第265話 青輝石の灯り
第四層の標識を背にして、俺たちは二手に分かれた通路の右側へ入った。
左は広かった。
だが、壁に大きな爪痕がいくつも残っていた。
右は狭い。
その代わり、かすかに乾いた風が流れている。
選んだ理由は、それだけだ。
安全だと分かったわけじゃない。
通路へ入ると、肩が壁に触れそうになった。
クラウスが先頭。
ミラが中央。
俺は後ろ。
剣を大きく振る余裕はない。
横穴もある。
ここで魔物に出られたら、かなり厄介だ。
「足元、少し下がる」
クラウスが小さく言った。
ミラの光が床をなぞる。
その光が、一瞬だけ揺れた。
「ミラ」
「分かってる。少し乱れただけよ」
返事は早い。
でも、余裕のある声ではない。
グランリザード戦で、ミラは何度も光を強めた。
ここまで足元も照らし続けている。
魔力が減っていないはずがなかった。
「灯りを変える」
「私の光で行けるわ」
「今は行ける。でも、使い切ったら終わる」
ミラが口を閉じた。
悔しそうだった。
俺は亜空間収納から、青輝石を使った携帯灯を取り出す。
金属枠の中に、小さな青輝石がはまっている。
魔力を少し通すと、青白い灯りが広がった。
足元は見やすい。
ただ、思ったより光が散る。
壁の穴まで照らしてしまう。
「明るいな」
クラウスが眉を寄せる。
「便利だけど、目立つわね」
ミラもすぐに欠点を見抜いた。
「ミラの光みたいに、細かく絞れない」
俺は携帯灯に布をかけた。
青白い光は弱まる。
それでも、完全には消えない。
「歩く時だけ使う。怪しい場所では覆う。ミラの光は、必要な時だけ」
「……分かった」
ミラは短く答えた。
納得はした。
でも、まだ悔しさは残っているようだった。
俺たちは、携帯灯の布を少しだけ開けながら進んだ。
足元は見える。
ミラの魔力は減らさずに済む。
だが、灯りは壁に跳ねた。
曲がり角の先で、小さな影が動く。
俺はすぐ手を上げた。
止まれ。
《光反応》
《接近未確定》
《静止推奨》
ミラが即座に布をかぶせる。
通路が暗くなった。
クラウスが身を低くする。
横穴の奥で、何かが石を擦った。
近づいてくる気配はない。
しばらくして、音は遠ざかった。
俺たちはまだ動かない。
完全に消えるまで待つ。
「今のは、灯りに反応した」
「やっぱり、私の方が隠しやすいわ」
ミラが小声で言う。
「うん。だから必要な時に頼る」
俺は携帯灯を握り直した。
「道具も万能じゃないな」
クラウスが前を向いたまま言った。
「使えば楽になる。だが、別の危険が増える」
「そういうことだと思う」
俺は頷いた。
便利なものほど、使い方を間違えると危ない。
亜空間収納も、転移魔法も、この携帯灯も同じだ。
◇
三層目へ入った救助班は、崩落の跡を追っていた。
ベルンハルトは、床に落ちた岩粉を指でこすった。
「新しいな」
管理人が頷く。
「二層目の岩です。ここまで落ちています」
通路の壁には、新しく削れた跡があった。
床には砕けた石が散っている。
その先で、三層目の床が大きく割れていた。
穴は暗く、下まで見えない。
補助員の顔が青ざめる。
「三層で止まっていません」
ベルンハルトは、穴の縁に近づきすぎない位置で止まった。
「下は?」
管理人が図面を見る。
「四層の管理通路に近い場所です。ただ、崩落の角度によっては、さらに下へ抜けた可能性もあります」
「つまり、四層以下か」
「はい」
誰もすぐには声を出さなかった。
三層以下には降りるな。
それは生徒への注意であり、教師にとっても危険域を示す言葉だった。
ベルンハルトは穴を見下ろす。
「広げるな」
「ですが――」
「崩せば、下の道まで潰す」
声は低いが、迷いはなかった。
「別ルートを探す。四層へ降りられる管理通路を洗え」
「はい」
補助員たちが動く。
ベルンハルトはもう一度、穴の奥を見た。
「ハル。焦るなよ」
その声は、暗い穴の中へ落ちていった。
◇
俺たちは、また歩き出した。
携帯灯は布で覆い、必要な時だけ少し開く。
ミラは光を消している。
その代わり、いつでも出せるように指先へ魔力を残していた。
「役に立っていないみたいで嫌ね」
ミラがぽつりと言った。
「違う」
俺はすぐに否定した。
「今は温存してるだけだ。必要な時にミラの光が使える方がいい」
「俺もそう思う」
クラウスが続ける。
「さっきの戦いも、ミラの光がなければ崩せなかった」
ミラは少しだけ目を伏せた。
「……なら、必要な時にちゃんと使うわ」
「頼む」
通路の先で、風が少し強くなった。
乾いた空気だ。
俺は携帯灯の布を開ける。
青白い灯りが、古い石扉を照らした。
扉には錆びた金具がついている。
横の石板は割れていた。
文字の多くは欠けている。
それでも、一部だけ読めた。
『第三層……連絡……』
ミラが息を呑む。
「第三層?」
クラウスが扉へ近づきすぎない位置で止まる。
「上へつながる道か」
俺は《綻びの目》を使った。
《封鎖劣化》
《開閉機構損傷》
《通行可能性あり》
完全に安全ではない。
だが、今までよりはっきりした手がかりだ。
「この先に、三層へ上がる道があるかもしれない」
俺が言うと、二人の顔つきが変わった。
三層。
そこまで上がれれば、先生たちに近づける。
もちろん、三層も安全ではない。
それでも、五層から四層へ来た俺たちにとって、その文字は大きかった。
俺は青輝石の携帯灯を布で覆った。
ミラが指先に小さな光を宿す。
クラウスが剣を抜く。
扉の向こうに何があるかは分からない。
でも、上へ戻る道が初めて形になった。
「開ける」
俺は石扉の綻びに手を伸ばした。
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