第248話 抜き打ち基礎試験
翌日の朝も、三年Sクラスでは専門コースの話が続いていた。
「騎士コースなら、午後の訓練量も増えるんだよな」
ガイルが楽しそうに言う。
「普通は嫌がるところだよ、そこ」
ヴィクトルが呆れたように笑った。
「ヴィクトルは文官コースだろ。帳面の山と戦っていろ」
「それはそれで嫌なんだけどね」
ナディアは隣で、小さく考え込んでいた。
「ガイルさんはすっかり騎士コースのことで夢中ですね。
魔法コースでは、回復魔法も学べるのでしょうか」
「当然でしょう」
セレナが答える。
「魔法コースなのに、攻撃魔法だけなんて浅すぎるもの」
「セレナはもう決めている感じだね」
俺が言うと、セレナはこちらを見た。
「決めているわ。迷っている暇があるなら、魔法の精度を上げたいもの」
「リオンはまだ迷ってそうだな」
ヴィクトルが横から言う。
「まあ、迷ってる」
そんな話をしているところで、教室の扉が開いた。
ベルンハルト先生が入ってくる。
教室はすぐ静かになった。
先生は俺たちを一通り見渡し、短く言った。
「全員、訓練場へ行くぞ」
教室が一瞬止まる。
「え?」
誰かが小さく声を漏らした。
「聞こえなかったか。訓練場だ」
ベルンハルト先生はそれだけ言うと、先に教室を出ていった。
ヴィクトルが小さく息を吐く。
「……これは嫌な予感がするね」
「俺は嫌じゃない」
ガイルが立ち上がる。
「ガイルはそうでしょうね」
セレナが呆れたように言った。
俺たちは慌てて訓練用具を持ち、教室を出た。
◇
訓練場に着くと、ベルンハルト先生はすでに中央に立っていた。
足元には、小さな魔力灯、訓練用の木剣、丸い的、色の違う札が並んでいる。
「今日は抜き打ちで基礎を見る」
その一言で、何人かが顔を引き締めた。
「昨日から専門コースの話ばかりしているようだが、四年の前に三年がある」
先生はそれ以上、説教を続けなかった。
「まず魔力制御。魔力灯を一定の明るさで保て。時間は十数える間」
全員に小さな魔力灯が配られる。
手のひらに乗るほどの器具だ。
「始め」
合図と同時に、訓練場に小さな光が並んだ。
セレナの灯りは強い。
だが、一瞬だけ明るさが跳ねた。
「少し強すぎるな、ヴァレスト」
「分かっています」
セレナは悔しそうに眉を寄せ、すぐに光を細く整えた。
ナディアの灯りは柔らかく、ほとんど揺れない。
「安定しているな」
「ありがとうございます」
ガイルの魔力灯は、最初だけ大きく光り、そのあと弱くなった。
「ガイル。殴るな。流せ」
「殴ってはいません」
「魔力がそう見える」
周りから小さな笑いが起きた。
ヴィクトルは無理に強く光らせず、ほどほどの明るさで保っている。
エドガーは静かだった。
明るすぎず、弱すぎず、乱れない。
俺も魔力を流す。
細く、一定に。
光は安定していた。
だが、先生の目はすぐに次へ移った。
「次。反応」
魔力灯が回収され、今度は訓練用の魔力弾が用意される。
「防ぐか、避けろ。迷うな」
ベルンハルト先生が片手を上げた。
次の瞬間、白い魔力弾が飛んでくる。
ガイルは半歩でかわした。
クラウスは木剣の面で弾く。
ライオネルは姿勢を低くして避けた。
セレナは正面に小さな防御膜を張る。
ナディアは遅れず、横へ流れた。
俺の番になった。
魔力弾が来る。
軌道を読む。
速さ、角度、魔力量。
次の瞬間、弾が少し曲がった。
「っ」
防御膜は間に合った。
だが、わずかに遅い。
ベルンハルト先生が短く言う。
「ハル。考えすぎだ」
「はい」
「読むなとは言わん。だが、読んでいる間に当たるな」
その通りだった。
次にヴィクトルが立つ。
魔力弾が飛ぶ。
ヴィクトルは肩を引いただけで避けた。
「嫌な撃ち方ですね、先生」
「避けたなら文句を言うな」
「ごもっとも」
エドガーは無駄なく防いだ。
派手さはない。
けれど、きれいだった。
◇
「次は足運びだ」
木剣が配られる。
相手を倒す試験ではない。
決められた線の上を、前進、後退、横移動、打ち込み。
簡単に見える。
けれど、始まるとすぐに差が出た。
ガイルの踏み込みは重い。
一歩で間合いを詰める力がある。
「力任せに見えて、足は崩れていないな」
「ありがとうございます!」
ガイルは嬉しそうに返事をした。
クラウスは堅実だった。
姿勢が崩れない。
ライオネルは軽い。
切り返しが速かった。
オルドは防御姿勢が安定している。
ミラは派手ではないが、動きに無駄が少ない。
セレナは攻めが速い。
速すぎて、少し前に出る。
「ヴァレスト。踏み込みはいい。戻りを忘れるな」
「はい」
ナディアは慎重だった。
攻めよりも、崩れないことを優先している。
「ナディア。支援役でも足は止めるな。よく動けているぞ」
「はい」
俺も木剣を構えた。
前に出る。
下がる。
横へずれる。
悪くはない。
だが、ガイルやクラウスほど身体が自然に動くわけではない。
ベルンハルト先生は見逃さなかった。
「ハル。頭で整えた動きだ。型としては悪くない」
「はい」
「だが、崩された時が遅い。次」
短い指摘だった。
けれど、刺さる。
◇
最後に、訓練場の奥に三色の札が立てられた。
赤。
青。
黒。
「判断を見る」
ベルンハルト先生が言う。
「赤は攻撃。青は防御。黒は触るな。合図と同時に札が動く。間違えた者はその場で終了だ」
単純な課題に見えた。
だが、先生が合図を出した瞬間、札の位置が入れ替わった。
赤が右へ流れる。
黒が前へ出る。
青が赤の後ろに隠れる。
「始め」
ガイルが一歩出た。
赤を狙う。
「ガイル、黒が前!」
ナディアの声で、ガイルが踏みとどまる。
「危なっ」
セレナは黒を避け、横から赤を撃つ。
速い。
だが、青の位置を見て、一瞬だけ手を止めた。
「邪魔ね」
そう言いながら、角度を変えて赤だけを撃ち抜く。
ヴィクトルは動き出しが遅く見えた。
けれど、黒が通り過ぎるのを待ってから、最短で青の前に入る。
「嫌な配置だな」
ぼやきながらも、判断は速い。
エドガーは、赤ではなく青を守った。
赤は後ろから来たライオネルが処理する。
二人は言葉を交わしていない。
それでも動きが噛み合っていた。
俺の前でも、札が動く。
赤が二つ。
青が一つ。
黒がその間に滑り込む。
攻撃するなら、黒に触れない角度が必要だ。
防御を優先するなら、青の前に入るべきだ。
考える。
いや、今は考えすぎるな。
足を先に出した。
青の前へ入る。
赤の一つは捨てる。
もう一つだけ、魔力弾で落とした。
「ハル、そこまで」
ベルンハルト先生の声が飛ぶ。
俺は動きを止めた。
「悪くない。全部取ろうとしなかったのはいい」
「はい」
「だが、最初の一歩がまだ遅い」
「……はい」
また同じところだ。
見えている。
分かっている。
それでも、動き出しが遅れる。
それが今の俺の弱さだった。
◇
抜き打ち試験が終わるころには、訓練場の空気は朝とはまるで違っていた。
ガイルは息を整えながら、木剣を肩に担いだ。
「騎士コースに行くなら、まだまだだな」
「今のでそう思えるのは偉いよ」
ヴィクトルが言う。
「ガイルのことだから、楽しかったで終わるかと思った」
「楽しかったぞ」
「そこは否定しないんだ」
ナディアは自分の手のひらを見つめていた。
「安定していても、動きながらだとまだ乱れますね」
セレナは悔しそうに手を握っている。
「戻りが遅いなんて、言われたままにはしないわ」
エドガーは静かに汗を拭った。
「進路の前に、今の課題が見えたね」
「本当にね」
俺は手のひらを開いた。
まだ少し汗が残っている。
ベルンハルト先生が全員の前に立った。
「専門コースを考えるのは悪くない」
先生の声に、皆が顔を上げる。
「むしろ考えろ。将来を考えない者は伸びない」
そこで一度、先生は言葉を切った。
「だが、先のことばかり見て足元を忘れるな」
訓練場が静かになる。
「専門は、基礎の先にある。今日できなかったことを、次までに直してこい」
「はい」
返事が揃った。
俺はもう一度、自分の手を握る。
研究コース。
文官コース。
魔法コース。
どれを選ぶのかは、まだ分からない。
けれど、どの道へ進むにしても、今の俺がやるべきことは一つだった。
目の前の基礎を、積み直すことだ。
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