第253話 噛み合わない三人
班分けの翌日。
俺たちは訓練場に集められた。
広い訓練場には、木柵や布が並べられていた。
木柵は細い通路のように組まれ、一部には天井代わりの布も張られている。
魔力灯の明かりも、いつもより弱い。
「本物の洞くつよりは明るい」
ベルンハルト先生が言った。
「だが、普段の訓練場よりは見えにくい。今日は、この中を三人で進んでもらう」
ガイルは楽しそうに通路を見ていた。
ヴィクトルは少し嫌そうだ。
セレナは布の高さを見て、魔法の撃ち方を考えているようだった。
「魔物役の札を置く。危険札も混ぜる。倒すことより、止まる、退く、伝えることを意識しろ」
先生の視線が俺たちに向く。
「では、ハルの班からだ」
俺とクラウス、ミラが前へ出た。
クラウスは訓練用の剣を持ち、俺たちの前に立つ。
ミラは小さな光球を浮かべた。
俺は後ろから通路全体を見る。
「行こう」
クラウスが短く言い、通路へ入った。
最初の数歩は悪くなかった。
クラウスの進み方は安定している。
横に広がりすぎず、後ろの俺たちが動ける幅も残していた。
ミラの光も足元を照らしている。
けれど、曲がり角に近づいた瞬間、俺の目にいくつかの違和感が入った。
右の壁際。
浮いた石。
奥の影に置かれた赤い札。
言わなければ。
「クラウス、右の壁際に魔力の乱れがあって、足元の石も少し浮いてる。奥に赤い札があるから、左に寄って――」
「長い」
クラウスが足を止めた。
ミラの光も止まる。
俺の言葉が終わる前に、三人の動きが切れていた。
「そこまで」
ベルンハルト先生の声が飛んだ。
「ハル。見立ては悪くない」
「はい」
「だが、洞くつの中で説明を始めるな。必要なのは講義ではなく、合図だ」
その通りだった。
俺は危険を伝えようとして、全体を止めてしまった。
クラウスがこちらを見る。
「右危険、左へ。それで分かる」
「……分かった」
短く言う。
それだけでよかった。
「もう一度」
先生の指示で、俺たちは入口へ戻った。
二回目。
今度は言葉を短くするつもりだった。
クラウスが前へ出る。
曲がり角の手前で、右の影がわずかに揺れた。
俺が口を開こうとした瞬間、クラウスが一歩踏み込んだ。
「前を取る」
判断は早かった。
動きも間違っていない。
けれど、俺はその一歩に遅れた。
ミラの光球も、少し遅れてクラウスを追う。
「止まれ」
先生の声が響いた。
クラウスが剣を下ろす。
「すまない」
クラウスが先に言った。
「前では、今だと思った」
「いや、俺が遅かった」
俺もすぐに返す。
どちらかが大きく間違えたわけではない。
ただ、同じ瞬間に動けていなかった。
ミラも光球を手元に戻す。
「私も遅れたわ。クラウスが動いた時、光をどこへ置くか迷った」
「三人とも考えてはいる」
ベルンハルト先生が言った。
「だが、考えている場所が違う」
その言葉に、俺たちは黙った。
三回目は、ミラが先に動いた。
曲がり角に入る前、彼女は光球を少し低くする。
足元が見えやすくなった。
浮いた石も、濡れた床も分かる。
「助かる」
クラウスが短く言う。
俺も頷きかけた。
しかし、低い光のせいで、右の壁際に濃い影ができた。
そこに置かれていた黒い札が、一瞬見えにくくなる。
「待って。右の影が――」
また遅れた。
クラウスは止まったが、ミラが小さく息を吐いた。
「ごめん。邪魔をした?」
「違う」
俺は首を振った。
「足元は見やすかった。ただ、俺が見ようとした場所とは少しずれた」
ミラはすぐに頷いた。
「なら、先に決めましょう。私が足元を見る時と、リオンが壁を見る時を」
「それがいい」
クラウスも言う。
「俺も、前に出る時は先に言う」
三人とも、やろうとしていることは悪くない。
クラウスは前を守ろうとしている。
ミラは動きやすくしようとしている。
俺は危険を見つけようとしている。
なのに、少しずつずれていた。
ベルンハルト先生が近づいてくる。
「仲が良いことと、班として動けることは別だ」
先生は俺たち三人を順に見た。
「今のところ、誰か一人が大きく間違えたわけではない。だから止まった」
「間違っていないのに、ですか」
俺が聞くと、先生は頷いた。
「それぞれが自分の正しさで動いている。班としてはまだ一つになっていない」
重い言葉だった。
けれど、納得できた。
クラウスが剣を握り直す。
「次は、短くいこう」
ミラが光球を少し上げた。
「私は、リオンが見る壁側を空けるわ。その代わり、足元が危ない時は私が言う」
「頼む」
俺は息を整える。
四回目。
クラウスが前に出る。
ミラの光が少し先を照らす。
曲がり角。
右の壁際に赤い札。
足元に危険札。
今度は、理由を並べない。
「右危険。左へ」
クラウスがすぐに寄る。
「足元、止まって」
ミラの声で、俺も足を止めた。
黒い札はない。
赤い札との距離も取れている。
「前、取る」
クラウスが短く言って一歩出た。
ミラの光がそれに合わせて動く。
俺は壁際を確認し、すぐに言った。
「そのまま」
三人の足が、今度は完全には止まらなかった。
通路を抜ける。
ベルンハルト先生が短く言った。
「今のは少し良くなった」
少し。
それでも十分だった。
クラウスが剣を下ろし、俺を見る。
「今の言い方なら動ける」
ミラも光球を手元へ戻した。
「私も合わせやすかった。リオンが短く言えば、こっちで判断できるわ」
「俺も、二人が動いてくれると見やすかった」
そう言うと、クラウスが小さく笑った。
「なら、悪くない」
ミラも続ける。
「最初から合う班なんて、たぶんないわ。今みたいに直せるなら大丈夫」
その言葉で、胸の奥にあった重さが少し軽くなった。
完璧には遠い。
けれど、三人とも同じ方向を見ようとしている。
なら、合わせていける。
通路の外では、ガイルがこちらを見ていた。
「難しそうだな」
「見るより難しいよ」
俺が答えると、ヴィクトルが苦笑した。
「次は俺たちか。嫌なものを見たな」
セレナが即座に言う。
「嫌なら今のうちに覚悟しておきなさい」
いつものやり取りに、少しだけ空気が緩む。
俺はもう一度、クラウスとミラを見た。
クラウスは前を見ている。
ミラは支える場所を考えている。
俺は危険を探す。
まだ、一つの動きにはなっていない。
でも、さっきよりは近づいた。
三人一組。
それは、思っていたよりずっと難しい。
それでも、たぶんこの三人なら越えられる。
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