第247話 分かれる道
二学期が始まって、数日が過ぎた。
久しぶりの授業にも、少しずつ身体が戻ってきている。
三年Sクラスの教室にも、夏休み明けの浮ついた空気はだいぶ薄れていた。
その日の午前、ベルンハルト先生は教壇に立つなり、いつもより少し違う話を始めた。
「今日は、四年以降の専門コースについて話す」
教室の空気が、わずかに変わった。
知らない話ではない。
王立学院では数年前から、五年制のうち四年目以降に専門コースを選ぶ仕組みが始まっている。
ただ、それはこれまで、どこか先の話だった。
「四年から専門コースを選ぶことは、全員知っているな」
ベルンハルト先生が言うと、生徒たちは黙って頷いた。
「だが、勘違いするな。四年になったからといって、今のクラスがなくなるわけではない」
先生は黒板に短く文字を書く。
総合科目。
専門コース。
「四年以降も、総合科目はクラス単位で受ける。王国史、法の基礎、礼法、実戦判断、魔法基礎。そういったものは、引き続き今のクラスごとに学ぶ」
つまり、SクラスはSクラスとして残る。
その上で、専門授業だけがコースごとに分かれるということだ。
「専門コースは、一人一つを選ぶ。騎士、魔法、文官、研究。
そのどれかを軸にすることになる」
一人一つ。
その言葉で、教室の空気が少し締まった。
「三年の二学期からは、各コースの見学と希望調査が始まる。
正式に決めるのはまだ先だが、何も考えずに過ごせる時期は終わったと思え」
ベルンハルト先生は、さらに黒板に文字を書いた。
騎士コース。
魔法コース。
文官コース。
研究コース。
「改めて確認しておく。騎士コースは、騎士団、近衛、領軍幹部を目指す者が多い。
実戦訓練、指揮、武器、馬術、集団行動が増える」
ガイルが、少しだけ前のめりになった。
「魔法コースは、攻撃、防御、回復、補助、術式応用を深く扱う。
威力だけでなく、制御と安定性も見る」
セレナとナディアが、それぞれ違う表情で黒板を見る。
「文官コースは、法、財政、領政、外交、行政実務だ。
帳面が嫌いな者には向かない」
その言葉に、ヴィクトルが小さく笑った。
「研究コースは、魔法道具、古代術式、建国期資料、特殊魔法の研究を扱う。
王立研究所と関わる機会もある」
王立研究所。
その言葉に、俺は思わず反応した。
福嶋亮太の本のことが頭をよぎる。
「ただし、専門コースで選ばなかったものを学ばなくていいという意味ではない」
ベルンハルト先生は、黒板の「総合科目」という文字を指した。
「広く学ぶ部分は、総合科目で続ける。だが、深く学ぶ専門は一つだ。
自分が何を軸にするのか、よく考えろ」
先生の声は落ち着いていた。
けれど、その言葉は軽くなかった。
「二学期の間に、各コースの授業見学や簡単な適性確認を行う。
自分が何を学びたいのか。何を背負う立場なのか。よく考えておけ」
先生はそう言うと、黒板の文字を指で軽く叩いた。
「四年になっても、総合科目では同じクラスで学ぶ。だが、専門授業では道が分かれる。
今のうちに、互いから学べ」
その言葉で、教室の空気が少し締まった。
◇
休み時間になると、すぐにヴィクトルが口を開いた。
「いよいよ来たね、この話」
「ヴィクトルは文官コース?」
俺が聞くと、ヴィクトルは肩をすくめた。
「たぶんね。商会のこともあるし、法や帳面から逃げるわけにはいかないから」
「ヴィクトルらしいね」
「本当は楽なコースがあれば、そっちに行きたいけどね」
そう言う割に、ヴィクトルの顔は楽しそうだった。
ガイルは迷う様子もなく言った。
「俺は騎士コースだ」
「早いね」
「前から決めている」
その横で、ナディアが微笑む。
「ガイルさんらしいです」
「ナディアは魔法コースだろ?」
「はい。回復魔法と支援魔法を、もっと深く学びたいです」
ナディアの声には迷いがなかった。
ガイルとは違う意味で、進む道が見えている。
セレナは腕を組み、黒板を見ていた。
「セレナは魔法コース?」
俺が聞くと、セレナはこちらを見る。
「魔法コースに行くつもりよ。中途半端な魔法で満足する気はないもの」
「セレナらしいね」
「でも、法や領政を知らなくていいとは思っていないわ」
セレナは少しだけ眉を寄せた。
「ヴァレスト公爵家の娘として、そのあたりを避けるわけにはいかないでしょう」
ヴィクトルが軽く笑う。
「そこは総合科目でしっかりやるしかないね」
「分かっているわ。だから総合科目も手を抜けないのよ」
セレナが即座に返す。
そのやり取りに、エドガーが穏やかに笑った。
「僕は、文官コースを考えることになるだろうな」
「王族なら、魔法や騎士コースも関係ありそうだけど?」
「もちろん無関係ではない。
ただ、専門として一つ選ぶなら、国を動かす仕組みを学ぶ方が先だ」
エドガーの言葉は静かだった。
けれど、その重さは分かる。
それぞれ、立場がある。
好きなものだけを選べるわけではない。
「それで、リオンは?」
ヴィクトルがこちらを見た。
皆の視線が集まる。
俺はすぐに答えられなかった。
魔法コース。
転移魔法や亜空間収納を考えれば、必要だと思う。
研究コース。
福嶋亮太の本や王立研究所のことを考えると、無視できない。
文官コース。
領地を動かすなら、法も財政も帳面も必要になる。
騎士コースの内容だって、領地を守ることを考えれば、まったく関係ないとは言えない。
けれど、専門コースとして選べるのは一つだけだ。
「どれも必要に見えるから困る」
俺がそう言うと、ヴィクトルが笑った。
「リオンらしい答えだ」
セレナは少し呆れた顔をする。
「全部抱えようとするから、そうなるのよ」
「そう言われると、否定しづらい」
「否定できないなら、少しは自覚しなさい」
ナディアが困ったように笑う。
「でも、リオンさんの場合、本当に複数のコースが関係していますね」
エドガーも頷いた。
「研究コースを軸にするのか、文官コースを優先するのか。
あるいは魔法コースを深めるのか。簡単ではないな」
ガイルが少し考えてから言う。
「だったら、一番必要なものを選ぶしかないんじゃないのか?」
「簡単に言うわね」
セレナがすぐに返した。
ガイルは首を傾げる。
「違うのか?」
「間違ってはいないと思う」
俺は苦笑した。
一番必要なもの。
それが何か分かれば、苦労はしない。
少し離れた席では、クラウスとライオネルたちも進路の話をしていた。
「クラウスさんは、騎士コースですか?」
俺が声をかけると、クラウスはこちらを向いた。
「騎士コースを考えている。ただ、家のことを考えると文官コースの内容も必要になる」
ライオネルが笑う。
「俺は騎士コース寄りだな。
文官コースの帳面は、正直あまり得意じゃない」
「ライオネル、それを今から言っていると後で困るわよ」
ミラが横から言う。
「ミラさんは魔法コースですか?」
「ええ。支援系を伸ばしたいと思っているわ」
オルドは少し考えながら言った。
「俺はまだ決めきれていない。
騎士コースに行きたい気持ちはあるが、家の仕事を考えると文官コースも捨てがたい」
皆、考えている。
当然だ。
四年以降の専門コースは、単なる授業の違いではない。
その先の生き方にもつながっている。
◇
休み時間の終わり際、ベルンハルト先生が教室へ戻ってきた。
生徒たちの会話が少しずつ静まる。
先生は、俺たちの顔を見て言った。
「迷うのは悪いことではない」
教室が静かになった。
「ただし、選ばないまま時間だけ過ぎるのは悪い。
二学期は試す時期だ。見学でも演習でも、自分がどこで力を出せるか見ておけ」
先生の視線が、全員を順に見た。
「はい」
返事が揃う。
俺は黒板の文字をもう一度見た。
総合科目。
専門コース。
騎士コース。
魔法コース。
文官コース。
研究コース。
知っていたはずの言葉が、急に近くなった気がした。
四年から専門コースを選ぶことは、前から知っていた。
けれど、今日まではどこか先の話だった。
今は違う。
名前として知っていた道が、自分の前に並び始めている。
どれか一つを選べばいい。
そう簡単には思えなかった。
けれど、全部を抱えればいいとも思えない。
二学期は、ただ授業を受けるだけの時間ではない。
自分がどの道へ進むのかを考える時間でもあった。
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