第255話 休日の冒険者
洞くつ実習に向けて、学院から装備の一覧が配られた。
最低限の装備は学院から貸し出される。
だが、自分で用意しておいた方がいい物もある。
包帯。
薬草。
小型魔力灯の替え石。
滑りにくい手袋。
短いロープ。
防水袋。
机の上に一覧を置き、俺は財布の中身を確認した。
少ない。
夏休みに西の森で使った金が、思ったより響いていた。
夜間学校の木札や炭。
仮役場の備品。
必要なものだったので後悔はない。
ただ、今の俺の財布に余裕がないのも事実だ。
家に頼めば、出してもらえるかもしれない。
でも、父上は療養中だ。
母上もレナードも、領のことで忙しい。
これくらいは、自分で何とかしたかった。
◇
次の休日。
俺は王都の冒険者ギルドへ向かった。
掲示板には、討伐、護衛、採取、荷運びなどの依頼が並んでいる。
危険度の高い依頼を受けるつもりはない。
課外実習の前に無理をして怪我をしたら、本末転倒だ。
俺が選んだのは、王都近郊の森での薬草採取と低級魔物討伐だった。
対象は、角兎と小牙鼠。
受付へ依頼票を持っていくと、職員が内容を確認した。
「一人で受けますか?」
「はい。低危険度の依頼ですよね」
「低級です。ただ、角兎は突進してきます。小牙鼠は群れることがありますので、油断はしないでください」
「分かりました」
俺は依頼を受け、王都の外へ出た。
◇
今回行く森は、深い森ではなく、採取人や冒険者の出入りもある場所だ。
それでも、森に入れば空気は変わる。
学院の訓練場とは違う。
足元の土は柔らかく、草の揺れも多い。
俺は周囲の音を聞きながら、薬草を探した。
葉の張り。
根元の弱り方。
魔力の流れ。
《綻びの目》を強く使わなくても、状態の悪い草は何となく分かる。
枯れかけたものは避ける。
魔力の弱いものも袋に入れない。
採取は思ったより順調に進んだ。
袋が少し重くなった頃、近くの茂みが揺れた。
角兎だ。
額の小さな角をこちらへ向け、低く身を沈めている。
俺は一瞬、角の向きと足の踏み込みを見ようとした。
だが、すぐに横へ動く。
全部見えてからでは遅い。
角兎が跳ねる。
俺のいた場所を、鋭い角が通り過ぎた。
「そこ」
短く魔力弾を撃つ。
角兎の足元の土が弾け、体勢が崩れる。
倒れたところを、短剣で仕留めた。
大きな戦いではない。
だが、今のは少し早く動けた。
そう思えた。
討伐証明を取り、再び薬草を探す。
帰り道に、小さな気配がいくつも動いた。
小牙鼠だった。
一匹ずつは弱い。
だが、草むらの中をばらばらに走り、こちらの視線を散らしてくる。
最初は、一匹ずつ追いかけそうになった。
すぐにやめる。
全部を見る必要はない。
群れの流れを見る。
前へ出る一匹。
左右へ回る二匹。
後ろで様子を見る一匹。
俺は地面へ魔力弾を撃ち込んだ。
前に出た一匹が跳ねて止まる。
その一瞬、左右の二匹の動きも鈍った。
短剣で一匹。
魔力弾でもう一匹。
残りが逃げようとしたところを、距離を取って仕留める。
最後の一匹が足元へ飛び込んできた。
避けたが、手の甲を小さく引っかかれた。
「……浅いな」
血が少しにじんでいる。
大した傷ではない。
薬草を使うほどでもなかった。
俺は森の端まで下がり、周囲を確認する。
魔物の気配はない。
そこで、手の甲へ魔力を集めた。
押し込まない。
傷の周りを細くなぞる。
皮膚が戻ろうとする流れを、少しだけ助ける。
じわりと温かくなる。
血のにじみが止まった。
痛みも少し引いている。
傷は残っていた。
でも、動かす分には問題なさそうだ。
「使える。けど、頼りすぎるものじゃないな」
俺はそう呟き、布で手の甲を軽く巻いた。
その後、ギルドへ戻った。
◇
ギルドの受付に薬草と討伐証明を出すと、職員が薬草を見て少し目を丸くした。
「状態がいいですね。採取に慣れているんですか?」
「少し、見分けるのは得意です」
そう答えるに留めた。
報酬は大きくない。
でも、今ほしい物を買うには足りる。
俺はそのまま道具屋へ向かった。
派手な武器は見ない。
買うものは決めていた。
包帯。
薬草。
小型魔力灯の替え石。
滑りにくい手袋。
短いロープ。
防水袋。
高い品を勧められもしたが、必要なものだけを選んだ。
寮に戻る頃には、日は傾きかけていた。
自室の机に、買った物を並べる。
どれも特別な道具ではない。
だが、洞くつの中では、こういう物が役に立つはずだ。
俺は手の甲の浅い傷を見た。
血は止まっている。
痛みも少し引いていた。
けれど、傷そのものが消えたわけではない。
今の俺の回復魔法でできるのは、この程度だ。
それでも、洞くつで小さな怪我をした時、動きを止めずに済むかもしれない。
俺は机の上の装備を一つずつ確認した。
洞くつに入る日が、少しずつ近づいていた。
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