


「動けるよ」


「それ、無事とは言わないのではなくて?」


 返す言葉がなかった。


 ヴィクトルが息を吐く。


「顔色、全員ひどいぞ」


 クラウスが短く答えた。


「あぁ、すごく疲れたよ」


「それはそうだな」


 ヴィクトルはそこで、ようやく少し笑った。


 エドガーが静かに言う。


「三人で戻った。それで十分だと思う」


 その言葉に、ミラが小さく頷いた。


「ええ。三人で戻ったわ」


 クラウスも何も言わずに頷く。


 補助員が俺たちを入口脇の布の敷かれた場所へ誘導した。


「座ってください。順に確認します」


「俺は――」


「座れ」


 クラウスに言われた。


 ミラにも見られる。


「さっきもそう言ってたわ」


「……分かった」


 俺は大人しく腰を下ろした。


 座った瞬間、体の重さが一気に出た。


 思っていた以上に疲れている。


 補助員がクラウスの腕を確認する。


「痺れは?」


「まだあります。でも、指は動かせます」


「無理に力を入れないでください」


 次にミラの魔力状態を確認する。


 ミラは指先に小さな光を灯そうとしたが、補助員が止めた。


「今は出さなくていいです」


「……はい」


 ミラは手を下ろした。


 俺の番になる。


 補助員が包帯を見た。


「これは誰が?」


「ミラです」


「応急処置としては十分です。あとで洗い直して薬を入れます」


 ミラが少しだけ息を吐く。


 ナディアが近くで聞いていて、表情を緩めた。


「ミラさん、すごいです」


「たいしたことはしていないわ」


「でも、リオンさんがちゃんと座っています」


「そこ?」


 思わず言うと、ナディアは真面目な顔で頷いた。


「そこも大事です」


 ガイルが隣で頷く。


「リオン、放っておくと動きそうだしな」


「俺、そんなに信用ない?」


 セレナが即答した。


「ないわね」


 ヴィクトルも頷く。


「ないな」


 エドガーまで、少し考えてから言った。


「今は、ないと思う」


「エドガーまで……」


 少しだけ空気が緩んだ。


 けれど、ベルンハルト先生の声が響くと、全員が口を閉じた。


「ハル班」


 先生が俺たちの前に立つ。


 補助員から状態報告を受け、短く頷いた。


「全員、命に関わる傷はなし。だが、今日はもう動くな」


「はい」


 俺たちは揃って返事をした。


 クラウスが先に口を開く。


「先生。三層以下に落ちた件ですが――」


「自分たちから降りたわけではない。それは分かっている」


 先生はそこで、俺を見る。


「だが、報告は必要だ」


「はい」


 俺は姿勢を正した。


 すると、先生が片手で止めた。


「今ここで全部は聞かない。まず休め」


「でも、討伐証明が――」


「後だと言った」


 声は厳しい。


 でも、怒鳴ってはいない。


「お前たちは戻った。それが最優先だ」


 その言葉に、胸の奥がじわりと熱くなった。


 ベルンハルト先生は俺たち三人を順に見る。


「今日の課題を覚えているか」


 俺は答える。


「戻ることです」


「そうだ」


 先生は頷いた。


「倒した数ではない。深く進むことでもない。班で判断し、戻ることだ」


 誰も口を挟まなかった。


 風の音だけが聞こえる。


「崩落に巻き込まれ、予定外の階層へ落ちた。

それでも、お前たちは戦う相手を選び、戦わない判断もした。

仲間を置いていかなかった。道具を使い、魔力を残し、上へ戻った」


 先生の声は静かだった。


「よく戦った、とは言わない」


 ベルンハルト先生はそこで少しだけ間を置いた。


「よく戻った」


 その一言で、ようやく体の奥に残っていた力が抜けた。


 ミラが目を伏せる。


 クラウスも、手をゆっくり下ろした。


 俺は空を見上げる。


 洞くつの外の空は、思っていたよりも明るかった。


 戻ってきた。


 その実感が、遅れて胸に落ちてきた。



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