表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第14章 王立学院三年 二学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
278/304

第268話 届いた声

 暗い通路の奥で、小さな石がまた転がった。


 カラン。


 音は近い。


 だが、足音はしない。


 クラウスが剣の柄に手をかけたまま、わずかに前へ出る。


 ミラは光をさらに細くした。


 俺は息を殺し、《綻びの目》を使う。


《攻撃姿勢なし》

《周囲警戒中》

《接近速度:低》

《音量抑制》


 魔物の突進ではない。


 でも、人だと決めつけるには早い。


 俺は声を出さず、クラウスの袖を軽く引いた。


 待て。


 クラウスが小さく頷く。


 その時だった。


「動くな。音を立てるな」


 低い声が、暗がりから届いた。


 聞き覚えがあった。


 胸の奥が、一瞬だけ緩む。


 ベルンハルト先生だ。


 ミラが息を呑む気配がした。


 だが、先生は片手を上げていた。


 待て、という合図。


 俺たちはその場で止まる。


 暗がりの奥に、先生の姿が見えた。


 魔力灯の光はほとんど絞られている。


 先生の後ろには、補助員が一人いた。


 救助班全員ではない。


 先に先生だけが来たらしい。


 ベルンハルト先生は周囲を見てから、手でこちらへ来いと示した。


 俺たちは音を立てないように近づく。


 クラウスが先に動き、ミラが続く。


 俺は後ろを確認しながら進んだ。


 先生の前まで来ると、ベルンハルト先生は声を落としたまま言った。


「ハル、レインフォード、ハーウェイ。三人ともいるな」


「はい」


 返事をした瞬間、喉の奥が少し詰まった。


 戻ってこられたわけじゃない。


 それでも、先生の声が届いた。


 それだけで、体の力が抜けそうになる。


 だが、先生の目は緩んでいなかった。


「怪我は」


「全員動けます。クラウスは腕に痺れがあります。ミラは魔力をかなり使っています。俺は右腕に噛み傷です」


 先生は俺の腕を一瞬だけ見た。


 包帯を確認し、すぐに視線を戻す。


「手当ては」


「ミラがしてくれました」


「よし」


 それだけだった。


 けれど、ミラの肩が少しだけ下がった。


 褒められたわけではない。


 でも、間違っていないと認められた。


 それは分かった。


 クラウスが小さく息を吐く。


「先生、すみません。三層以下には――」


「説教は戻ってからだ」


 ベルンハルト先生が遮った。


「今は必要なことだけ言え。何があった」


 俺は短く報告した。


 二層目で崩落したこと。


 かなり下まで落ちたこと。


 落下先は、おそらく五層目に近かったこと。


 その後、上へ進み、第四層の標識を見つけたこと。


 グランリザードと戦い、階段を抜けたこと。


 連絡路の巣を突破して、ここまで来たこと。


 話している間、先生の表情は変わらなかった。


 ただ、目だけが鋭くなった。


「グランリザードを見たのか」


「はい。討伐証明も――」


 俺が亜空間収納へ手を伸ばしかけると、先生が止めた。


「証明は後でいい」


 声は静かだった。


「今は生きて戻る」


「……はい」


 その言葉で、頭の中が少し冷えた。


 証明より、生還。


 当たり前のことなのに、ここまで来る間に、何度も忘れそうになっていた。


 先生は補助員へ短く合図した。


 補助員が頷き、背後の通路を確認する。


 ベルンハルト先生は俺たちに向き直った。


「二層目の崩落地点は広げられなかった。無理に掘れば下まで潰れる」


 やはり、そうだったのか。


「三層で、崩落がさらに下へ抜けた痕跡を見つけた。救助班は別の管理通路を探している。俺は先に、この連絡路を見に来た」


 ミラが小声で聞いた。


「さっきの石は、先生が?」


「そうだ。声を出せば魔物も寄る。石で反応を見た」


 俺たちが大声を出さなかった判断は間違っていなかった。


 そう分かって、少しだけ息が楽になる。


 ベルンハルト先生はミラを見る。


「ハーウェイ。光を絞っているな」


「はい」


「よく残した。帰るまで維持しろ」


「はい」


 次にクラウスを見る。


「レインフォード。前に出続けたか」


「はい」


「なら、まだ気を抜くな。入口までは前衛だ」


「分かりました」


 最後に、先生の視線が俺へ向いた。


「ハル」


「はい」


「道の脆い場所は見えるな」


「見ます」


「なら、俺の合図と合わせろ。勝手に判断を止めるな」


「はい」


 先生が来た。


 でも、俺たちの役目が消えたわけじゃない。


 ここからは、先生の指揮で戻る。


 それだけだ。


 ベルンハルト先生は隊列を示した。


「俺が先頭。レインフォード、その後ろ。ハーウェイは中央。ハルは後ろを見ろ。

補助員が最後を固める」


 俺たちは頷いた。


「走るな。話すな。合図だけ見ろ」


 先生が前を向く。


 その瞬間、通路の奥で低い音がした。


 石を削るような音。


 さっきの小石とは違う。


 重い。


 クラウスの手が剣にかかる。


 ミラの光が細く震えた。


 俺はすぐに《綻びの目》を使う。


《大型接近》

《音反応》

《戦闘回避推奨》


 ベルンハルト先生も同じ方向を見ていた。


「戦わない」


 先生は低く言った。


「迂回する」


 迷いがない。


 倒せるかどうかではない。


 戻れるかどうかだ。


 先生が右の横道を指す。


「こちらだ」


 俺たちは動き出した。


 ベルンハルト先生の背中が、暗い通路の先にある。


 ようやく、救助の手が届いた。


 だが、先生は一度も「もう大丈夫だ」とは言わなかった。


 その理由は分かる。


 ここはまだ三層目。


 戻るべき場所は、もっと上だ。


 俺は包帯を巻いた右腕を押さえながら、先生の合図に従って足を踏み出した。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

続きが気になったら、ブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
補助員がいるのに亜空間魔法使おうとしているんだが… 45歳元社長とは思えない行動だよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ