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【感謝!1000万PV達成!】45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第14章 王立学院三年 二学期

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第250話 寮の夜

 その日の夜、俺は寮の自室にいた。


 机の上には、明日の授業で使う本と筆記具を並べてある。


 寝る準備をするには少し早い。


 かといって、本を読む気にもなれなかった。


 俺は床板の目地に足先を合わせ、軽く一歩を出した。


 前へ。


 下がる。


 横へずれる。


 音を立てないように、ゆっくりと動く。


 訓練場でやるほど大きくは動けない。


 けれど、ガイルに教わった感覚を忘れたくなかった。


 答えを探す前に、まず一歩。


 そう思って、もう一度足を出したところで、扉が叩かれた。


「リオン、起きてる?」


 ヴィクトルの声だった。


「起きてるよ」


 扉を開けると、ヴィクトルが小さな包みを片手に立っていた。


「部屋でまで足運び? 真面目すぎるよ」


「少しだけだよ」


「その少しが、俺には十分真面目に見える」


 ヴィクトルはそう言って、勝手に部屋の中をのぞき込んだ。


「入ってもいい?」


「いいよ」


 ヴィクトルは椅子に腰を下ろし、包みを机の上に置いた。


「食堂で余ってた焼き菓子。もらってきた」


「よくもらえたね」


「そこは交渉だよ」


「文官コース向きかもしれないね」


「食べ物の交渉だけで合格できるなら、喜んで行くんだけどね」


 ヴィクトルが包みを開ける。


 甘い匂いが少し広がった。


 その時、廊下から足音が近づいてきた。


 扉の外で止まる。


「ここか」


 今度はガイルだった。


 ヴィクトルがすぐに笑う。


「食べ物の気配で来た?」


「違う。たまたまだ」


「食べる?」


「食べる」


「早いね」


 ガイルは当たり前のように部屋へ入ってきた。


 大柄なガイルが入ると、部屋が少し狭く感じる。


「何をしていたんだ?」


「リオンが部屋で足運び」


 ヴィクトルがすぐに答えた。


「練習熱心だな」


「ガイルに教わったことを忘れないようにしてただけだよ」


「そうか」


 ガイルは少し嬉しそうに頷いた。


 それから焼き菓子を一つ取る。


 遠慮はなかった。


「そういえば、魔力灯の練習はしてる?」


 俺が聞くと、ガイルは顔をしかめた。


「している。だが、まだ殴っていると言われる」


「魔力がね」


「俺は殴っていない」


 そのやり取りに、ヴィクトルが笑った。


「ガイルは魔力まで真っ直ぐなんだよ」


「それは褒めているのか?」


「半分くらい」


「残り半分は何だ」


「説明すると面倒だから、褒め言葉にしておこう」


「ならいい」


「いいんだ」


 俺が思わず笑うと、廊下から別の声がした。


「何を騒いでいるんだ?」


 扉の向こうに、クラウスとライオネル、オルドが立っていた。


 どうやら通りかかったらしい。


 ヴィクトルが顔を出す。


「ガイルの魔力が殴るかどうかの話」


 ライオネルが眉を寄せた。


「何だ、それは」


「先生にも言われていただろ。魔力が殴っているって」


「ああ、あれか」


 ライオネルが笑う。


 ガイルは不満そうに腕を組んだ。


「だから殴っていない」


 クラウスは呆れたように息を吐いた。


「それでこの時間に集まっていたのか」


「最初はヴィクトルが焼き菓子を持ってきただけですよ」


 俺が説明すると、ライオネルが扉の中をのぞいた。


「焼き菓子?」


「反応が早いね」


 ヴィクトルが包みを少し持ち上げる。


 結局、三人も部屋の前に残った。


 さすがに全員が部屋に入るには狭い。


 俺たちは扉を開けたまま、半分は部屋、半分は廊下という形で話すことになった。


「寮でこうして話すのは、意外と初めてだな」


 オルドが静かに言った。


「確かに」


 俺は頷いた。


 教室や訓練場では話している。


 でも、夜の寮でこうして集まるのは初めてだった。


「リオンたちは、いつも飛び級組で固まっている印象があったからな」


 ライオネルが軽く言う。


「そう見えてましたか?」


「見えていた」


 クラウスが短く答えた。


 少しだけ、空気が変わる。


 クラウスは続けた。


「正直に言えば、飛び級組が来た時は驚いた」


 俺は黙ってクラウスを見た。


「俺たちは、三年Sクラスに入るために積み重ねてきた。そこへ、下級生が六人も入ってきたからな」


 嫌味ではなかった。


 ただ、事実を話している声だった。


 ガイルもヴィクトルも、茶化さなかった。


「そう思われても仕方ないと思います」


 俺は答えた。


「俺たちは、途中から入った側ですから」


 クラウスは首を横に振った。


「今はそう思っていない。君たちが実力でここにいることは分かっている」


 ライオネルが笑う。


「ただ、負けるつもりはないけどな」


 その言葉に、ガイルがすぐ反応した。


「俺も負けるつもりはない」


「ガイルは言うと思った」


「当然だろ」


 オルドが小さく笑った。


「そのくらいでいい。Sクラスで遠慮していたら置いていかれる」


 その言葉は、妙に自然だった。


 飛び級組。


 既存生徒。


 そう分けて考えていたのは、俺の方だったのかもしれない。


 同じ教室にいる。


 同じ授業を受ける。


 同じ先生に怒られる。


 それで十分なのかもしれない。


「そういえば、クラウスさんたちは専門コース、もう決めているんですか?」


 俺が聞くと、クラウスは少し考えた。


「俺は騎士コース寄りだ。ただ、文官コースの内容も必要だとは思っている」


「クラウスは堅いな」


 ライオネルが言う。


「お前はどうなんだ」


「俺も騎士コースだな。帳面は向いていない」


「向いていないで済ませるな」


 クラウスがすぐに返した。


 ヴィクトルが笑う。


「ライオネルさんとは気が合いそうだ。俺も帳面から逃げたい」


「ヴィクトルは逃げられないだろ」


 オルドが静かに言う。


「商会の人間が帳面から逃げたらまずい」


「その通りすぎて反論できない」


 ヴィクトルが肩を落とす。


 ガイルが焼き菓子を食べながら言った。


「俺は騎士コースだ」


「ガイルはもう聞いたよ」


「何度聞かれても同じだ」


「それは強いな」


 ライオネルが笑った。


 オルドは少し視線を落とした。


「俺は、まだ決めきれていない。騎士コースに行きたい気持ちはある。

だが、家の仕事を考えると文官コースも捨てがたい」


「オルドさんも迷っているんですね」


「ああ。迷っている」


 オルドは素直に頷いた。


「迷うのは、悪いことではないと先生も言っていた」


「ただし、選ばないまま時間だけ過ぎるのは悪い、だったね」


 ヴィクトルが先生の口調を少し真似る。


 思ったより似ていて、廊下に小さな笑いが広がった。


 その瞬間だった。


「廊下で騒ぐな」


 低い声が響いた。


 全員が固まる。


 廊下の奥に、寮監が立っていた。


 ヴィクトルがすぐに小声になる。


「解散だ」


「早い方がいいな」


 クラウスが咳払いをした。


「すみません」


 俺たちは声を落として頭を下げる。


 ガイルも真面目に頭を下げた。


 寮監は一度だけこちらを見てから、静かに歩いていった。


 足音が遠ざかるまで、誰も声を出さなかった。


 最初に口を開いたのはライオネルだった。


「明日は教室で話すか」


「それがいい」


 オルドが頷く。


 クラウスは俺の方を見た。


「明日の授業でな、リオン」


「はい、クラウスさん」


 クラウスは少しだけ苦笑した。


「同じクラスだ。もう少し気楽でいい」


 俺は一瞬迷い、それから頷いた。


「分かった。クラウス」


 クラウスは小さく頷き、ライオネルたちと一緒に廊下を歩いていった。


 ガイルも部屋を出ようとして、最後の焼き菓子を一つ取る。


「それ、最後の一つ」


 ヴィクトルが言う。


「食べていいと言っただろ」


「言ったけど、全部とは言ってない」


「そうなのか?」


「まあ、いいけどね」


 ヴィクトルは諦めたように笑った。


 ガイルも自分の部屋へ戻り、最後にヴィクトルだけが残った。


「意外といい夜だったね」


「うん」


「飛び級組だけじゃなくなってきた感じがする」


 ヴィクトルの言葉に、俺は頷いた。


「そうだね」


 ヴィクトルも部屋を出ていく。


 扉を閉めると、急に部屋が静かになった。


 俺は床板の目地を見下ろした。


 さっきまで、一歩目の練習をしていた場所だ。


 訓練場で学ぶことがある。


 教室で学ぶこともある。


 そして、寮の夜だから分かることもある。


 三年Sクラスには、俺たち飛び級組だけがいるわけではない。


 クラウスも、ライオネルも、オルドも、それぞれ積み重ねてここにいる。


 同じ教室で学ぶ相手。


 同じ寮で夜を過ごす相手。


 その距離が、少しだけ近づいた気がした。


 俺は床に置いていた木剣を壁に立てかけた。


 今夜はもう、足運びはやめておこう。


 明日もまた、三年Sクラスの一日が始まる。



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