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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第267話 転がる石音

 連絡路の階段を上るにつれて、空気が変わっていった。


 重さが少しずつ薄れていく。


 四層目で感じた、胸に沈むような魔力の圧が弱い。


 代わりに、乾いた風が頬に当たった。


 クラウスが足を止める。


「空気が変わったな」


「ええ。さっきより軽いわ」


 ミラの光は細い。


 だが、まだ消えてはいない。


 俺は壁に手を近づけ、《綻びの目》を使った。


《魔力濃度低下》

《上層接近》

《魔物通過痕:少》


 三層目。


 そう断言できるほどではない。


 けれど、四層目より上へ来たのは間違いない。


「第三層に入ったかもしれない」


 俺が言うと、ミラが小さく息を吐いた。


「やっと、少し戻れたのね」


「うん、でもまだ安全じゃない」


 クラウスが低く言う。


「でも、進んではいる」


 その言葉だけで、少しだけ足に力が戻った。


 通路の先に、崩れた柱の陰があった。


 奥は浅いが、外からは見えにくい。


 古い退避所のような場所だ。


 俺はすぐに確認する。


《崩落危険:低》

《魔物通過痕:古》

《短時間休息可》


「ここで少し休もう」


「長くは止まれないぞ」


「分かってる。でも、このまま進む方が危ない」


 クラウスは反対しなかった。


 ミラも、黙って柱の陰に入る。


 全員、限界に近かった。


 俺が腰を下ろすと、右腕がずきりと痛んだ。


 グレイラットに噛まれた場所だ。


 布で押さえていたが、まだ血がにじんでいる。


「腕を見せて」


 ミラが言った。


「浅いよ」


「大丈夫かどうかは、見てから決めるわ」


 強い口調だった。


 でも、怒っているわけではない。


 俺は素直に腕を出した。


 ミラは水を少し布に含ませ、傷の周りを拭く。


 染みた。


「……っ」


「我慢して」


「してる」


「なら、もう少し我慢して」


 ミラは薬草を傷に当て、包帯を巻いた。


 手つきは思ったより慣れている。


「回復魔法は得意じゃないけど、傷の手当てくらいはできるわ」


「助かる」


「さっき助けてもらったから」


 ミラはそう言って、包帯の端を結んだ。


 痛みは残る。


 でも、動かしやすくなった。


 俺は亜空間収納から保存食と水を出す。


 硬い保存食。


 小さな水袋。


 それから、回復薬を一本。


「怪我が悪化したら使う。今は温存する」


 クラウスが頷く。


「俺の腕も、まだ動く。今は使わなくていい」


 俺たちは少しずつ食べた。


 味はほとんど分からない。


 でも、腹に入るだけで違う。


 体の震えが少し落ち着いた。


 次に、俺は亜空間収納の中を確認する。


 小瓶が一つ残っていた。


 魔力回復薬だ。


「一本だけ残ってた」


 ミラがすぐに首を振る。


「リオンが飲んで。あなたもかなり魔力を使ってるでしょう」


「半分ずつ」


「でも」


「ミラの光も、俺の魔力も、どっちも必要だ」


 クラウスが保存食を飲み込んでから言った。


「俺もそう思う。二人のどちらかが動けなくなれば、前に出ても意味がない」


 ミラは少しだけ迷い、それから頷いた。


「……分かった」


 俺は小瓶の中身を半分飲む。


 苦みの後に、喉の奥が熱くなった。


 残りをミラに渡す。


 ミラも一口で飲み干した。


 すぐに完全回復するわけじゃない。


 それでも、頭の重さが少し引く。


 ミラの指先に宿る光も、さっきより安定していた。


「光は出せるわ。無駄には使わないけど」


「俺も動ける」


 クラウスが腕を回す。


「痺れは残っている。だが、剣は振れる」


 休めたのは短い時間だ。


 それでも、三人とも少し戻った。


 俺は保存食の残りをしまい、携帯灯を布で覆う。


「三層にいるなら、先生たちも近くまで来てるかもしれない。でも、大声は出さない」


「魔物を呼ぶかもしれないからな」


「音は慎重に使いましょう」


 ミラが光を小さくした。


 俺たちは退避所を出る。


 通路はさっきより乾いている。


 壁の黒さも少し薄い。


 上へ近づいている。


 そう思いたかった。


 しばらく進んだ時だった。


 通路の奥で、何かが転がる音がした。


 カラ……


 三人が同時に止まる。


 クラウスが剣の柄に手を置く。


 ミラが光を絞る。


 俺は息を殺して耳を澄ませた。


 音は一度きりではなかった。


 カラン。


 小さな石が、どこかで床を跳ねた。


 自然に落ちたのか。


 魔物の足が触れたのか。


 それとも、人がいるのか。


 俺は《綻びの目》を使う。


《接近気配》

《音源不明》

《警戒推奨》


「人か?」


 クラウスが小声で聞く。


「分からない」


 ミラが通路の奥を見る。


「魔物かもしれないわ」


 救助かもしれない。


 魔物かもしれない。


 ただの落石かもしれない。


 俺は二人に手で合図した。


 待て。


 声は出さない。


 暗い通路の奥で、もう一度、小さな石が転がった。




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