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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第258話 崩れる足場

 二層目に入ると、空気が変わった。


 一層目より冷たい。


 壁の湿り気も強く、ミラの光が石肌に吸われるように鈍く広がる。


 クラウスが前。


 ミラが光。


 俺は後ろから、壁と奥を見る。


 進み方は一層目と同じだ。


 だが、気を抜く余裕はない。


「左下」


「照らすわ」


 ミラの光が床をなぞる。


 岩陰から飛び出そうとしていた石蜥蜴が、一瞬止まった。


「取る」


 クラウスが踏み込み、剣を振る。


 石蜥蜴は跳ねる前に斬られ、床に転がった。


 俺たちはすぐに周囲を確認する。


 次の気配はない。


「進めるな」


 クラウスが短く言った。


「でも、急がない」


 俺が返すと、クラウスは頷く。


 ミラは光を少し弱めた。


「魔力はまだ大丈夫。でも、帰りの分は残すわ」


「そうしてくれ」


 二層目に入ってからも、連携は悪くなかった。


 天井近くに張り付いた穴蝙蝠も、横穴から出てきた小さな魔物も、三人で処理できた。


 俺が見つける。


 ミラが照らす。


 クラウスが前で止める。


 言葉は短い。


 動きも止まりすぎない。


 訓練場で噛み合わなかった三人とは、少し違っていた。


 クラウスは強い。


 ただ突っ込むのではなく、後ろの俺たちが動ける幅を残してくれる。


 ミラも同じだ。


 光の位置がいい。


 明るくしすぎず、暗くもしすぎない。


 クラウスの足元と、俺が見たい壁際を両方拾っている。


 俺一人では、こうは進めない。


「何か言いたそうね」


 ミラがこちらを見る。


「いや。二人がいて助かると思っただけ」


「それはこっちの台詞だ」


 クラウスが前を向いたまま言う。


「リオンの声があると、迷わず踏み込める」


「私も、どこを照らせばいいか分かりやすいわ」


 ミラが小さく笑った。


「でも、褒めるのは戻ってからね」


「そうだな」


 クラウスが剣を構え直す。


 その時、通路が少し広がった。


 天井が高い。


 壁の上の方に、黒い亀裂がいくつも走っている。


 ミラの光を上げても、奥までは届きにくい。


 俺は足元を見た。


 濡れた石。


 細い砂。


 古い割れ目。


 嫌な感じがする。


「少しゆっくり――」


 言いかけた瞬間、天井の亀裂が動いた。


 石ではない。


 何かが張り付いている。


「上!」


 俺が叫ぶ。


 黒い影が天井から剥がれ、ミラへ落ちてきた。


 岩蜥蜴。


 体の色が壁と同じで、光の外にいるとほとんど見えない。


 ミラの反応が一瞬遅れた。


 光を維持していたせいだ。


「ミラ、下がれ!」


 クラウスが横へ踏み込む。


 前に出るのではなく、ミラとの間に割り込んだ。


 正しい動きだった。


 だが、その足が床を踏んだ瞬間、俺の視界に文字が走る。


《地盤脆弱》


《荷重集中》


《崩落寸前》


 クラウスとミラの足元。


 細い亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっている。


「クラウス、そこは――」


 言い切る前に、床が沈んだ。


 低い音が洞くつに響く。


 石が割れ、砂が噴き上がる。


 ミラの光が大きく揺れた。


「きゃっ――」


「掴まれ!」


 クラウスがミラの腕を掴む。


 そのまま二人の足元が抜けた。


 俺は反射的に手を伸ばす。


 指先が、ミラの袖をかすめた。


 届かない。


「リオン!」


 クラウスの声が下から跳ね返る。


 俺は腰のロープに手を伸ばした。


 だが、その前に足元が鳴った。


《崩落拡大》


 次の瞬間、俺の立っていた場所も崩れた。


 体が宙に投げ出される。


 ミラの光が下で揺れている。


 クラウスはまだミラを離していない。


 壁が流れる。


 横穴の影が一瞬見えた。


 さらに落ちる。


 石がぶつかる音だけが、どこまでも続く。


 俺は壁に手を伸ばした。


 指先が石を削る。


 止まらない。


 冷たい空気が喉に刺さる。


 次の瞬間、背中に強い衝撃が走った。


「――っ」


 息が詰まる。


 体が石の上を転がり、ようやく止まった。


 しばらく、音が聞こえなかった。


 いや、聞こえている。


 石が落ちる音。


 どこかで水が流れる音。


 ミラの荒い息。


「……ミラ」


 俺は腕に力を入れ、体を起こした。


 肩が痛む。


 だが、動く。


「ミラ、クラウス!」


 暗闇の中で、小さな光が揺れた。


「リオン……私は、大丈夫」


 ミラの声が返ってくる。


 俺は光の方へ這うように近づいた。


 ミラは座り込んでいたが、大きな怪我はなさそうだった。


 服に砂はついている。


 頬にも少し擦り傷がある。


 だが、血は出ていない。


「怪我は?」


「ないわ。クラウスが、庇ってくれたから」


 ミラの視線の先で、クラウスが壁にもたれていた。


 顔をしかめている。


「クラウス」


「大丈夫だ」


 返事は早かった。


 だが、声に力がない。


「大丈夫に見えない」


 俺は膝をつき、クラウスの腕を見る。


 右腕の袖が裂け、肘のあたりが赤く腫れていた。


 さらに左足をかばっている。


「腕と足か」


「落ちる時に打った。ミラは離さなかったからな」


「馬鹿」


 ミラが小さく言った。


 怒っているようで、声は震えていた。


「でも、助かったわ」


 クラウスは薄く笑う。


「なら、悪くない」


「悪いに決まってる」


 俺は腰袋から包帯を出した。


「腕は動かせる?」


 クラウスが右手を軽く握る。


「動く。だが、剣を振るには少し重い」


「足は?」


「歩ける。走るのは厳しい」


 最悪ではない。


 だが、良くもない。


 ここが二層目の床下なら、すぐに戻ればいい。


 だが、周囲の空気が違う。


 さっきまでいた二層目より、ずっと冷たい。


 魔力灯もないのに、壁の奥で淡い鉱石のようなものが鈍く光っている。


 水の音も遠い。


 上から教師の声は聞こえない。


 俺は天井を見上げた。


 崩れた穴は、見えなかった。


「……かなり落ちたな」


 ミラが光を少し上げる。


 その光は、すぐに暗闇に飲まれた。


「二層目のすぐ下、ではなさそうね」


 クラウスが歯を食いしばり、体を起こそうとする。


「まず、状況確認だ」


「その前に腕を固定する」


 俺はクラウスの腕に包帯を巻いた。


 きつすぎないように、だが動きすぎないように。


 左足も軽く確認する。


 骨が折れている感じはない。


 けれど、歩けば痛むはずだ。


「無理に動くな」


「分かっている」


「本当に分かってる?」


 ミラが睨む。


 クラウスは目を逸らした。


 俺は小さく息を吐いた。


 三人とも生きている。


 それだけはよかった。


 だが、安心できる状況ではない。


 通路は暗い。


 上への道は見えない。


 教師たちの気配もない。


 俺たちは、正規の通路から外れた。


 しかも、かなり深い場所へ。


 俺は剣の柄を握り、ミラの光が届く範囲を見回した。


 壁に、見たことのない爪痕が残っている。


 大きい。


 少なくとも、一層目や二層目で見た魔物のものではない。


 背筋に冷たいものが走った。


「リオン?」


 ミラが俺を見る。


 俺は短く答えた。


「すぐ動かない方がいい。ここは、さっきまでの場所と違う」


 クラウスも爪痕に気づいたのか、表情を引き締めた。


「なら、なおさら固まって動く」


「うん」


 俺は頷いた。


 戻ること。


 それが今日の課題だった。


 けれど今は、まず上へ戻る道を探さなければならない。


 ミラの光が、暗い通路の奥を照らす。


 そこには、二層目では見なかった黒い岩肌が続いていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
何層まで堕ちたのだろリオン君達には悪いけど何か面白くなってきた 今更だけど誰がなんと言おうとも浮遊魔法と探知魔法も練習して身につけておけば普段使わなくても何かあった時こういう時のために役に立つ 福嶋…
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