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【感謝!1000万PV達成!】45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第256話 洞くつの入口

 洞くつ実習の朝。


 俺は寮の自室で、机の上に装備を並べた。


 剣。

 包帯。

 薬草。

 回復薬。

 小型魔力灯の替え石。

 手袋。

 短いロープ。

 防水袋。


 すぐに使う包帯と薬草は腰袋へ入れる。


 剣は腰に下げ、手袋は外側のポケットに移した。


 予備の薬草と回復薬、替え石は別だ。


 俺は小さく息を吐き、福嶋亮太さんの本にあった魔法を使う。


 机の上の予備品が、静かに亜空間収納へ消えた。


 便利な魔法だ。


 ただ、戦っている最中に慌てて使うものではない。


 手元に置く物。


 奥にしまっておく物。


 そこは分けておいた方がいい。


 最後に剣の位置を確かめ、部屋を出た。


 ◇


 学院の中庭には、すでに三年Sクラスの生徒たちが集まっていた。


 いつもより声が少ない。


 それでも、全員が黙っているわけではない。


「洞くつって、やっぱり汚れるよね」


 ヴィクトルが自分の靴を見ながら言う。


「実習なのだから当然でしょう」


 セレナは腰の魔力灯を直しながら返した。


 その横で、ガイルは妙に楽しそうだ。


「面白そうだな」


「油断はしないでくださいね」


 ナディアがすぐに釘を刺す。


「しない」


「返事は早いですね」


 ナディアの声は穏やかだったが、目は笑っていなかった。


 ライオネルが小さく吹き出す。


「お前も注意される側だぞ」


「分かってる」


「二人ともです」


 ナディアが言うと、二人は同時に黙った。


 少し離れた場所では、エドガーが同じ班の既存生徒二人と話している。


 相手の二人はまだ緊張していた。


 それでも、エドガーは王子としてではなく、同じ班の一人として立っているように見えた。


 やがて、ベルンハルト先生が前へ出た。


 ざわめきが止まる。


「全員、聞け」


 低い声が中庭に通った。


「今日の実習は、王都北部の洞くつダンジョンで行う。目標は二層目まで行き、そこから戻ってくることだ」


 二層目。


 その言葉に、何人かが顔を見合わせた。


「三層以下には絶対に降りるな」


 ベルンハルト先生の声が、さらに硬くなる。


「三層から下は魔物の質が変わる。興味本位で足を踏み入れた者は、その時点で失格にする。教師が止める前に、自分たちで止まれ」


 誰も軽口を挟まなかった。


「今回、評価するのは討伐数ではない。班で進み、班で判断し、班で戻ってこられるかだ」


 先生の視線が、俺たち一人一人をなぞる。


「危険だと判断したなら、途中で引き返していい。むしろ、無理に進む方が悪い判断になることもある」


 俺は腰袋に軽く触れた。


 包帯と薬草はある。


 予備もある。


 剣も、魔力灯も準備した。


 それでも、先生の言葉を聞くと、胸の奥が少し重くなる。


 訓練場とは違う。


 今日は本物の洞くつだ。


「班を離れるな。独断で先行するな。倒したいから進むな」


 ベルンハルト先生はそこで一度言葉を切った。


「戻ってこい。それが今日の課題だ」


 ◇


 学院を出た俺たちは、引率の教師と補助員に従って王都北部へ向かった。


 北門を抜けると、道の空気が変わる。


 街の石畳が途切れ、土の道になる。


 遠くに低い丘が見え、その麓に黒い口のようなものがあった。


 洞くつダンジョンの入口だ。


 近づくにつれ、冷たい風が頬に当たる。


 入口の前には、学院の教師たちと王都側の管理人が立っていた。


 補助員も数人いる。


 完全に放り出されるわけではない。


 だが、班ごとに中へ入る以上、最初に動くのは俺たちだ。


「思ったより狭いな」


 クラウスが洞くつの入口を見て言った。


「中で広がるのかもしれないわ」


 ミラが小さな光球を出す。


 光は外では明るく見えたが、洞くつの奥までは届かない。


 入口の向こうは、すぐに暗く沈んでいた。


 俺は手袋をはめ、剣の柄を確かめる。


 腰袋には包帯と薬草。


 亜空間収納には予備。


 準備はしてきた。


 それでも、暗がりの前に立つと、背筋が自然に伸びた。


 近くでは、他の班も最後の確認をしている。


 ガイル班では、ガイルとライオネルが前に出る位置で少し揉めていた。


「俺が先でもいいだろ」


「通路で二人並んだら詰まるだろうが」


 ナディアが二人の間に立つ。


「順番を決めてください。洞くつの中で言い合わないでくださいね」


「……分かった」


「先に決める」


 セレナの班は、意外と静かだった。


 オルドが淡々と配置を決めている。


「俺が前。セレナが中。ヴィクトルが後ろ」


「後ろって、一番怖いやつじゃない?」


 ヴィクトルが眉を寄せる。


「なら前に出る?」


 セレナが言うと、ヴィクトルはすぐに首を振った。


「後ろでいいです」


 いつもの調子に聞こえるが、セレナの目は洞くつから離れていなかった。


 俺たちの番も近い。


 クラウスが剣を抜かずに柄だけを握る。


「俺が前だ」


「私は光と足元を見るわ」


 ミラの光球が、低い位置へ下がった。


「俺は壁と奥を見る。危険があれば短く言う」


 クラウスが頷く。


「迷ったら止まる」


「下がる時は、私が後ろを照らすわ」


「分かった」


 訓練場では、何度も動きが止まった。


 言葉が長すぎた。


 見る場所も、動くタイミングもずれた。


 でも、今は違う。


 完璧になったわけではない。


 ただ、三人の中で何をするかは決まっている。


 ベルンハルト先生がこちらを見た。


「ハル班。入れ」


 クラウスが一歩目を踏み出す。


 ミラの光が、その足元を照らした。


 俺は後ろに続く。


 洞くつの中へ入った瞬間、音が変わった。


 靴音が壁に返る。


 奥から水の滴る音がする。


 外の光は、背中側で細くなっていく。


「足元、右に段差」


「分かった」


 クラウスが少し左へ寄る。


 ミラの光が下がり、段差の影を拾った。


 俺たちの足は止まらない。


 最初の数歩は、悪くない。


 その時、奥で小さな音がした。


 石を踏んだような、乾いた音。


 クラウスの手が剣にかかる。


 ミラの光がわずかに強くなった。


 俺は壁際ではなく、まず前を見る。


 全部を見ようとしなくていい。


 今、必要なことだけを伝える。


「前方、何かいる」


 クラウスが剣を抜いた。


「見えた」


 ミラの光が、暗がりを少しだけ押し返す。


 洞くつ実習が、始まった。



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